第1章 15歳の夏 高校1年生
これはキロくんと修斗の高校1年からの3年間の夏休みについてを書いたものです。全3章構成
7月20日(金) 終業式
午前8時20分、1年B組の教室には、すでに夏の匂いが満ちていた。蒸し暑さと、蝉の声。机の上には終業式のプリントや成績表、部活の予定表が広がっている。
「よう、修斗。やっと夏だぞ、夏!」
背中をバンと叩く強い衝撃に、思わず体が揺れた。振り返ると、笑顔を弾けさせた喜一郎──キロくんが立っていた。彼は朝からテンションが高い。
「お前、終業式なのに元気すぎだろ……」
「そりゃそうだろ?今日から夏休みだぜ。人生で一度きりの“高一の夏”が始まるんだ。気合い入れなきゃな!」
キロくんは学ランの前を開け、うちわで自分の顔をあおいでいる。
「で?お前、夏休みの予定は?」
「んー……特にないけど」
「は?じゃあ決まり。俺と一緒に、全力で青春する夏にするってことで!」
半ば強引なキロくんの誘いだったが、悪い気はしなかった。
終業式が終わると、校門の前でアイスを買い、二人で並んで帰る。
「まずは何から始めようか?」
「裏山行かね?」
「は?」
「いや、マジで。俺らの思い出の場所。誰にも邪魔されないとこ」
修斗は笑った。でも、その目の奥に、少しだけ胸が高鳴っていた。うう
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7月21日(土) 秘密基地の発見
午前10時、集合場所は近所のコンビニ。おにぎり2個とスポーツドリンク、それに100均で買った軍手をリュックに詰め、チャリで出発。
向かうは、小学校の裏山に続く林道。子どもの頃に冒険ごっこをしたことがある、思い出の場所だった。
「覚えてる?この石段。昔さ、ここでコケて膝すりむいたよなお前」
「……そんなこともあったな」
蝉の鳴き声が響く中、木の枝をどかしながら登る。しばらく進むと、薄暗い林の奥に、苔むした木材の構造物が現れた。
「……あれって、まさか」
近づいてみると、壊れかけたプレハブ小屋だった。中には土ぼこりにまみれた机と椅子、割れた鏡と、古い空き缶。
「誰かの、秘密基地だったのか……」
「今はもう、誰も使ってない。俺らが再生すればいいじゃん!」
キロくんは少年のように目を輝かせた。
その日の午後、二人は小屋の掃除に取りかかった。道具がなかったのでほうきを持ち込み、蜘蛛の巣を払い、木の板を打ち直す。
「ここが俺らの“基地”か……悪くない」
「まだまだ整備が必要だけどな。夏の間に、最高の場所にしようぜ」
夕暮れ、山の上から見えた町の風景が、やけに眩しく見えた。
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7月28日(土) 夏祭り
午後6時、駅前のロータリーで合流。修斗は初めて浴衣を着た。白地に藍の模様、母親に無理やり着せられたとはいえ、鏡に映る自分が少しだけ大人びて見えた。
「お、イケてんじゃん」
キロくんも紺の浴衣を着ていた。髪を軽くセットし、普段より背筋が伸びている。
町内の通りには屋台が立ち並び、人の波。二人は焼きそばを買い、歩道に腰掛けて食べた。
「お前、夏祭りって来たことある?」
「あるけど、誰かと来るのは初めてかも」
「だろ?いいもんだよな。……来年もさ、絶対来ようぜ」
夜空に一発目の花火が上がる。赤、青、金。音が胸に響いた。
二人は並んで空を見上げ、言葉もなく、ただその瞬間を共有した。
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8月5日(日) 通り雨と自転車
午前9時、図書館で夏休みの課題を済ませようと、中央図書館へチャリで向かった。
「めっちゃ晴れてんのに、天気予報だと雨マークあるんだよな」
「降るなら帰りにしてくれ……」
午前中いっぱい、館内で別々に過ごす。修斗は歴史の資料本を読み、キロくんは文庫本の棚にいた。
午後2時過ぎ、外に出た瞬間、空が急に暗くなる。
「うわっ、来るぞこれ」
案の定、土砂降り。二人はチャリを押しながら近くの橋の下に避難。
「びしょ濡れじゃん……最悪」
「でも、こういうのも悪くない。ちょっと青春っぽくね?」
雨音をBGMに、缶ジュースを飲みながら語る夏。話題は受験のこと、好きな音楽、クラスの友達の話。
いつのまにか雨が止み、アスファルトが夕日に濡れて光っていた。
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8月12日(日) ケンカ
午前10時。秘密基地に集合し、補強作業。木材を釘で打ちつけ、窓にシートを貼る。
「なあ、この棚、もっと左にした方がよくない?」
「いや、そっちだと日が当たらないし、本置くなら右だろ」
「お前って、なんでも自分の思い通りにしたがるよな」
「は?俺はちゃんと考えて──」
言葉がぶつかり合い、怒鳴り声になる。
「もういい、勝手にしろ」
「こっちのセリフだ」
工具を置き、二人は背を向けて別れた。基地には、沈黙だけが残った。
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8月14日(火) 沈黙
翌日も、その次の日も、秘密基地に修斗はひとりだった。キロくんからのメッセージもなかった。
ノートの新しいページは空白で、時間だけが過ぎていく。
何をどう謝ればいいかわからなかった。
8月15日(水) 仲直り未遂
ついに修斗は、キロくんの家を訪ねた。インターホンを鳴らすと、おばさんが出てきて「今、いないみたい」と言った。
夕方、川沿いの土手にキロくんの姿を見つけた。
「……よ」
キロくんは少しだけこちらを見て、すぐ目をそらした。
「この前は……ごめん」
「……オレも、言いすぎた」
でも、元に戻るには、もう少し時間がかかりそうだった。
8月10日(日) 再会と笑い
秘密基地に戻ったのは、1週間ぶりだった。
中に入ると、キロくんがいた。扇風機の前で寝転んでいて、修斗の顔を見るなりこう言った。
「おせーよ、修斗」
「悪かったって……っていうか、オレのせいだけでもないしな」
「まあ、そだな」
ふたりで笑った。
アイスを分け合いながら、ノートに新しいページを足した。
『ケンカも、夏のうち』——。
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8月22日(水) 夏の終わりの計画
午後3時、秘密基地の中は風が通り抜けて涼しかった。小さな扇風機と冷たい麦茶、買ってきたスケッチブック。
「海、行きたい」
「いいね。近場で行けるとこ、調べとく」
スマホで電車の時間、乗り換え、駅から海までのルートを確認。
「海見ながらカップ麺とか最高じゃね?」
「それな。写ルンです、持っていこうぜ」
出発は27日。準備をしながら、二人の会話は止まらなかった。
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8月27日(月) 海
午前7時、始発の電車に乗り込んだ。乗客はまばらで、二人は窓側に並んで座る。
「電車旅っていいな」
「まだ寝てろよ。着いたら叫んでやるから」
午前9時、駅を降りた瞬間、潮風の匂いが鼻を打った。
砂浜、青い空、濃い海。波が足元をさらい、太陽が背中を焼いた。
昼はカップ麺、午後は磯遊びと写真撮影。写ルンですのカメラを交互に構えて、互いを笑顔で撮り合った。
夕暮れ、波打ち際で修斗が言った。
「これ、来年も来たいな」
「約束しよっか。『またこの場所で』って」
小指を差し出すキロくんに、修斗も笑って応えた。
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8月31日(金) 終わり、そして始まり
午後5時。秘密基地にて。
二人でまとめたスケッチブックには、夏の記録が詰まっていた。日記、写真、スケッチ、チケットの半券。
「こんなに濃い夏、今までなかったな」
「これからも、ずっと続けようぜ」
ページの最後に、こう書かれていた。
『15歳の夏。修斗とキロくんの冒険ノート』
扉を閉め、鍵をかける。秘密基地の入口に“また来年”と書かれた紙を貼る。
夕焼けの坂道を並んで帰る二人の影が、長く伸びていた。
この夏は終わる。でも、物語はまだ始まったばかりだった。
高校2年生編は近いうちに出します。
初めてで心配事が多いです。よろしくお願いします。