表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

その3

光秀と珠が屋敷に帰ると、屋敷では動揺が走った。

主君に会いに行ったはずが、光秀は大怪我をしており珠は青ざめた表情で震えていたからである。

珠は、物を発言できる状態ではなかったため、光秀が目を覚ましてから話を聞くこととなった。


「ここは…。」

一刻ほど後に光秀は目を覚ました。

そばには、珠の姿もあった。

珠は放心状態で、話の出来る様子ではなかった。

「光秀様。いったい何があったのですか。」

「利三か。すまないが、説明の前に利康もこの場に呼んではもらえないか。」

「承知いたしました。」

光秀が目を覚ましたことに安堵しつつ、利三は嫌な予感がしていた。

珠の様子と利康が呼ばれたことを考えるに、結婚に関して何か問題でもあったのだろうか。

息子の幸せを願う一人の親として、利康には珠と幸せになってもらいたい。

その願いもかなわないのではないかという不安が、利三によぎっていた。


利康を呼び、利三は再び光秀のそばへ戻ってきた。

「参上いたしました。」

「すまないな、二人とも。」

光秀は本当にすまなさそうに、二人へ声をかけた。


「今日、信長公のところへ行ったときに、珠へある命令が下った。細川忠興殿との婚姻だ。」

「どういうことですか。珠様は来週には私と婚姻を結ぶ予定ですよ。」

「わかっている。私も抵抗した。なぜ、珠なのかと。しかし、忠興殿が珠を見初めたためだと。私の主張は認めてくださらなかった。」

利康の主張に対し、光秀は申し訳なさそうに答えた。

「お父様が…。信長様に暴力を…。私が了承しなければ、お父様は殺されてしまうかもしれませんでした。ごめんなさい、利康様。本当にごめんなさい。」

珠はそう言いながら、涙を流し続けていた。


戦国の世では、主君の命令は絶対である。

どれほど愛し合おうとも、珠は利康ではなく忠興に嫁ぐほかないのであった。



珠と利康の婚約破棄、そして珠と忠興の婚約は瞬く間に人々に伝達された。

珠と利康の仲睦まじい姿を見てきた者たちは、信長に対して不満を抱くようになった。

元々光秀に対して暴言暴力をふるうことの多かった信長に対して、さらに不信感を募るようになっていったのだ。



1週間後の珠と利康の婚儀が予定されていた日、珠は細川忠興へと嫁ぐことになった。

信長が、もともと婚儀する予定であったから可能だろうと、勝手に決めてしまっていた。

光秀と珠に婚姻の命令が下った日の夜から、珠には信長がつけた護衛という名の監視がついた。

利康との面会が許されず、輿入れの日を迎えてしまったのだ。







輿入れの日、光秀は利康を連れて仕度中の珠を訪ねていた。

護衛の男が、利康の姿を見咎めたが光秀はそれを黙らせた。

珠と利康に少しでも時間を設けたかったのだ。


「珠、入るぞ。」

光秀の来訪に、珠は少しだけ安堵した。

知らない人物が四六時中自分に張り付いていたため、気が休まらなかったのだ。

「はい、お父様。」

そう返事をすると、光秀と利康が入ってきた。

「お父様、利康様。来てくださったのですね。」

珠は、利康がいることに驚きつつも素直に喜んでいた。

今、珠が来ているのは、利康に嫁ぐために準備された花嫁衣装だ。

そんな形であれ、利康へ見てもらうことができたのだ。

しかし、これが利康と会う最後の機会であることも理解していた。

人妻となった珠に、利康が会うことは二度と叶わないだろう。

ましてや、元婚約者だ。

細川忠興が、会うことをゆるすはずがない。

「少しの時間、あの護衛を外させた。少しで悪いが2人で話なさい。あの日から、何も話せていないだろう。私が不甲斐ないばかりに、2人には申し訳ないことをした。私は、珠に会おうと思えば会える。しかし、利康はそれも叶わないだろうからな。」

光秀はそう言い、部屋から退出した。

近くで護衛の男が戻ってきていないか、見ていてくれているのだろう。

「珠様。とてもおきれいです。」

利康は、光秀が退出した直後にそう言った。

「今日という日を本当に楽しみにしていました。あなたを妻として迎える日を。叶わない夢となってしまいました。でも、これだけは覚えておいてください。たとえ、あなたが誰かの妻となったとしても、私は生涯あなたを愛しています。」

利康は離したくないと思いながら、その両腕で珠を抱きしめる。

珠も涙を流しながら、利康に告げた。

「たとえ誰かの妻となろうとも、私が愛しているのは利康様だけです。一生会うことが叶わなくとも、あなただけを愛しています。」

2人はそっと、触れるだけの口づけを交わす。

そこに誓いを立てるように。

光秀が再びその部屋を訪れるまで、2人はお互いを離そうとはしなかった。



護衛の男が戻ってきたため、光秀と利康は珠の部屋から退出した。

「利康、すまないな。珠を託せるのはそなただけだと思っていたのに。私が信長殿に引き立てられたがゆえに、婚姻を邪魔されることとなってしまって。」

光秀は、もともとは足利義明に仕えていた武将だ。

1573年に足利義明が織田信長に降伏し、明智光秀は家族・家臣を守るために織田信長の元へ下ったのだ。

その後は、織田信長は明智光秀を寵臣として取り立てている。

光秀は、家族・家臣を守るための決断で、自身の娘と家臣の息子が不幸になるとは思っていなかったのだ。

「いえ、仕方ありません。光秀様が私たちを守るために動いてくださっていたのは、知っています。信長公に対しては、思うところがありますが…。珠様のことは、あきらめるしかないのですかね…。」

光秀は利康の様子を見て、本当に娘を愛してくれていたのだと実感した。

信長に盾突くと、一番危ない立場になるのは珠だ。

誰かに仕えるものは、主の命令には逆らえない。

戦国の世に生まれた者の定だ。

皆、同じような無力感の中で生きているのかもしれない。

光秀・珠・利康はどうしようもない無力感を抱えることとなった。



1578年8月 珠は細川忠興に嫁ぐため、勝龍寺城へと旅立った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ