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その1

事の始まりです。

「利康様」

珠の呼ぶ声に斎藤利康は刀を振るっていた手を止めた。主君明智光秀の娘である珠とは婚約をしている。利康が訓練をしているときはめったに声をかけて来ない彼女が、声をかけてきたことに驚きつつ、利康は愛しい婚約者に笑顔を向けた。

「どうされたのですか?姫様。」

「姫と呼ばないでくださいまし、利康様。近々、私たちは結婚し、夫婦になるのですから。」

珠は、その美しいと評判の顔を不満そうにゆがめて言った。確かに、結婚式は来月行われる。しかし、利康にとっては、主君の娘であることには変わりはない。そして小さい頃よりずっと従者として仕えている身としては、今更名前呼びをするのは恐れ多いと利康は感じているのだ。珠も利康の感じていることに気づいてはいるが、夫婦になってからも姫様呼びをされたくない。そのため、珠と呼んでもらえるよう姫と呼ばれるたびに促しているのだ。

「申し訳ありません、珠様。で、どうされたのです?私が刀を振るっているときは滅多に声をかけてこられないのに。何かありましたか?」

「あ、ごめんなさい。来月の結婚式に着る衣装ができて興奮してしまって…。思わず声をかけてしまいました。」

顔を真っ赤にさせる珠がかわいくて、利康は思わず抱きしめてしまっていた。驚きつつも利康に身を任せる珠。周りの者たちは、そんな二人を微笑ましそうに眺めていた。この二人が仲睦まじいのは、周知の事実である。


誰もが、そんな二人に起こる悲劇を予想していなかった。






それは唐突な呼び出しだった。


明智光秀と珠の二人が、光秀の主君織田信長に呼び出されたのだ。


結婚式の1週間前で、その準備に追われていた珠は、父だけではなく自分も呼ばれたことに困惑を隠せない。父の主君ではあるが、ほとんど会ったこともない方だったからだ。光秀も娘まで呼ばれることを不思議に思っていたが、主の命令を無視することもできず、信長のもとへ向かった。






「珠、そなたと細川忠興との縁談がまとまった。」

織田信長は、二人のあいさつが終わるなり、そう云い放った。

その場の空気が凍った。珠の結婚は信長にも報告してあったため、信長が知らないはずはない。それでも、他の男との縁談を信長はまとめたというのだ。


明智光秀は、信じられない気持ちで、信長に尋ねた。

「恐れながら御屋形様。珠は来週私の臣下、斎藤利三の息子利康との結婚式を迎えます。娘を他の男のところに嫁に出すわけにはまいりません。なぜ娘なのでしょうか?」

当然のように信長は答えた。

「無論、先方が珠を望んだからだ。珠は美しい容姿をしている。忠興殿は珠を見初めたそうだぞ。利康との結婚は取りやめだ。そなたらに拒否権はない。わしの命令だけ聞けばよいのだ。」

横暴な回答だった。珠は、信じられず顔を引きつらせ、カタカタと震えだした。数分前までは幸せだったはずなのに、信長のたった一言で絶望に突き落とされたのだ。父の主の命令を無視すれば、光秀の臣下全員が路頭に迷うこととなる。珠は、どれだけ利康との結婚を望んでいても、忠興に嫁ぐしかないのだ。

珠は絶望しすべてをあきらめたが、光秀はそうではなかった。大切な娘と仲睦まじい婿の姿をずっと見てきた彼は、自分の主君の横暴な態度がどうしても許せなかったのだ。

「無礼を承知で申し上げます。私の娘を利康殿以外に嫁がせる気は全くございません。細川様のご子息も、すでに他の男と婚姻を上げる準備ができているとお伝えすれば、無理にとは言わないはずでござ…」

最後まで光秀が言い切る前に、彼の体が後方へ飛んだ。信長が手に持っていた杯を光秀に投げつけたからだ。

「そなたらに拒否権はない、そう申したはずだ。」

そう言いながら、信長は光秀に近づき、蹴り始めた。

そこから珠の見た光景はさながら地獄だった。父が血を流しても意識を失っても、信長は殴り蹴り水をかけ、ひどいときは鈍器で殴りつけた。父のうめく声を聴き、珠は耐えられなくなる。


「私…、細川様との婚姻をお受けします。なので、これ以上は…」


珠は気づけば、そう口にしていた。



こうして、明智光秀の娘の珠姫は、細川忠興に嫁ぐこととなったのである。



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