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最後の異世界転生譚 ――Echoes Beyond the Aurora Manuscript――  作者: 莞爾
12 災禍の龍 後編

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95話 アポイタカラ

 それよりも。と、オロルは続ける。


「先代は災禍の龍を倒したという前例がある」


 その言葉と視線から、何が言いたいのかアーミラにははっきりとわかった。頭に浮かぶのは神殿での晩餐後の一幕、そこで見た大略図――デレシスの大穴。


「要は先代の次女継承者が何をおこなったかじゃ。これについてはなんの記録も残されておらん」


 でも、と言いそうになるアーミラを遮り、オロルは説明を止めない。


「理由はわかっておる。結果的に相打ちとなり、穿たれた大地は雨水を貯めて、世に言う『涙の湖』となった。それから二百年誰も寄り付かぬ曰く付きの土地じゃ」


 アーミラはこくりと頷く。

 記録が残っていないのは、その奥義を行使した先代の次女も無事ではなかったからだ。


「……わしらも同じ道を辿るやも知れぬ。じゃが次女の奥義は龍を倒す鍵となる。当時の者が何をしたか、急ぎ解明するのが現状を打開する策となるじゃろう」


 オロルは指を立てて付け加える。


「もちろん、お主に死んでくれと頼むつもりはない。皆生きて帰ることをわしは諦めてはおらん」


 その一言にアーミラは安心した。ともすれば決死の覚悟を必要とする状況でオロルの言葉は支えだった。彼女が「無理」と言えば無理で「できる」と言えばそれはできるのだ。「決死の策だ」と言われれば感情を抜きにしてそれが最善なのだと思えるだけの信頼がある。

 先代が大地を穿ち、龍と共に戦死を遂げた前例をなぞり、それでも私達は生き残る方途を探る。なんとかして龍を討伐する。


「実は、奥義について……手掛かりはあります」


 アーミラはそう言って地下階を示す。


「待て、そこから先は狭い。時止めを解除するが良いか」


「構いません」アーミラは柱時計から滑り降りて螺旋階段を下る。


 後を追うオロルは、二度目の訪問に部屋を見渡した。前回来たときは雑多に物が溢れていたが、見違えるように整理されている。離れている間もアーミラがここをいかに有効に使い、自室として過ごしてきたかが推察できた。当の主は視界の端、部屋の隅に設られた寝台に身を預けていた。手にはいつのまにか装丁された一冊を携えている。棚から引っ張り出したのではないだろう。元々寝台の上にその本は置かれていた。


「それが手掛かりか?」オロルは問う。


「はい」アーミラは確信を持って見つめ返す。「先代の手記です」


 なるほど、とオロルは得心し、その書を受け取ろうと手を伸ばす。

 しかし、アーミラは渡すどころか寝台に手招きをした。


「持ち出せないように術式がかけられています」


 事情の説明はこれで足りた。


「……では失敬」


 オロルは寝台に乗り込みアーミラの隣に身を落ち着かせる。互いに汗と血と砂埃の臭いがしたが、素知らぬふりで書に視線を注いだ。


「途中からになりますが」


「よい。それとも前の文にも重要なことがあるのか?」


「それは、なんとも……読んだ限りでは手記以上の意味はなさそうですが、仕掛けが隠されているかも」


「……一旦先を読む。謎が残れば仕掛けを疑うとしよう」


 オロルはそう決めて、「呪術をかける」と背に触れた。手袋をしている小さな掌が驚くほど熱かった。おそらく身体強化を施して、文字を読む思考力を底上げさせるつもりだろう。体感速度を加速させることで相対的に時を操る。これであれば術の重ね掛けにも支障はない。


 問題の手記、その開かれた頁は紙幅の内三割が読み飛ばされており、その内容はアーミラから簡単に説明された。場面は次女継承者が神殿での日々を終え、出征に十分な年齢となった頃から読み進める。

 二人は手記の文中から有益になり得る言葉を探すが、アーミラの言っていた通り大半が取り止めのない日々の記録であった。時折に術式回路の走り書きのようなものも散見されたが、二百年前の知識とあってめぼしいものは無いに等しかった。

 なによりオロルが辟易したのは、文体の素朴さと情緒を欠いた表現である。幼少期から先代の三人は神殿に招かれ教育を受けてきたのだろう。芯まで軍人気質で人情を寄せ付けない硬質さが行間に表れていた。


「あ……――」


 アーミラが指摘したのはある一文だった。


 『青生生魂の鎧は一揃いあった。私達はそこに霊素を注いだ。』


「――これって、ウツロさんのことですよね」


「じゃろうな」


「一揃いって、ウツロさんはこの驚異の部屋の蒐集品の一つだったんだ……」独り言を呟き、改めて借問する。「この、……『あおせいせいこん』ってなんですか?」


「アポイタカラ」オロルが答える。「滅多に手に入らない希少な金属じゃ。それこそ神器は赤みを帯びた日緋色金ヒヒイロカネであるとされる。ウツロは手記の通りなら青生生魂アポイタカラとなる……先代の置き土産とは言われていたが、魔導具の回路だけでなく鎧自体も希少とは、わしも驚いたわ」


 口ぶりに偽りなくオロルは饒舌で、知らぬことを知るという知識探究への喜びに興奮している様子だった。二人は改めて文意を読み取ろうと試みる。


「『私達』とありますね。霊素を注いだ……」


「先代は常より行動を共にしていた。言葉通り三人の力を合わせてウツロを作ったのじゃろう」


 アーミラは否定こそしなかったが、『作った』という表現には頷けなかった。彼には人格があるとやはり認めていた。


 手記の内容はそこからしばらく鎧についてが主だった。オロルの推察は概ね正しく、三人共同で組み立てたようだ。生み出す目的は前衛補助の自律魔導具を欲したことにある。数ある蒐集品の中からあの鎧を選んだのもその動機から推し量れる。また、曰く『日緋色金と青生生魂はこの世に存在する金属の中で無二の、霊素に感応する特徴を備える。非金属同様、あるいはそれ以上の魔呪術親和性を持つ』という記載も見つけた。


 つまりは神器を触媒とすることで禁忌級の術式回路も安定した結果をもたらすということだ。これは二人にとっては発見である。

 神器が強力な兵戈である理由は先代が既に解明していた。が、手記の仮説とは異なり、以降の頁は暫く鎧が目覚めないことを書き残している。前線維持と並行して何度かの術の研鑽と改良を行い、自律魔導具が起き上がるのは数日経ってからだった。


 『腕甲に震えを認める。霊素定着の兆候を確認。自律魔導具の完成をみる。』

 『それは制御が効かず、ラーンマクが取り押さえた。何らかの拒絶反応、あるいは精霊を内に宿した可能性あり。』

 『鎧に名を訊ねると慧と応えた。』


 アーミラは文字を指さした。


「ここは声で返事ができたんですかね?」


「いや、手記の詳細が乏しいがウツロは指で書いたんじゃろう」


「ちなみにこの字はなんと読むのですか?」


……かのぅ、彗星の『彗』と、下に『心』を組み合わせ一字にまとめた賢種文字じゃ。闇によく気づくこと、かしこいことを意味する。継承者が生み出した精霊にしては清濁併せ呑む妙な名を名乗ったな」


 特に彗星は卜部うらべでは凶事の予兆とされる。とオロルは付け加えた。


「そういえば、ウツロさんに生まれはどこかと聞いたことがあります。オロルさんは『ニホン』という集落を知っていますか?」


「……知らんな。消えた集落なぞいくつもあるじゃろ。時勢を鑑みればデレシスの湖に沈んだのじゃろう」


 確かに、とアーミラは腑に落ちたようにオロルの言葉を間に受けて会話は流れてしまったが、これは誤りだった。正体を明らめる何度目かの機会をまたしても彼女は逃した。


 そんなことも露知らず、二人は目を皿にして読み進める。急ぐ事情もあるが、知っている者が現れたことで手記が他人事ではなくなり、ウツロの過去について語る内容に興味が引き込まれていった。

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