表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後の異世界転生譚 ――Echoes Beyond the Aurora Manuscript――  作者: 莞爾
11 災禍の龍 前編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

92/175

91話 詮無きこと

 「……実はまだ、全てを思い出した訳ではないんです。あの旅は、追手から逃げるための旅でした」


 ふむ。とオロルは頷き、推理を続ける。


「追われていた二人は南へ逃げ続け、ラーンマクまで追い詰められた。そこで、まだ幼いお主は大怪我をした。……古傷が痒いようじゃな」


 視線で示されてアーミラはようやく気づく。無意識に首を擦っていた。

 思えばラーンマクに足を踏み入れてから、ずっと微かな掻痒を感じている。


「……流れ弾でした。瀕死になって倒れたのが丁度ここです」


 アーミラは四方を見渡す。

 七年前、私が倒れた場所。


「お師様は私を助けるために、同じ年頃の魔人種の身体を見繕って戻ってきたそうです。それで――」


「首を挿げ替えた」


 オロルが後を引き取るように言う。


「禍人種の身体から魔人種に乗り換えた……なるほど追手を撒くにも良い手段じゃろう」


「その……」アーミラは控えめに尋ねる。「いいんですか……私……敵、なんですよ……?」


 目の前に立つ次女継承者の正体は打ち滅ぼすべき禍人種だ。

 自分から申告する勇気はなかったが、言い当てられた以上はオロルの判断を伺うしかない。


「無論殺すさ」オロルは脂下がって口角を吊り上げた。「……なんての、冗談じゃ」


 笑えない冗談だった。肩の緊張が抜けない様子のアーミラを見て、オロルは続ける。


「禍人を恨みここまで戦ってきたお主が、今更裏切ることはないじゃろう。生い立ちはどうあれ、今のお主は神に選ばれた魔人種の中の魔人種じゃ」


「そう、ですか……」


「……それで、言いづらいことはもうないじゃろう。取り戻した記憶は他に何がある」


 敵意もなくおどけてみせるオロルに、ようやくアーミラは警戒を解く。


「……思い出したのはお師様の姿です。私が記憶を失う前は、とても若かった……今の私くらいに見えました」


「ほう」


「首を挿げ替えた後、私はこの地で刻印を宿したようです」


「ふむ」オロルは相槌を打ち、ふと口を挟む。「すぐに消えてしもうたが、わしも幼い頃に刻印を宿したことがある。……時期が重なるな」


 アーミラは初耳だったが、こくりと頷いて先へ進める。


「お師様は……全てをなげうって、私の刻印を消したんです」


 声に出して初めて、それがどれほど大変なことかを理解し、喉が震えた。

 師は本当に、全てを擲ったのだ。


 夢に見た記憶の光景はその後を映してはくれなかった。だが、あの後のことならアーミラ自身が誰より理解している。

 刻印は師によって隠匿され、痛みから解放された私は記憶を失い……そしてマナは命のほぼ全てを支払い、醜く老け込んでしまった。


 ――人ひとりを救った代償として、あまりにも理不尽だ。

 それほどの代償を支払っても神の目を欺けたのは僅か七年。

 結局、私は刻印を宿し、次女継承者となっている。


「もう長くないと悟ったお師様は、私一人でも生きられるようにと、厳しく修行をつけてくれました……」


 末期の約束に込められた願い。


 『婆から教わった事、魔術のそのすべて、人には決して見せてはならん』


 やるせない虚しさは涙となってアーミラの瞳から零れる。

 大切な約束を反故にして、私は運命という神に見つかってしまった。


「失くした記憶を取り戻したいなんて思わなければ、……マナの恩義に応えられたかもしれないのに……」


 頬を伝う雫は、アーミラの顎の下で時を止め、いつまでもきらきらと輝いている。


 一方、オロルはそんなアーミラを見ながら、満たされた表情を浮かべていた。

 組み上げられた嵌め絵を眺めるように。


 ――本当によく泣く……だがこやつは、我が身可愛さで泣くことはついぞない。いつも他者の哀れに寄り添い、涙を流す。


「……詮無きことよ」


 一つの残酷な真実……出征を共にしたアーミラが禍人だったという事実を受け入れ、そして幼い頃に消えた刻印の理由を知る。

 マナという名の女が命を懸けて守ったもの。

 その余波を受け、狂わされた時計の歯車。

 二つが噛み合い、針は右回りに動き出す。


 オロルは手袋を脱ぎ、アーミラに見せるように掌をかざした。

 何度も追い求め、自ら刻みつけた偽りの刻印。幾重にも重なり、変質した皮膚は硬くひび割れていた。だが、その表情に後悔はない。

 アーミラの額にそっと手が触れる。


「後悔もあるじゃろうが、お主がこうして選ばれたことで、わしも刻印が手に入った。そう悪くないことじゃ」


 アーミラは励まされる気持ちで頷いた。師の願いこそ叶えられなかったが、この争いを乗り越えれば全て終わり。私の望みは叶うのだ。

 生きてさえいれば、きっとマナも赦してくれる。


 決意を新たに洟を啜って悲しみを収めにかかる。

 生き残る。勝ってみせる。

 支払いすぎた犠牲に、マナの恩義に、報いるまでは。


「……さて」


 オロルはこの一件に一段落ついたという態度で、浮遊する身体を南に滑らせる。


「気持ちの整理がついたら、時を進めるぞ」


 大したことではないと言いたげな口調だが、涙を拭って望む景色には明らかな異常事態が待ち受けていた。

 オロルは告げる。


如何どうやら最終決戦のようじゃ」


 ラーンマクから前線南方、地平の果てより少し手前。

 大山鳴動して鼠一匹とはいかない。


 出征の任に使命を背負い、迎え打つ最後の強敵は静かに巨体を浮かび上がらせ、こちらに向かおうとしていた。

 その巨体は遠くからでも特徴がはっきりと望める。


 奸詐かんさを閃く額の角。

 佞辯ねいげんを吐き出す裂けた細舌。

 翼は詭計きけいを描く巨大な翼。

 

 知識がなくとも見誤ることはない。

 アーミラは呟く。


「災禍の龍……」



――――❖――――――❖――――――❖――――

[11 災禍の龍 前編 完]


 ここまで読んでいただきありがとうございます。

 評価や応援を頂けると励みになります。

 是非よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ