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最後の異世界転生譚 ――Echoes Beyond the Aurora Manuscript――  作者: 莞爾
11 災禍の龍 前編

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88話 お前はここの生まれか?

 しばらく荒地を進んだ先で、アーミラはオロルを見つけた。

 スペルアベルから見送ったときにはまだ、おろし立てのように輝いて見えた継承者の外套は、見る影もなく色褪せほつれてしまっている。

 その視線に気付いたか、振り返ったオロルと互いの視線が交わり、軽く手を挙げてアーミラを呼び寄せる。


「来たか」


 待っていたという風に迎え入れたオロルは、ふとアーミラの顔を覗き込むように下瞼が持ち上がる。

 アーミラの纏っている固く暗い気配を見て鼻息を一つ吐くと、そのままウツロの方へ向かった。オロルはこのとき、ウツロに落胆するような視線を向けていた。


 鎧の腹を叩くように拳を当てて言う。


「踏み外さぬように見守っていると思っていたが、お主には難しかったか」


 言い捨てるように言い、返事を待たずその場を離れようとした。しかし、ウツロは無言でオロルの拳を包み込み、強く引き寄せた。

 声に出すことは叶わずとも、否定を表明していた。ウツロはまだ諦めていない。


 オロルは敢えて乱暴に振り解いて、二人に対し現状の整理を提案した。アーミラは頷き、互いの持ち合わせる情報を伝え合う。


 状況として、オロルとアーミラはかなり魔鉱石を消費している。出征の折立ち寄ったムーンケイで揃えた魔鉱石と、道中スペルアベルで買い足した魔鉱石。その八割を消費している。


 立てた手柄はといえば、平原の敵襲を撃退しアーミラとウツロが禍人を二体討ち取ったのと、オロルが半人半蛇の強敵を討ち取った程度。武勲を上げたというには少ないあがりである。

 倒した禍人のうち二人は暗躍している者の人相と一致していない。ウツロがナルトリポカで見たというのはもっと小柄な女と、痩せぎすの男……ダラクという男以外は戦場で未だ相見あいまみえてすらいないということになる。この二人の行方を探り首を取らなければ、当代の決着はないだろう。


 どこかで一度魔鉱石の調達に戻るか、または輜重を輸送する兵の到着を待つ必要がある。待つ場合は期間をどうするか……これが目下の悩みの種である。


 此度はナルトリポカ集落が襲われたため、甘藷黍の兵糧が少なく、活力も消耗している。ここ一月ひとつきで前線の食糧事情はかなり逼迫ひっぱくしていた。これ以上の長期戦は戦死よりも餓死者の方が多くなる危険さえ出てきている。ここで待ち続けるのはひだるい思いをするだろう。


 それにガントールが戻ってこないのも気掛かりだった。


 オロルの憂いに対し、「邸では、トガがガントールさんに化けていました」と、アーミラが報告する。


 聞けばそのトガは人の面皮を奪い被ることでそっくりに化けるようで、術式に縛りを持つぶん強力な敵だったという。そいつが顔を持っていたのならば、少なからずガントールは一度命を落としている。

 トガ本体を討伐したことでニールセンが一命を取り留めたことからして、どこかでくたばっているガントールもまた、戦闘不能から起き上がっているはずだった。


 オロルは寄せ集めた情報を頭の中で采配して戦況を俯瞰すると、それなりに納得したか表情に余裕が出てきた。前線に継承者三柱が揃う日も近い。


「ふむ……スペルアベルは辛くも勝ち納めたか……となればもう背後の憂いは無いじゃろう。前線の穴はガントールに引き続き託し、果報を待つとしよう」


 と、オロルはここで待つことに決めた。

 継承者がここで戦線を維持すれば、輜重の供給もきっと届く。そうなれば状況は、少しずつ好転するだろうという判断だった。


 どのような逆境にも必ず望みがあるように、当代継承者の兵役にもいよいよ終わりが見えてきた。ここに三女神が揃い、迫り来る敵を全て平らげてしまえば後は領土を支配し、前線を押し上げ国を興す。

 そうして娘たちは使命を全うした活躍を讃えられ、栄光を浴するだろう。


 ――しかし、ただ朝を待つだけでは生き残れない。


 この世界に一縷の望みもなくとばりを下ろす、月明かりもない夜が訪れようとしていることを彼女たちはまだ知らない。





「私、ここに来たことがある気がします……」


 アーミラがふとそんなことを言ったのは、オロルに連れられて前線の案内をされていたときである。南を望めば今にも戦闘を始めようと剣呑な戦士たちの並ぶ荒涼としたこの場で、突然にそう言ったのだ。

 過去の記憶が無いと言っていた彼女の事情を思い出したオロルは、眉を曲げて首を傾げた。


「ガントールならいざ知らず、お主がここに来るのは初めてのはずじゃが」


 アーミラは明確に首を振る。何に裏付けされているのかわからないが余程の確信があるようだ。


「きっとお師様と、流浪の民としてここを歩いたはずです」


「流浪の民として?」オロルは言葉を繰り返す。「だとしたらおかしい。流浪の民は避難民じゃ。彼らは内地に向かって移動する。お前はここの生まれか?」


 オロルはアーミラをアルクトィスの生まれだと思っていた。神殿での晩餐を共にした際にある程度のことは聞き及んでいる。その上で両親は四代目三女国家アルクトィスで命を落とし、流浪の民に拾われ師と出会い同道したと結論付けたのだ。もしアーミラの確信が本当なら、アルクトィスからラーンマクに向かう二人の足跡は横に移動する旅路となる。避難民の行動として、やや普通ではない。

 それに、二国間にはデレシスが存在している。何かしらの事情があったとしても、アルクトィス、デレシス、ラーンマクと前線を横断するのはあり得ない。手元不如意の流浪の民が進むには体力の面でも無理がある道筋と言える。


「アルクトィスも前線じゃ。記憶が不確かなら景色の違いはわからん」


「でも、スペルアベルの涸れ井戸だって私は見覚えがあります。 ナルトリポカには無いものですから、間違えようは……」


 アーミラの言葉にオロルは目を丸くして、ほとんど怒っているような表情で見つめる。


「涸れ井戸じゃと……?」


 あまりの剣幕にアーミラはたじろいで閉口する。

 オロルは怒っていたのではなかった。驚いていたのだ。


 スペルアベルの涸れ井戸――それはまさにガントールに任せている前線の穴。

 人知れず往来を許す地下通路の存在を、アーミラは懐古のものとして口に出した。が、流浪の民が知るような道ではない。

 ……なぜアーミラは、いや、アーミラの師は、その地下通路を知っているのか? なぜ数ある選択肢から人目を避ける道を選んだ?


 疑問が浮かび、オロルは目の前の次女継承者の姿が瓦解するような感覚に襲われた。アーミラを成すために組み上げられていた嵌め絵は仮初かりそめの結び付きを失って崩れ落ち、それぞれの欠片が今度は勝手に浮かび上がり、異なる組み合わせで全く別の絵へと変わってしまう……そんな感覚に囚われる。


 いつか明かしてやりたいと思いながらも忙殺されていた彼女の生い立ちの謎は、真なる形を示そうとここに来てオロルの前に立ち塞がった。


 地形から見るにアルクトィスから北へ向かえばナルトリポカに辿り着く。当初のオロルの推理ならば流浪の民としての道筋に何の矛盾もない。

 しかしアーミラの言う通りラーンマクからスペルアベルを通ったというなら、何かがおかしい。避難のための旅路で、戦地を練り歩く訳がない。


 どこかで前提が狂っているような、重大な見落としをしているような冷やかな警戒心が脳裏を掠め、その正体を掴み損ねている。


 様変わりした嵌め絵の意味を理解したとき、そこに一つの残酷な真実が明かされるだろう予感がした。

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