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最後の異世界転生譚 ――Echoes Beyond the Aurora Manuscript――  作者: 莞爾
09 勇名の矜持 前編

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66話 役立たず

 外が明るくなればまた忙しくなる。今のアーミラは邸の穀潰しではないのだ。朝も夜もやるべきことは山積みで、気が立っている様子は少しオロルに似ていた。


 追い出されるように杖の外へ出たウツロは、前庭に向かうアーミラの背中を見送り、今日も暇を持て余すこととなった。肩入れするなと注意を受けてはいるものの、イクスの元へ向かう。


 アーミラにとってイクスが不安要素であるように、ウツロから見たアーミラもまた、不安の種を抱えている。

 彼女の瞳に宿る炎がどれだけ青く澄んでいても、そこに生じる煤は黒く、心を焦がしているのだ。


 ナルトリポカ集落の一件以降アーミラの表情は少しずつ硬くなり、微笑むことを忘れ恨みに囚われた。この問題を解決するためのいとぐちは先達から学ぶしかないのだと、ウツロは心得ている。





 この日、ウツロはアーミラと別れたその足でイクスのもとへ向かい、彼を邸の外へ誘った。


 この者が正気であれ狂気であれ、あるいは間者であれ、連れ出してしまえばどんな企みも防げる――ウツロはそのように考え、アーミラの意を汲んだようだ。

 どうせ仕事のない昼行燈ひるあんどん、両者は誰に呼び止められることもなく門を抜け、街を抜け、平原を歩いた。


「おい……」


 そう言って歩みを止めたのはイクスである。日光に熱せられた仮面が蒸すのか、顎の隙間に親指を差し込んで風を送っている。玉の汗が滴っていた。

 どうやら膝が痛むらしく、斧槍の石突を杖の代わりにしていた。ウツロの後ろをついて行くので精一杯な様子だった。


「何故、こんなところに、俺を」


 イクスは伝わりやすいように言葉を区切り、不満を訴える。

 ウツロは地べたにしゃがみ指先で土を彫って応えた。


 ――俺もお前も役立たずだ。二人で手柄を挙げよう。


 発破をかけるようにウツロは続けた。


 ――元隊長なんだろう?


 陽炎が揺れる土の上、刻まれた文字は乾いた地面にくっきりと浮かび上がる。

 イクスは腰に手を当てて、ウツロの魂胆を理解したか、肩で笑う。


「……実力じつおくああこうって訳だ」


 聴く耳が鍛えられたウツロは聞き返す頻度が減ってきていた。会話の前後からイクスがなんと言っているのか把握して頷きを返す。


「だが、討伐隊の索敵より先にトガを見つけるのは難しいだろ」


 ――簡単だ。


「なに?」


 ――索敵範囲よりも南に行く。


 地面に書かれた言葉に視線を落としイクスは閉口する。

 スペルアベル平原のずっと南、つまり前線ラーンマク国境手前まで向かい、トガを迎え討つのだとウツロは言う。


「何が簡単だ。馬がなければ片道で体力全部持ってかれる」


 往復するだけで一仕事。とてもトガを倒す余裕はないだろうとイクスは一蹴するが、ウツロの腹は決まっていた。


 ――日帰りではない。


「……はぁ?」理解できないとでも言いたげな声が漏れた。


 ――南に行きトガを待ち伏せる。何日でも構わない。一体でも討伐し、実力を見届けたらそれでいい。邸に戻る。


「構うだろ。飯はどうする」


 ウツロは立ち上がり、背中を向けた。

 よく見れば背嚢を背負っている。布の膨らみから察するに筒状の輪郭は水袋か。そして丸いものは携行食のパンだろう。


「持って二日だ」


 ――酒は腐らない。三日は持つ。


「ばかやろう。干からびて死ぬぞ俺は」


 食事を必要としない鎧にイクスの不満は伝わっただろうか。そもそも日に一食以下では気力も湧かないだろう……。しかし、ウツロは本気のようだ。この誘いを断れば、信用しないつもりだろう。昨晩語った過去についても、丸ごと虚言と片付けるつもりだ。


「……仕方ない。さっさと終わらせよう」


 イクスは膝の痛みを構わず先を急ぐ。干からびる前に手柄をあげればよいと気持ちを切り替えたようだ。

 ウツロは隣を歩き、茫漠たる平原の道なき道を南へ進んだ。


 途中では討伐隊の騎馬がこちらに気付いたようで少数の群れを成す蹄の音が近付いたが、特に呼び止めもなく踵を返して離れていった。トガではないとわかって引き返したようだ。


 二人は道中会話もなく、昼過ぎにはラーンマクの手前に辿り着いた。イクスは背を向けて水袋を掲げ、酒を一口飲むとそそくさと仮面で顔を隠した。頑なに顔を見せない彼の所作をウツロは眺めている。


「お前の頃は、こんなのなかっただろ」


 イクスは喉を潤して振り返ると、地平に引かれたラーンマク国境の分離壁を斧槍で示す。伯爵の邸と似た様式の煉瓦積みの巨大な防壁だった。建造物そのものの高さは五振程だが、領空は高度限界まで結界が展開されている。

 限りなく透明な不可視の防護結界でも、ほとんど真下のこの位置から見上げれば境界面の光の屈折がよく見えた。七色のもやが天蓋のように国境を示し、左右に果てもなく続く……。


「二百年前、お前はこの向こうで戦い、先代と共に災禍の龍を倒した。……そして勝ち取った領土はそれぞれ継承者の名を冠して国が興された。ラーンマク。デレシス。アルクトィス……どうだ? 懐かしいか? 壁の向こう側は、長女継承者ラーンマクの国だ」


 感慨は湧くのか――イクスは感情に訴えるように些か大仰に語ってみせたが、ウツロはじっと防壁を見上げているばかり。先代との思い出の一つでも語っていいものだが、何も話す気はないようだ。


 隣に立ち、イクスも休憩がてら壁を見上げた。

 この壁を越えて現れるトガを討伐隊は駆除している……今はその役を当代次女継承者アーミラが担っている。

 だが、こうして見上げた壁は堅牢で、内地側から護られているはずのイクスから見ても檻のように映る。何人も拒み、決して通さぬ意志が宿っているようだ。これを乗り越える敵なんていないとさえ思えた。


 聳え立つ分離壁。その向こうに広がる煤けた青空と熱い陽射し。そして骨まで響く砲撃の地鳴り。

 日向で待っていては火傷しそうな暑さだ。隣のウツロは全身の板金が熱せられて首元の穴から陽炎を吐き出している。日陰が必要だった。


「あそこを拠点にしよう」


 斧槍で示したのは朽ちて倒壊した建物の廃墟である。

 石積みの蔵かなにかの遺構で、崩れてしまった今では入口もひしゃげて歪な合掌造りになっていた。

 内部にトガや野生の動物が潜んでないか警戒しながら足を踏み入れ、日陰に身を休めるとなかなかに快適だった。


「日が当たらないってだけで頂上だ」


 気色に声が弾む。


「防壁の様子もここから見張れる」


 あとはいつトガが現れるかに掛かっていた。ここ最近の出現頻度ならば、うまくいけば日帰りで片付けられる見込みだとイクスは考える。


「どうせなら、最初のトガは見逃すか?」


 日陰に身を休め、火照る体を涼ませるイクスは提案した。

 ウツロに向けた仮面の顔。奥にある表情は見えない。


「まだ疲れがある。無理な戦闘は避けるべきだ。

 それに……トガの侵入経路を観察できるいい機会だ」


 イクスは少し声を顰めて続ける。


「アーミラの戦いぶりを……トガを討つ光景を、見たくないか?」


 含みのある誘い文句にウツロは静かに警戒した。

 なぜ急にそんな提案を、早く済ませたいのではなかったか。しかし、人というのは体力に限界がある。疲れているのも確かだろう。


 もし、アーミラの言う通りイクスが敵ならば、イクスの提案は偵察の一環と考えられなくもない。だが、アーミラがどんなふうに討伐するのか。それを確かめるいい機会でもある。


 ウツロは腕を組んで沈思すると、渋々その提案を呑んだ。

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