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最後の異世界転生譚 ――Echoes Beyond the Aurora Manuscript――  作者: 莞爾
08 吊るし人

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52話 敵は手強いようじゃな

 晩夏の夕暮れ時、オロルとアーミラは鋭い西日に顔を顰めながら先を急ぐ。スペルアベル平原での奇襲について預かり知らぬ二人が、赤く染まる草原に辿り着いて見た景色は、苛烈な戦闘の形跡であった。


 眼前に広がる地面の窪地は土が掘り返されたように柔らかい。椀状に穿たれた大地の裂け目には、得体のしれない生物の死体が集められており、それらが土砂の流れを堰き止めていた。なにか自然災害の類か、あるいは疫病の類がこの地を襲い、家禽かきんの亡骸をまとめて供養した墓穴のようにもみえたが、それなら野晒しにしている意味はない。

 それに――と、アーミラは視線を移す。


 少し離れたところには炭化した荷車が倒れ、頭絡に繋がれた馬の死体が放置されている。あの窪地が家禽の墓ならばこの馬も放り込まれているはずだ。

 真っ赤に焼き爛れてずる剥けになった皮膚には、蠅が集り蛆が湧いている。……焼け焦げて見る影もないがこの馬車に見覚えがある。

 アーミラはまたも炎によって蹂躙された命を目の当たりにしていると悟る。

 幌は焼け落ちているが、この馬車は継承者一行のものだ。


 立ち尽くす彼女の隣、オロルはこの事態も想定内だったのだろう。不愉快そうな表情を浮かべているが動揺は見られない。


「敵は手強いようじゃな」


 オロルの呟きに、アーミラはこくりと頷いた。


「……ガントールさんも、ウツロさんも、やられたわけではなさそうです」


 アーミラの言葉に今度はオロルが首肯を返す。

 視線の先、穴に転がる死体の数々は砂に埋もれてしまっているが、よく見るとすべて首を落とされている。一刀による介錯はガントールの仕業だろう。既に平原が落ち着きを取り戻しているということは、奇襲を行ったトガはすべて撃退したと考えていい。


 戦闘を終えたガントールはどこへ行ったか……平原を見回すオロルに対し、アーミラはふと思い出したように手を合わせる。そういえば……。


「ガントールさんは平原の領主とお知り合いだったような」


「ふむ……確かに」


 片眉を吊り上げてオロルは記憶を辿る。出征前夜の晩餐の折に身の上を語り合い、そんなような事を言っていた気がしなくもない。――あの時は睡魔に侵されていたからはっきりとは覚えとらんが。


「たしか、前線ラーンマク辺境伯とスペルアベル領主が親戚筋じゃったか」


 オロルの言葉が呼び水となったか、アーミラは湯浴場での会話を思い出して人差し指を立てる。


「あと、ガントールさんの――」


 という言葉尻が小さく消える。遠くからこちらに向かい近づいてくる隊列の、地鳴りのような騎馬の足音と砂埃が会話をかき消した。

 目を凝らして何事かと見定める。

 二列縦隊の騎馬は帯剣こそしているが、手に握るのは軍旗であった。立てた棒の先、風に靡かせている旗の紋章は獅子――領主お抱えの討伐隊である。


「出迎えじゃな」





 討伐隊の一行と短い会話を交わし、二人は荷台に乗せられやしきへと案内されることとなった。

 南西に馬を走らせてしばらく、遠くに灯りが見えてきた……街だ。

 それは国家と呼ぶには小さく、集落と呼ぶには大きい生活圏だった。荒野と街を区切るのは背の低い木製の柵で塀も堀もない。外敵からあまりに無防備なこの街の姿にアーミラは不思議そうな顔をした。


 ――第二前線と呼ばれる平原に、この守りでは弱すぎるのではないだろうか?


 有事の際、心許ない木製の柵で何が守れるのか。

 言問顔ことといがおきくしたオロルが口を開く。


「スペルアベル平原は国家ではない。

 土地の面積なら他国と肩を並べるこの地がなぜ国家として成り立たないのか、わかるか?」


「……人が少ないから、ですか」


「ではなぜ人が少ない?」


 アーミラは少しばかり思案して、言葉をまとめる。


「集まらないのは、仕事がないから……仕事がないということは、この土地に利益を生み出す資源がない……」


 オロルは頷いた。


「この土地は、畑にするには水源がはるか深くにある。かといって鉱石が掘り出せるわけでもない。アーミラの言う通り国として成り立たせるには資源に乏しい。

 じゃがここを手放すと四代目長女国家ラーンマクが孤立し、戦線が維持できない。南に展開しているラーンマクへ輜重しちょうを送るために、この平原は仕方なく誰かが維持しなければならないのじゃ」


 アーミラは納得した面持ちで顔を上げ、事情を知って改めて街を眺める。


 隊列は既に柵の内側を通り抜けて、街の外縁から目抜き通りを真っ直ぐに進み領主の邸へ向かっているところだった。

 騎馬の足並みは人の往来とぶつからぬように速度を落とし、踏み固められた土に小気味よい律動を刻む。あちらこちらから喧騒が耳に届き、馬の荒い鼻息もひっきりなしに聴こえてくる。道幅が広いため馬車同士がすれ違う様子もよく見えた。


「なるほど……」アーミラは呟く。


 領土を囲っていた低い柵も、目抜き通りの左右を埋める車輪付きの露店も、この地に住まう者たちも、いつどこで戦闘が起きてもいいように移ろいやすい佇まいをしていた。この街は人の数と同じくらい馬が多く、家々も遊牧民然としたものである。三角錐形状の背の低い建物は、土に突き立てた柱に雨風を凌ぐ革製の天幕を張った簡素な作りだった。


 この平原で生きる者たちは土地を守るつもりなどさらさらない。災いがあれば住処を畳んで立ち去り、平原のどこかへ移り住む。土地の資源がないからこそ、その地に縛られることなく生き延びることを優先しているのだとアーミラは肌で感じた。どこか懐かしい流浪の民と似た生活様式だ。

 また、生業なりわいも窺い知ることができた。

 前線で傷を負った雇われの兵士は、この地に引き下がり傷を癒す必要がある。治癒の心得をもつ者がここに店を構えているらしい。再び前線に向かう者には卸商が整えるべき装備を揃え、戦場で回収した品や内地からの下り物を仕分け売りさばく。

 皆どこか血生臭く、ぎょろりとしていながら落ち窪んだ目は死線をくぐり抜けた顔をしている。露店で愛想よく鍋を振るう女も男勝りで二の腕が幹のように太い。

 内地と前線を結ぶ駅として、この土地に金が回っている。

 国として成り立たずとも逞しい生活圏が形成されていた。


「案外、都の飯屋に寄らんでもここで事足りたかも知れんな」オロルは露店の景色をぼんやりと眺めながら言った。


 アーミラは困ったような愛想笑いで応える。

「結果的には、そうですね」





 星を散りばめた天幕が空を覆う頃、平原の熱は急速に冷まされていく。

 当初半日程の遅れになると見積もった継承者達の合流は、ガントールの予想通り後ろにずれ込んだ。

 オロルは悪びれもせずに冷えた足裏を脛に擦りながら他人事のように「大変だったようじゃな」と奇襲撃退を労った。


 場所は辺境スペルアベル平原。その領主、ギルスティケー・セルレイ伯爵の邸、玄関広間。

 招き入れられたばかりの二人に対するガントールは、オロルの軽口に至極真面目な面持ちで首を振った。


「大変なのはこれからだよ」


 どう身を振るべきかと右顧左眄うこさべんするアーミラを置いて、遅刻を咎める風でもなくなにやら通じ合う二人。両者が含みのある笑みを交わすと、ガントールの先導で邸の奥へ案内される。

 平原においてほぼ唯一の煉瓦造りの邸は、外観を見たときから檻なのか城なのか判別のつかない暗く堅牢な印象を抱かせた。古寂びた黒鉄色の煉瓦積みの壁は、爵位を持つ者の邸としては殺伐としている。人も街も移ろうこの地においてこの邸だけが楔のように平原に鎮座している。

 広間も通路も飾りはなく、壁に掛けられているのは武器ばかり。探したところで肖像画も風景画も目に入らない。アーミラは二人の後ろを付いて歩き、この邸の主が怖い人だったらどうしようと、両手に持った杖を握り身を縮めた。

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