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最後の異世界転生譚 ――Echoes Beyond the Aurora Manuscript――  作者: 莞爾
07 戦うための術《アレス》
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貴様ナルトリポカの主犯だな

 異変に気付いたのはウツロでもガントールでもなく、幌車をく馬だった。

 常歩なみあしだった蹄の歩調は不意に乱れ駈歩かけあしとなり、なにかに怯えて逃げるように進行方向を曲げて鼻息荒く暴れはじめる。手綱を握るウツロと、その背中越しに馬の様子を眺めるガントールの二人には、まだ何が起きているのか分からない。


「急にどうした! 蜂にでも刺されたのか?」


 揺れる幌車からガントールは身を乗り出して不満を漏らす。ウツロは面鎧を一度向けたが、返答する術はない。例え声があったとしても、馬が暴れ出した理由は解らなかっただろう。


 首を振りいなないた馬は、両前脚を跳ね上げて全身を起き上がらせる。手綱はついに制御不能に陥ってウツロの手からすり抜けた。

 御する手綱が緩んだ馬は一散に駆け出して、絡みつく綱を毒蛇と見間違えたか、血走った目を剥いて狂ったように身をよじらせる。その度に幌車は軋みを上げ揺さぶられる。一体何が馬を脅かしているのか狂乱状態に陥った――急旋回に耐えかねた幌車が傾く。


 体勢を崩して馭者台から転がり落ちるウツロの姿を見ていたガントールは、自分だけでもこの場に踏み止まろうと幌車の内側で手足を柱につかえさせていたが視界が横に傾いていくのを抗えない。


 幌車が軋み、横に傾いていく刹那。ガントールも幌から飛び出した。

 突然馬が暴れ出したこと、それに伴い幌車が横倒れになったこと、何故そうなったのか筋道を立てることもままならず、それでも危機を逃れるための反射的な回避行動をとることができた。

 背を丸めて転がり、勢いを殺し片膝をついた。ガントールは砂塵の向こう、状況を確認する。


 離れたところにウツロがいる。傍では草むらに凭れるように幌車が転がっている。天を向いた車輪は、からからと回転の余韻を残し音を立てていた。その隣、幌車に絡んで身動きが取れなくなっても尚、暴れ続ける馬がいた。


 ……ウツロが手綱捌きを誤ったか? いや、そんな様子はなかった。ならば毒でも食べたか? それならば暴れる体力はないはずだ。ただの事故なんて間抜けな事があるわけない。どこかで敵が仕込んだな――なにを仕込んだ……?


 ガントールの頭は獣の勘を手繰り寄せるために感覚を尖らせる。違和感の気配がする……。


 飛び出した幌の外は日光が降りそそぎ、平原は草いきれのむんとした空気が纏わりついた。その足元、炙られるようなじりじりとした熱が一帯に満ち充ちている。土が異常なまでに熱い。そう気付いたガントールは一瞬地面に意識を向けた。が、脅威はいつも死角から迫る。


 ガントールは殺気を感じ取り、顔を空へ向ける。


「敵襲――!」


 本当なら近くにいるウツロに向かって叫ぶつもりだっただろう声は、眼前に迫る敵の殺意に対応するため絞られた。

 空から落ちてきたその人影はもう懐に飛び込んでいて、凶悪な笑みを浮かべ掌底打ちを繰り出さんとしていた。第二戦線とはいえ禍人が入り込んでいることに怯み、ガントールの抜剣は間に合わない。


 敵の掌に込められたものは魔術か、呪術か――ええい、義手で受ける!


 掌打はガントールの右腕部に放たれた。

 衝撃に義手がたわむと、次に呪術の波動が弾ける。

 ガントールは一か八かの賭けに勝った。


「……ちっ」


 鋭く尖った歯が並ぶ禍人の口元から舌打ちが一つ。術式が届かなかったことに不満を隠さない。これが義手でなく生身の肉であれば、込めていた呪術は通っていただろう。火傷を負うか、動きを縛られるか、術式の効果は定かではない。


 一方で攻撃に後退あとずさるガントールは、穢れを払うように右手を振り、改めて抜剣する。敵の奇襲がまさかこちらを狙うとは想定外だったが死線は越えた。敵の狙いを崩した以上、奇襲は失敗。真っ向勝負であればもう不安はない。


「貴様に勝ちは無くなった。大人しく首を差し出せ」


 ガントールの言葉を聴いているのかいないのか、禍人は乱れた前髪を搔き上げ、粗暴な目付きで睨み返す。額から伸びた触角のような細い角がしゃらんと風に靡く。

 嘲笑を浮かべ、睨み返す。


「くっくっく……」


「なにが可笑しい」


「いやぁ、俺たちが集落を焼いた時――お前ら、気持ちよく寝てたらしいな?」


 禍人の男は腹の底からこみ上げる笑いを留めるように口元を手で押さえるが、尖った歯が唇の隙間から覗いた。にやついた目が足元を見る。


「――ずは足」


 そう言って両の掌を合わせると指を伸ばしたまま擦り合わせるように右手を捻り、上下に開いていく。詠唱こそないがこれはアレスだ。ガントールは前方に跳んで回避行動を取る。不可視の攻撃を躱せたかどうか、足に異変はない。


 視線は敵から離さず、鼻先が熱を嗅ぎ取る。焦げた臭いに気付くと悲痛ないななきが平原に響いた。


 ――しまった……!


 振り返った時には幌車は火に包まれる。

 立ち上る炎の向こう、馬の影がのたうつように暴れていた。

 全身の体毛に火が移り、これまで聞いたこともないような絶命のいななきが長く長く平原に響いた。


 火に焼かれた影が倒れ込む。肺が焼かれて失神してしまったようだ、もう助からないだろう。


 幌が焼け落ちていく。ガントールは糾弾するように敵を睨みつけ、間合いを詰めるが、禍人の男は魔力を込めて中指を突き上げた。


 ぼん。と、ガントールの足元から火が噴きだす――が、火柱は上から圧されるように火勢を落とし、下方に伸びる斥力に捻じ伏せられて鎮火していく。力場を纏うガントールは駆け出し、両手で剣を構える。


「この火……その言葉……貴様ナルトリポカの主犯だな」ガントールは怒涛の勢いで詰め寄る。


 火柱を圧し折りながら突き進むその足取りの一歩一歩が持つ重み。馬を失ってなお、その姿は騎馬兵のような威圧感があった。


 長女継承の天秤――処刑人としての彼女が剣を構えて迫ることは、禍人にとって死そのものが迫っていると同義だ。


 並の敵であれば恐怖に竦み、反撃の意思は挫かれるだろう。だが、禍人の男は長女継承者の超然とした恐ろしさに総毛立ちながらも奮い立ち、次の一手に打って出た。かろうじて攻勢の意思が折れなかったのは、この男――ダラクが命を賭ける覚悟をしていたからだ。それこそナルトリポカの集落で下手を打ち、生存者を出してしまった失態を挽回するためにスペルアベルでの継承者足止めの指揮を任された。それは言外にくび切りを突き付けられたも同然だった。


 馘首かくしゅの放火魔と、処刑人の女。――あまりにおあつらえ過ぎて、ダラクは凶悪な笑みを浮かべていた。


 ガントールは横に構えた剣を左に切り上げて振り抜いた。

 煽られた風切音は鋭く重たいが、手応えはない。

 ダラクは身を仰け反らせて紙一重に躱していた。

 そのまま後方へ宙返りして、距離を取る。


「ふっふ……はははははっ」


 窮地に立ち気の触れた男の笑みに、ガントールは不愉快そうに眉根を寄せて警戒した。

 追い詰められたものはなにをするかわからない。警戒を高めて剣を構える。たとえ襲い掛かろうとも、必ずその首を叩き落とす。


 ダラクが仕掛ける。上下に構えた掌を打ち合わせて、組み合った指をあぎとのように示した。魔術がガントールの頭上と足元に展開され、火が襲う。


「燃えろ燃えろ!」


 ガントールは無言のままに斥力を高め、火勢を押し退ける重力を発生させた。その時――


土竜もぐらぁ!」


 ダラクの怒号を合図に地面が沈み込む。

 ガントールは何事か理解できていないままに跳躍で回避しようとしたが、足場が脆く穴に落ちてしまう。


「なに――!?」


 してやられた。

 眼下に広がるのはくり抜かれた穴だった。

 先程まであったはずの地面が沈み込み、体が落下する。

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