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最後の異世界転生譚 ――Echoes Beyond the Aurora Manuscript――  作者: 莞爾
07 戦うための術《アレス》
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手の内を簡単に明かすやつがあるか

「式典の夜があったじゃろ」オロルは言う。「三女の神器は未だ解明されておらん。じゃから神殿の者達がわしの神器を借りてあれこれと弄くり回しておったが――」


 アーミラは何の話か思い出す。

 当代継承者の出征式典の夜に行われた星辰の儀……。


「――あれでは解明は無理じゃろうなと憐れんだものじゃ。目に見えるものは神器のほんの一部にすぎん。わし以外には見えないとなると、奴らは無駄骨を折った訳じゃな」


 オロルは酷いことを言うが、その表情は特段嫌味がない。アーミラはその顔を見つめていた。


「なら何故、顕現させてあげなかったんです? 見せてあげたらいいのに」


「阿呆」オロルはぴしゃりと言う。「手の内を簡単に明かすやつがあるか」


 アーミラは首をのけぞらせるようにして一応の反応を返すが口は閉ざしてしまった。鼻越しに人を見定め口さがない性格なのは重々わかったが、矛先が自分に向かうと辟易してしまう。

 手の内を明かさない――それがオロルのやり方なのだとしたら、今こうして晒してみせた蜘蛛は問題がないのかと疑問に思ったが、また邪険に扱われることが火を見るよりも明らかだ。私に明かしても――或いは私達をみている者がいたとしても――きっと問題ない。まだ秘匿している手の内があるのだろう。


 アーミラは会話から逃れるために視線を蜘蛛へ移した。蜘蛛といってもその外見は四阿あずまやのような形状で、糸を吐く大きな尻や、たくさんの目玉がついた顔もない。屋根の上に立つアーミラは縁ににじり寄り、屋根の下にある本体を眺める。


 柱時計は浅い円状の窪みがあり、内部端面は白い盤が嵌め込まれていた。そこにぐるりと右回りに一から十二の数字が刻まれており、中心からは針が二つ伸びている。それが何を意味しているのかアーミラには未だ知るところではないが、この盤面が据えられた部分がいわゆる蜘蛛の顔……本体前面なのだろうとは推察できた。といっても消去法でしかなく、側面と背面の飾り気のなさ、進行方向から推察したに過ぎない。

 盤面に取り付けられている針は常に少しずつ変化している。現在指しているのは長短それぞれ別の方向を向いており、短い針が九と十の間、長い針が七と八の間にあった。――後の世に明かされるこの絡繰からくりは神器の名を授かり『時計』と呼ばれる事となるが、アーミラはまだそれを知らない。


 この時代の人々にも朝昼夜を目安とした曖昧な時間の概念は存在するが、それは太陽の方角をもとにした日時計が主である。暗い内に時を刻む必要に迫られたときは蝋燭の燃焼で経過を計りおおよその指針とするのが精々であり、正確な数値として時間を把握することはできなかった。

 この柱時計は神が授けた三番目にして最後の叡智えいちである。内部は主に畜力装置、調速機の二つが占め、それにより示された時刻を針が表す事で時の流れを把握することができる機構である。


 八本の脚は忙しなく動き、もつれることなく森林を抜けた。展開された柱時計は神器の中で一番巨大で、行ってしまえば長い脚で移動する塔だった。

 多少の低木などは長い脚で跨いてぐいぐい進んでいく。焼け野原となった集落は既に遠く遥か後方。オロルとアーミラは標高の低い山々が連なる斜面をなぞりながら都へと向かった。柱時計の姿を公にしたくない事情から、人気ひとけのない道なき道を選んでいる。


 オロルは鬱蒼うっそうと絡み合う葉叢はむらをときに潜り抜けときに薙ぎ倒して神器を巧みに操り突き進む。飛び越えるのが難しい高木が並ぶ植生となり、現在地がそれだけ標高の低いところにいるのだと理解する。都も近いだろう。アーミラを振り落としてしまわないように気を配るついでに横顔をちらと窺う。

 アーミラは縦横から迫る枝葉を煩わしく払いながら山路の先を目を細めて見つめている。……その表情はとうに泣き止んで涙も乾き、怒りだけが目元にこびりついていた。


 簡単に涙を見せてしまう者を嫌うオロルにとって、アーミラのはじめの印象は良くなかった。臆病な態度で、風に吹かれて倒れてしまいそうな内地育ちの陰気な娘。そんな第一印象だった。しかし、同時に引っかかり続けた違和感もある。身体には数え切れない古傷があり、頭には抜け落ちた記憶という謎、焼けたともがらを前に怒りに震える純粋さがある。この者を次女と選んだ神が、果たして何を知っているのか。前線で彼女は何を見せてくれるのか、オロルは不明瞭な未来に期待していた。


「部屋は片付いたのか?」オロルは通り過ぎる木々のざわめきに負けないように心持ち声を張り上げて問う。


「ある程度は整えました」アーミラは言い、表情が曇る。「……今思えば、あの夜、杖に入らなければよかった」


「ふむ……どこまでが敵の策なのかわからんが、杖の中にらんでも、夜襲には気付けんじゃろう」


「え?」アーミラはオロルの方へ顔を向ける。「それは何故です?」


 不覚を取った後では言い訳にしか聞こえぬかもしれんが――そう前置きしてオロルは語る。


「わしらの宿はムーンケイの上層じゃ。窓から望む景色は常時稼働の溶鉱炉。夜でありながら夜ではない……そんな窓外の景色から遠くの野火を見つけることはできんかった」


 一度言葉を切り、アーミラの反応を確かめる。ここで意固地になってばくするなら会話は水掛け論となるだろう。アーミラはオロルの言葉の続きを待つ。


「朝にガントールが異変に気付き、わしも窓からナルトリポカを見たが、集落そのものが一望できたわけではない。わだかまっておる煙に違和感があった程度のことじゃ」


「なら、ガントールが窓の外を見なければ……」


 オロルは頷く。


「今も気付かんかったかもしれんな。

 昨晩の動きはそれほどまでに運が悪かったか、もしくは死角を衝かれたか……わしらの行動が敵に筒抜けの可能性がある」


「まさか……集落が宿からは死角になることまで知っていたってことですか……?」


「難しいことではない。あの宿は『先代も泊まった』とうそぶいておるから、わしらもそこに泊まると踏んでいたのかもしれん。そもそも出征式典はおどす意味合いもあるのじゃから敵はこちらの動向を注視するはずじゃ。

 神殿を出て三人揃って移動するのか、どの門をくぐってどの国へ向かうのか、その情報が掴めればわしらの裏をかくことができるじゃろう。不可能ではないが、厳戒態勢に潜り込む命知らずの策じゃな」


 アーミラはその言葉を聞き、訝しむように眉間のしわを深くして唇を尖らせた。


 この一件がただの偶然ではないなら、継承者が三人揃ってムーンケイに向かったことを誰かが把握していたことになる。厳重な守りの神殿にさえ間諜が……情報を売る内通者がいたのか、怪しい人物は誰か……。


「開けてきたな……森を抜けたようじゃ」


 オロルはアーミラの側で話題を切り上げるように呟くと蜘蛛の先頭へ移動した。――警戒は怠るな。しかし今はアダンとシーナを優先しろ。オロルの背中にはいつも迷いがなかった。


 それに比してアーミラの胸中は今だ鬱蒼とした森の中を彷徨っていた。こんがらがった感情は解けることのないままに、燃えていた。

 まるで糸になる前の繭玉を炙るように、覚悟も、後悔も、疑念も、乱雑に丸めて放り投げ、火に焚べてしまっている。怒りという名の火に。


 景色が開けたと同時、足元は地面が途切れ、深く切り立つ崖が現れた。

 蜘蛛は前側四本の脚をつっかえ棒のように伸ばして制動し、地面をはつり踏みとどまる。足元では、弾かれて崖へ転がる小石がぱらぱらと小気味よい音を響かせながら遠く小さく見えなくなる。

 岸の向こう側には都の気配があり、木造の赤茶けた屋根が並んでいるのが見えた。オロルはこの崖を飛び越えることにして、一度助走のために後退した。


 崖の底には細く川が流れている。小川のように見えるこの川は、見た目以上に耳元に届く水音が激しい。この流水こそが崖を形成した原因なのだろう。山肌を侵食し、削り取る内に下へ下へと掘り進め、この崖が生まれたようだ。


 上に乗るアーミラは高所の景色に足が竦み、腰の抜けた身体で柱時計の縁を掴み跳躍に備える。立ちはだかる状況の恐ろしさに身が怯んでも心は折れていなかった。頭には一つ、迷い続けた森の果て、燃え残った疑問が転がっていた。


 もし、窓外の異変を発見しなければ、私達はナルトリポカが襲われたことに気付けなかった。……本当にそうだろうか?


 きっと窓を見なくともウツロの不在には気付いたはずだ。そしてウツロからナルトリポカの異変を伝えられることになるだろう。

 ならば何故、ウツロだけはあの夜、駆け出せたのだろう……。

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