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最善を尽くすためじゃ



 アダンとシーナは燃え残った建物の内部に安置されていた。

 折れてしまった手足には添え木――これは長槍の柄を折って使っていた――と、燃え残った布で固定してある。流石は先代の忘形見。ウツロは迅速な手当てを済ませていたようだ。

 必要なのは消耗した生命力と溜まった疲労を癒やすこと。どちらも呪術の領分だ。ここでオロルの出番というわけである。一応アーミラも心得はあるが、人手は多い方がいい。やはりこの人員分けは正しかったと言える。


 アーミラとオロルはある程度の治癒術式を施し、未だ気を失っている二人をそっと杖の中へ移した。とりあえずは一安心といったところか、アーミラの表情に余裕が出てきた。


「ウツロの報告通り、敵はもうおらんようじゃな」


 オロルは厳しい視線を崩さずに焼け残った目抜き通りを進む。集落は毀たれた煉瓦積みの建物が並び、柱を焼失してもたれ掛かるように瓦解した屋根や壁が、互いを危うい均衡で支えていた。

 路肩には虚無を掻き抱くように身を丸め炭と化した焼死体が転がっている。人は焼けると筋肉が固くなり、胎児のような体勢になるのだ。唇を失って剥き出しになった歯が、笑みとも苦悶とも付かない形で噛み合わさっていた。


「あ、あの……」と、アーミラ。「なんで私に付いてきたんですか?」


「はぁ?」


「いえ、その、……ガントールさんと、一緒に、前線へ行ってしまうのだとばかり……」


 オロルは片眉を吊り上げてアーミラを横目に見る。


「最善を尽くすためじゃ」


 当たり前だと言わんばかりにオロルは答えた。


 あの時、論駁ろんばくを繰り広げたオロルは、誰よりも早く事情を推し量ることができていた。

 ナルトリポカへ戻りたいアーミラの意見と、前線へ進みたいガントールの意見。この二つがぶつかる中で事の本質を見極めていたのだ。というのも、二人の内にある思いは継承者としての振る舞いの正しさではなかった。

 わかりやすいのはアーミラで、彼女が戻りたい理由は育ての親を助けたいという一心だ。対してガントールはかたくなに前線へ急ぐ。それは冷徹に映り、いかにも継承者然とした案だからこそアーミラに寄り添わない。


 オロルが見ていたのはまさにここだった。

 ガントールは決して他者の心情に鈍感ではないはずだ。だというのにこの場では随分と狭量になっている。前線へ急ぎたい本当の理由、個人的な事情があるのだと、いち早く答えに辿り着いていた。


 表向きは継承者としての振る舞いの正しさ、課せられた使命を笠に着て誤魔化しているが、それならばウツロが仕留め損ねた敵が内地へ食い込む危険を咎めるべきだ。

 オロルの目は、ガントールの発言の裏にある焦りのようなものを把握していた。そして力量から鎧とアーミラを向かわせるのは心許ない。となれば収まるべき形はこれしかない。


「あやつのことは許してやれ。事情もわかっておるのじゃろ」


「はい」アーミラは素直に頷く。


 アダンとシーナの救護は済んだ。

 二人をどこか別の集落に預けたい。


 復路の道すがら、オロルは焼け野原となった集落を見て回ることにした。とはいえここへ降りた時点で他の生存者がいることは望めないと感じていた。夜雨が続く時節においてなお執拗なまでの火勢の痕跡……間違いなく魔力を込めた犯行だ。そうでなければ火は雨に消える。悪意は昨晩、ここに存在したのだ。


 変わり果てた景色であれ、土地勘のあるアーミラは先を歩く。一度、小路の分かれ道の方へちらりと視線を向け、その先の景色が黒く焦げ付いているのを見ると肩を落としたのがわかった。言葉にせずともオロルは察する。あの道は……家につながる道なのだろう。


 目抜き通り。

 道の広がる手前でアーミラは歩みを緩めた。


 ウツロに聞いていた戦場。広場はもう目の前に見えており、開けた視界には真っ黒な炭がうずたかく積まれていた。その量は膨大であり、広場の隅から薄く坂をつくり中央では勾配もきつく円錐状に積み上げられていた。


 オロルは最初、継承者出征の祝いに建てられた祭りやぐらの残骸と見ていた。炭の山は木材や瓦礫の集まりだと――しかし違った。

 山から突き出た枝の数々が、手足であることを理解して怖気が走る。


「なんともはや……これは、むごいな……」


 凄惨な光景はオロルの語彙ごいを持ってしても形容し難く、言葉は途切れる。

 ここまでの道々で死体は散見されていたが、まさか大多数が一処に集められて殺されているとは思っていなかったのだ。


 アーミラは累々と折り重なる亡骸の山に近付くと、絡まりあった四肢を踏まぬように隙間を見つけては足を差し入れて遺体の顔を一つ一つ確かめた。一帯は炭化した皮膚とひび割れた腹から溢れる生煮えの腸が強烈な臭気を放っており、地獄のようである。


 髪の禿げ上がった焼け焦げた顔、顔、顔。アーミラは……炭の山をぐるりと回りながら面影を重ねる。


 この人は、よく畑仕事をしていた。

 この人は、道の向かい側に住んでいる人だ。

 この人は、アダンの工場で働いていた……。


 この人は――


 アーミラはその遺体を一目見て、どくん。と胸が痛むのを自覚した。まだ顔を確かめていないのに面影を重ねてしまう。変わり果てた姿であっても、誰なのかわかってしまう……。


 ――この人は、私に石を投げた領主の娘だ。


 悪夢を見ているときのように心臓が早鐘を打ち、脂汗が噴き出る。目眩にふらついた脚が焼死体の四肢にもつれ、たたらを踏んで炭を砕いた。ぱきりと脆い骨が砕けると砂礫されきのように焼死体の腕が粉微塵になる。しかしアーミラの意識は足元にはない。心不在焉しんふざいえんに娘の顔を見つめている。


 関わりを持ちたくないと思っていたのに関わってしまった娘。

 最後までわかり会えなかった相手だとしても、無念だった。


 こんな再開、望んでない。


 黒く焦げついた亡骸を見下ろし立ち尽くすアーミラに、オロルが追い付いて隣に立つ。


「アーミラ……っ」


 オロルは思わず口をつぐんだ。

 涙を流し、怒りに震える彼女の横顔に鬼を見たのだ。


 炭となった亡骸の山を前に立ち尽くす背中には激情が燻り、今にもこの場を焼き尽くしてしまうような炎が揺らめいて見えた。


 ――おそらくあれを『修羅』と呼ぶのじゃろうな……。


 カムロは密かに肌を粟立たせる。


[06 修羅 完]

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