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最後の異世界転生譚 ――Echoes Beyond the Aurora Manuscript――  作者: 莞爾
❖第二部❖ 出征編 06 修羅

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42話 一つ頼みごとがある

「一つ頼みごとがあるのじゃが」


 宿を出る折にオロルはガントールの背に声をかけた。


「わしらをナルトリポカへ投げてくれんか」


 これはなにかの冗談か……投げるとはどういう了見か。

 ガントールは未だ不満顔を隠さずオロルを見下ろす。視線を跳ね返す彼女の表情はなんとも判別がつかない笑みを口元に浮かべて、金色の瞳は相変わらず値踏みするような、人を試す視線だ。


「……よくわかんないけど、オロルが言うならやってやれないこともないけど」ガントールは唇を尖らせて応えた。「ただぶん投げればいいのか?」


「わしらが杖の中に入る。お主はそれをナルトリポカへ向けて投げればよい。片道分は楽ができる」


 ガントールは「ああ、そういうことか」と心の内に納得し眉を開くが、先の話し合いの手前、不貞腐れた面を崩すことはなかった。要するに馬が足りないため、往路を力技で解決するつもりのようだ。


「復路の足は?」


「自分の足しかない。半日程度の遅れになるじゃろうが、ま、なんとかなるじゃろ」オロルはアーミラの差し出す杖の宝玉の中へ身を沈めていく。「頼んだぞ」


 言い残し、オロルは全身を杖の中へ沈めてしまった。ガントールは束ねた後髪を指先で小さく掻くと頷き混じりにため息をついた。アーミラは杖の先を地面について静かに指先から沈めていく。


「アーミラ、悪かったな」


「あ、いえ……前線に向かうことは、大事ですから……」


「大事だけど、それでもなんだ。

 アーミラが守りたい人がナルトリポカにいるように、私の守りたい人は前線にいる……先を急ぎたいのは、継承者の大義だけじゃないんだよ」


 そう言って優しく笑うガントールを見て、アーミラも微笑み返す。


「……アダンとシーナを助けたら、直ぐに戻ります。あなたの守りたい人のために」


 力強い返答にガントールは思わず面食らう。


 臆病なアーミラが時折見せる覚悟は、凛凛りりとして頼もしい。

 二手に分かれるという話し合いではつい口論のようになってしまったが、拗らせずにまた手を取り合えそうだとガントールは安心する。


「行ってきます」


 アーミラは一礼して杖の中へ消える。あとに残されたガントールは杖を支え、頼まれた仕事を果たすために持ち上げた。

 一抱えするほどの大振りな杖を肩に担ぐようにして右手に構えると、ナルトリポカのある方角へ目測で狙いを定める。


 通常、ここからナルトリポカは常人の遠投ではとても届くような距離ではない。人の腕力、投擲能力は小石を川の向こうまで飛ばせたら優れている方だ。杖のような重いものを投げるなら、数歩先に放るのが精々。

 石材と金属で構成された次女継承者の杖『天球儀』を山の向こうへ投げるのは、常識では無理な話である。


 だがガントールは「やってやれないことはない」という言葉通り行動に迷いはない。獣人種の、さらに長女継承者の為せる尋常ならざる力を持ってすれば可能なのだ。


 杖を握る手に血管が浮き上がり、指は確かめるように杖をしっかりと握り込む。全身の筋肉が熱を放ち、揺らめく魔力は熱波の旋風となってガントールを包んだ。


 力を込め、数歩後方へ下がる。

 息を吸い込み、構える。


 緩慢な足取りで歩き出すと徐々に速度を上げ、大砲が弾を打ち出すように杖を投げた。


 助走をつけて一息に投げ飛ばす。振り抜いた右手は風を切り、ぼん。と砂埃が巻き上がる。放たれた杖は矢の如く真っ直ぐ飛んでいき、雲を突き抜けて空に消えた。


 ガントールは手をかざして杖の軌道を確認すると、おおよそ見当した方角へ飛んだと一つ頷き、振り返る。


「……私達も急ごう」





 驚異の部屋では、アーミラが扉に嵌め込まれた小窓から外の世界を覗き込んでいた。外界と切り離されているこの空間は室温も安定していて、急速な高度上昇に伴う気圧変化の影響も受けない。

 外からの音や振動も届かないが、この小窓越しであれば外の様子を窺い知ることができる。


 雲を突き抜けて地上の景色が目まぐるしく流れていく。

 窓を覗くアーミラの後ろ、オロルは本棚の上に尻を乗せて身を落ち着かせていた。


「ガントールは良い所へ投げたか?」


「ほ、方角はおそらく……少し、遠くまで飛びそうです」


「ならば時を見て降りるぞ」


 オロルの指示に首肯し、扉の前を譲った。アーミラはその背中に声をかけようとして何度か躊躇い、ようやっと勇気を振り絞って「あの」と言ったとき、被さるようにオロルの声が重なった。


「よし、杖の外へ出るぞ」


 上空を流れる杖の宝玉から飛び出すと、オロルは身を翻して柄を握る。後に続くアーミラが上半身を覗かせると手を伸ばし、二人は杖の外へ出た。

 ガントールが投げ飛ばした軌道は弓なりに弧を描いて、一度は雲の上を飛んでいたが、今は頂上を越えて下降軌道へ移っていた。オロルは下に広がる森や川の位置からおおよその現在地を把握し、次に燻り続けている集落を睨んだ。


 足元に広がる景色は煙たく、風には焦げ臭い匂いが混じっていた。オロルはアーミラと目配せをして指をさすと互いに頷いた。

 オロルが魔力を込めると杖の軌道が変わる。空気の抵抗が増し、ぐっと失速した。アーミラは宙ぶらりんの体がつんのめってオロルの背中にぶつかり、思わず手を離してしまいそうで小さく悲鳴を上げた。


「しっかり掴まれと言ったじゃろ」


 吹きすさぶ風が耳朶を打つ中でオロルの声が届く。そんなこと一言も言われた覚えがないとアーミラは困惑しながら歯を食いしばって柄を握る手に力を込める。横殴りの風は止み、自由落下を始めた二人は下から煽る風に目を細めた。


 アーミラはオロルの方へ目をやるとふと奇妙なものが見える。一筋の、透明な……綱?


 落下により全身を吹きすさぶ風の中で景色が歪み、丈夫そうな綱が輪郭を浮かび上がらせている。それそのものが見えずとも、質量を持つなにかが空気を断ち切っているのがわかる。

 ゆらゆらと風になびくしなやかなそれは、もとを辿ればオロルの背中から伸びており、もう片方の端は上に伸びて得体のしれない巨大な影に繋がっている。こちらも透明だが、硝子細工のように景色が屈折しており、ある程度の形は掴めた。巨大な傘の骨組みのような、或いは八本の脚を広がる蜘蛛と例えたほうが近いか。


 オロルの背から伸びた巨大な蜘蛛は、脚の角度を細かく変えて滑空を行う。

 木立の上を通り過ぎる二人は黒ぐろとした平野に出た。地面に衝突する寸前で巨大な影は八本の脚を地に向け、着地の体制をとる。オロルが操っているのだろう。八本脚が衝撃を受け止め、集落に降り立った。

 杖がぐらりと揺れ、大きく減速する。二人が揃って着地すると、舞い上がる風が足元の炭を散らした。雨に湿気っているため火はほとんど消えているが、すでに大半を燃やし尽くしてしまったらしい。土塊のように固まった炭が一歩踏みしめるごとに砕け、塵となって崩れる。


「刈り入れの時季でした……」アーミラは呟き、悲痛な思いで黒い平野を眺める。ここは本来、甘藷黍かんしょきび畑だったはずだ。


 ――いいか、アーミラ。これが前線を支えているんだ。


 いつかアダンが教えてくれた。


 ――これが……?


 ――この作物の茎や根に含まれる糖蜜が、皆を癒すんだ。これなしにはどんな戦士だって、どんな魔術師だって生きられないって言われてるんだぞ。


 脳裏に浮かぶいつかの記憶。アダンの、いかにも職人らしい節くれ立った大きな手が、甘藷黍の茎を手折りアーミラの口元へ差し出した。

 豊かな土の匂いと太陽の熱……夏の日差しの下、二人で畦道を歩いた思い出。


 アーミラは差し出された甘藷黍の茎を受け取り、堅い繊維を口に咥えて噛みほぐしていく。

 じわりと甘い蜜が滲み出し、目を丸くするアーミラにアダンは微笑む。


 ほのかに立ち昇る草いきれの向こう側、ささやかな日々が思い出された。しかし、視界に広がる変わり果てた惨状は、記憶を蝕むように焦げついた臭いを放っている。


 アーミラは唇を噛み、集落へ向かった。

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