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最後の異世界転生譚 ――Echoes Beyond the Aurora Manuscript――  作者: 莞爾
❖第二部❖ 出征編 06 修羅

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41話 あれが朝霧かなにかに見えるのか?

「オロル! 起きてるか!」


「起きとるよ……朝からなんじゃい」


 返事はすぐに返ってきた。ガントールは扉に錠が掛かっていないと知ると許可もなく体を差し入れ、まだ寝台の上で目を擦っているオロルに駆け寄る。肌着を着ていないオロルは慌てて布をかき寄せて肌を隠す。


「おい、勝手に――!」


「そこの窓からも見えるはずだ、あれは何だかわかるか?」


 ガントールの剣呑な顔に事情をきくしたオロルは言いかけた言葉を呑み込み、黙って掛け布を肩から被って前合わせに全身を包んだ。そうして寝台から降りるとガントールが開け放った窓の向こう、渓間に澱む煙を見る。


「……昨夜に騒ぎはあったか……? ナルトリポカからここでは報せが届くじゃろう」


「騒ぎはないが、昨晩窓の外が赤かったのを見たよ。その時は対して気にも留めなかったんだけど……あの煙はなんだろう」


「なんだろうもなにも火事じゃろうが。お主にはあれが朝霧かなにかに見えるのか?」


 オロルの言葉にガントールはまさかと首を振る。あそこでなにか起きているからこそ、わざわざオロルのもとへ駆けつけたのだ。

 当然そんなガントールの考えは百も承知で、オロルだって本気で莫迦ばかにしている訳ではない。敵にしてやられた……そんな憤りが気を立たせているのだ。


「寝ずの番はウツロが務めると言っていたが、ウツロはどうした?」


「……見てない」


 ガントールは言いながら、既に顔面は蒼白。


 オロルの胸中に、確信めいたものが芽生えた。不注意から起きた小火ぼや騒ぎではなく、敵の悪意による凶行と見たのだ。おそらく火が放たれたのは夜の底、ムーンケイからは夜闇と山陰に紛れて異変に気付く事ができないことも織り込み済みだろう。

 それが朝になり火が燻ると一帯の塵が空気中の湿気と混ざり合って白煙を蟠らせた。痕跡を隠して敵は逃げ果せるという算段だ。


 ここからの距離でもそれなりの広範囲が煙の中に沈んでいることから、被害の規模は相当に大きい。……自分の身ばかり警戒していたが、まさかここまで搦め手で来るとは……油断したと認めるしかない。


 オロルが眉間に皺を寄せ、窓外を睨む視線の下、宿の正面に続く通りに人影が映る。


 軋んだ足音を鳴らして歩くウツロを見つけた。ガントールは怪訝な顔をして窓の格子に口を近づけると声を張り上げた。


「おぉい、どこに行ってたんだ?」


 鎧は歩を止めてガントールを見上げる。そして垂らした両手を力なく広げて、また脱力した。おそらくは肩をすくめた身振りなのだろうが、二人が意識を向けたのはウツロの右手に握られた得物だった。

 柄を失って小刀のようになってしまった長槍。槍頭の刃はひどく毀れており、一目見て明らかな戦闘の形跡を残していた。


 オロルとガントールはこの有様をナルトリポカの野火と繋げて、間違いなく夜に戦闘が起きていたことを悟ったのであった。





 同日、継承者三名は前線へ向かう予定を取りやめ、宿部屋の中に膝を寄せていた。

 より厳密に言えば次女継承者の神器、驚異の部屋に集まっていた。


 ことの始まり、異変に気付いたのはウツロ一人。


 当時、ウツロは杖の中に姿を消した三人とすれ違うようにしてアーミラの部屋に入り、窓が開いていることに気付く。しかし、窓には格子が嵌められており、人が通る隙間はない。どこへ消えたか首を傾げて窓外を眺めれば、微かな異変を認め外へ向かった。

 所詮は遠景の野火であると異変をあなどり伝言も残さず一人で向かい、そして今に至るというのがことの顛末である。


 自分の命は自分持ち。しかし継承者としての自覚は甘く、油断はないと言いながらそれぞれが慢心していた出征初日の夜の悲劇。

 互いを糾弾するには己の不覚が身に刺さる。ウツロの書き記した事のあらましを、殊更に青褪あおざめて読んでいたのはアーミラだった。


「……あの……ふたりは……」


 声が震えている。安否を問う二人とはつまり、アダンとシーナのこと。

 アーミラの育ての親を指していることは明白である。


 ウツロは筆談でのやり取りのため、ここまでずっと文机に視線を落としていたが、紙面から筆を離しアーミラの縋るような視線に手を止めた。最悪の事態を想定していたオロルとガントールは苦々しげに口を引き結んだが、ウツロは目をそらさない。


 ぱた。と、手に握る筆先から墨が落ちて紙面を汚した。

 言葉をまとめ終えたようだ。ウツロは堰を切ったように筆を走らせる。


 ――息はある。しかし手足の骨を折られ、運ぶ布の調達も出来ずにいる。

 ――煙のせいで狼煙のろしは意味を成さなかったので、急ぎこの場に合流した。

 ――手当ても済まし、多少の猶予はあると見ているが、急ぎ救護を望む。


 これは大手柄。オロルは素直に胸を撫で下ろす。


「まだ……助かる……! すぐに行きましょう」


 立ち上がるアーミラの声は怒気を孕む。

 そのまま駆け出して行きそうな彼女をガントールは呼び止めた。


「待て」


 気ばかり急いては事を仕損じる。ガントールは文机の前に胡座をかいたまま深く息を吸い、口を開く。


「……全員は行けない」


「でも!」


「アーミラ、気持ちは解る。だけど全員でナルトリポカに行くのは無駄だ。それこそ敵の目的が足止めだったらどうする? 誘き寄せる罠だとしたらどうする? 

 何より、私達は継承者だ。一刻も早く前線に向かわなければならない使命なんだよ」


 その言葉にアーミラは閉口した。進むべきだというガントールの言い分は正しい。ここで全員がナルトリポカへ舵を切れば、この先もずっと敵の後手に回ることになる。


 なら、誰がナルトリポカへ向かい、誰が先へ進むかを決めなければ……そう理解した時にはオロルが手を挙げていた。


「――わしがナルトリポカへ行こう」


「え……?」


 まさかの提言にアーミラは目を開きオロルを見る。これまで冷淡な態度を見せていた三女継承者はガントールとともに前線へ進むだろうと考えていたので、そんなことを言い出すとは望外のことだった。


「その心は」ガントールは困惑気味に問う。


「簡単なことじゃよ」オロルは言う。「二手に分かれるならアーミラとわしがナルトリポカに。お主はウツロと共に前線へ急げ」


「ウツロと二人で先に行けと? 前線に近付くほど危険なんだぞ」


「もはや『内地なら安全』とも言えんじゃろうて。ナルトリポカを焼いた奴らは頭巾で顔を隠していたと聞く。敵の内通者か、間諜か、結界をやり過ごして内地に入り込んだ禍人の可能性も高い。わしらが下がる理由は十分にある」


「人員分けの理由はなんだ?」


「まだ助けられる命があるなら、呪術による治癒術式は必須じゃ。そして二人を神殿なり集落なり安全な場所へ運ぶにはアーミラの杖の中に匿うのが最善じゃろ。

 前線は勝手知ったるガントール。ウツロも二手に分けるならこっちにはいらん。連れて行け」


 オロルの提案にガントールはしばし逡巡したが、反論はしなかった。それぞれが最善と思う意見の折衷案として、とりあえずの納得はできた。それはアーミラも同じである。とはいえ、ガントールは前衛と後衛の役割を優先して振り分けたかったので、思惑が外れたことに内心すこしばかり悄気しょげげていた。前線への道はまだまだ警戒を高めて損はない。後衛を任せられる二人のうちどちらかが必要と見ていたが、ここへ来てオロルとアーミラの二人がナルトリポカに向かってしまうのは痛手であり、梯子を外される思いである。


 くして、アーミラはオロルと共に、ガントールはウツロと共に二手に分かれ行動することとなった。

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