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最後の異世界転生譚 ――Echoes Beyond the Aurora Manuscript――  作者: 莞爾
❖第一部❖ 神殿編 02 黄昏へ向かう世界《テティラ・マテル》

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2話 一つはアーミラの分だから


 降ってかかる迷惑は嫌うのが道理。集落の者たちにとって、残された少女も例外ではなかった。できるなら誰かに押し付け、最悪の場合は追放する――それが彼らの暗黙の結論である。

 知らぬところで少女が野垂れ死ぬとしても致し方無しと考えてさえもいた。迫る収穫を前にして面倒ごとにかまってはいられない、誰か任される者はいないのか。


 少女を預かると名乗り出たのは獣人種の夫婦だった。


 夫婦の名は妻をシーナ。夫がアダン。二人の間には子供ができなかった。対してアーミラは、歳こそ離れているが歩幅すらともにした育ての親であろう老婆と死別したばかり、繋がりを渇望する者と喪失した者……求めるものが家族であれば、少女もまた同じ苦しみの中にいるのだと同情していた。このまま一人で生きていくのなら、少女はきっと飢えて死ぬ。

 アーミラは師との別れに後ろ髪引かれるような葛藤に苛まれながらも、夫婦に招かれるまま『二代目国家ナルトリポカ』の一集落の片隅、同じ屋根の下で過ごすこととなった。



 ――ここで一度、国家について説明をしておこう。


 『二代目国家』とは、戦争によって獲得された領地の一つである。

 国家は世代ごとに「一代目」「二代目」「三代目」と区分され、最初の三つの国家は神殿がそびえる山脈の麓に築かれた。

 戦線は今も進退を極めており、そのため領地が減ることもあり得るが、継承者によってこれまで拡大の一途を辿っている。それぞれの代の継承者が領土を拡大させると防壁を築き、国を興す。そこに人が営むことで、歴史は紡がれる。


 そして、『継承者』と呼ばれる者達こそ、この物語の軸となる。


 現段階では、六百年続く戦渦の中で『四代目』まで国が建てられている。

 六つの国家と神殿――合わせて七つの国が存在している。


 継承者の名に合わせて、国の名はそれぞれ以下の通り。


  ・一代目国家アーゲイ

  ・二代目国家ナルトリポカ

  ・三代目国家ムーンケイ


 ここまでは百年に一人の周期で継承者が出現した。

 四代目では同時に三人の継承者が現れたため、三女神を姉妹とし、長女、次女、三女と区分する。


  ・四代目長女国家ラーンマク

  ・四代目次女国家デレシス

  ・四代目三女国家アルクトィス


 ――となる。





 ナルトリポカは神殿の築かれたマハルドヮグ山を尾根筋に沿って降りた所に位置する国で、山脈からの豊富な湧水が多数存在し水源に恵まれている。河川が多く常時において灌漑かんがい可能な肥沃ひよくな土地ゆえに農耕民族的生活文化が形成されており、主に甘藷黍かんしょきびの生産を担い流通することで安定した収益を得ている。


 建築様式は神殿からの流れを汲み、削り出しの石材を積み上げた柱に半円弧型の大梁おおはりが重厚な天井を支えている頑丈な造りのものが多い。この様式は、当時ナルトリポカが前線であった時に重要な防衛線であったという歴史が背景にある。というよりも、頑丈でなければ今日まで現存することなど叶わないのだ。


 現在は、前線からみて神殿の山陰に隠れた一代目国家アーゲイに次ぎ、戦火の被害が軽微な内地国ではあるものの、農耕労働者は基本的に全てを家族内の世襲制で賄うため日銭を稼ぐ方途がない。数少ない働き手の椅子を奪い合うとしても奴隷階級が雇用を独占しているためアーミラのような信用のない孤児が職を探すのは難しい。

 そこに手を差し伸べてくれたのが工匠の夫婦であった。孤児みなしごであるアーミラを招き入れ、労働を与え日に二度の飯も与えた。そして月に銅二十五粒が手に入った。この待遇は家族同然であった。


 アーミラは一年、二年と夫婦と生活を共にする中で少しずつ喪失の傷を癒やすことができたが、かと言って親代わりをしてくれる二人には、膝下しっかの恩を感じつつも家族のような形に収まることはしなかった。アーミラは娘役に消極的で、工匠の下働きとして日銭を稼ぎ、あくまでも居候としての振る舞いを固持した。夫婦はそのことを少し残念に思いつつも、勤勉さを評価し、アーミラの意思を尊重した。


 救いの手があれば、悩みの種も付きまとい続けた。

 工匠の養子として迎えられ、アーミラがこの集落の一員となって三年を数えた。アーミラは十七を数え、成人となった。

 切り揃えた藍鉄色の長髪を背中に流し、おさがりの上着は薄手うすで生成きなり貫頭衣かんとうい。中に着た肌着の袖は五分丈だが裾は膝までの長衣であり、それをこざっぱりと纏って腰元を縛っていた。下はゆとりのある山袴で、元々は紺染めのものだろう、色の褪せた青色をしていた。集落の者達に紛れるありふれた服装である。

 顔の作りは顎も鼻も小作りで引き締まり、瞳は前髪に隠しているが生来の意思の強さを物語るはっきりとした形で、瞼は伏し目がちで長い睫毛が揃っている。老婆の一事がなければ集落の者達もこの娘を嫌うことはなかったであろう。

 死別から始まったこの集落での生活は、未だ教会堂の残骸と共に黒ぐろとした焦げ付きを残していた。大人たちから表立って嫌われることはなかったが、その視線の白々しさをアーミラは敏感に捉えていた。……地頭の良さか、処世術か。アーミラは寡黙であり続け、万事において一歩引いた態度で、面倒事を未然に避けて暮らしていた。

 しかし、そうした身過ぎ世過ぎの中で大人たちとは折り合いがついたとしても、集落の同年代同士では避けられない衝突も起きた。アーミラは工匠の夫婦には隠していたが、お使いを頼まれて一人、人の目が集まらない道を通ると、決まって嫌がらせを受けていた。


「アーミラ、お昼の準備できたから、これ持って手習いさんとこまでお使い頼めるかい?」


 家の中からシーナの声がすると、外で箒を握っていたアーミラは前掛けで指先の汚れをぬぐい、ぱたぱたと駆けつけた。台所では大きな編みかごが二つ、中には工匠手習いのために用意したお昼が詰められていた。シーナはにっこりと笑ってアーミラの頭を撫でる。


「うふふ、外で掃除してくれてたん? いつもありがとね」


 アーミラはこくこくと頷く。


「ほんじゃ、場所はいつもんとこね。お父さんに『帰りは飲みすぎないように』って伝えてね」


「……は、はい……行ってき、ます」アーミラは俯きがちに言うと編みかごを両手に提げて歩き出す。


「気を付けて。一つはアーミラの分だからちゃんと食べなね」


 玄関まで見送ると、扉が閉まりアーミラの足音がぱたぱたと遠くなっていく。シーナは甲斐甲斐しく働く彼女の後ろ姿に思わず笑みを作ると、少し心配そうにため息を吐き、気持ちを切り替えて台所に戻って行った。


 アーミラは、人との会話に怯えたような態度をみせていた。視線が合うことを嫌ったり、言葉をしょっちゅう詰まらせたり、夫婦にとっては以前の彼女を知らないので、これが生来の性格なのかわからない。もし、本当は明るく笑える子なのだとしたら……。このままでは、いずれ心が壊れてしまうのではないか。三年間共に過ごしたシーナは確信していた。アーミラは不吉な娘なんかじゃない。

 とてもいい娘で優しくて、気立ても良く器量もいい。……だというのに、それが他人とでは上手く機能しないのが歯痒くて、口には出せないものの捨てきれぬ親心なりに悩みの種となっていた。




――――❖――――――❖――――――❖――――

国家についての説明に合わせて、『大略図』を用意しています。

https://kakuyomu.jp/users/KASAMOTOKANJI333/news/16818622173253113126

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