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最後の異世界転生譚 ――Echoes Beyond the Aurora Manuscript――  作者: 莞爾
04 天の暦数

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22話 りゅう……とは何ですか?

 オロルは崩した脚を組みなおし、卓に肘を付いて掌で気怠い頬を眠たげに支えている。これまで気丈に振る舞ってはいたが旅の疲れに酒気と睡魔が手伝って随分と年相応な少女らしい姿を見せる。いや、ただの深酒か。


 あくびを噛み殺した金色の瞳が睨むように視線を厳しくしたため、対面に座るアーミラは萎縮してしまう。居心地悪く視線を受け止めているが、オロルに悪気はなくただ眠たいのだった。

 明日からは出征まで連日式典と儀式に忙殺されるだろう。身体を休ませたいというのは皆が思うところである。しかし今宵はまだ一仕事残っている。


「それでザルマカシムよ。晩餐の後は明日の流れを説明するのであったか?」


 ザルマカシムは首肯すると改めて進行を始めた。


「はい。皆さま一堂にお集まり頂いていますから、お開きの前に明日の流れをお耳に入れておきたいと思いまして。アーミラ様とオロル様のお二方は神殿での日が浅く、式典での作法に不得手かと思われますので、僭越ながら少々のお時間を頂きたく思います」


「なにか挨拶でも用意せねばならんのか?」


「そのつもりでございますが……ご希望ならば代表者のみに致しましょう。この場では不肖、わたくしめも明日の方針について一任されております故、ご随意に御判断頂ければその旨を上にお伝え致します」


「ではそのほうが良いな」


 オロルは小癪に笑みを浮かべてアーミラに視線を送る。三人それぞれが挨拶の言葉を用意するのは面倒な上、次女継承者は場馴れも胆力も無いと見た。楽ができるなら己にとっても都合がいいとオロルは考え、挨拶は代表者のみとするように希望した。そして話し合いが踊ることもなく代表者は長女継承がふさわしいという結論に落ち着く。


 交わし合う言葉に意地悪な様子はなく、挨拶の言葉を用意する手間を省く事ができたアーミラも胸をなでおろしている。ガントールも傍で頷いて見守っていた。互いの得手不得手を補い合える継承者の仲間ができたことは、ガントールにとってこの上なくありがたい僥倖だった。


「明日は午下より『心像灯火しんぞうとうかの儀』、『神器継承の儀』、夜に『星辰せいしんの儀』、明後日の朝に『出征式典』と行事が執り行われます。皆様におかれましては明朝から昼にかけて身元をより正確に検めるために本殿の方へお集まり頂きますのでよろしくお願いいたします」


「わしらは朝からずっと出ずっぱりか」


「そうなりますね」


 ザルマカシムは一度言葉を切り、折りたたんで脇に挟んでいた紙を取り出すと魔術を行使して空中に展開する。見えない壁に貼り付けられたその紙には絵図が描かれていた。アーミラは心当たりがあるのか、ふむ……と頷く。少し遅れてオロルとガントールはその紙が何か理解する。

 端が破れていて随分古いが、用途に支障はない。


「地図か」とオロル。


 オロルはちらりとアーミラを瞥見べっけんした。此奴は流浪の民……さらに次女継承の力は地図とも関係が深いのだから、これは因果か……。


「歴代の神人種が測量し、作成した国土大略図で御座います。原本は古い書翰パピルスで書庫に保管されております。こちらはその写しです。

 陸地の境界線外は海が広がっていると見てください」


 ザルマカシムは簡単に答える。


「下側の白飛かすれとる領域は禍人の領地か」


 指をさすのは地図の下部、方角にして南側の大陸である。前線の引かれた場所を目測で推量するならばこの南北を隔てて空白の広がるところからは敵の領域だろうとオロルは見当を立てた。果ては海と陸地の境を描く線さえも記されておらず、おそらくは測量不可。なんの情報も手に入らないのだろう。


「仰る通りです」ザルマカシムは少し間をおいて続ける「御二人は神族として座学を受けてはおりませんので、個人の持つ知識に差が生じていると思います。順を追って説明を致しましょうか?」


「私はどうしようか」ガントールはあくび混じりに言う。「既に知っていることだし、やたらに眠くなってきた」


「はっ、然りじゃな」オロルは歯を覗かせて笑みをつくる「説明は必要なかろう。知らんことがあればその場で質問を飛ばす」


 ザルマカシムは人受けのよい笑みを見せて了承すると部屋の隅にある書見台から碁笥ごけのような入れ物を手にとった。蓋を開けて駒を大掴みにさらうと指で一つずつ摘んで地図に配置する。空白地帯に接する付近には二本の点線がほぼ垂直に引かれており、線を境に白と黒の駒を向き合うように配置した。


「では説明は省略します。早速ですが、こちらが現在の前線の戦況です。

 地図上の点線部、向かって右側から長女国家ラーンマク、次女国家デレシス、三女国家アルクトィスとなります。四代目国家の姉妹国が連なる国境がそのまま前線とみていただいて構いません。そして南側全域が敵の領地です。一進一退となるほどの乱戦はしばらく行われてはいませんが、刻印現出を機にこれから敵側が先手を狙いに来るでしょう」


 ザルマカシムの言葉に三人は頷く。


「その地図上の穴はなんじゃ?」


 オロルが指をさす。それは次女国家デレシス領内に位置する円形の線であり、虫食い穴があるわけではない。答えたのはガントールだった。


「ああ、それは『涙の湖』だな」

「ほう」オロルは目を細める。「これがそうか」


 アーミラは言問い顔で二人を見た。視線を受けてガントールが言葉を続ける。


「そこに大きな湖があるのさ。先代が前線を押し上げたときに龍と戦った場所だと言われている……その時穿たれた大地に雨水が溜まり湖になったと」


 アーミラは「はあ」と間の抜けた返事を返した。この縮尺の地図でも拳ほどの大きさ、実寸なら集落の一つや二つまるごと飲み込んでしまう湖……先代たちが戦闘で作り出したものだというのは信じられなかった。


「見たことはあるのか?」とオロルはガントールに訊ねる。


「一度だけ。その一帯に踏み入るととても静かで、妙な草木が茂る雑木林だ。ほんとに、前線とは思えないほど空気が違うよ。戦場とは別の怖さがある。不気味というか、身体が竦む」


「妙な草木とはなんじゃ? 植生がそこだけ違うのか?」


 ガントールは眉を困らせ腕を組んで頭を傾げた。


「うーん……とにかく妙としか。同種の草木でもその一帯に自生する植物は形状がいびつなんだ。湖付近では枝ぶりも葉の形も捻じくれてしまう。元々は禍人マガヒトの領地だったんだから、何らかの影響で土地が腐っているのかもしれないが、長居をするだけで致死の呪いが掛けられるとも聞く……そういう事情もあって手付かずなんだ」


 なんとも不気味な物言いに皆が閉口する。笑い飛ばすこともできただろうが、ガントールの口から素直に『怖い』と評されると何となく真に受けてしまう。


 ガントールは自身の体験としても野生の勘のようなものがその一帯での長居を嫌うと語るが、全容は判然としない。


「不可侵とでも言うべきか、物見遊山ではないが、一目見るのも一興……」


 オロルは呟くようにして誰にでもなく頷いている。一方でアーミラは会話のすこし前から進めないでいた。


「りゅう……とは何ですか?」


「龍。……『災禍さいかの龍』『厄災の禍龍まがりゅう』といくつか呼び方はあるが、とんでもない化け物と理解してくれればいいんじゃないかな」と、ガントール。


「その化け物は継承者と渡り合うだけの力がある。故にトガや禍人とは別に扱われておる」オロルは言う。「わしらも合間見あいまみえるやもしれんのう。先代は相討ちじゃったが、わしらは果たしてどうじゃろうな」


 アーミラは青褪めて顔を引きつらせた。あの地図に描かれた湖、そこに今も息を潜めて棲まう龍の姿を想像して、早くも気持ちが萎えている。私なんか、きっと指で摘まれて牙の並ぶ口の中、一口に飲み込まれてしまうんじゃないだろうか。と、アーミラは想像して身を震わせた。

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