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最後の異世界転生譚 ――Echoes Beyond the Aurora Manuscript――  作者: 莞爾
04 天の暦数

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21話 最後の晩餐とも言えよう

 ガントールは平皿に少しずつ料理を盛り合わせていた。椀にはすでに山盛りの飯が盛られ、先程までの瀟洒な態度はなりを潜めて獣人種らしい大食漢の姿をみせている。選ぶ料理も海産より陸産、魚より肉と豪快だ。卓の中央に陣取る首を落とした鹿かのししの丸焼きを匕首ナイフ突匙フォークで切り分けると「皆もどうだ?」と嬉々として肉と骨を捌いていく。澄んだ肉汁が滴る大皿の鹿の腹には臭み消しの香草が詰められ、切り落とされた脚は別鍋に煮込まれて卓の横に鎮座し、蓋の隙間からしゅうしゅうと音を立てていた。


 アーミラも目も綾な大皿の中から一品に目をつけた。粉挽きにした麦を鶏肉にまぶして油にくぐらせ唐揚げにしたものに、細切りの甘唐辛子や筍と合わせて餡をかけた一品だ。薬味に葱と大蒜にんにくが刻まれていかにも精がつきそうだ。まだ湯気が昇り、食欲をそそる照りがある。皿に添えられた匙は取り分けるためのものだろう。アーミラは中腰になって手を伸ばすと一人分を盛り付けた。芳しい香りが鼻孔をくすぐる。どこか懐かしいシーナの笑顔を思い出す、馴染みのある匂いがした。


 オロルのほうは飯よりも酒のあてを目当てに椅子から降りて、他の者の目がないのをいいことに裸足のままぐるりと卓上の品をひやかしている。左手は杯を離さず、右手に箸を持っていた。どうやら取皿もなしに直接摘んでしまうつもりらしい。

 足を止めたのは、竹の簀子すのこに山になっている揚巻物か。米粉の皮に貝柱と剥き身の海老、そこに生姜、白髪葱などの薬味に醸した調味料を包み香ばしく揚げた品である。海産物となるとアーゲイから卸されるものだろうか、内地でしか調達できない具材を取り入れているが、海の幸というものにはガントールもアーミラも箸が伸びなかった。醸された調味料もまた塩味の強い香りを放ち万人受けではなく、オロルのような賢人種が好む食文化である。

 オロルは箸と杯を左手に器用に持つと、右手は萵苣ちしゃの葉を摘む。そしてその上に揚巻物をかさりと乗せて一口頬張る。丸い頬が膨らんで窄ませた口から熱気のある湯気を小刻みに吐いて酒を呷った。皮の内側はまだ煮えたように熱いらしいが、飲み込んでしまえば口内は濃い味の汁と閉じ込められていた海鮮の旨味が広がる。二口、三口とあっという間に腹に収めては口内の油を酒で流し、杯も乾かしてしまった。そんな様子を眺めてみていたガントールとアーミラは自然と微笑む。


 かくして、皆が晩餐を楽しみ、当たり障りのない身の上を打ち開ければ親睦は深まるというもの。皿の料理もおおかた平らげて腹くちくなった頃、三人の距離は随分と近付いていた。


「しかし……三人だけで好きにしていいとは、随分と放任じゃな」


 オロルは酔いも回って多弁になっていた。素面のときでさえ思ったことは抜け抜けと言う質であるが、酒が入ると止めが効かない。葡萄酒の満たされた水差しを空の杯に注ぎ、椅子の上で再び胡座をかいた。


「とはいえ外に気配があるが、護衛でもしとるのか……」


 そう呟いて、卓の前にガントールが切り分けた鹿肉の塊が香草を添えて綺麗に盛り付けられているのをつまむ。少し乾いてしまっているが目の前にあるとつい食指が動いてしまうらしい。誰にとっても絶佳の晩餐であるから、胃袋は無理を推して食欲を満たす。そんなオロルに続き、ガントールは言葉を継いだ。


「護衛してもらえるだけありがたい。継承者なら常に狙われているだろうからな」


「案外、外の気配は敵なのやもしれんぞ」


 オロルの言葉をアーミラは真に受けて青褪め、ガントールが呵々と笑って否定した。


「ここは神殿だ、万が一にもあり得ないよ。気配も私からしたら馴染みのあるものだ。不穏なものは居ない。

 晩餐会も素直に楽しめたよ。二人が現れなかったらこれも一人で食べることになってたのかと思うと笑っちゃうけど」


 ガントールの言葉にオロルは笑みで返す。


「一人きりの出征は、寂しいじゃろうな」


「そうだね。出会ったばかりだけど、三人これからは長い付き合いになるだろうし、改めてよろしく頼むよ」


「ふむ、長い付き合いか……前線でおっんでしまわなければの話しじゃが」オロルはアーミラの方を向いて意地悪く笑う。「最後の晩餐とも言えよう」


 アーミラは怖がらせようとするオロルの手には乗らないと身を強張らせて困った顔をした。冗談とはわかっているが、縁起でもない。


「ははは、脅かすなあ」ガントールは涼し気にオロルの言葉を受け流す。「大丈夫さ。二人は嬰児の頃から刻印を持っていたわけではないけれど、恐らくは皆各々が困難を乗り越えて今日に辿り着いたと信じてる」


 酒に潤んではいたが、ガントールの瞳は力強くオロルを見つめていた。言葉に偽りはなく、本心からの返答なのだろう。あるいは願いか……いずれにせよ、三人は遠からず前線へ向けて旅立つこととなる。そこで実力が如何いかばかりかつまびらかにされることとなるのだが、当代はやはり巡り合わせが異なるのだと知るのはまた先の話である。


「確かに、各々困難を乗り越えて来たのじゃろうて。お主は生まれながらの辺境伯の娘で、唯一の正式な当代継承者。既に前線を駆け回ったとも聞く。

 わしは島嶼とうしょ賢人部族の娘として幼少より呪術の研鑽に身を置いてきた島一番、否、賢人種で一番の呪術師じゃ。

 ……して、アーミラ。お主はどこの産まれか?」


 またもや矛先を向けられたアーミラは驚くことすらできず、刹那の間呆然としていた。


「わ、私? ……ですか?」


 吃音の上に要領の悪い確認が重なり、オロルの酒量が増す。


「おぬしに問うているのは明らかじゃろう。質問に質問で返すな」と心の声がそのまま口から出る。「飯の間も黙ってばかりじゃろうが。身の上くらい語ってみぃ」


「あ、はい……! えっと、私は……昔の記憶が無くて、覚えているのは、し、お師様と共に歩いていた程度です。流浪の民として」


「なに?」オロルは穏やかではない声で続ける。「それは幾つの時じゃ」


「十の頃からは……覚えています。それから……し、師匠が亡くなったのが三年前、くらいです。物心つく前から流浪をしていたと、思います」


 オロルはおとがいに手を当てて、ふぅむ……と、難しい顔をした。


「記憶が無いとな。……身体の傷も踏まえると前線近くの出身かもしれんな。なるほど……親の顔も覚えとらんのか?」


 アーミラは曖昧に首を傾げた。発話しないためかえって返答が早い。オロルは彼女の吃りも前線による影響かどうか考えたが、記憶がないのならば精神的な外傷とは思えない。これはただの人見知りか――兎も角。


「お主の親はきっと前線におったのじゃろう。

 一昔前に戦闘が激しかったのは四代目三女国家アルクトィス……そこで戦火に巻き込まれて命を落とし、流浪の民に拾われ師と出会った……そしてその後どこかで記憶をなくしたとみるのが自然か」


 オロルの言葉にアーミラは無感動であった。実際、アーミラは親の温もりを知らない。師や工匠の夫婦との絆が数少ない温かな記憶だった。産みの親を特別に思うような感慨は皆無だった。


 この世界では親がいないことは珍しいことではない。二百年の前線の膠着状態において仮初かりそめの平穏を享受しているものの、戦争自体は依然として続いているのだ。さすがに顔を知らないという程ではないものの、ガントールもオロルも親を亡くしている。

 それでも二人が、アーミラに対して寛容であろうと考えたのは、孤独の日々の中で積み重ねたであろう努力を推し量ったからである。流浪の民という一所ひとところに根を張らず困窮した環境の中で魔呪術を習得したのであれば大したもの。恵まれない環境で才覚を発揮したのなら眠らせている能力に期待できるだろう。なにより、これから命をかける一蓮托生の仲に要らぬ不和を求めはしない。


「私……無くした記憶を取り戻したいんです……そのためにここに来ました」


「……なるほど。確かにガントールの言うとおり。皆各々が生温い日々を送ってはいないようじゃ」


 オロルは言い捨てるように話題を切り上げて肉を一口放りこむ。そしてもう何杯目かわからない酒のお代わりを杯に注ぐと、ガントールにも酒を注ぎ、残りをアーミラの杯に注ぎ水差しは空になった。雫を垂らす水差しの最後の一滴まで見届けると、「まぁ飲め」と改めて杯を掲げる。それに続くようにガントールとアーミラも乾杯し口を湿す。オロルはアーミラが葡萄酒を飲む様を満足そうに見つめていた。


 その瞳は次の瞬間には扉の方を睨む。酩酊に蕩けた瞳ではあるが感覚は冴えているらしい。微かな足音が届くと、扉が開かれザルマカシムが入ってきた。

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