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最後の異世界転生譚 ――Echoes Beyond the Aurora Manuscript――  作者: 莞爾
21 暁

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172話 誰のせいでもない。必要な儀式なんだ

「それが人間だよ」


 セリナはくすりと笑う。


「人に戻ったのなら、兄貴はどっちを名乗るの? ウツロ? それともアキラ?」


「わからない。そもそも戻ったと言えるのか……」


 外套の袖に腕を通さず、羽織るようにして身に纏うと彼は告げる。


「皆……悪いがまだ終わってないんだ」


 その言葉にカムロの眉が跳ねる。


「終わってないですって?」


「ああ。これから世界が崩壊する」


 彼の言葉を証明するように、足元はにわかに揺れ始める。

 微かな余震に最奥はかたかたと石材を鳴らし、すぐに大地そのものがうねり、地鳴りを響かせる。


「山が、震えている……!?」


 立っていられないほどの強い揺れに勇名たちは思わず悲鳴を漏らす。このまま地下で生き埋めになるのではないかと背筋を凍らせ、本能的な恐怖に目を丸くしている。

 

「このままじゃ噴火するか……」彼は裸足で床を確かめ、外へ駆け出そうとする勇名に声を上げる。「部屋から出ないでくれ! 全員外に運ぶ!!」


「そんな、どうやって!?」足止めされた勇名は声を荒げた。


「こうやってだ」


 外套から腕をさらし、彼は念じる力で最奥を押し上げた。詠唱も術式も用いずに発動したことに誰もが絶句した。


 硬い地層を押し砕きながら最奥は上昇を続ける。この魔術は誰の仕業か、ザルマカシムとカムロは互いに首を振り、アーミラの方を見た。当然アーミラも否定する。


 ザルマカシムは信じられないという顔をした。顎髭を撫でつけ、彼に視線が釘付けになる。

 鎧姿のときには魔呪術を使う素振りがなかった。使えるとも思えなかったが、人の姿を取り戻しこれほどの術を使えるようになったのだろうか。


「異世界から来たお二人は強力な魔呪術が使えると……?」


 カムロの早合点を彼は訂正する。


「いや、使えない」


「ですが、セリナ様も尋常ではない強さでしたよ」


「俺もセリナも、本来は魔呪術の才能なんてない。これは……特別な力だ」


「ちなみに私のはただの龍体術だよ」と、セリナは呑気に言う。


「『ただの』で片付くものでもないが……頂上に出るぞ」


 彼の言葉通り、部屋は地下構造を抜けて外へ出た。

 瓦解して壁の取り払われた最奥はもはや石畳のみとなり、横から射し込む朝日に目を焼かれる。

 神殿外廓の向こうには太陽が頭を覗かせていた。


 待ち侘びていた終戦の夜明け。

 暁は空を朱に染め、地鳴りの響き渡る世界を不吉に照らしている。世界は今まさに崩壊が進んでいた。


 この世の終わりが訪れようとしていた。


「何が起きてるんだ……」


 光芒を遮るように手をかざし、麓の状況を見下ろしていたガントールは異変に気付いて指をさす。スークレイも只事ではない変化を認める。


「あれは……!」


 ナルトリポカの方角、大地には巨大な裂け目が生じていた。

 地割れはいたるところに現れ、まるで星が砕けるような恐ろしい光景が広がる。もはや彼の言葉を疑うものはいない。


「なあウツロ、一体何がどうなってる……!?」ザルマカシムはたまらず駆け寄る。


「このままじゃ世界が……、マーロゥの陣を使ったからですか……?」カムロはアーミラに対して術に間違いがなかったか問い質していた。


「私は書き換えましたよ!」


「なにか、見落としていた可能性は……」


「そんなはずは……」


 応えるアーミラの目に不安がきざす。マーロゥの遺した陣は確かに世界収束の術式、手違いで異変が起きたという可能性を否定できなかった。


「違う」彼は断言した。「アーミラのせいじゃない」


「ウツロさん……」


「誰のせいでもない。必要な儀式なんだ」


「必要な儀式……?」カムロは戸惑いの視線を向けた。


「そうだ。……星の摂理を書き換える、《《最後の転生》》に必要な儀式だ」


 彼は超然とした佇まいで不安を受け止め、案ずることは何もないと腕の中に鏡を呼び出す。そして鏡面からは神器が飛び出し、ごとりと鈍い音を立てて石畳に転がった。


「……神器!」オロルとガントールの声が揃う。


 天秤、天球儀、柱時計と順に呼び出し、最後に出てきたのは鎧の腕だった。

 地面に指を這わせ、輪を潜るようにぬるりと顕現するとそのままひざまずく。従者のように指示を待つ鎧の手には斧槍が握られていた。


「ウツロが、二人……?」ザルマカシムの声が動揺に震えている。


「真理を分担している。虚の鎧と、人としての俺……それぞれに継承した」


「何言ってるかわかんねぇぞ……」ザルマカシムは事態を呑み込めない。


「う、えっと、アキラ、さん……鼻から血が出てます……!」アーミラは彼の鼻を指さす。


「え――」彼は親指で鼻血を拭い、啜って誤魔化す。「とにかく大丈夫だから」


「……大丈夫とは思えんが……」


 オロルの指摘に彼は困ったように笑って見せた。その表情にアーミラは胸が苦しくなる。アキラさん……無理してる……。


「本当に大丈夫なんだ。誰も死ぬことはないから」


「どうしてそう言い切れるんですか……?」


 心配そうに問うアーミラに対し、彼は気丈に応える。


「俺は真理を手に入れたんだ。〈真の神〉と〈理の龍〉の力、二つがここにある。世界を創造できるとんでもない力だ。

 先ずはこの力で、崩壊による怪我や死亡は全て無効とする」


 力強く宣言する。その彼の背に鎧が凭れ掛かり、蕩けるように板金が形状を変えた。冠に似た頭角と身の丈を超える黒鉄の翼が揃う。


「んな……無茶苦茶な……」


 ザルマカシムは人智を超えた姿に圧倒されて言葉が続かない。

 言っていることも、やろうとしていることも、その姿も――全てが人の理解を超えていた。


 彼は腕を伸ばし、その手に神器を掴む。神器と武器を携えるには腕二本では足りないと気付くと、背中から鎧の腕を追加した。天秤剣と天球儀をそれぞれ握り、自身は斧槍と鏡を携え、柱時計の八本脚を後光の如く展開する。

 その姿は異世界人とはかけ離れたものだった。


「……あはっ」


 誰も口出しできないような物々しい状況で、不意にセリナが笑い出す。


「いよいよ化け物じゃんか」


 あえて口に出さなかった言葉をセリナは言った。

 そこは兄妹、ウツロも機嫌を損ねることなく眉を困らせる。


「ごめん……正直慌てて」


 彼の気弱な返答に、むしろこの場に集まる者たちは安堵した。姿はどうあれ、少なくとも精神は人のものだと感じさせてくれる。


「まぁ、兄貴らしいか」セリナは背中に隠していた翼を広げる。「心配だから私も手伝うよ」


「セリナ……」


 ウツロはセリナの瞳を見つめ、その覚悟を見定める。


「……そうだな。手を貸してくれ。

 実はこれから大仕事でな、世界を作り替えなきゃいけなくてさ」


 ――世界を作り変える……?


 そんな言葉を聞いて、アーミラは思わず鎧の手を掴む。


「あ、あの……ウツロさん……私も手伝います……!」


「アーミラ……」


「私は、ずっと争いのない世界を求めていました……っ! お願いです! 私にも創造の力を……!!」


 その目は真っ直ぐにウツロを見つめる。アーミラの覚悟は本物だった。

 しかし、ウツロは首を横に振る。


「疲れているだろうからアーミラは待っていてくれ」


「……えっ、でもセリナさんは――」


 ウツロはアーミラの側に歩み寄ると、武器を置いて彼女の手を握る。


「『使命』なんてもの、これ以上アーミラに背負わせたくない。だから見ていてほしい」


 ――かならず期待通りの世界に変えてみせるから。


 アーミラの右耳に囁き、彼は優しく微笑むと天高く飛翔した。

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