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最後の異世界転生譚 ――Echoes Beyond the Aurora Manuscript――  作者: 莞爾
03 継承者

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15話 故郷さ



 三女神ホーライの継承者は、その名の通り三柱の女神になぞらえ、それぞれの力を継承する存在である。

 それについては当代も違いはない。


 限定的な言い方をしたのは、当代は、先代の刻んできた歴史と比べて例外が多いためである。


 初代から三代目までの継承者は、それぞれが一人ずつ、百年周期で現れた。

 初代は獣人から戦士が、

 次代は魔人から魔術士が、

 三代目は賢人から呪術士が、……といった具合である。


 故に神殿側は前例を持たず対応は後手に周り、継承者に対しての待遇処遇を決めかねていた。ただ一つ確かなのは、百年周期であるという事実のみだった。

 四代目継承者からは、獣・魔・賢人種からそれぞれ一柱ずつ、同時に生を受けるようになった。この異例の変化により神殿は本格的に介入を始め、刻印を持つ娘が誕生した際には嬰児えいじのうちに親元を離れ、神殿に預けられることとなる。


 刻印を宿す娘は女神の地位に就き、天帝と同格として招かれる。物心がつく頃になると戦術や規範、その他のいっさいについても学び育てられる運びである。五代目も当初はその流れを汲むはずであった。

 しかしこれまでに語られたとおり、当代が現れたのは二百年経ってからのことだった。一代分の空白がある。そして娘は長女継承のみ順当な手順を踏み、次女と三女には突然刻印が現れた。


 継承者については未だ謎が多く、この不可解な出来事も今の段階では神の気まぐれと片付けるのが精々。一つ言えるのは、アーミラを除く残りの二人もまた旧知の仲というわけではないということ。

 時を別にして、それぞれがそれぞれの門をくぐり、動き出した運命の渦中に身を投じているということだ。





「ほう……ここか……」


 閉じ合わされた門扉もんぴの前に二人の女が立っていた。オロルとガントールである。


 二人はトガを討ち取った初陣の後、一夜を明かして朝霧の立ち込める薄闇を駆け、ムーンケイ下層から北上しこの山の頂に辿り着いた。オロルにとって初めて目にする神殿の門扉は、分厚く重厚な造りで、削り出した石材の荒い肌面が結露に光っていた。その冷たくざらついた感触を掌で確かめると言葉もなく感慨深い思いが湧いて真剣な表情になる。

 後ろで見守るガントールはさも満足そうに腰に手を当てて、視線はオロルから眼下の地平へ移されると、今度はオロルが振り返ってガントールの背中を見つめた。


 その姿は獅子しし麒麟きりんか、物言わず構えているだけだというのに、腰や脚にすらりと竹のようなしなりがあって、朝日を望む横顔も凛々しく晴れ晴れとしていた。女の目的ははなから護衛ではなく、この景色を眺めることであるかのようだった。


 マハルドヮグ山の頂に佇む神殿はようやっと朝日に照らされて白く煙るもやを溶かしているばかりだというのに、その女は鶏も鳴かぬ時分から溌溂とした目をたぎらせていた。今日という日に焼べられた暁にも劣らぬ、燃え盛る緋眼である。


「ガントールよ、何を見ておる?」オロルは問う。


「ん? ああ――」


 清廉な空気を一息吸い込み、これまでの山行の路を遠望した。朝靄の向こうで陽を浴びる峠の街は遠く小さく、吹き溜まりの塵のようにしかみえない。さらに果ての果てを見晴るかすと砂塵と戦火に暗く濁った世の果てがあるはずだ。たとえ見えずとも、地平の向こうであろうとも、それでもガントールは誇らしく答えるのであった。


「――故郷さ」


 思い馳せる景色こそが前線『四代目長女国家ラーンマク』……己の故郷。


 二人は互いに何とはなしに不敵な笑みを作り、恐れるものはないと門扉を開けた。アーミラ一行が辿り着く一日前、継承者二人の神殿入りである。





 重い瞼の隙間から覗く視界は薄暗く、聴覚は判然としない雑音を拾う。それは耳鳴りに似た、玻璃はりような薄く硬質な響きを持って、どこから聞こえてくるのかもわからないか細い音だった。


「……、ア……ラを……」


 雑音の中で男の声。なにやら緊迫した声音である。視界を覆う人影が声の正体か、せわしなく、なにかに追われているかのように落ち着きがない。誰に向けての言葉かはわからないが、視線は私の頭上を見つめていた。場所は室内と見えるが窓は小さく、棚に遮られて射し込む光は埃を照らしている。

 私の視界は不意に浮き上がり、男とは別の何者かに背後から手を回され抱きかかえられると、抵抗することもできず運び出される。闇の中へ――


「い……、必ず…………から……」


 部屋に取り残された男の声は遠くなり、小窓から射し込んでいた光も届かなくなる。一面は闇に覆われ、唯一感じるのは私を抱えて走る何者かの切迫した息遣いだけ。

 揺れる体の平衡感覚が次第に明確になり、真っ黒な視界が白く炙られる。肩を揺らされていることを悟ると、泡沫の夢から意識が覚醒していくのがわかる。


 そうか、夢だ。

 夢……誰かが私を――





 アーミラが目を覚ますと、目の前にはウツロがいた。面鎧の二つの穴がアーミラのことを見つめている。右肩には板金の手が添えられて、アーミラはゆすり起こされていたのだと理解する。なにか夢を見ていたような気がしないでもないが、まばたき一つほどの刹那の時間しか体感していないようにも思えた。疲労のせいか、昨晩の眠りが足りなかったからか、前後不覚に陥るほどに深く眠っていたと知る。


 ともあれ、アーミラはついに神殿に辿り着いた。

 世界に黄昏をもたらすこととなる当代の娘たち。代を数えて五代目の三女神継承者が、今ここに集うのである。


 季節は向夏こうかの候。突き抜けるような青空のもと、風は涼やかでありながらもアーミラの額はうっすらと汗ばんでいた。表情は蒼褪めて茫然と神殿の門扉の前に立ちつくしている。頭巾の奥で影を落とす眼窩がんかには涙に濡れた碧眼へきがん双眸そうぼうが、開かれた門から覗く神殿内部へ視線を注いでいた。


 大陸一の標高を誇るマハルドヮグ山のいただきに築かれた神殿。朝霧の立ち込める樹林を切り開いた山路を進む尾根縦走を丸二日かけての道程の締めくくりには、低木を抜けて森林限界の領域へと足を踏み入れた。岩肌を見せる山の装いはすぐに人工的な造形を見せて重厚な石積の防壁が眼前に迫る。土をさらって埋め込むように舗装された石畳に導かれ辿り着いた門扉の向こう側、陽に白く輝く玉砂利が敷き詰められた広大な前庭が迎える。いくつか見える石造りの建造物も瀟洒しょうしゃに待ち構えており、アーミラは自身が身を置いていた景色とはまるで違う高潔さを保っていると感じた。そのさらに向こう側には巨岩と見紛うほどの――おそらくは尋常ではない年月と執念によって工匠アルチザンが彫刻したであろう――三女神の像が悠然と聳え立っている。神殿の中央から三体の女神がそれぞれ下界を見つめ、その一体の視線が丁度彼女のいる所を睥睨へいげいしている。三体の視線は意図的に三方向に設けられた門を見下ろすように造られているのだが、そんな工匠の意図を知る由もない少女には像の鋭い眼差しが心の奥底を射抜き、拒絶の意志を湛えているように思えて肌が粟立つ。ウツロの背に乗って運ばれた彼女は、その旅程の内に備わるべき実感も、使命を背負う重みも無いまま、夢うつつの内にここまでたどり着いてしまったのであった。「魂を下に置いてきてしまった」とは、まさによく言ったものだ。


 門をくぐるどころか後退あとずさり、石像の視線が冠木かぶきに遮られるとようやく我を取り戻す。今度は恐怖心からか辺りを見回して忙しない。ウツロを見つけると傍によって、まるで「なぜ私はここにいるのだろう」とすっかり怯えているようだった。事実、彼女は怯えきっていた。はなはだ情けなくもあるが無理もない、自身が継承者であることを知ったのはほんの三日前に満たないのだから。

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