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最後の異世界転生譚 ――Echoes Beyond the Aurora Manuscript――  作者: 莞爾
18 審判 中編

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149話 隠れ家に繋がる道

 彼は一貫して私達に誠実であった。

 妹に対しても誠実でありたかったのだろう。


 私の詠唱を止めなければ、妹は確実に死んでいただろう。ウツロは兄として神器を破壊し、結果的に神殿に謀叛を働くこととなったが、救いだせる機会はあの場しかなかったのだ。


 どれほどの覚悟と勇気を必要としただろうか……この世界で長い時代を生きたウツロであるが、降りかかる受難はいつだって常識を超えていた。

 歪な世界の不条理に翻弄され、苦しむ彼に共感を覚えた。私が彼を特別に思ってしまう理由が、ようやくわかった気がした。初めて合ったときから彼だけは心を通じ合えるのではないかと予感していた意味が……わかった気がしたのだ。


「――それに、ですよ。アーミラ様」


 ザルマカシムは言い添える。


「間諜を働いている私が言ったところで説得力はないかもしれないが、近衛隊副長の立場から言わせて貰えば、ラヴェル一族は《《黒》》だ」


 ザルマカシムの話はウツロの半生から神殿の暗部に移った。

 この先展開されるであろう話しに、アーミラはどうしても身構えてしまう。それこそザルマカシム本人が言うように、間諜の言葉をどこまで信ずるべきか推し量る必要があるからだ。

 だが、地下水脈を歩き、語られた全てを聞き終えた頃にはこの疑念も消え失せていた。


「……権威を維持するために親族内で代を重ねた結果血は濃くなり、形態異常の子が産まれるようになりました。

 翼人の象徴である羽の奇形や無頭児むとうじ。その他に形態異常を持つ子が産まれ、産声も満足に上げられないまま間引かれ、奥之院の闇に葬られたのです……」


 『禍人の由来』と『翼人の秘密』。


 血の掛け合わせによる顕性けんせい潜性せんせいの法則と、混血間引きの歴史、そして禍人の由来の一切が語られ、翼人誕生の秘密をアーミラは知ることとなった。

 じっとりと粘ついた血液を浴びたように、頭から背筋にかけておそましい温もりがアーミラを包む。乳白色の地下水脈を歩く脚に、間引かれた嬰児えいじたちの霊が取り付くような錯覚に肌が粟立つのを感じた。


 膨大な年月をかけて積み重ねられたラヴェル一族の悪事……これがもし本当ならば、使命を背負い戦ってきた継承者は、どれだけの無実の人間を……。


 二人は隧道を抜け、人の手によって掘られた横穴へと辿り着く。奥へ進めば、湿った壁面は次第に渇き冷えた石積へと変わっていった。


「ここが隠れ家に繋がる道だ」


 ザルマカシムの声はアーミラの耳をすり抜けていく。目の前の光景と記憶の風景とが重なって、アーミラは静かに立ち尽くす。


 ――ここは、この場所は、マナに抱かれて逃げ出した道だ……。


 強烈な既視感を伴い眼前に迫る地下通路の光景、この先に待つのは小さな室内であるはず。ザルマカシムの横を通り抜け、先を歩いて仕切りを跨ぐ。

 通路と室内を隔てる扉はなく、壁や天井が一回り広くなった空間がアーミラを受け入れる。アーミラが思い出せる中で一番最初の記憶。……その場所に、ついに辿り着いた。


 成長して背も伸びた分、室内の印象は思い出よりもこぢんまりと寂れていたが、面影はたしかに残っている。幼い頃は窓枠の光を外からのものだと思っていたが、今こうして改めると窓枠にあるのは灯石であった。壁面を埋める棚には見覚えのない薬品の類いが納められているが、こちらは間諜の私物だろう。


 記憶では私とマナを見送り、この場所に留まった者がいた……その人は、もうここにはいないのだろうか……。


「ここで誰かと待ち合わせをしていたのでは?」アーミラは我に返り、ザルマカシムに問う。この場所で落ち合うはずの禍人種はどこにいるのか。


「先に着いてる筈だが、姿が見えないな――」


 と、言い終わるかどうかの刹那に地鳴りが迫り、室内を揺らした。棚の薬品ががたがたと揺れ、いくつかの瓶が床に転がる。悠長に拾い上げる暇はない。


 土埃の舞う地下でアーミラとザルマカシムは目配せに頷き合い、室内のもう一つの通路へ走った。上へと繋がる石段が真っ直ぐに伸びて、途中で行き止まりに見える壁は折り返してさらに上へ続く階段の踊り場であった。駆け上がる道中にも地上からの激しい衝撃の余波が肌に伝わってきていた。


「出遅れたな」ザルマカシムは唇を噛み、一段飛ばしで駆け上がる。アーミラも出口へ走る。


 仕掛けの錠を解いて隠し扉を開く。その向こうには夜天を焦がし燃え盛る動乱が広がっていた。炎上している光景が神殿の景色と結びつかないが、間違いなくここはマハルドヮグの頂きである。本殿も、三女神の巨像も、破壊されて見る影もない。

 聞いていた話ではウツロが神殿に乗り込む算段であるが……。


「なに……あれ……」アーミラは思わず呟く。


 見上げた先、神殿の領内を蹂躙し暴れ狂う巨大なトガがいた。……いや、トガではない。


 ――災禍の龍……!?


 その体躯は龍を思わせたが、目の前の化け物は前線で対峙した龍とは似て非なるものである。アーミラは扉の陰に隠れて気配を消し、そっと化け物を観察する。化け物はまだこちらに気付いていないため、背を向けて暴れていた。二足の鉤爪の生えた脚と尾羽、艶のある白い羽毛が炎に赤く照らされている。


 前線で対峙した災禍の龍は、もっと救いようのない絶望を体現したような、人間の形をした破壊の権化のような姿であった。それに比べれば目の前の化け物は夜の闇を支配する猛禽――梟に似ていた。一見してトガと見紛ったのはその生物的な外観のせいだろう。何より龍と異なるのは左右に広げた翼で、綺麗に整った羽毛が荒れ果てた神殿の中では不釣り合いなまでに美しく輝き、いっそ白々しい偽物のように映った。


「蚩尤が出たな」


 ザルマカシムの言葉を聞き、アーミラは唇を引き結んで敵の姿を焼き付ける。それは首をぐるりと回し、面がこちらを向いた。

 アーミラに気付いたわけではない。蚩尤の足元を駆け回り、戦っている者を追いかけている様子だった。しかし、偶然目があったように錯覚したアーミラは化け物の面をまじまじと見つめて絶句した。


 蚩尤のかおは、鳥とは似ても似つかぬ人を模した仮面が三枚張り付いていた。

 まず額から頬にかけての面が目鼻を覆い、仮面から伸びた大ぶりな鼻がくちばしの代わりに前方に突き出して垂れ下がっている。頬から下は左右にそれぞれ横顔を模る仮面が配され、下顎を構成している。

 寄せ集められた三枚の仮面からなる梟の貌。どことなく三女神の石像を彷彿とさせる意匠を持ちながら、冒涜的に配された面。その頭上には冠が飾られ、尊大な振る舞いで下を駆け回る者を睥睨へいげいしながら追い立てていた。

 羽毛に覆われている蚩尤の胸から伸びるのは、石のような質感の六本の複腕で、筋肉の起伏に乏しく線の細い腕の表皮には鱗のように細かな羽が生えている。


 対して、追われる側の人影は誰か……。アーミラは駆け回る者の姿を目で追いかけるが捉えられない。凄まじい素早さで瓦礫の山となった神殿領内を駆け巡り、六本の腕を相手に縦横無尽に掻い潜り戦っていた。一見してウツロではなさそうである。


 ――ガントール……いや違う。それならオロル? あれは誰だろう……。


 アーミラの疑問に答えるように、ザルマカシムは言った。


「相手はセリナか……」


「セリナ……さん。確か、妹さんでしたよね」


 道中に聞かされたウツロの兄妹……その妹の名前と一致している。

 ザルマカシムが頷いたのを見て、改めて駆け回るセリナの姿を目で追いかけた。この世界に迷い込んだ異世界からの人間――今は龍体術と呼ばれる術式により翼膜を備えた翼と長い尾を持つ異形の女である。背格好はおそらく同じか、やや低いくらいだろうか。手足はそれぞれ肘膝までを鱗が覆っていて、蜥蜴のような鉤爪が生えていた。後頭部には砕けた光輪が飾られているが、本来は綺麗な円で繋がっていたはずだ。あの梟の化け物に砕かれたとみえる。


「あぁ。戦力が心許ないな……ウツロ達はどこにいるんだ」


 神殿に向けて奇襲を決行したのであれば、少なくともセリナとウツロが揃ってこの場にいたはず……となるとセリナが戦っている蚩尤の正体も自明の理――天帝の変貌した姿である。


「っ……! あそこを見ろ!」ザルマカシムは何かを見つけて指をさした。


 アーミラは示された方に注視する。六本ある複腕の一つ、胸元に引き寄せている三番目の左手が何かを握りしめているのに気付いた。それがウツロであると一目ではわからなかった。


「ウツロさん……!?」アーミラは口元を抑えて青褪める。


 鎧のあらゆる箇所が消失しており、握られたウツロに残る体は胴の板金と襟口、背中側の一部、そして右腕のみである。腰から下と左腕、そして頭はごっそりとなくなってしまっていた。生きているのかすら怪しかった。


「加勢するしかない! アーミラ様、戦えますか!?」ザルマカシムは言いながらも既に細剣を鞘から引き抜いている。


 アーミラの心は決まっていた。迷うことなど一つとして無かった。

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