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最後の異世界転生譚 ――Echoes Beyond the Aurora Manuscript――  作者: 莞爾
18 審判 中編

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145話 なんだかおかしな話ね

「鎧の人が来たとき、禍人の男が私の首を切り裂こうとしたんさ……でも青い光が、ばばって光ってね、刃が刺さらないように私の首を守ってくれた。

 だからあたし、『あぁアーミラだ』って思ったの」


「……そんな、私は何も――」


 かぶりを振るアーミラに対して、シーナは少しだけ横を向いて髪を耳にかけた。

 控えめに輝く耳飾りを見つけてアーミラは理解する。あれは旅立つ際の餞別として二人にあげたものだった。私がここを去った後も息災でいられるよう、不出来な私に代わる本当の子宝にどうか恵まれますようにという感謝と願いを込めたもの……そうか、『息災の祈り』がシーナの危機を救ったのか。


「私たちのことを、守ってくれてありがとね」


 穏やかな笑みと感謝の言葉。……なのになぜだか深々と刺さり、アーミラは心を揺さぶられた。記憶を取り戻すときの胸の高鳴りにも似た感情が湧き上がって、匙を握る手にぐっと力を込めて俯いてしまう。


 急に泣き出したことに、アダンとシーナは椅子から腰を浮かせてアーミラの様子を窺う。どこか痛むのかと身を案じたが、この涙は悲痛から来るものではない。


 ずっとこの言葉を求めていた気がしたのだ。


 背負わされてきた使命のために戦って、傷付いて、その果てに今度は神殿から追い立てられ必死で逃げているこの悔しさ。報われない労苦を誰にも理解されない孤独の寂しさに、シーナの何気ない一言が優しく寄り添うのを感じた。


 ――私はただ『ありがとう』って言って欲しかったんだ……。


 失っていた記憶を求めて、神器を携え出征した。

 大切な人を守れるような強い人間になろうとした。

 だが、しかし。

 大切な人を守るための強さなんて初めから持っていた。


 誰かを思い、祈ること。

 それだけでよかったのだ。


 一つの真理を手に入れて、アーミラは涙を堪えるのをやめた。


「よかった……」


 アーミラはぽつりと呟き、涙を溜めた顔をあげた。

 シーナはうんうんと頷いてアーミラを胸に抱き、アダンはそっと頭を撫でた。娘の内に抱えるものを十全じゅうぜんには理解できずとも二人にはこの涙が快方の兆しだと感じることができた。

 なんと可哀想なのだろう。こんなにも純真な心を持つ娘が神殿から追われるとは、まさしくこの世の不条理ではないだろうか。一体なぜ、アーミラは神殿から追われ、廻状が出ているというのか。


 アーミラは一頻ひとしきり泣き、それが落ち着くと旅の続きを語った。時折洟をすすりながらではあるが、腫らした目から涙は落ちなかった。暗澹とした瞳は虚空へと視線を飛ばし、アーミラの意識は追憶の戦場にいた。


 スペルアベルでの日々。

 ラーンマクの戦い。

 前線までの足跡で拾い集めた記憶。

 そして現れた災禍の龍と、その決着について。


 耳を傾けている夫婦は、前線の壮絶な実態を聴いて言葉もなかった。


「……記憶が取り戻せたのはなによりだが、まさか禍人の生まれとは……」


 アダンは話を聞き終えて難しい顔をしていた。隣に座るシーナが肘で小突くと、アダンは自身の失言に気付き慌てて取り繕う。


「違うんだ、そういう意味じゃなくてだな……えっと、例えアーミラが禍人であっても俺は娘だと思っているぞ……! その上で、流石に驚いたというかだな……」


「……平気です。私もまだ、自分が禍人の生まれだとは呑み込めていませんので」


「そう、なのか……いや、そうだよな」


 アダンはやや強引に笑って誤魔化すが、シーナは夫の失言を責めるような視線を向けた後に会話を継いだ。


「でも、神殿に追われてるのは禍人だからじゃないんでしょ?」


 シーナの問いにアーミラは頷く。帰投した時点では神殿に伝わっていないはずだった。唯一打ち明けたオロルは、まさにその一点を危惧して逃がしてくれたのだと理解している。


「大切な神器が壊れたこと、災禍の龍討伐でウツロが寝返ったこと、ガントールさんが脚を失ったこと……これらの責任が、私にあると」


「ウツロっていう鎧と一番仲良くしてたから、いよいよ立場が悪くなって神殿から逃げたわけね……」言いながら眉を顰める。「なんだかおかしな話ねぇ」


 おかしな話……アーミラはその一言で片付けられたことに少々戸惑ったが、しかし言い得て妙である。オロルの手引きで逃げ出したときは頭が働かなかったが、こうして冷静に振り返ってみると道理が通らない。いくらでも反論できたはずだが、事はそのように運ばなかった。道理をげたおかしな話を押し通すため、神殿の強権的な態度が有無を言わさなかったのだ。


「そう考えると、ウツロはアーミラの心臓の火を持って逃げてくれたんだろう? ……これじゃ裏切ったのか味方なのか、何がしたいんだろうな」


 アダンもしかめ面をして天井を見上げて考えている。持ち得る手掛かりだけではウツロの行動を理解できるはずもなく、アーミラの頭の中は戸惑いと自責がどっしりと居座っていた。前線の日々ではぼたんを掛け違えたかのようにウツロとすれ違い衝突してばかりだった……もし私の態度が原因なら……。


 物思いにふけるアーミラ。悩みはあれども身を落ち着けられるだけの余裕があった。しかし、束の間の休息に終わりを告げる来訪者は宿の外に迫っていた。


 こんこんこん。

 と、木製の扉に取り付けられている叩き金が三回鳴らされ、室内は緊張が走る。


「どちら様で?」アダンは椅子に座ったまま扉の方に声をかけ、顎をしゃくってアーミラを奥の部屋に隠れるように促す。


 外からの返答はなく、扉が再び叩かれる。

 こうなるとこちらも居留守を使えばよかったかとアダンは後悔したが、居直ってもう一度「どちら様かね」と繰り返した。……名乗るまで椅子から立ち上がらんぞ。


 ややあって、向こうが名乗った。


「神殿に仕える者だ。速やかに扉を開けなさい」


 太く勇ましい声が部屋に届く。それなりに腕っぷしに覚えのあるアダンであるが、威圧的な相手の声を聞いて臆病風に吹かれてしまう。いざ『神殿』という言葉を聞くと、立場の弱さに身が竦む。


「ちょっと待ってくれ」アダンは立ち上がり、シーナの方に振り返る。――アーミラは隠れたか?


 シーナもまた頷きで応える。――大丈夫、隠れたよ。


 アダンはさも忙しさで応対できなかった風を装って食器を台所へ運び、無駄に棚を開け閉めして物音を立ててから、足の怪我を大袈裟に引きずって玄関へ向かい錠を解いた。

 扉を少し開けると、外に立つ白衣の隊列に目を丸くした。てっきり相手は一人か二人だろうと思っていたが、外に待つのは偉丈夫の男達が三十人は列をなしていた。

 怪しまれぬように平然と振る舞おうとしていたが、これにはむしろ驚くのが当然だろう。アダンは事情が呑み込めないと狼狽えた様子で白衣の訪問者を見る。


「こりゃあ、どうしたんです……そんな大勢で」


「廻状にあるアーミラ・アウロラがこの宿に潜伏している疑いがある。総員中へ」最後の言葉はアダンではなく隊列に向けていた。


 狭い玄関に向かって男達が押し寄せ、有無も言わさずアダンとシーナは台所の奥まで退けられた。部屋の中は嵐が吹き荒れたように隅々までひっくり返され、閉じられた戸は全て開けられ、棚の引き出しも一つ残らず床に放られた。これではすぐに見つかってしまうと思っていたが、アーミラは巧妙に姿を消していた。だが、宿に身を隠せる場所はそうないだろう。きっと時間の問題だった。


「おい、なんなんだよいきなり……!」


 憤ったアダンの声も気にせず、白衣の者達は手当たり次第に荒らし回る。部屋が滅茶苦茶になることも大変だが、アーミラが見つけられてしまうことをシーナは心配した。こんな乱暴な奴らにアーミラは追いかけられているなんて……恐ろしいよ……。


「もうやめて! ここには誰もいやしないよ!!」シーナは震える体で必死に抵抗するが、屋根裏に身を潜め気配を消していたアーミラはかえって気が気ではなかった。私のために抵抗でもしてしまったら、二人が捕まってしまう。


 自分の身に危険が迫るのならいくらでも耐えられた。でも二人に危害が及ぶのは絶対に許せない。アーミラは覚悟を決め、屋根裏に立つ。下にいる者の気配を感じ取り、好機を待った。


「私はここです!」アーミラは梁に張られた薄い木の板を蹴破り、白衣共の頭上に飛び降りる!


 ばりばりと板が破れ、溜まっていた屋根裏の埃が視界を覆う煙幕となった。アーミラは無詠唱で風を操り彼らの目に向けて埃をねじ込み、男たちは両手で顔を覆って痛みに叫ぶ。

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