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最後の異世界転生譚 ――Echoes Beyond the Aurora Manuscript――  作者: 莞爾
17 審判 前編

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138話 また一悶着ありそうだね



        神殿ヨリ廻状下賜


一、其者そのもの、魔人の種に属し、

一、年齢十七を数ふ。

一、性、女子なり。

一、身丈、一振と五突ほどに及ぶ。


今より此の廻状を以て、不軌の徒たるアーミラ・アウロラに対し召喚を命ず。


逃走時の装束、左の如し:

        法衣を脱ぎ棄て、襯衣と股引を身に纏ふ。


外見の徴、左の如し:

        髪は黒くして藍を帯び、長し。

        顎および鼻、共に小さく、眉は淡し。

        視線を避け、前髪にて面貌を隠す。

        肌の全身、古傷多し。


右の特徴をそなへし者を見出したる時は、

その場にとらえ置き、速やかに領主または爵者に報告すべし。


しやの者の所在を知る者ありては、

見聞せし内容を漏らさず申し出よ。


仮初にも此の者をかくまひし者あらば、

発覚の折において、法の下に厳罰を以て臨むものとす。


されど、所在を告げし者には、

其の功に応じて相応の賞与を賜ふ。


               神殿印

       (『人相書』アーミラの捜索に用いられた廻状)





 奈落から這い出たウツロとセリナは、オロルを仲間に迎えて神殿を目指し北へ進んだ。

 道中ウツロの背におぶられ眠っていたオロルは痛みに目を覚まし、手首の傷痍を痒そうに擦った。指を失って丸められた腕の先には、乾いて粘度を増した血が糊のように糸を引き骨の断面が覗く。

 見かねたセリナが切り落とした手をまたつけてはどうかと提案したが、オロルはそれを固辞したのであった。


 祈祷の治癒に任せ、今は新しいまっさらな手が生えそろうのを待つつもりのようである。赤々とした真皮の膜で塞がった両手をオロルは芽吹の時を待つように見つめていた。継承者の印を失い、両手を失ったはずのオロルであるが、確かに何かを手に入れ、目には希望を宿していた。


 ナルトリポカから急ぎ北上した一行がムーンケイの国境を跨いだとき、こちらを射抜く視線を感じて兄妹は互いに目配せをした。


「また一悶着ありそうだね」セリナが言う。


「……ガントールは戦えないはずなんだがな……」


 訝しむウツロにオロルが口を挟んだ。


「内地じゃからな。神殿の兵でなくとも手練の戦士はおるじゃろう」


 それであればさしたる脅威ではない。ウツロは声に出さずそう思った。『神殿の兵』や『手練の戦士』程度なら赤子同然である。


手緩てぬるいと思うとるじゃろ」


 オロルは咎める。


「周りを見よ……人払いが済んでおる」


 オロルが指摘した通り、付近には人の気配がなく静まり返っている。記憶の中のムーンケイはもっと喧騒に溢れて人の往来が激しい国だった。誰もいないなんて、ありえない。


「……そう――」


 凛とした女の声が聞こえる。


「――ここが最終防衛線ですから、国民は避難させました」


 こつこつと靴を鳴らして、通りの先からは白衣の女が現れた。襟元まできっちりと釦を留めたその姿が誰であるかを理解したウツロは腑に落ちる。……なるほど。


「神殿の兵であり、手練の戦士でもある――」


 背筋を伸ばしこちらに対するその女は、神族近衛隊隊長の座に堂々君臨する者。自らマハルドヮグを降りることはなく、座して指示を飛ばす神殿守護の要。


「―― お前が降りてくるとは予想外だ、カムロ」


 ウツロが名を呼ぶ。


「なんとまぁ禍々しい姿……」


 指を組みほぐすようにゆっくりと曲げ伸ばしをしながらカムロは続ける。


「……私はずっと、貴方を信用していませんでした。

 神殿に対する敬意のない態度、過去に封印された経緯、そして謀叛……ついに正体を現しましたね。ウツロ」


 ウツロは肩をすくめて応え、斧槍を握る。


「……敬意を払う価値があればな」


 背後ではおぶわれていたオロルがそろそろと地面に降りて、セリナの方へ身を隠していた。カムロが鋭く呼び止める。


「オロル様も、こちらを裏切ると言うのですか?」


「……さてな。これこの通り」オロルは手首のない両手をこれ見よがしに振ってみせる。「腕を失くしてしもうてのぅ、戦えんので降参したわ」


 返答を聞いてカムロは顳顬こめかみを押さえる。苛立ちに頭が痛むようだ。


「ウツロ。オロル様の身柄をこちらに引き渡しなさい」


「怪我人を往復させるのは手間だろう」と、これは皮肉。オロルは笑みを隠す。


 はぁ……、とカムロは面倒な仕事に取り掛かる者がそうするように、気の重い溜息を吐いた。

 手櫛で前髪を掻くように手で顔を覆い、指の隙間から睨みつける。


「……封印では甘い……貴方を壊します」


 睨み合う二人は、静かに開戦した。





「気を付けろよ」オロルの態度は気安い。


 ウツロとカムロが攻防を繰り広げる手前、セリナとオロルは参戦せずにいた。傍目から見ている限りではカムロは確かに強いが、実力は継承者にやや劣る……神器を取り込んだウツロの相手ではないように思える。


「……なにに気を付けるのさ?」セリナは首を傾げる。


「射抜いていた視線はこれではない」


 そう言われてセリナは付近を警戒する。

 オロルの助言通り、先程から感じている威殺すような圧は依然としてこちらを捉えて離さない。カムロとは別の誰かが潜んでいるようだ。


「まさか、もう一人いる――」


「二人よ」


 背後から耳元に囁く声にセリナは振り向けない。首筋に短刀を添えられた冷たい感触に息を呑む。刃が引かれれば動脈が裂かれて致命傷は必至。そして背後に立つ敵がそれを躊躇うとは思えなかった。事実その者は腕を引こうとした。


「……あら……」


「――っぶないなぁ……!」


 突き立てられた短刀が首を切る前に、セリナは尾を巻きつけて背後に立つ者の腕を封じた。そのまま肘と裏拳で反撃し、引き剥がしに成功する。


「あんた誰?」セリナは降りかかる受難にうんざりしていた。「やる気満々な奴ばっかり……本当疲れる」


 時止めを使えない今、オロルは状況を把握するのに忙しい。むしろこれまでの優位を失って誰よりも反応が遅れていたが、一目見て敵の名を言い当てる。


「スークレイか……!」


「誰さ」セリナは苛立つ。名前だけでは救うべき継承者か否か判別できないのだ。


「長女継承者、リブラ・リナルディ・ガントールと血を分けた双子の妹……こっちは辺境伯じゃ」


「つまり継承者じゃない……いやでも倒すわけにもいかないのか……」


 セリナは戦う相手を見定める。スークレイと呼ばれた女は白衣の裾を瀟洒に捌き、振る舞いに無駄がない。辺境伯ということは戦い慣れしているということか……と、不意に冷や水を浴びたようにセリナは鱗を逆立てる。


「待って、これでもなくない……?」


 射抜いていた視線はスークレイのものではない。


「言ったでしょう、『二人よ』」


 ならばあともう一人。カムロと、スークレイと――

 オロルは場に現れた二人の共通点を悟り血の気が引いた。


「まさか――」


 思い至るときには重たい衝撃波が臓腑を揺らす。

 オロルは驚き、ウツロの方へ視線を向ける。


 目を離していた数刻前まであれほど優勢を疑わなかったウツロの戦況は完膚なきまでにひっくり返っていた。盤面を覆す程の圧倒的な戦力をオロルは一人だけ知っている。


 眼前に広がるのは地に倒れるウツロの姿。そして仕事を終えて乱れた髪を耳にかけて整えるカムロの姿と……その隣に立つ、ガントールの姿であった。


 状況は理解している。それでもオロルは目を疑う。


「……動けないはずであろう……!?」


 金色の双眸は動揺に震え、足元を見た。

 失ったはずの脚がムーンケイの地を踏み締め、ガントールは立っている。

 そのすぐ側で腕に力を込めて立ちあがろうとするウツロの姿があった。板金鎧が軋み、押し潰される。


 ガントールは球状の斥力を生み出してウツロを強制的に平伏させている。その威圧感は間違いなく射抜く視線の正体であった。


 カムロとガントールの二人は煉獄の番人が如くウツロを睨み下ろし、ガントールの口元が何かを呟いた。その声は力場の中に消滅してオロルには聞こえなかったが、唇の動きは読み取れた。

 おそらくこう言ったのだろう。


 『剣を返してもらおう』。

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