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最後の異世界転生譚 ――Echoes Beyond the Aurora Manuscript――  作者: 莞爾
❖第三部❖  真理編 16 汚れた血

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130話 久しぶりだな

「歴史の流れとしては、まず三種族がこの一帯に根差し、質素ながら平和に暮らしていました。そこに龍人……混血が出現し、さらにその中から翼人が生まれたのです。

 先程も話した通り、翼人は自らを神の遣いと騙り、信仰を集め、信者に塔を作らせた」


「ということは、楽園は三種族が住んでいた大陸全体のことで塔はその一部か」


「楽園の中心に建てたとは思いますねぇ。翼人の巫力や威光を示すためのものでしょうから」


 ハラヴァンは続ける。


「由来や起源が悪ければ人々から恐れられ、禍人種と名付けられてしまえば誤解を解く機会は失われる。……龍人は忌避され、翼人のみが神族として君臨し続ける盤石な土台を築くことに成功したのです。翼を持たぬ禍人を形態異常と罵りながら……」


 翼人にとって、混血種である龍人は、地位を脅かす存在でしかない。同じ源流から生まれた混血なのだという事実は秘したまま、権益を維持するため迫害の構造を利用した。

 これが祈祷書の天使と蛇の関係だ。


 点と点が矛盾なく繋がり線となるのをウツロは感じていた。それと同時に、ハラヴァンという龍人の知将に対する印象も変化していた。彼らが争うことの正当性も一理あるとさえウツロは感じている。むしろ、神殿の掲げていた正義がいかに翼人の私益に塗れているのかを思い知った気分だった。己の中で築かれていた正義と悪の構造が音を立てて崩れ、逆さまに積み上げられていくのがわかる。

 背筋が冷える――鎧の体で得物を振い、有利な条件のもとで召し取った命の数々とその無念が、この背中に爪を立てているように思えた。正義の下で切り伏せた悪が、裏返って身に降りかかる罪咎となるのを感じていた。


「……ですが、純粋過ぎる血はどうでしょう? 近しい者たちで撚り紡がれた血はいつか破綻します。……そのことをあなた達は知っているのではないですか?」


 罪悪感に苛まれるウツロを見て締めくくりに入ったかに見えたハラヴァンの話は、まだ終わらない。

 ここからが真の本題だと言わんばかりに目を開いていた。


 その熱量に圧倒されて口籠るウツロに代わり、セリナが短く応える。


「近親交配は罪だよ」


「そう、よろしくない。一族同士での交配は血が濃くなり、毒となります」


 ハラヴァンは地下の空間を右へ左へ歩きながらセリナの言葉に続けた。


「現に翼人は、ごく少数の一族であるために自縄自縛に陥り、世継ぎに困っていることでしょう。そのため別の家系との混血は避けられず、神殿に優秀な人材を集めてる動きがある……神人種と呼ばれる神殿仕えの者たちも、そうした血の選別の一つなのですよ」


 ハラヴァンはあまりにも神殿の事情に明るい。とてもじゃないが間諜うかみが掻き集められる情報を超えており、内部事情どころではない暗部までも掴んでいるのがウツロには不思議だった。


 口角に泡を溜めて語り続けるハラヴァンの勢いは止まらない。

 地下の空間を往復する様は、正気と狂気の狭間を行ったり来たりしているみたいだった。


「しかし、神人種の肩書き付きとはいえ三種族の血を招き入れてしまえば民草の信仰を著しく弱体化させてしまいます。何故なら戒律に背くこととなりますからねぇ。自ら打ち立てた法を破っては……規律は乱れ、風紀が乱れる。内地から混血を、龍人を生み出しかねません。

 さて、神人種は最善ではないとなると、翼人は誰の血を求めるでしょう?」


三女神ホーライ継承者だ」


 突然割って入る男の声が、兄妹の背後から聞こえてきた。

 二人は驚いて振り返り、闇に溶けた何者かを警戒する。


「早かったですね、ブーツクトゥス」ハラヴァンはそう言って迎える。


 ブーツクトゥス――そう呼ばれた男の名に聞き覚えはない。ウツロはこれまで一度たりとも会敵しなかった間諜との邂逅に拳を固めて身構えた。対するブーツクトゥス本人は敵意のかけらもない足取りで灯りの下へと歩み出る。


「俺は勤勉だからな。……そっちはまた何か企んでるのか?」


「さぁ、此度の戦役も敗戦を喫したばかり……。予期せぬ客人をもてなしていたところですよ。企むことなどありません」


 大柄な男の影が鼻で笑い、こちらへと向かってくる。ウツロはあまりのことに狼狽え、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

 筋骨隆々な獣人種の大男……白衣こそ着ていないが、顎髭を蓄えた彼の顔はよく知っている。


「久しぶりだな。ウツロ」


「ザルマ――」


「おっと。お前さん、声が出るようになったのか」ザルマカシムはウツロの肩に手を置いて遮る。「だが今は、その名で呼ぶんじゃないぞ」


 ウツロは判然としないままに首肯した。

 どうやらこの男、ブーツクトゥスと名を偽って間諜を行っているようだ。ザルマカシムが真名かどうかも怪しいが、二つの名を用いて渡り歩いているとみえる。


「お前さんなら真実を掴んだとき、こちらに与すると思っていた。改めてよろしく頼む」


 そう言って握手を交わすブーツクトゥスは、敵意どころか神殿にいた頃よりも友好的な態度である。心強い味方を手に入れたとでも言いたげな真っ直ぐな視線が注がれて、ウツロは難詰する気も失せてしまった。


 ……まさか神殿にまで間諜がいたことにも驚きだが、近衛隊の副隊長にまで昇り詰めたこの男が龍人と繋がっていたとは……。いや、上り詰め、翼人に近いところにいたからこそ真実を知ったのか。どちらにせよ、今のウツロは彼の裏切りを責める立場になかった。


 それにこの男は、先ほどなんと言ったか。


「翼人は継承者の血を取り込むつもりか」


 神人種はどれだけ優秀であろうとも武勲や功績は後天的に認められたに過ぎず、三種族の生まれ血筋は揺るがない。だからこそ血を混ぜては民からの印象が悪い。

 だが継承者ならば……産まれたときに神に選ばれた娘ならば、それは刻印という形で女神の証明を授かっている。神人種よりも相応しい血として選ばれる正統な理由がある。女神と神族であればなるほど筋は通る……そういうことか……!


 ――なにが正統な理由だ……翼人は神ではないどころか、私欲のために女神継承者の娘までも穢そうとしている……!


 こうしちゃいられない……ウツロは現状の危機に気付き、ザルマカシムに視線で訴える。龍人の由来、蚩尤の秘密という世界の真実に一足先に辿り着いたこの男であれば、神殿の動きも知っているはずだ。すぐにでも神殿へ向かいたいところだが、ザルマカシムはウツロの肩を叩いて宥めた。


「落ち着け、無策で神殿には挑めないぞ。準備が必要だ」


 ザルマカシムの言葉は初めから継承者を救うつもりだと言いたげだ。……実際そうなのだろう。でなければ近衛隊に属する者が禍人と手を組むような危うい橋を渡りはしない。


「距離からみて、継承者もまだ神殿入りはしていないでしょう。焦らずとも猶予はあります」


 それに、とハラヴァンは言う。


「まだ話の続きですし、この後はあなた方の秘密を教えて頂く約束ですよ」


「なら、続きを」


 気が逸って仕方がないウツロに、ハラヴァンは少し脂下がり底意地の悪い顔をした。


「まぁ……実際にはもう手遅れなんですがねぇ」


「なんだと?」


「当代はまだ無事だとしても、先代は蚩尤の毒牙にかかっています。一族の血が濃くなったのは今に始まったことではありませんからねぇ」


「それはおかしい」ウツロは頭ごなしに否定した。「俺は先代の最後を見届けた。蚩尤の子を産んだ者はいない」


 デレシス、ラーンマク、アルクトィス……皆、前線に倒れた。

 四代目継承者たちは余生もなく壮絶な戦死を遂げ、神殿に帰ることさえなかったのだ。であれば先先代……いや、それほど昔に血を招いたのなら今に困ることはない。やはりこればかりはハラヴァンの推理は間違いだ。


 だがしかし……ウツロの言葉は地下に虚しくこだまして、後には沈黙が広がった。ハラヴァンはまるでウツロを哀れに思うような細く遠い目をし、ザルマカシムは唇を引き結んで俯いていた。

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