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最後の異世界転生譚 ――Echoes Beyond the Aurora Manuscript――  作者: 莞爾
14 眠る躰を引きずって

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117話 だめだ



 あの娘ともう一度会いたい。会って確かめたいことがある。

 しかし次の機会はなかなか訪れなかった。


 巡り合わせが悪いのか、スペルアベルではダラクという禍人が俺を付け狙い、そのせいでアーミラからは「禍人と繋がっているのか」とあらぬ疑いをかけられた。

 集落が襲われてからのアーミラは、生来の優しい性格を隠すようになってしまった。火を放った首魁しゅかいのダラクを追いかけるものの掴めず、その鬱憤を俺にぶつけているところがある。


 『あの夜、集落が襲われていることに気付いたのではなく、知っていたんじゃないですか? そこで落ち合い、情報を流した。違いますか?』


 裏切り者ではないのかと問われ、全くの無実無根であるはずなのに、俺は図星を指された気持ちになってしまった。同時に、俺の気持ちも知らないでそんなことを言うアーミラに怒りを感じた。


 先代の無念を知るのは俺だけだ。二度とこの悲しみを繰り返さないために俺は継承者と共に戦い、眠ることも食うこともなく尽くしている。……だが同時に、禍人の女が同じ境遇の人間なのではないかという予感に駆られ、探し求めている矛盾……。

 そんな後ろめたさをアーミラに見透かされたような気がしたのだ。


 俺は柄にもなく感情を表に出し、皮肉混じりに反論してアーミラから逃げた。


 ……今になって、あの夜のことを後悔している。俺とアーミラの互いの歯車が噛み合わなくなったのはおそらくあの夜からだった。


 スペルアベル平原は二百年前とは様変わりしていた。だが、邸で過ごす日々に俺とアーミラはすれ違うことが増え、アーミラは天球儀の杖に閉じ籠ることが多くなった。


 彼女は力を求めていた。

 俺はそれについて特別疑問には思っていなかった。先に前線へ向かったガントールとオロルに並び立つ次女継承者としての力を求める気持ちも理解できていたし、この頃は前線ラーンマクから女伯スークレイも招かれ、アーミラは成長への外圧がかけられていたこともよく知っている。……だが、アーミラが募らせている禍人への復讐心を軽んじていた――負の感情ほどよく燃える燃料であることを、俺は知っていたはずなのに。


 それから一月も経てば、アーミラは先代にも劣らない次女継承者へと成長した。

 目覚ましい活躍を支え、アーミラを次女継承者として導いた一冊の手記がある。

 デレシスの手記だ。


 アーミラにその手記の存在を教えられるまで、俺はデレシスがそんなものをしたためていたことを全く知らなかった。


 少しだけ、嫌な予感がした。


 デレシスの手記に俺の過去がどれだけ書かれているのか、もし書かれていたとして俺とデレシスの犯した――異世界の――過ちがどれだけ残されているのか。想像するとありもしない肝がぞっと冷えた。


 ここで俺が「奥義について調べるな」と釘を刺せば、アーミラはむしろ躍起になって探すだろう。下手な忠告は語るに落ちるというものだ。奥義の存在を示唆するどころか、俺の関与まで悟られてしまう。

 それに、デレシスの性格的に奥義の効果と危険性を知っている以上、手記には何も書き残していないはずだ。


 俺は何も言わず、アーミラの成り行きを見守ることにした。

 毎夜とはいかずとも研鑽の様子を伺いに杖の中まで足を運び、アーミラが奥義の痕跡を見つけてはいないかと注意を払っていたがそんな素振りはなかった。だから安堵して、油断した。


 己の保身にばかりかまけて、本当に注意するべきものを見落としていた。

 次女継承者として花開くアーミラの足下で深く根を張る復讐心こそ、真に警戒すべきものだった。


 『私は……自分を変えるため……この戦いに、挑みます。無くした記憶を取り戻して、強くなれたらいいなって』


 アーミラは失った己の記憶を取り戻すため、そして誰かを守るために強くなりたいと邁進していた。本来の彼女はもっと清廉で美しい心を持っていたはずなのに。


 『――でも、約束したシーナさんもあんなことになって』


 力を求める動機は恨みに引き寄せられ、薄暗い方へ道を踏み外していた。

 いつも手遅れになって、俺は後悔するのだ。


 スペルアベル南方でトガに矢を放ち、惨たらしく殺しを愉しむようになってしまったアーミラを再び正道へ導くため、俺は仮面の男――イクスに縋った。


 イクスは言う。


 『誰かを正すには、まずお前が正しくなきゃだめだ。

 今のお前は戦うことに信念なんて持っちゃいない。

 お前は先代の戦場に囚われて、ただ敵を殺している。そうなんだろ。』


 その通りだった。……俺は信念なんて持ち合わせていない。

 天帝への信仰もなく、大義もなく、ただ敵と教わったものを倒している。


 心は未だ二百年前の悲劇に囚われ、自分の境遇を憐れみ腐っていた。思えば俺は、一度でも五代目継承者達と真正面から向き合ったことはあるだろうか?

 「次代の娘を護ればいい」、「敵を殺せばいい」。そうして消極的に使命を全うする戦闘魔導具に成り下がっていたのだ。

 こんな俺がアーミラの心に寄り添えるはずもなかった。


 『人は腐る。恨みは視界を狭くさせる。俺も随分間違えた……。だが、お前は黒鉄くろがね、古びちゃいるが錆びてはいない。』


 俺は虚だ。

 この世界で名を与えられたあのとき、いつか満たされる日を夢見て立ち上がったのではなかったか。

 今日に至るまでの幾つもの夜を越えて、俺は未だに空っぽだ。

 だが、空っぽだからこそ、可能性が残されている。


 叶えられなかった願いが、遂げられなかった約束が。

 果たすことのない誓いが、俺の虚空に残響している。


 目に見える形でなくとも、いつか誰かが語ってくれた言葉、言葉、言葉たちは鎧の内側に確かに存在しているのだ。


 二百年の内に駆け抜け消えていった者達の祈りを俺は忘れない。ただの戦闘魔導具であるはずがない。


 人の願いによって生み出された空の器であり、亡き者たちの想いを背負う継承者なのだ。





 決意を新たに、俺は災禍の龍と対していた。

 二度目の最終決戦……何があっても継承者達を護りきってみせるつもりだった。


 だが心を入れ替えたからといって世界が変わるわけではない。現実は残酷なものだ。

 圧倒的な力を持つ龍を相手に継承者達はなす術もなく追いやられ、対抗する手段は絞られていく。

 デレシスが生み出した天球儀の奥義……それ以外にないことを、俺は誰よりも先に理解していた。


 アーミラに呼ばれ、その表情を見て何をしようとしているのかを悟ったとき、忘れかけていたデレシスの顔がはっきりと思い出された。面影が重なって見えた。


 ――だめだ……。


 『お聞きしたいんです。先代の次女継承者について。』


 ――同じ結末を繰り返すのだけは許さない。許されない。もし誰かが犠牲になるのなら、俺一人でいい。


 『龍を倒した奥義のこと。』


 ――あの奥義は確かに龍の命に届く……だけど使っちゃいけないものなんだ。


 アーミラは失望の目を向けて、頼りにならないと俺を見捨てる。

 悔しくてたまらなかった。俺に声があったなら、いちいち筆をとる煩わしさから解放されて思いのまま全てを伝えられるのに!


 声だけじゃない。顔があったなら、視線や表情で伝えられるものがあるはずだ。

 身体が、肉が、骨が、……俺が人であったなら!!

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