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最後の異世界転生譚 ――Echoes Beyond the Aurora Manuscript――  作者: 莞爾
14 眠る躰を引きずって

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111話 生きている以上は必要とされたい

「死んだと思ったらこの世界で目が覚めたわけか」


 俺の過去を読み終えたラーンマクは合点がいったらしく、首を縦に揺らして一息ついた。酩酊に気炎を吐いているが、むしろ酔いがあるからこそ普段よりも真剣に目を通してくれていた。


「……こうして語ってもらった今でも、少し信じられないですね。異世界というだけあって文明や営み、襲われる脅威も全く違うんですから」アルクトィスもまた興味深いといった様子で、それ故に頭を抱えている。


 デレシスは普段通りの澄まし顔だったが、多少なりこの世界に魂を引き摺り込んで都合を押し付けた罪悪感が湧いているらしく、おとがいに指を添えて腕を組んでいる。俺を物のように支配する所有者然とした振る舞いは鳴りを潜めて、地面の文字を見つめている。


 俺の手元にある土は書いては消してを繰り返し、すっかり耕されてしまっていた。

 時折元いた世界の技術を伝えるために図説したりもしたのだ。地面には未だいくつかの絵が残っていた。デレシスはそれに視線を注ぎ、嘘を語っているのではないと理解する。


「……この話が本当だとして、君は元の世界に戻りたい?」


 いつか俺が願ったことをデレシスから改めて借問される。


 ――戻る手段は無いんだろ?


「ないよ。でも、聞いた限りじゃ戻るほどの未練もそもそも無いような気がするけど」


 返答に窮した。もし戻れるとしても、もう時間が経ち過ぎている。魂の帰るべき肉体がまだ向こうにあるのだろうか。とうに腐ってしまっているか、誰かに見つけられたなら何らかの形で処理されているだろう。そしてデレシスが指摘した通り、元の世界への愛着なんて俺には無いように思えるのだ。もちろん馴染みのある環境への依存というのはあるのだろうが。


 ――確かに、以前ほど帰りたいとは思わなくなった。


 突き放された世界に、今さら未練はない。


 ――俺は忌み子だ。二つの世界のどちらにとっても。


 不貞腐れたわけではなかった。

 自然と指が動き、本心からの言葉が地面に残る。


 前にデレシスから『君は稀人まろうどだ』と言われたが、元の世界にだって俺の居場所はなかった。僅かな友人や妹の存在が俺を繋ぎ止めていたけれど、それも地震と津波によって呆気なく奪われた。


 死んだのだ。俺は。


 この地獄のような世界で拾ってもらった命。

 せめて願うのは一つ。


 ――生きている以上は必要とされたい。


 俺の言葉に三人は響くものがあったようで、ラーンマクなんかは目頭を熱くしていた。


「おいおい泣かせるじゃねぇかよ」


 嗚咽を誤魔化すために乱暴に俺を揺する。

 心が荒む戦場だからこそ、こうした身の上話が響いたのだろう。お前の居場所はここにあるとでもいうようにラーンマクは肩をまわして身を寄せた。


「まさかここまで健気な方だとは……ねぇ、デレシス」アルクトィスはそう言って袖を引く。


「なにさ」


「認めてあげましょうよ、一人の仲間だって。彼はただの戦闘魔導具じゃありません」


 二対一の形勢不利に追い込まれ、デレシスは煩わしそうに大仰に溜息を吐いた。


「別に、認めてないわけじゃない。あのときは役に立ってもらわなきゃどうしようもなかった。……ああするしかなかった。そうでしょう?」


 観念したようにデレシスは言う。

 確かに彼女の立場から考えれば致し方なかったのかもしれない。この平野を進むにはとにかく頑丈な前衛が必要で、そのために戦闘魔導具を生み出したものの、鎧に宿った魂がまるで戦えないとなれば強硬手段に訴えるのも理解はできる。

 使えるものは使う……でなければ己の命が危ういのだ。デレシスは俺を脅してでも利用する必要があったということだろう。


「そもそも私はゆっくり慣らすつもりだったからね」


 デレシスは言葉の矛先をラーンマクに向けた。予定を崩し、いきなり戦場に立たせたのは誰だったか。


「昔のことはいいだろもう」


「昔じゃない」


 デレシスとラーンマクが睨み合い、アルクトィスが間に入る。


「まぁまぁ、……そうです、折角ですし名前を決めてはどうですか?」


 急な提案に視線が集まる。


「慧さんは元の世界の名前ですし、鎧さんと呼ぶなんて論外です。仲間として、新しい名前を授けましょうよ」


「なるほど……お前はどうだ? 名前はあった方がいいか?」ラーンマクは俺に問う。


 確かにただ鎧と呼ばれるのは味気ないし、未練たらしく慧と呼んでもらうのも違うように思えた。


 ――良い名があれば。


「……なにか考えよう」とデレシス。


「でしたら愛らしいのが良いのではないですか? 螺泉ラソマとかスァロとか」


 アルクトィスは案を出すが、俺には耳馴染みのない響きで良し悪しがわからなかった。本人的には割と自信を持って提示したようで、なんなら満を持してこの話題を振ったと見える。


「愛らしいって、こんな見た目の前衛だぞ。無骨で格好付くやつがいいだろ」ラーンマクは歯牙にも掛けずにあしらった。


「なら、ラーンマクさんはなにかいい名前が思い浮かんだんですか」


 アルクトィスはむっとして代案を求めた。ラーンマクは頭を捻って絞り出す。


「……例えば、禍斬マガツキリはどうだ?」


「物騒な」アルクトィスはこれ見よがしに言い返した。


「なんだと」


 互いに睨み合い、それらしい名前を罵声のように応酬し合う。


「じゃあ羅刹ラセツ!」


ハクちゃん!」


「ちゃん付けで呼ぶ気かよ……不眠フミン!!」


「それが人の名前になると思ってるんですか莫迦バカ!!」


 最後のは案ではなく罵倒だった。

 俺の気持ちを代弁するようにデレシスはため息をつく。


ウツロ。……ずっと空っぽだったんでしょ? これまでの君とこれからの君を繋ぐ一字は『虚』。これがいいよ」


 ――わかった。


 彼女と俺の主従関係で決めたわけではない。

 その名の意味も含めて、とてもしっくりきたのだ。


「ま、なんであれ新たな門出ってわけだ――」


 そう言って手を差し出すラーンマク。出会ったばかりの頃はその豪気な性格に振り回されたが、情に厚く戦場では確かな正義感によって脅威を払い仲間の命を助けていた。なにより、共に前衛に立つ戦士として、その絆は確かなものだ。


「よろしくな。ウツロ」


 この夜に固い握手を交わしてから――僅か数日後にラーンマクは蛇堕によって殺される。


「これからは一人の仲間として、頼りにしていますよ」


 同じく手を差し出すアルクトィス。その掌の三女継承の刻印が印象深い。思えば決して目立たぬ役回りではあったが、思慮深く機知は冴え渡り、こうして俺の人間性を見出し仲間として取り持ってくれたのは彼女だ。


 握手を交わしたアルクトィスの小さな手は熱かった。――後にラーンマクの無念を払い蛇堕と相打ちに斃れる。


 育まれた友情も、交わした誓いも、儚く崩れていく。

 やっとの思いで手に入れた俺の居場所は、呆気なく崩れていった。


 関わった人間は時の流れに別離して、交わした約束は果たせないまま過ぎ去った。

 一人取り残された俺の周りに、やるせない虚無ばかりが降り積もる。


 先代継承者最後の一人、デレシスとの別れは言い表せないほどに辛いものだった。

 後に災禍の龍と呼称されるに至る、禍人領より現れた凶悪な化け物との戦いは、俺とデレシスの過ちを後世へ残す結果となる。

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