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最後の異世界転生譚 ――Echoes Beyond the Aurora Manuscript――  作者: 莞爾
13 首失《くびうしない》の禍斬《まがつきり》

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106話 理不尽な死



 ――元の世界で俺が身を置いていた環境は確かに平和だったといえる。少なくとも生まれてからこの世界に迷い込むまで、暴力で物事を解決した経験はなかったように思う。


 ――だが、あらかじめ断っておきたいことがある。


 ――俺は確かに戦闘経験のない人間だったが、それは、俺のいた世界が平和であることを意味しない。少なくとも別の国、別の時代では大なり小なり争いごとは起きていて、殺し合っていた。


 ――そしてもう一つ確信していることがある。それは元いた世界の方が圧倒的に強い戦士と、兵器と、発達した軍備を有しているということだ。


 ――どうか落ち着いてくれ。ラーンマク。ここで俺を脅しても事実は変わらない。俺がいた世界では、文明はある到達点に達していた。『核』だ……。


 ――俺は学がないためその兵器を再現することも、理論を説明することもできないが、過去の戦争で使用された歴史がある。


 ――二発。俺の国にはその兵器が投下された。


 ――……前もって言わせてもらうが、俺の種族がそれだけ悪しき民族と見做されていた訳では無い。あくまでも過去の大戦の話だし、歴史に語られているだけで俺は当時を生きていない。『ほんの刹那、強烈な閃光が走り、見渡す限りの生物が塵となる力』……。


――想像してみてほしい。もしこの前線に『核』が落とされたら、たった一発でこの戦争は終わる。それほどに強力な兵器が俺のいた世界にはある。敵も味方も、石や煉瓦も焼き払われることになる。空気だって灼熱になる。きっと継承者でさえも無事ではない。


 ――これ程までの力を国家が保有しながら、何故平和なのかを考えてみてほしい。


 ――例えば三人を、それぞれ国家としよう。三つの国に一つずつ、『核兵器』がある。そしてデレシスとアルクトィス。君たち二人が敵国同士だったとした場合、そうした状況のとき、果たして先手必勝だろうか? 敵を消し去った後に勝利があるだろうか……?


 ――そう、実のところ、そこに勝利はない。


 ――戦争とは、互いに自国の意思を強制する利益獲得の手段である。開戦するのであれば相手国の土地、あるいは文明、または国民を奪いたいという意図があり、損益計算が伴う。魔呪術が強すぎるあまり、国そのものを消し去ってしまっては戦争に勝利したとしても利益がない。なぜなら土地も文明も民も手に入らないのだから。さらに最悪なのは、先手を打った仮初めの戦勝国は、第三国であるラーンマクから非人道的な行為だと弾劾され、正義の名の下に裁かれるだろうことだ。先手を打った戦勝国は兵士ではない者の命まで奪い、価値のある物や保管すべき書物を消し去り、作物の見込める土地を徹底的に破壊したことになる。この傲慢な行いは決して許されることではない。或いは戦勝国に一定の信念があり裁きを免れたとしても、力を使い果たした国と余力のあるラーンマクが対等に付き合えるだろうか。いずれにしても戦勝国は利益を上げるどころか大損。実質的な敗戦と言っても過言ではない。つまり強力な兵器を保有する国は、どれだけ仲が悪かろうと話し合いで解決するようになるのだ。『核』は保有していることが大事で、使ってはいけないものになる。敵同士牽制するのが精々、最強の魔呪術は脅しのための飾りになる。これを『抑止力』という。


 ――興味深いという反応だが、俺が知っているのはここまでだ。俺の生きていた世界は互いを牽制し、脅し合って平和を保っていた。『誰かに殺されないために、誰も殺さない』という均衡があった。


 ――ここから先は、俺個人の話に戻させてもらう。つまらないかもしれないがどうか聞いて欲しい。


 ――思えば、君たちが俺のことを知らないように、俺も君たちのことを知らない。君たちの親は存命なのだろうか?


 ――そうか、皆存命とは少し意外だな。


 ――同情を買うつもりはないが、俺は平和な世界でありながら両親とは死に別れている。戦争ではない。全く別の理不尽な死があった。


 ――『交通事故コウツウジコ』というやつだ。





「なぁ慧、自然崇拝って知ってるか? 海や山、天の星なんかを対象とする信仰のことなんだが」


 みのるが突然そんなことを言う。

 深夜のコンビニエンスストアの駐車場にしゃがみ、カフェインの溶けた缶飲料を揺らしながら空を見上げていた。


 彼は高校時代からの数少ない友人で、互いに悩みを打ち明けることができる深い仲だった。俺が高校卒業後、金銭的な理由などから進学を諦めた一方で彼が大学へ進学してからもこうした交友は続いていた。金がない者同士、こうしてたまに連絡を取って最寄りのコンビニエンスストアで駄弁る関係が続いていた。


「……やばいサークルに入ったなら、話は聞かんが」


「いやそうじゃないよ」稔は笑う。「宗教学の講義に出席する機会があってさ、今まで大した興味もなかったんだけど、講師のトーク力がなかなかどうして、聞いてるうちに面白く思えてさ」


 聞き齧りの受け売りだけど、と稔は前置きして語り始める。


「もともと日本の宗教観は世界的に見ても独特なものだとは聞くだろう? 『信仰心は薄いのに礼節の意識は高い』だとか、『神を信じていないのに犯罪率が低い』だとか、あとは『あらゆるものに神が宿る、一神教ではなく多神……それも八百万やおよろずに渡る』とか」


「まぁ有名だな」


 俺は夜更かしの話題としてはやや眠たい話だと内心で冷めていた。程よいところで話題を変えるタイミングを探りながら耳を傾けている。


「この独特な宗教観はアミニズムと呼ばれるもので、本来それほど珍しいものではなかった。島国という地理的な要因が日本を独自に発展させていったんだ。

 まず自然崇拝――アミニズムから。大昔の人々は自然災害に生殺与奪を握られていた。生粋の農耕民族であった日本人がどれだけ土地を耕しても、日照りや火山噴火、あるいは年間雨量の気まぐれによって簡単に何万人もの人が命を落とす飢饉に襲われてしまう。この理不尽に対して折り合いをつけるため、姿の見えない大いなる力に対し人々はまず名前をつけたんだ。いわゆる天照大御神、大山津見神オオヤマツノカミ高龗神タカオカミノカミだったりするわけだな。……ちなみに『オカミ』は龍のことで、大昔には龍と神は同等のものだったんだと」


「ふぅん」


 受け売りとは言うが稔はかなりの知識を身につけているようで、話術についても講師の技を盗んだか、思ったよりは退屈しなかった。


「ヨーロッパ北部のリトアニアや南部イタリアなんかも長い歴史の中では自然崇拝アミニズムが主流だった。が、大陸であるが故に隣国からのキリスト教化の波に呑み込まれた歴史がある。……この教化の波が日本と海外の違いになる。つまり地理上の理由だ。

 日本は周りを海に囲まれた島国だ。多くの大陸国が何らかの強力な民族によって土地に攻め込まれ教化や改宗を受けたが、日本はほぼほぼその難を逃れたと言ってもいい。少なくとも列強諸国からの血を流すような改宗の憂き目を見ることはなかった。シルクロードからの仏教伝来という友好的外交の影響が色濃いんだ。その後は自然崇拝から発展した神道との神仏習合によって八百万が複雑に混じり合い、明治に起きた廃仏毀釈はいぶつきしゃくによって仏教は追い出されて神道を国教とする運動が起きた。だけど深いところまで混ざり合った仏教はもはや数ある神の一つとして分離できないものとなり、今でも神社とお寺、どっちがどっちだかわからないくらいに神仏が混淆している」


「……ややこしいな」俺は耳で聞くだけでは理解できたか怪しい。


「簡単に言うと、日本は一度神と仏を混ぜ込んだとんでもなく懐の深い多神教文化を築いたってこと」


「なるほど」


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