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No Name's Awakening  作者: 大道福丸
英雄の資格
99/124

蠢く野生④

「『獣封瓶』だ……」

「じゅうふうびん?」

 ビョルンが呟いた単語の意味がわからないイチタはただそのまま言い返した。

 片やショーンはその言葉に心当たりがあったようで……。

「オリジンズを捕まえ、意のままに操れるっていう古代文明の遺産……アーティファクトですね?」

 ビョルン機は部下の方を振り返らず、にょろにょろと不気味に蠢く獣を見据えたまま首を縦に小さく動かし、肯定した。

「まさかイエローポイズンがアーティファクトにまで手を出していたとは……」

「頭の片隅にも思いつきませんでしたね……」

「むしろその獣封瓶?っていうのの能力を考えれば、オリジンズの密輸って言った方が適切じゃないっすか?」

「そうかもしれん。あのヴェノコンダは全身が筋肉の塊のような戦闘力の高いオリジンズ。おまけに牙には毒を持つ。兵器として使うにも、ピースプレイヤーや薬剤の素材にするにしても有用だ」

「優秀なせいであんなビビりに使われることになるとは……切ないね……!」

「ひっ!?ヴェノコンダ!わたしの盾に!」

「シャアァァァッ!!」

 男に命令されるがまま毒蛇は彼の前に移動し、無礼にも凄んだイチタを威嚇した。

「従順なこって。隊長、あれって呼び出した奴の言うことを聞くんですか?」

「確かそうだったような、そうじゃなかったような……」

「んじゃ質問を変えます。あれ、また瓶の中に戻すことは可能ですか?」

「それは間違いない。捕まえたオリジンズを使役できる時間は有限。それを超えた場合は契約が破棄され、自由になる。だから一定時間が経つ前に戻れと命令を下さないと駄目なはず」

「結構不便なんだな。だが、おかげでやることは決まった……あのヴェノちゃんとやらは無視して、ご主人様をボコす。んで、瓶の中に戻させる」

「ひいっ!!?」

 イチタはまた拳をポキポキと鳴らし、男を威圧した。もしそれで心が折れてくれたら手間が省けると思っての行動だ。

 その判断は間違っていない。獣封瓶使い相手にする時、オリジンズを使役する主を狙うという考えに達するのも、あの説明を聞いていれば妥当であろう。

 だからこの後に起こることは彼の落ち度ではない……。

(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!?相手が一人ならまだしも三人ならヴェノコンダ一体だけで止められる気がしない!っていうかあいつら勘違いしているが、瓶に戻すのは呼び出した奴じゃなくてもいいんだよな……それに気づかれたら、そもそもわたしの安否などどうでもいいと思ってもおかしくない……)

 思わずゴクリと生唾を飲み込む。そしてその行為が男を誤った判断に走らせた。

(そうだ!ならこうすれば!!)

 男は上を向き、口を限界まで開けると、そこに向かって獣封瓶を落とした。


ゴクリ!


「あ!?」「いっ!?」「うっ!?」

「ぶはぁ~!!」

 男はあろうことか毒蛇の主人の証である小瓶を丸飲みしてしまったのだ。

「てめえ!何やってるんだ!?」

「はははっ!これで無闇にわたしに手を出せないだろ!わたしの中にある獣封瓶が壊れたら、このヴェノコンダは制御不能だ!!」

「さっきの説明聞いてなかったのか!?制限時間を超える前に戻さないと、どっちにしろそいつはコントロール不能になるんだぞ!?」

「瓶を飲み込んで、どうやってまた封じるつもりなんだ!?」

「大丈夫……時が来たら、瓶は上手いこと内臓を操って吐き出す」

「そんな器用なことできるのか?」

「……できる気がする」

「「「確信ないのかよ!!?」」」

 第三特務の三人は仲良くツッコミを入れた。

「くそ!脅し過ぎて錯乱したか!」

「隊長、今すぐ彼に吐き出させましょう!」

「うむ!さっきと逆、私とハーフランドがヴェノコンダを引き付けるからヴォークスが、奴の腹から瓶を取り出せ!!」

「了解!」

「うっ!?まだ懲りずそんなことを……ヴェノコンダ!わたしを狙うあいつを!一番疲弊しているあいつをまず倒せ!!」

「シャアァァァァァッ……!!」

「……へ?」

 毒蛇の人間とは違う光を灯した瞳が睨み付けているのは、駆除を命令されたターゲットであるショーンハイヒポウではなく、主人である男の方だった。まるで舌舐めずりをするようにチロチロと細い舌を出し入れしながら、長い首であり胴体を真っ直ぐと立てて、上から見下ろしてくる……。

「ヴェ、ヴェノコンダさ――」

「シャアァァァァァァァッ!!」


ドグシャアッ!!


「――ん!!?」

「「「!!?」」」

 ヴェノコンダは太く長い尻尾を凄まじい勢いで振り、ぶつけ、主人である男を壁に叩きつけた。壁からずり落ちた男の目、耳、口からはだらりと一筋の赤い液体が流れ、彼の命が尽きたことを分かりやすく周囲に宣伝する。

「おいおいおいおい!!どうなってんだ!?ご主人様の命令を無視するどころか、殺っちまったぞあの野郎!!?」

「まさかもう制限時間を過ぎてしまったのですか!!?」

「いや、だとしたら男の態度の辻褄が合わない。タイムオーバーが差し迫っているなら、あの小心者はもっと焦るはず……」

「なら……」

「考えられるのは、獣封瓶を飲み込んだことが捨てたと解釈された……保身のための行動が契約破棄だと判断されたのだろう」

「なんて運のない……」

「つーか、どういう判断だよ!!」

「古代人の価値観や技術など我らにわかるはずもない。今、確かなのは……」

「シャアァァァァァァァァァァッ!!」

「ヴェノコンダが野生に帰ったってことだ!!」

 毒蛇の視線はハイヒポウ軍団に。身体中から戦意を滾らせている。

「やる気かこの野郎!!」

「突然、こんな所に連れてかれたんじゃ怒るのも無理ないですよ!」

「こうなったらやむを得ない!市民に害を及ぼすオリジンズの駆除も特務の役目だ!奴を処分するぞ!!」

「了解!!」

「だったらさっき美味しいところをもらったからな……先陣はオレが行きますよ!!」

 勇敢にも予定になかった獣に臆することなく向かって行くイチタ機。

 対するヴェノコンダも距離を取った。正確には移動自体はせず首だけを引いたのだ。まるで力を溜めるように……。

「ん?オレの圧に恐れを為したか?」

「違う……あれは!」

「シャアァァァッ!!」

 ヴェノコンダの頭が一気に巨大化したように感じた。それだけの圧倒的なスピードで接近してきたのだった!


ゴッ!ドゴオォォォォォォン!!


「――がはっ!!?」

「先輩!?」

「ハーフランド!?」

 弓を放つ時のようにギリギリまで力を溜め、撃ち出された毒蛇の頭突きはイチタの反応速度を遥かに超えていた。まるで砲弾を食らったように胴体に重い衝撃が走り、気づいた時には先ほどの男のように壁に叩きつけられマスクの中で吐血していた。

「おい!ハーフランド!?生きているか!!?」

「……なんとか……」

 その返事の声はいつもの明るく豪快なものとは真逆の弱々しく、絞り出すような小さなものだった。

(タフなハーフランドが一撃で……カウンター気味に決まったとはいえ、それにしても凄まじい……こいつを市街に向かわせるわけにはいかないな……!)

「ヴォークス!ハーフランドを運べ!作戦通り私がこいつを……」

「いや、隊長が先輩を!おれがこいつを押さえます!」

 ショーンは覚脳鬼戦で捨てたマシンガンを拾い直すと、即座にヴェノコンダに狙いをつけ、引き金を引いた。


バババババババババババババババッ!!


「シャアッ!!」

 銃弾の雨に対し、毒蛇はうねうねと柱の間を動き回りながら回避する。何の問題もない。ショーンの狙い通りだ。

「先輩から離れた!今です隊長!!」

「ちっ!命令を何だと……良くやった!」

 注意が逸れた隙にビョルンはイチタを肩に担ぎ、さらに毒蛇から距離を取る。

(よし……このままおれが奴を釘付けにしている間に、外から援軍を……)

「シャアァァァァァァァァァァッ!!」

「――な!?」

 逃げ惑っていたはずのヴェノコンダが急遽方向転換!一心不乱にショーンの下へと床を高速で這ってやって来る!

「寄るな!」


ババババババババババッ!バシュ!バシュ!!


「シャアァァァッ!!」

 回避より接近を意識したためか何発かそのびっしり敷き詰められた鱗に着弾したが、表面を薄く抉る程度で勢いを止めることはできなかった。

「マシンガンは多少食らっても大丈夫と判断したか!嫌になるほど賢く、勇敢だな!」

「シャアァァッ!!」

 射程距離に入るや否や毒蛇はまた全身の筋肉を躍動させて、猛スピードで首を伸ばす!ただ先ほどと違って頭突きではなく大口を開けての噛みつきだ!


ガリィッ!!ジュウゥゥゥゥゥゥゥッ!!


「マジか……」

 ショーンは噛みつきを躱すことには成功した。しかし、彼の代わりに毒の滴る牙の餌食になった壁から立ち上る白煙を見て、精神的に大きなショックを受けてしまう。

(手入れもしてないとはいえ、ビルの壁をあんなに簡単に噛み砕くとは……それにあの煙、ハイヒポウの装甲を貫いて、中身に毒を注入するのなんて簡単だろうな……!)

 再び“死”の匂いを感じるショーン。それに加えて、先ほどの戦いの疲れや最近の心労もあったのだろう……ダメージ跡とその分析に夢中で背後から忍び寄っているものを察知できなかった。


シュル!


「!!?」


グンッ!!


「しまった!!?」

 背後から息を潜め、音もなく忍び寄っていたのはヴェノコンダの尻尾。それが足に巻き付くと、ショーン機を持ち上げ、逆さ釣りにしてしまう。

「ちっ!!」

「シャアァァァァッ……!!」

「この……!!」

 煽るように舌を出し入れする毒蛇の姿に、逆さになっているせいもあるのか、ショーンは一気に頭に血を昇らせた。

「おれを出し抜いたつもりか!けだものが!!」

 激情のままに銃口を毒蛇の生意気な顔に向け、容赦なく引き金を……。

「シャアァッ!!」


グンッ!ドゴオォォォォォォン!!


「……がはっ!?」

 ショーンが引き金を押し込む前にヴェノコンダが上から下に、床におもいっきり叩きつけた!当然行動はキャンセル、背中に受けた衝撃に肺が押し潰され、口から強制的に空気が排出させられた。

「シャア!シャア!シャア!!」


ドゴオッ!ドゴオッ!ドゴオッ!!


「がっ!?ぐあっ!?ぐうぅ!?」

 叩きつけ攻撃は一度だけでは終わらなかった。おもちゃを振り回して遊ぶ子供のように何度も何度も、無邪気に残忍に床と衝突させられる。ショーン機はそれに身体を丸めて耐えることしかできなかった。

(これは……すぐにハイヒポウの限界が来るぞ!すぐにでも脱出しないと……!)

「シャアァァァァァッ!!」

 確かにハイヒポウの装甲には亀裂が入り、ダメージが風船が膨れ上がるように蓄積されていく。

 けれどショーンはもちろんヴェノコンダも、その行為によってダメージを受けているものがあることを、その時が来るまで失念していた。

「シャアァァァッ!」

(耐えろおれ!耐えろハイヒポウ!!)


ドッ!ドゴオォォォォォォォォォォォォン!!


「シャッ!!?」

「何!?」

 叩きつけによってダメージを受けているもう一つのもの、それはハイヒポウをぶつけられているビルの床であった。そしてそれは濃紺のマシンよりも先に限界を迎え、一人と一匹のバトルステージを下の階へと強制的に移動させる。

「ヴォーーーークスッ!!」


ドゴオッ!ガシャアァァン!!


「――シャッ!?」

「――ぐあっ!?」

 破砕した床が砂埃のように空気中を舞い散り、視界は最悪であった。ただ敵の位置は把握していた……まだ足に尻尾が巻きついているから。

(覚脳鬼との戦いで脆くなっていたのか。驚いたが、悪くはない。これで脱出できる!!)


ザシュウッ!!


「シャアァァァァァァァァァァッ!!?」

 ショーンは足首に絡みつく尻尾にナイフを突き立て、切り裂き、拘束から逃れた。

(運はおれに向いている!一旦離脱して態勢を立て直せば……)

 ショーン・ヴォークスは自分が運に恵まれているなど、とんだ勘違いだと思い知る。

 駆け出そうとした矢先、目の前の砂埃が晴れた先に見えたものとは……。

「「ひいっ!?」」

「子供だと!!?」

 ショーンの目が捉えたのは、二人組の子供……お互いに抱き合って必死に震えるのを抑え込もうとしている子供達であった。

「何でこんなところに!!?」

「今日、開校記念日で!」

「いつも遊んでいる秘密基地に来たら!!」

「「下の階に怖い人達が!!」」

(取引があった四階より上にいたのか!それで降りられなくなったが、痺れを切らしてどさくさ紛れに三階まで降りたところでおれとヴェノコンダが……!!)

「どれだけタイミングが悪いんだ!つーかこんな日に開校してんじゃないよ!!」

「シャアァァァァァァァァァァッ!!」

 ショーンの魂の叫びと、痛みを乗り越えヴェノコンダが文字通り牙を剥いたのはほぼ同時であった。

 ブラックホールのようにどこまでも闇が続く大きな口が迫り来るのが、追い詰められたショーンにはスローモーションに見えた。

(この攻撃、避けようと思ったら避けられる。だが、そんなことをしたらおれの後ろにいる子供達が……つまりこれは……)

「詰みだな……」


ガギィシュッ!!


「――がっ!?」

「「あぁ!!?」」

 濃紺の胴体に鋭い牙が突き刺さり、そこから真っ赤な血がこぼれ落ちる。身体から生暖かい液体が流出する代わりに、命を蝕む劇薬が侵入してくるのを感じながら、ショーンは自分の命運がここまでだと悟った。

(この仕事についてから覚悟はしていた。だが、まさかこんな早くに、オリジンズに殺られるとは思っていなかったな……これもひとえにおれの力不足……おれにもっと力があれば……あいつのような絶対的な力が……)

 死の淵にあっても彼の心を支配するのは、あの青き龍。誰よりも許せなくて、そして誰よりも憧れていた存在だったと痛感する。

(結局おれはあいつのようになりたかったんだ。隊長や先輩の助力なんて必要としない最強無敵のパワーが……あいつのように悪を独りで断罪する力が……ブルードのように……)

 ショーンが自分の本心を理解し、認めたその時であった。

「マッハ蹴り」


ドゴオッ!!


「――シャアァッ!!?」

 窓を突き破ってスピードアスト襲来!ド派手な登場からの水蒸気を噴射し加速させた強烈な飛び蹴り!それを見事、毒蛇にお見舞いし、ショーンを解放した。

「ブ、ブルード……」

 霞む視界の中、歪な形の青龍と視線が交差した。

 優しくも力強く輝く金色の眼と。誰よりも許せなくて、そして誰よりも憧れていたあの気高き眼差しと。

「遅くなってすまない。ここからはオレに任せてくれ」


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