蠢く野生③
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
鬼の攻撃が止むことはなかった。続いてもう一方の腕でストレートを放つ。
ブゥン!
「くっ!?」
ショーンハイヒポウは大きく仰け反り、これを回避!目の前を通過する剛腕と、耳の奥まで響く風切り音が彼の生存本能にアラートを鳴らさせ、背筋を凍らせた。
(こんなパンチ、一発でも食らったらアウトだ。一気に決着まで持ってかれ――)
ゴッ!ドスン!
「――る?」
ここでまさかの足払い!傾いた身体全体を支える足を軽く小突かれ、ショーン機は為す術なく尻餅を突いた。
「そういうこともできるのか……!!」
「ぐおぉぉっ……!!」
お次は踏みつけ!大きく太腿を上げ、本来は目にすることなどない足裏を政府の犬に見せつける!
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!!
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
形振り構わず転がる特務部隊専用機!その後には鬼の足跡がきれいに刻印されていく!
ガァン……
「ッ!?」
何事にも終わりが来る。ショーンの逃避行にも行き止まりという終わりが来た。壁にぶつかり、無情にも鬼の方へと跳ね返される。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「こんなところで終われるかぁッ!!」
ガッ!グルン!ドゴオォォォォォォン!!
間一髪!ショーン機は器用に腕と足で壁を押し、鬼の背後へと回り込んだ!結局またターゲットに当たることなかったストンピングは彼のフラストレーションを象徴するようにド派手に床を砕き、瓦礫を撒き散らした。
(一手遅れていたら飛び散っていたのはおれの脳みそと内臓か……想像するのもおぞましい……)
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
覚脳鬼反転。立ち上がろうとするショーン機に覆い被さるように襲いかかる!
「いつまでもやられっぱなしだと思うな!!」
バババババババババババババババッ!!
それに対しショーン機はバックジャンプしながらマシンガンを乱射した。しかし……。
キンキンキンキンガリィッ!キンキンガリィッ!!
無数の弾丸をもろに浴びせかけられたが、鬼の装甲は多少削られ、傷つくことはあっても致命的なダメージまでは至らず。ほとんどの弾が弾き返されてしまった。
(マシンガンであの装甲を破壊するならかなりの時間がいるな。そこまで悠長に……)
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「やってくれんわな……!」
弾丸をものともせずに低空タックル!
「よっと!」
ピョン!!
けれどショーンはそれを飛び越し……。
「はあッ!!」
ドゴッ!!
「ぐおぉぉっ!!?」
ズザァァァァァァッ!!
背中にキック!自らの勢いに飲み込まれ、覚脳鬼はヘッドスライディングをするように倒れ込んだ!
(あの覚脳鬼というマシンはパワーもスピードも凄い……だが、中身がてんで駄目だ!これならおれでも付け入る隙がある!今なら奴を……!)
ショーンハイヒポウはマシンガンを投げ捨てるとナイフを逆手に持ち変えた。なぜなら両手で倒れる相手に深く突き刺すにはそれが一番だから。
(装甲に自信があるならそれがないところを狙えばいい!おれがこのナイフを突き立てる場所は装甲の薄い可動部!首の後ろだ!!)
ショーンは狙いをつけると、両手でナイフの柄を包み込み、鬼の首筋にそれを……。
「あくまで私達の仕事はこの国を乱す者を捕らえることで、断罪することではないぞ。それを肝に命じておけ」
「!!?」
刹那、ショーンの脳内にリフレインしたのはビルに入る前の隊長の言葉。それが彼の凶行にブレーキをかけた。
(何をやっている!?今、おれがやろうとしていることを実行したら相手は死ぬ!そうならないように戦う前に戒めたはずじゃないか!なのにおれは……)
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「!!?」
ドッ!ブォン!!
「――うおっ!!?」
ショーン機が動きを止めた瞬間、覚脳鬼は太い両腕で床を押し出し、足からショーンに突っ込んで行った。所謂ドロップキックの形である。
しかし、すんでのところ思いとどまったショーンはその僅かな躊躇いによってできた距離と時間のおかげでギリギリ蹴りを回避することができた。
(今のはヤバかった……!あのままナイフを刺しに行っていたら完璧なカウンターをもらって終わっていた。ハンゲラン隊長の言葉があったからおれは……)
「てめえ……俺を殺すのをビビっただろ?」
「ッ!?お前喋れるのか!?」
「大抵の奴はフィジカルブーストを使うと我を失うって話だが、極一部の耐性がある奴はこうして理性を保ったままパワーアップ状態でいられる。まぁ、俺もついさっきまで完全にぶっ飛んでたんだけどよ~。ククク……」
注入された薬剤の影響でハイになっているのか覚脳鬼は肩を揺らして楽しげに自嘲した。
「俺が意識を取り戻したからにはてめえに勝ち目はないぜ。覚脳鬼の超パワーと鋭敏になった反射神経を存分に活かして、一方的に蹂躙してやるよ……!!」
鬼はそう言うと巨大な包丁のような得物を二丁、両手に召喚した。
「細切れにして!海に撒いて!水棲オリジンズの餌にしてやるよ!!」
邪心を全身に迸らせ悪鬼は巨大包丁を撃ち下ろした!
ドゴオォォォォォォン!!
「相変わらずなんて威力だ……!」
だがショーンは後ろに大きく跳躍して躱す。
「逃げんなよ!!」
「逃げるだろ!」
覚脳鬼、直ぐ様追撃!踏み込むと同時にもう一方の包丁で横に薙ぎ払う!
ブオォォォン!!
けれどこれも空振り!濃紺のマシンはしゃがんで斬撃の下をくぐり抜けた。
(ん?こいつ……もしかして……)
「はっ!やるじゃねぇか!さすが特務部隊!だけどいつまで保つかなぁ!!」
避けられてこそいるが反撃はしてこない防戦一方のショーン機の姿にいい気になった覚脳鬼は昂る感情の赴くままにラッシュを繰り出した!
ブゥン!ドゴオォン!ブゥン!ブゥン!ドゴオォォン!!
しかし一向に当たらない。鈍重な見た目に反して機敏に動くハイヒポウはまるで曲芸師のようにアクロバティックに包丁を避け続ける。
「ちいっ!猪口才な!だがぁ!!」
ドゴオォォォォォォン!!
また空振り。ターゲットではなく老朽化した床を大きく砕いたが、チンピラは仮面の下で満足そうな笑みを浮かべた。
先ほどよりも回避がギリギリになっていたからである。
「どんどん俺の攻撃がてめえに近づいてるぞ!疲れてんのか!?それとも俺がてめえの動きを見切り始めてんのか!?とにかくこのままだともうすぐてめえは……真っ二つだぜ!!」
勝機を見出だした悪鬼はさらにテンションを上げながら、包丁を振り回した。
ブゥン!ブゥン!ドゴオォォン!ブゥン!ブゥン!ブゥン!
けれども結果は変わらず。確かに斬撃とハイヒポウの距離は接近こそしていたが、決して触れはしなかった。
「どういうことだ……!」
さすがに状況の異常さに気付き始めたチンピラはマスクの下で顔を歪めた。
そして逆にショーンの顔は不敵な笑みに染まる。
「ようやく気づいたかアホめ」
「アホだと!?」
「回避運動がギリギリになっているのは、お前がおれの動きを見切ったからじゃない……おれがお前の動きを見切ったからだよ」
「なっ!?」
「お前は意識を取り戻したことが有利になると思ったようだが、実際は逆だ。おれとしては野性味溢れる最初の状態の方が何をしてくるかわからなくて厄介だった。だが今のお前の動きは……いきってるチンピラの動きなんかは簡単に読める」
「ふ!ふざけるなぁぁぁぁぁッ!!」
覚脳鬼、怒りの一撃!全膂力を包丁に乗せて振り下ろした……が。
ヒュッ!ドゴオォォォォォォン!!
やはり当たらず。包丁はまた八つ当たりするように床を破壊しただけだった。
「ぐうぅ……!」
「な、言ったろ」
「くそ!だが、こっちの攻撃が当たらなくても、そっちも反撃できないなら、いずれはスタミナ切れで……!」
「タイマンならその可能性もあっただろうな」
「はあ~!?どっからどう見てもタイマンだろうが!寝ぼけてんのか!?」
「そう思っているのはお前だけだ。こっちは最初からお前のことはチームで仕留めるつもりだった……こんな風にな」
ザシュ!ザシュッ!!
「――ッ!?ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
上司&先輩、助太刀強襲!他のチンピラを倒した二人は背後から忍び寄り、ビョルン機は鬼の右膝に、イチタ機は左肘にナイフを突き立てた。
「もしただ暴れるだけの怪物のままなら、何の疑問も持たずにおれを責め続けていれば、こんなことにはならなかっただろうに……やっぱ自分を出して弱くなったよ、お前」
「こ!このおぉぉぉぉぉッ!!」
ブオン……
「うおっと!」
「ふん、とろいな」
右の巨大包丁を振り回し、一回転。しかし膝のダメージの影響か先ほどよりも遥かに速度が低下していて、ビョルンもイチタもかなり余裕を持って回避できた。
「野郎……!!」
「そんな状態で威嚇しても怖くないぞ、ミスターオーガ」
「後から来てカッコつけないでくださいよ先輩」
「ヴォークス、ハーフランド、可哀想で見てられん。さっさと終わらせるぞ」
「「了解!!」」
返事と同時にビョルン機は後ろから、ショーン機は前から一気に距離を詰める。
「よ、寄るなぁぁぁぁッ!!」
覚脳鬼はそれを許すまいと包丁をまたまた振り回すが、結果は言わずもがな……。
ブゥン!ブゥン!!
「無駄だ」
「万全の状態でも当たってなかったのに、瀕死のお前の攻撃を食らうわけないだろ」
あっさりと回避され、懐に潜り込まれる。そして……。
「はあっ!!」
「でやあぁぁぁぁッ!!」
ガァガァン!!
「――がぁ!!?」
前方からは全体重を乗せ、身体からぶつかるようなショーンの渾身のパンチ。
後方からは助走から跳躍し、最適な力の入れ具合で、まるでしなる鞭のように振り抜かれたビョルン機のキック。
その二つが鬼の顔面を挟み込むように炸裂した!衝撃の逃げ場はなく、自慢の角が砕け落ちる!
「ハーフランド!仕上げは任せた!」
「美味しいところをあげるんですから、綺麗に決めてくださいよ!」
「おうよ!!」
ガシッ!!
二人が離れるのを確認するとイチタ機が覚脳鬼の身体に腕を絡みつけた。同僚から託されたとどめの一撃を放つために。
「ふんぬぅぅぅぅぅぅっ!!」
イチタの背筋が唸りを上げる!筋繊維があますことなく力を発揮し、抱きついた巨体の鬼ごと仰け反っていく!
ドゴオォォォォォォン!!
「――ッ!?」
イチタの身体が綺麗なブリッジを描き、覚脳鬼の頭部を床に叩きつけ、めり込ませた!
会心のバックドロップを決められ、ただのチンピラが意識を保てるはずもなく、戦いは決着を迎えた。
「ふぅ……お望み通り綺麗に決めてやったぞ後輩!」
「フッ……私が鍛えたのだからこれ位できて当然だ」
鬼の下から抜け出したイチタは後輩に誇るように親指を立て、それをビョルンが誇らしげに見守る姿を見ると、ショーンの中に込み上げるものがあった。
(やっぱりこの人達について行くのが正しいんだ。もし殺意に負けていたらおれは死んでいた。隊長の言葉がなかったら、二人が駆けつけてくれなかったら……おれはこの人達を目指す。法に殉じる立派な公僕に。悪を断罪する力なんて……)
刹那、テレビの中で称賛される青き龍の姿がフラッシュバックした。
(ッ!!?違う!おれが欲しいのは、あんな無法者の力じゃない!自分の信じる正義を執行する圧倒的な暴力なんて……必要ないんだ……)
決意を揺るがす邪念を吹き飛ばすようにショーンは首を横に振った。
「ヴォークス、大丈夫か?」
「はい……集中を一時も切らすわけにはいかないシビアな戦いだったんで、少し疲れただけです……」
「そうか。無理もない、よく耐えたな」
「はい……」
「あとはあいつを捕まえれば終わりだから、もう一ふんばり頑張ってくれ」
「ひっ!?」
三体のハイヒポウの視線を一身に受けた場違いなサラリーマン風の男は狼狽え、後退した。
もしビョルンの言う通り、このままこの男を捕らえて終わったなら、ショーン・ヴォークスの運命は大きく変わっていただろう。
しかし、天は彼に与えてしまう……その身を蝕む呪いと祝福を……。
「さて……まずはお前達が何の取引をしていたかを教えてもらおうか」
「オレはクスリにジュース一本」
「なら、おれはピースプレイヤーに賭けます」
「おいおい、お前ら不謹慎だぞ……で、勝ったのはどっちなんだい?」
「わ、わたしが取引したのは……これだ」
男が懐から取り出したのは古びた小瓶だった。
「ん?」
「あれって……」
「まさか!!?二人とも奴を取り押さえろ!」
「は?」
「え?」
その小さな瓶の恐ろしさを理解できたのはビョルン・ハンゲランただ一人であった。彼だけしか気づかなかったことで、そのせいで初動が遅れてしまったことで、第三特務の運命は大きくねじ曲がっていくことになってしまったのだ。
「出て来い!商品A!『ヴェノコンダ』!!」
「シャアァァァァァァァァァァッ!!」
「「「!!?」」」
男の声に応じて小瓶から出て来たのは、ハイヒポウよりも大きな、いや正確には太く長い体躯を持った手足のないオリジンズであった。




