蠢く野生②
ビルの中は灰色に包まれていた。
何の装飾もなく、素材が剥き出しの壁と床。何もないから一定の距離でそそり立つ柱の存在感が凄まじかった。
「何か……建設途中で放り出したみたいっすね」
「ハーフランド、お前は……冴えてるな」
「へっ?」
「先輩の言っていることは言い得て妙というか、そこそこ当たってます」
「ここのビルを元々立てた会社はトップの不祥事で事業が立ち行かなくなって、別の企業に売ったんだが」
「その企業もこのビルを全面リニューアルしようとした矢先に同じくトップの問題が明るみに出て、工事はストップ」
「以来、何か縁起が悪いと買い手がつかずにご覧の有り様というわけだ」
「で、最終的に場末のチンピラの悪巧みの場所か。優しさの塊のオレは同情しちゃうね」
イチタは苦笑いを浮かべながら異様な存在感を放つ灰色の柱を通り過ぎ様に優しく撫でた。
「そう思うなら一刻も早くイエローポイズンの奴らを排除しないとな。これ以上ケチがつくと、もう一生買い手が見つからなくなるかもしれん」
「んじゃ、とっとと上に行きますか。もちろん階段っすよね」
「もちろん階段っすよ。エレベーターは動くかわからんし、動いても敵に気づかれるから乗れない」
「めんどくさ」
「おれは基本せっかちでエレベーター待たないで階段上がっちゃうタイプなんで問題ないです」
「いるよなーそういうタイプ。そん位待てないとかどんだけ余裕がないんだよ」
「悪かったな、余裕がなくて」
「な!?た、隊長もそういうタイプでしたか……」
「これが終わったらエレベーターという脆弱な箱に頼らずに済む強靭な精神と健脚を作り上げる特別プログラムを貴様にプレゼントしよう」
「マジか~……」
「口は災いの元ですね先輩」
三人は談笑しながら階段を昇る。口とは対照的に足音はとても静かだった。
「二階は……」
「誰もいないっすね」
「たれ込み通りなら取引は四階で――」
ガサッ……
「――!!?」
瞬間、ショーンは柱の奥に蠢く影を捉えた。
「どうした?」
「今、そこの柱の近くで何か動いたような」
「……ただの小型オリジンズだと思うが……」
「ズミネスかなんかじゃねぇ?」
「確認してみます」
ショーンは細心の注意を払って柱へと足を進めていく。そしてあともう少しで手が届くという距離まで来ると……。
「ッ!!」
一気に加速して、回り込んだ!
………………………………………
物陰には何もなかった。小型オリジンズどころか生き物の痕跡すら一切……。
「すいません。どうやらおれの見間違いだったみたいです」
「そうか。問題がないならそれでいい。先を急ぐぞ」
「はい……」
一行は続いて三階を超え、そして目的地である四階直前で止まった。
「……聞こえるか?」
「はい」
上から野太い男の話し声が聞こえた。間違いない、ターゲットだと確信すると、三人は頷き合い、小さく深呼吸をし、腰に装備された拳銃に手をかける。
「321で行くぞ」
「「了解」」
「では3……2……1!!」
「第三特務だ!」
「大人しく手を挙げろ!!」
「「「!!?」」」
四階にいたのはお手本のようなチンピラ三人と、逆にごく普通の人の良さそうなサラリーマン風の男だった。前者は特務部隊に拳銃を突きつけられても憮然としていたが、後者はあからさまにビビっている。
「てめえら……」
「動くな!この状況が理解できないほど頭が悪いのかイエローポイズンってのは」
「俺らが誰だか理解した上での行動か」
「貴様らを足掛かりに組織全体を潰させてもらう。もし心を入れ替えて協力するって言うなら、手荒な真似はせん。大人しく投降しろ」
(隊長の発言は形式的にも人間的にも正しい。けれどおれにはどうしても納得いかない……!!)
ビョルンの背後でショーンは苦虫を噛み潰したような顔をした。
今の彼はビオニスが懸念した通り、頭と心がちぐはぐな不安定な状態だったのである。それが眼前に憎むべき犯罪者集団を捉えたことで、さらに激しく彼は揺さぶられていた。
(できることなら、今すぐ撃ち殺してやりたい……だけど)
ショーンはチラリと隣を見た。いつもはおちゃらけているイチタ先輩が真剣な眼差しをしている。前方のビョルン隊長からも力強いオーラを感じる。
それが彼を踏み止まらせた。
(二人にはお世話になっている。今日は二度も迷惑をかけてしまった。これ以上失望されたくない。だからイエローポイズンよ、どうか抵抗しないでくれ。おれのこの歪んだ激情を解放するような愚かな真似はしないでくれ……!!)
それは純粋な祈りであった。心からの願いであった。けれど……。
「はっ!誰が政府の犬の言うことなんか聞くかよ」
(こいつら……!!)
けれど残念ながら祈りも願いも虚空に消える。それを平気で踏みにじってくるから目の前の男達は悪党と呼ばれているのであり、そういう人間だからこそショーン・ヴォークスは身を焦がさんばかりの激しい怒りの炎を燃やしているのだ。
「交渉決裂か。ならば仕方ない、少し痛い目を見て自分達の発言を後悔してもらってからご足労願おう」
「痛い目を見るのは……てめえらの方だろうが!」
チンピラ三人が戦闘態勢に移行する!それとほぼ同時に……。
「撃て!!」
バン!バン!バァン!!
ビョルン達は一斉に発砲した!しかし……。
キンキンキンキンキンキンキンキン!!
光と共に現れ、チンピラ達の全身を覆った機械鎧によって弾丸は全て弾かれてしまった。
左右の二体はシンプルな作りの、中央の一体は立派な角の生えた他のよりも一回り大型の機械鎧に。
「ヴォーイン」
「へっ!儚星!!」
(サイドが起動させたのは事前の情報通りのマシン。生産性を重視した廉価なピースプレイヤーなどハイヒポウの敵ではない。けれどもう一体は……)
「覚脳鬼……!」
(あれは確か儚星と同じAMOU製のマシン、有名な奴だ。装着者に薬剤を注入してドーピングする機体なんて他にはミェフタのビズーミエ位しかないからな……!!)
嫌な噂を耳にしていた曰く付きのマシンを目の当たりにしてショーンの額から頬に冷や汗が伝った。
「ヴォークス、ハーフランド」
「「はい」」
「あの角つきは隊長である私が相手をする。お前らは他の二人がちょっかいを出さないように引き止めてくれ。できればとっとと倒して援軍に来て欲しい」
「隊長にそこまで言わせるマシンですか、あいつは」
「残念ながらそうだ。老いぼれとハイヒポウの組み合わせではどうにもならん可能性が高い。いざとなったらアレを使うが、私的には不安定な試作品に頼りたくない」
「了解しました。速やかに敵を排除します。先ほどのようにいたぶるようなことはせずに最短で終わらせます」
「オレも一丁本気を出すかね……!」
「覚悟は決まったようだな。ならば……行くぞ!!」
「「おう!!」」
三人は一斉に拳銃を仕舞うと、敵に向かって飛び出した!サングラスを光らせながら!
「「「ハイヒポウ起動!!」」」
眩い光と共に、三人の身体を濃紺の装甲が包み込む!
「出たな!特務のピースプレイヤー!だが、誰であろうとこの覚脳鬼の敵じゃねぇ!!」
それと同時にチンピラ達も駆け出す!真っ直ぐと目の前の敵に向かって!となると当然、中央の覚脳鬼は中央のビョルン機に……。
「おい、チェンジだ」
「うすっ!」
「「!!?」」
覚脳鬼の一声でヴォーインとお互いのポジションをチェンジ!最も警戒されているマシンがショーン機の前にやって来た!
「誰であろうと負ける気はしないが、どうせなら楽したいからな」
「おれが一番弱いと……!」
「弱いかどうかは知らんが、一番したっぱなのは態度から丸分かりだぜ!」
覚脳鬼は挨拶代わりに助走の勢いを乗せたストレートパンチを繰り出した!
ブゥン!!
「おっ」
「見くびるなよチンピラ風情が……!!」
しかし拳は虚しく空を切る。ショーンは見事に初撃を見切り、華麗に回避したのだ。
「お前のようなマシンのスペックにあぐらを掻いた奴など……隊長が出る幕もないわ!!」
そして意趣返しにこちらもストレート!最短距離で鬼の顔面へと発射される!
ガッ!!
「ッ!?」
「残念」
けれどこれはあっさりと片手で受け止められてしまった。いや、それだけでは終わらずに……。
「せっかくだから場所を変えようぜ!!」
ブゥン!!ゴッ!!
「――ぐあっ!!?」
力任せに投げられる!濃紺のマシンは灰色の柱に叩きつけられ、受け身も取れずに地面に落下した。
「くそ……!!」
「少しカッコつけ過ぎたな。さすがカウマ・ミリタリーインダストリーズが特務用に卸している機体だ。ちょっとばかし痺れたぜ」
「ぐっ!!」
そう言って痺れを追い出すように手を振りながらこちらを見下ろす鬼の姿はショーンには挑発以外の何物にも見えなかった。
(悔しいがファーストターンはおれの負けだ。隊長達から引き離されてしまった。ハンゲラン隊長が警戒していた相手をおれ一人で……どこまで耐えられるか……!)
ショーン機は立ち上がるとナイフとマシンガンを召喚して、構えを取った。
「今の一撃で力の差がわからなかったか?つーかこいつのこと、覚脳鬼を知っているかい?」
「もちろん知っている。人道的に問題のある機体だということはな」
「そこまでわかってるなら、もう勝ち目がないことも理解してるよな?こいつの本領はここからだぜ……フィジカルブースト!!」
発動コードを認識した覚脳鬼は内部から針を伸ばし、それを……。
ズブッ!!
「――ぐっ!?」
装着者であるチンピラの首筋に突き刺した。さらにそこから自ら生成した薬剤を一気に注入していく。
「ぐうぅ……ぐおぉぉぉぉぉぉっ!!」
チンピラの筋肉がクスリによって膨張!さらに神経が鋭敏になり、それに伴い覚脳鬼自体も僅かに大きくなった。
「これが覚脳鬼の本領……」
体格だけでなく威圧感も増大した鬼の姿に思わずたじろぐショーン。
けれど、この悪鬼は恐怖する時間さえ与えてくれない。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「!!?」
覚脳鬼突撃!パワーアップした脚力でリニューアル途中で作業が止められた床を砕くと一気にショーン機の眼前まで距離を詰めた!
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
そして間髪入れずにまたパンチ!
チッ!バギィン!!
「――なっ!?」
フック気味に放たれた拳はなんとか躱すが、僅かに濃紺の装甲の胸部分の先に触れたために亀裂を入れられ、欠けさせられてしまった。
(タフなハイヒポウが!?掠めただけでこの威力……!!)
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
(こいつ、もしかしなくてもおれの手に負える相手じゃない!?)
マスクの下、濃厚な死の匂いを感じたショーンは顔をひきつらせた。




