蠢く野生①
アフロの大男にジムで絡まれてから数日後、ショーン・ヴォークスは先輩のイチタを始めとした部隊の者達と共に路地裏からとある寂れた雑居ビルを見張っていた。
「改めて今回の任務はあのビルで行われるイエローポイズンの取引を押さえることだ」
隊員達にそう語りかけるのはイフイ第三ピースプレイヤー特務部隊、通称第三特務の隊長、ビョルン・ハンゲラン。年齢的にはかなりの高齢だが、声からも見た目からも弱々しさは決して感じられない。むしろ深く刻まれたシワの数々がそれに相対するような筋肉質な肉体を強調し、より迫力を増しているようにさえ見えた。
「あのビルはここ何年もテナントが入っていない。当然人も寄りついて来ない」
「つまり秘密の取引には持って来いってことっすね」
「だとしてもまだ日が落ちる前の夕方に……大胆不敵な」
ショーンは理解できないと、眉を潜めた。
「何でも合理的に、そしてセオリーから考えるお前にとって奴らの行動は意味不明だろうな」
「はい。こんなこと言うのはどうかと思いますが、自分だったらもっと上手くやります」
「そういう考え方をする奴が多いと踏んで、裏を欠いて来たつもりかもしれん。非合法の取引するなら人の寝静まった夜中……しょうもない思い込みは色んな場面で可能性を取りこぼす邪魔にしかならん。そしてそれが時として致命的なミスに繋がる」
「……はい。隊長の仰る通り、確かに自分は少し凝り固まった考えで判断していたかもしれません。以後、気をつけます」
ショーンは手を太腿の横につけ、お手本のような頭の下げ方をした。
「まぁ、お前はまだ若い。少しずつ学んで行けばいいさ」
「はい」
そんな彼をビョルンはポンポンと肩を叩き、励ました。
「えーと、それで……そうだ、取引されるものに関しては情報が入って来ていない。ただビルに入って来た構成員が手ぶらに見えたことから、ピースプレイヤーかクスリの類いだと思われる」
「構成員自体は武装は?」
「イエローポイズンがよく使うのは知っての通りAMOUの『儚星』やミェフタの『ヴォーイン』だが……これも決めつけるのは良くないな」
「そうっすね。この取引が大事ならもっとヤバいマシンを使ってくるかも」
「あまり楽観的に考え過ぎてもアレだが、我らがハイヒポウなら大抵のピースプレイヤー相手には同等以上に戦える。ましてや中身がまともに訓練を受けてないチンピラならどうにでもなるだろう」
「それはそう」
イチタと他の隊員達は首を大きく縦に振って、同意を示した。
「皆、自信に漲っておるな」
「いつも隊長に徹底的にしごかれてますから」
「ならばチンピラの集まりなど恐れることはない!ヴォークス、ハーフランド、お前らは私について来い!取引現場を押さえる!」
「「はっ!」」
「ホルトビーとマティブは他の隊員を率いて周囲を警戒!臨機応変に判断して動いてくれ!」
「「はっ!」」
「では第三特務ミッションスタートだ」
その場にいる全員がサングラスをかけると各々動き始めた。
「あ?」
「なんだてめえら?」
「止まれ!痛い目に会いたいのか!?」
ビルの前には三人ほどの柄の悪い男がたむろしていた。周囲を威圧しているつもりらしいが、鍛え抜かれた三人には通じない。
「見張りがこれじゃあ、中にいる奴のレベルも知れるな」
「あ?」
ガシッ!
チンピラの一人がイチタの胸ぐらを掴んだ。これには一同……乾いた笑いしか出て来ない。
「やっぱり程度が低いじゃねぇか」
「あ!?てめえ、さっきから何なんだ!」
「安易によ~、相手の射程に踏み込むなつってんだよ」
ゴッ!!
「――ッ!!?」
掌底一閃!視界の外から放たれた打撃は横から顎を掠め、衝撃が頭蓋骨を伝わり、脳を揺らし、一瞬で意識を断ち切った。サングラスに間抜けな顔を映しながら、チンピラは膝から崩れ落ちる。
「てめえ!」
「やりやがったな!!」
仲間をやられたチンピラ二人は激昂し、イチタに飛びかかろうとする……が。
「何か忘れてないか?」
「「!!?」」
「そういうとこだぞお前達」
ビョルンとショーンがカットイン!チンピラの前に立ち塞がる!
「だったらてめえから先にやってやる!老いぼれが!!」
ならばとチンピラはイチタのために握った拳をサングラスをかけた老人に振り下ろした。
ブゥン!ドゴッ!!
「――がっ!?」
回避してからのカウンターの膝蹴り!鳩尾に膝頭がめり込み、内臓から体液が競り上がり、反射的に開いた口から吐き出される!そこに……。
「汚い!」
ゴッ!
「――ッ!!?」
追撃の掌底アッパー!無理矢理口を閉じさせると、チンピラがもう二度と威勢のいい言葉を発することはなかった。
一方ショーンの方も……。
「ウラァ!!」
ブンブンブンブンブンブンブンブンブンブン!
「ふん」
「くっ!!?」
圧倒的な力の差を見せつけていた。チンピラが拳を振れど、蹴りを繰り出そうと一切彼の身体に触れることはなかった。
「くそ!どうなってんだこりゃ!!?」
「どうもこうもそんな分かりやすいモーションの攻撃が当たるはずないだろ。弱い者いじめしかしないから、こんな明確な欠点にも気づかない」
「このぉぉぉぉッ!!舐めやがって!!」
注意されたばかりだというのに、その挙動は大きく、そして雑だった。
「バカが」
ガシッ!グルン!ドゴッ!!
「――ぐはっ!!?」
手首を掴むと、その勢いを利用して投げる!地面に叩きつける!衝撃で肺から酸素が押し出される!
「ふん!!」
ドゴッ!!
「――ぎゃっ!!?」
そこにさらにもう一撃。仰向けになって倒れ、無防備になった腹に踏みつけ!さらに……。
「ほっ!」
ドゴッ!!
「――ッ!?」
さらにもう一蹴り。サッカーボールにするように、チンピラの頭に向かって脚を振り抜いた。
脊髄がそのまま引っこ抜けるのではないかと思うほど、跳ね上がる頭部……意識を断つには十分な一撃であったのは言うまでもない。
「ヴォークス」
「ハンゲラン隊長」
自らが倒したチンピラを引き摺るビョルンの顔は勝者には思えないほど険しかった。まるでとても残念なものを見てしまったように悲しげで、曇りがかっている……。
「……どうしましたか?」
「ヴォークス、お前の実力ならこの程度の相手、もっと穏便に無力化できただろ。わざわざ自分の力を誇示した上で、過剰に痛めつけるような真似をして……」
不満と不快感を真っ直ぐに表す上司に対してショーンは……。
「すいませんでした」
素直に頭を下げて、自らの非を認めた。
「恥ずかしながら大役を仰せつかって緊張しているようです。念のためにと慎重を期してやったことでしたが……確かに過剰でした」
「……自覚できたならいい。あくまで私達の仕事はこの国を乱す者を捕らえることで、断罪することではないぞ。それを肝に命じておけ」
「……はい」
頭を下げたまま答えるショーン。ビョルンからは見えないその顔は……。
「隊長~、お説教は後にしましょうよ。今は任務に集中!集中!」
重たくなった空気を吹き飛ばすように、重大な任務中には似つかわしくない声を出すイチタ。
しかし、その場違いな行為は効果があったようで、強張っていた隊長の表情筋が和らぐ。
「……だな。私も緊張しているってことか。ヴォークスも今言ったことを忘れはしないで欲しいが……」
「任務に支障をきたすような引き摺り方をするな……ですよね?」
「グッド。では見張りの奴を適当な場所に縛りつけて、速やかに本丸へと向かうぞ」
「「了解」」
三人は言葉通りチンピラ達を拘束すると、ビルの中へと入って行った。




