真面目な男
「フッ!フッ!フッ!!」
「ふぐぅ~!!」
リズミカルな腹筋に伴い漏れる息、バーベルを上げるための唸り声……これらが響き渡るこの場所は小綺麗なジム。皆が思い思いに自らの肉体を苛め抜くどこにでもあるフィットネス施設である。
ただ一つ違うのは、ここはとある組織に属している者達が使える、イフイピースプレイヤー特務部隊専用の場所であるということだ。
「フッ……フッ……」
瞳に妖しく輝きを灯す者ショーン・ヴォークスもここで汗を流していた。ランニングマシンの上をかなりのスピードで、かれこれ三十分以上走っている。
「前より息が乱れなくなったな、ショーン」
隣を走っていた男が、その様子を見て嬉しそうに話しかけるとショーンは表情を崩さないまま小さく会釈した。
「『イチタ・ハーフランド』先輩にそう褒められると照れますね」
「いや、言葉と表情が合ってねぇから。そんなこと心にも思ってないことバレバレだから」
「……次からはもっと上手く本心を隠せるように努力します」
「そうじゃなくて!お前って奴は本当に……」
そう言うイチタの顔もまた言葉とはちぐはぐ、朗らかであった。いつもと変わらないショーンらしい返しが彼を心配していたイチタにとってはとても嬉しかったのだ。
「オレの考え過ぎか……」
「何か言いましたか?」
「最近生意気やってるイエローポイズンとかいう小悪党を懲らしめる役をオレら第三特務が任されただろ?だから真面目なショーン・ヴォークス後輩は気負ってるんじゃないかって」
「あぁ、そういうこと気遣いできるタイプだったんですね」
「お前はもう少し先輩を敬う心を養え」
「これでも全力で尊敬の念を前面に押し出しているつもりなんですが」
「どこがだよ。まぁ、あんま媚び売られるのも好きじゃないからいいけど」
「どっちなんですか」
「フッ……」
下らない会話に僅かに口角を上げる後輩の顔を見て、イチタ先輩はさらに安堵した。
「とにかくオレや隊長がいるんだから、お前が過剰に責任感を感じなくてもいいんだぞ。さっきも言ったがイエローポイズンなんて上がドタバタした隙に勘違いして調子に乗ってるだけのチンピラの集まりなんだから、上手くいけば戦闘も起きずに終わる」
「そうなるといいですね。でも最近、この国では予想を越えることばかりですから」
「そうなんだよな~。特にあれはマジで予想してなかったよな、謎のヒーロー、ブリュウスト」
「…………」
先ほどまでとは一転し、ショーンの顔に陰がかかったが、すでに安心してしまい前を向いているイチタはその変化に気づかなかった。
「T.r.Cもほとんどあいつ一人がやっちまったんだろ?別に弱い相手じゃないってのに。やっぱりバリバリ戦闘型のエヴォリストは違うよな。それを誇ることもなく無償で平和のための奉仕に使うって頭が下がるよ」
「……ですね。けれど褒めるのは違うかと。理由はどうあれ違法な暴力行為、それにT.r.Cがこの国に入り込んだのも、そもそも彼のパフォーマンスのせいですし」
「それはそうかもだが……」
「前者はともかく後者をブルードのせいにするのは可哀想過ぎるだろ」
「!!?」
「ウエスト隊長!?」
先輩後輩の会話に突如として割って入って来たのは、大柄な二人よりもさらに大きな筋骨隆々の男。しかもさらに自分を大きく見せようとしてるかのように、頭の上にモジャモジャと巨大なアフロを乗せているのでさらにデカい印象を受ける。
ご存知、イフイ第二ピースプレイヤー特務部隊隊長、ビオニス・ウエストその人である。
「おはようございます!」
「畏まらんでいい。仕事中ってわけでもないし、直属の上司でもないんだから」
「は、はぁ……」
わざわざランニングマシンから降りて挨拶しようとするイチタを制止すると、ビオニスはショーンの隣のマシンに足を乗せた。
「T.r.Cの件は間違いなくブルードは被害者だ。あれを正当防衛と認めてやらないと、それこそ法律や人権的に問題があるぞ。お前らの方こそエヴォリスト差別主義者だぁ!!ってお叱りを受けることになる」
「確かに……」
「ちなみに俺は、あいつの呼び名はブルード派。これが一番強そうでかっこ良くない?」
そう言いながら隣のショーンのランニングマシンのコントロールパネルを覗き込んで速度を確認すると、ビオニスは同じ数値を自分のパネルに入力した。
ピピッ!
「おっ!かなり速いな」
「張り合う必要ないですよ、隊長。こういうのは自分に合ったペースでやるのが一番です」
「言ってることはもっともだが……俺的にはやっぱり相手がいた方が燃える」
ピピッ!
高らかに宣言すると、ビオニスは再びパネルを操作し、速度を上げた。
「子供ですか……」
ピピッ!
「どっちがだよ」
自分に合わせて速度を上げるショーンの意地っ張りっぷりにビオニスは満足そうに笑みを浮かべた。
「で、第二特務の隊長殿が第三の平隊員に何か御用ですか?まさか今のブルードの件をお説教するために来たわけじゃないでしょう?」
「その第三特務にイエローポイズンをどうにかしろって命令が来ただろ?」
「ええ」
「第二は最近シニネ島やらパラサーティオの事件で忙しかったから、今回は自分達にって」
「ちっ!余計な気遣いを……!」
「はい?」
「だから余計な気遣いだってんだ。イエローポイズンのボス、『キース・マッカーシー』については知っている。俺の一個下で、学生の頃から自分は弱っちぃから周りに手下を侍らしていたセコい不良だった」
思い出しただけで不快で不快で思わずビオニスは顔を醜くしかめた。
「昔からそんな感じだったんすね」
「あぁ、てっきり俺はそのうち痛い目を見て、身の程を弁えると思ってたんだが、あの野郎、予想以上に臆病で慎重で……」
「今の今まで生き残ってしまったと」
「奴をここまで増長させたのはあの時、俺がきちんと締めなかったせいだ。だからできることならこの任務、ピンキーズに、それが無理なら、俺を第三特務の末端に加えてくれないかと思ってな」
「思っていたより責任感が強いんですね。けれどそれならおれ達ではなく、『ビョルン・ハンゲラン』隊長に頼むべきでは」
「あの堅物じいさんが素直に首を縦に振ると思うか?」
「思いません」
「同じくないっすね」
ビオニスの提案を一蹴するボスの姿を想像し、ショーンとイチタはウンウンと深く頷いた。
「だから外堀から埋めて行こうと思ったんだよ」
「まさかおれ達に任務が上手くこなせるか不安だから、あなたの力を借りたいと隊長に泣きつけと?」
「泣かんでもいいが、俺がいると安心的なことを伝えてくれると嬉しいな~なんて。どうだろう?」
「当然断ります」
ピピッ!グゥン……
ショーンはスイッチを切り、ランニングマシンを停止させると手すりにかけてあったタオルを首にかけて、ビオニスに背を向けた。
「キース・マッカーシーとやらが取るに足らない小物だというなら、我らに任せて、あなたはその自慢の髪型の手入れでもしていれば宜しい」
「おい!そんな言い方……」
「構わない。失礼なことを言ってるのはこちらも重々承知だからな。気に障ったんなら謝るよ」
ビオニスは自慢のアフロを揺らして、肩越しに小さく頭を下げた。
「こちらも別に謝ってくれなんて思っていません。おれもあなたの立場なら自分で決着をつけたい、少なくとも終わりをこの目で見届けたいと思っていたはずですから」
「そう言ってもらえるとこっちも気が晴れるよ。ちなみに君の方は悩みとかないのか?」
「おれが悩み?そう見えますか?」
「話を聞いてもらってばかりじゃなんだと思ってな。これでも一応特務部隊の隊長にまで昇り詰めた男だから、力になれるかも」
「おれに悩みなんて……」
瞬間、テレビの画面に大々的に映し出された青き龍の姿がフラッシュバックした。
「……ウエスト隊長はあのブルードについてはさっきの口振りからして、かなり好意的なんですよね?」
「まぁ、悪い印象はないな。ちょっと頑張り過ぎなところは気になるが」
「それって……奴の正体を知っているからですか?」
「…………」
「うちの中でも話題になっています。第二特務部隊は、少なくともウエスト隊長は彼の正体を知っている――」
「ショーン・ヴォークス」
「――と!!?」
「っ!!?」
肩越しにこちらを見つめるビオニスの目は先ほどまでの穏やかで温かなものとは打って変わり、鋭く、そしてその瞳に映った者を身体の芯から恐怖で凍えさせるような威圧感を放っていた。
当然、その目に見つめられているショーンはもちろん、横から見ていただけのイチタもビビり散らかし、言葉を失った。
「お前が俺のことを評価してないのはわかるし、別にいい。だが、それはさすがに過小評価し過ぎだ。俺は人様のプライベートをべらべら喋るほど品のない男じゃない」
「し、失礼しました。今の質問は忘れてください……」
「気にするな。先に礼を欠いた行動をしたのは俺の方だ。あとその噂はただの噂だ。俺はブルードの正体なんか知らんよ。他の奴にもそう言っておいてくれ」
「わかりました……ではおれはこれで」
「自分も失礼させていただきます!」
ショーンとイチタは深々と一礼すると、足早にビオニスから離れて行った。額から流れる大粒の汗はランニングマシンのものだけではなくなっていた。
「ありゃりゃ……何ビビらせてるんですか」
「あれじゃあ隊長のことで思い悩んでしまいますよ。今日の夜、夢にモジャモジャが出ないといいですけど」
第三特務の二人と入れ替わるようにやって来たのは第二特務の隊員、パットとリサ、即ちビオニスの部下の二人であった。
「よいしょっと」
ピピッ!グゥン!!
「うおっと!?あいつ結構な速度で走ってたんだな」
ショーンの使っていたランニングマシンに乗ると直ぐ様パットは再起動し、走り始めた。イチタのマシンに乗ったリサも同様だ。
「傍目から見て、お前ら的にはどうだった?」
「どうって言われても、あまり変わりないように見えましたけどね」
「ワタシも同じです。ショーンはいつもあんな感じですよ」
「そうか……それならいいんだけど」
言葉とは裏腹に納得いっていない様子のビオニスは眉を潜めながら、首筋を雑に掻いた。
「隊長はショーンの何がそんなに気になるんですか?」
「いや、ちょっと数日前に街中であいつが歩いている所を見かけたんだが、その時の目が……」
記憶の中のショーン・ヴォークスの眼差しは妙な胸騒ぎを起こさせる光を抱いていた。まるで今渡の際に立っている獣のように妖しい輝きが……。
「昔、傭兵時代に一度だけ今のあいつと似た目をした人間を見たことがある。仲間が次々と殺られて、かなり切羽詰まっていた奴だったが……そいつと同じ目のぎらつきをショーンから感じた」
「その人は一体どうなったんですか?」
「錯乱して雇い主を撃ち殺したよ。それを俺が……」
ビオニスは手で拳銃を作り、こめかみに弾丸を発射するジェスチャーをして見せた。
「嫌な思い出っすね」
「あぁ……だから何か助けになれるんならと思って話しかけたんだがな」
「逆効果だったみたいですね」
「言われなくてもわかってるんだよ!」
ピピッ!ピピッ!!
「あぁ!ひどい!!」
ビオニスは勝手にパットのランニングマシンを操作して、速度を上げた。
「俺の部下ならそれくらいでへこたれるな。それにショーンの奴、お前らの同期だろ?あいつと同じ速度でぜぇぜぇ言って恥ずかしくないのか」
「いや!あいつこういう長距離走とか!スタミナ系は滅法強かったんですって!対して自分は典型的な短期決戦型……!」
「なら尚更弱点を克服するために、走り込まないとダメだろ!」
ピピッ!!
「あぁっ!!?」
さらに速度上昇!パットは最早全力疾走状態で、マシンから落ちないように必死だった。
「冗談はさておき」
「これ!冗談じゃすまな……」
「リサ、ショーンってのはどんな奴なんだ?」
「隊長が見た通りの男ですよ。長所は真面目なところ。短所もまた真面目なところ。潔癖で融通が利かないのが難って感じですかね」
「俺みたいな人間を毛嫌いするタイプか。俺からしたらあぁいう奴はむしろ好きなんだけどな」
「正反対な人間は惹かれ合うか逆にとことん反りが合わないかの極端な結果に陥りがちですよね」
「もう少し腹を割って話してみたら俺の良さもわかるはず……じゃなくて、別にあいつと仲良くなりたいわけじゃないんだよ!男のご機嫌なんて何で取らなきゃならん」
「でしたね」
(そう思ってんなら無視すりゃいいのに……)
「んで、話を戻して……あいつ士官学校時代はその真面目さが原因でトラブルを起こしたりしなかったか?」
「ルールを守らろうとしなかった人間と小競り合いはありましたが、大きな問題となるようなことは別に」
「奴のことを真面目だと評したが、それってあいつ自身も言っていることなのか?この言葉は他人から言われるべきことで、自分自身に使うべきものではないと俺は思っているんだが」
「そんな似非真面目ちゃんじゃないですよ。ショーン自身はやるべきことをやっているだけ。それでも自分的には足りないからもっとやらないとって、馬鹿真面目に心から考えていますよ」
「本物だな。なら自称真面目にやってます、なのに周りは認めてくれないので、こんな世界はおかしい、間違ってると喚き散らすようなことはせんか」
「そういうタイプだったら、首席だったワタシ……首席で士官学校を卒業したこのワタシ、リサ・アルノランにもっと強く当たるはずですし」
(すごい首席を強調してくる)
(二回言ったよ、こいつ)
色々と思うところがあったがビオニスもパットも大人なので口には出さなかった。
「むしろ頑張って成果を出した人は素直に称賛する人間ですよ。決して逆恨みなんか……」
話している間に何か気づいたリサは思わず口ごもった。
「リサ……?」
「先ほどのルールを守らろうとしなかった人間と小競り合いって言うのは、テストのカンニング方法を話していた人達を注意したことが発端なんです」
「カンニング?」
「あくまでこうすればできるんじゃないかっていう勉強中の息抜きでの話題ですよ。ただの冗談なのに、彼すごい怒って」
「そ!それは自分も覚えています!っていうか、マジで殴り合いになりそうだったの、自分が止めたんで!!」
「最初に言った通り潔癖なんですよ彼。冗談でも不正をしようなんて口にするのが許せない。この間廊下で会って少し話した時も、ベックフォード議員の贈収賄疑惑に憤っていました。あと……」
「ブルードのことか?」
一切ぶれないフォームで走り続けているリサは申し訳なさそうに首を縦に振った。
「ショーンの中ではア……ブルードも不正をして利益を享受しているって判定なんでしょうね」
「ぶっちゃけ!間違ってねぇしな!警察や自分達特務の真似して犯罪者をシバくなんて非難されたっておかしくない!あいつだけじゃなく面白くないと思う奴だってそりゃいるだろうさ!」
「だが、そいつらともショーンが感じている怒りはまたちょっと違うだろう。ブルードの行為は許せないが、それ以上にきっとあいつは……」
「それに助けられている自分が許せない」
「何が特務部隊だって、情けない自分にぶちキレてる」
「あぁ、俺らと同じだ……」
ピピッ!グゥン……
「ふぅ……」
ビオニスはランニングマシンを停止させると心に渦巻く不愉快な感情を追い出すように息を吐き出した。
「ビオニス隊長?」
「ショーンの悩みの原因がわかれば人生の先輩としてバチッとアドバイスを決めて、一件落着……に、できると思ってたんだがな。俺自身、処理できていない問題となると……いやはやどうしたものかね」
「同僚の異変に敏感なのは隊長としては美点ですが、少し気にし過ぎかと」
「そうですよ!目付きがヤバいって言っても、その根拠って過去一回の錯乱した傭兵でしょ!経験則っていうには、データ不足にも程がある!」
「もしかしたらイエローポイズンを打倒できたら、何かスッキリして勝手に解決するかも」
「若干楽観的過ぎる気もしますが……まぁ、なるようになるっしょ!ショーンよりも真面目に考え込んで、隊長の心の方が先にやられちゃ元も子もない!!」
「……だな。ここは一旦落ち着いて、もう少し様子を見てみる……か!」
ピピッ!グオォォォン!!
「うおぉぉぉぉっ!!?」
ビオニスは一瞬の隙を突き、部下のランニングマシンをさらに加速させた。パットは腕と太腿を凄まじい勢いで上下させ、必死に食らいつく。
「ちょっ!?これはマジで!!?」
「今日はもう帰らせてもらうわ」
「お疲れ様です」
「お前らもあんまり無理し過ぎるなよ」
「はい」
「どの口が言ってるぅぅぅぅっ!!?」
ビオニスは部下の悲鳴をBGMにジムを後にした。
心の端にこびりつく不安を処分できないままに……。
(本当に俺の考え過ぎならいいんだが……どうにも嫌な予感が拭えないぜ……)




