恵まれている男
(負けたのかわたしは……結局、終わってみれば一発もまともに当てられなかったな……)
揺らめく炎に照らされる試作ライフルと、それをがっしりと握りしめたまま切断面から赤い液体を垂れ流す右腕を改めて見下ろし、イグナーツは自分の敗北を受け入れた。
「ブルードラゴン……いや、アスト・ムスタベ……」
「ん?」
「このわたしに勝った褒美だ……一つ、忠告してやる」
「忠告だと……?」
負けた奴が何を偉そうにとアストは一瞬思ったが、毒気の抜けたイグナーツの穏やかな声を遮る気には不思議とならなかった。
「まぁ聞いてやらんでもない」
「……いい心がけだ。年上の言葉は聞いておくべきだ」
「素直に従うかどうかはわからんがな」
「それもまたいい……ムスタベ、お前は恵まれている。お前の力は俗な言い方をすると、最上級のスーパーウルトラレアだ」
「そりゃどうも。褒められて悪い気はしないよ」
「だが、それ故に引き付ける……いいものも、そして悪いものも……」
「悪いもの……T.r.Cのことを言っているのか?」
イグナーツは小さく首を横に振る。
「T.r.Cは急速に規模を大きくした弊害として実力はあるが人間として問題がある奴らを多く引き入れることになってしまった……わたしのようにな。だが、総帥には明確な信念がある。あの人ならいずれは駆除するにしても、お前のような甘い人間は暫くは放置するだろう。もしかしたらこの戦い自体、お前を見極め、そしてわたし達、性格に難があるものを切り離すためのものだったのかもな……」
だとしたら自分は、自分達はと考えると乾いた笑いしか出て来なかった。
「だとしたら、オレが引き付ける悪いものってのは?」
「まずは人間だ。今、お前はこの国ではヒーロー扱いされているが、見えないところでお前に恐怖している者も少なくないはずだ」
「………」
アストは百貨店で自分を怯えた目で見てきた親子のことを思い出した。
「それだけならまだいい。もっと直接的に……T.r.Cのようにお前を排除しようとする奴、逆に利用しようとする奴がこれから死ぬまでお前の下に現れる。そういう運命だ、お前は」
「それは……覚悟している。この能力を得た時からな」
「あぁ、わたしもそっちは心配してない。問題はもう一つの方……」
「もう一つ……?」
「エヴォリストだ、お前と同じエヴォリストだ」
「はぁ?」
イグナーツが何を言いたいのか理解できないアストは思わず首を傾げた。
「フッ……その分だとピンと来てないようだな」
「ぶっちゃけちんぷんかんぷん」
「本当に恵まれた環境にいるんだな……ムスタベ、お前エヴォリストは同族だと思ってシンパシーを感じているだろ?」
「え?それが普通なんじゃないのか?同じく力に目覚めた人間なんだから」
「違う。その目覚めた能力は千差万別。エヴォリストと一括りにするが、その実態は完全にそれぞれ別種の生き物だよ。そうなるとどういうことになるかわかるか?」
「いや……」
「差別だよ」
「!!?」
「エヴォリストは人間に差別されている存在なのは事実だが、本当に厄介なのはエヴォリスト同士の差別、ヒエラルキーなんだ」
「どうしてそんなことに!?確かに全然違う力を発現したとしても差別なんて……」
アストは今まで信じて来た常識がひっくり返されたようで、困惑した。ある意味、今日の戦いの中で一番ダメージを受けたと言っても過言ではなかった……が。
「お前はエヴォリストを差別するエヴォリストにすでに会っているはずだ……ディオ教の支部長に」
「!!?」
瞬間、かつて神凪の赤い竜と共に戦ったアストの記憶の中でも屈指の難敵の姿がフラッシュバックした。否定したかったがすでに彼はすでにイグナーツの言葉が事実だという証拠と過去に対峙していたのだ。
(言われてみれば……あいつ、普通の人間に対する態度が高圧的だったからあまり気にも留めなかったが、オレのことも見下してたような……)
「あれが人間を超えた力を手に入れた全能感から他者を軽視するようになってしまう一番典型的なエヴォリストの姿だ。ああいうタイプは自分の能力に絶対の自信を持っているから、自分以上の存在を見ると激しく憎悪する。あまりいい能力に恵まれなかった者も同じだ。自分より優れた奴を妬み、その慰めに自分以下だと思った者を虐げる」
「でも、そんな奴ばかりじゃ……」
「もちろん例外もいる。お前のようにきちんと力も心も律することができる奴は世界を探せば、それなりにいるだろうさ。だが、大抵は力に溺れ、心身のバランスを崩す。少なくともT.r.Cの仕事として、駆除した奴らは皆、法も倫理も踏み外した奴らばかりだった」
「そんな……」
「それが真実だ。ヤービッツの悪魔もその一人。侵略者であるエブラ軍を殺すのはいい。その資格は十分あるし、軍人として我らも覚悟していた。ヤービッツの防衛隊や住人を殺したことも、パーヴァリの娘のように暴走してしまったとして目を瞑ってもいい。けれど、それ以降のエブラ、レッザ両国に対しての行動は決して看過できない。奴は間違いなく自分の力がどこまでできるかを試すためだけに、目に映る人間を殺し続けていた。歴史上に残る最悪のエヴォリストの一人だよ」
「マジか……」
イグナーツの言葉は淀みなく、自分を動揺させるために嘘を言っているとはアストには思えなかった。
「エヴォリストだからといって差別したり排除するのは間違っている……その通りだ。その意見には何の異論もない。けれど、悲しいことだが、世界には目覚めた強大な力を悪用することしか考えないこの世から一刻も早く排除すべきエヴォリストも間違いなく存在するのも揺るぎない事実。奴らから罪無き人を守るために秘密結社T.r.Cはある。必要悪と言ったのは、そういう意味だ」
「そんなのただの開き直りだ……!!」
「お前がそう思うなら、それでいい。むしろいつまでもそう思い続けて欲しいとさえ思う。だが、ムスタベ、覚えておけ……お前のその力は今言ったような奴らを集めるぞ。お前が望まなくても、必ず力によってねじ曲がってしまった、もしくは覚醒と共に隠れていた悪意を解放させてしまったエヴォリストはお前の目の前に現れる。そうなった時、お前はどうする?」
「オレは……」
情報の濁流に飲み込まれ、アストは放心状態になった。
だから本来なら気づいたかもしれないイグナーツの考えを、絶対に止めなくてはいけない行為を見逃してしまった。
ガリッ!!
「!!?」
「がはっ!?」
「イグナーツ!?まさかあんた!!?」
テクニックからいつもの覚醒形態に戻りながら、イグナーツの下に駆け寄る!彼が地面に倒れ込む前に抱き止めることができた。しかし……。
「おい!イグナーツ!」
「がっ!?ぐうぅ……!?」
「くそ!!」
バギィ!!
力任せにジベ・スナイパーのマスクを剥ぎ取る。露出したイグナーツの顔は記憶にあったものよりずっと青ざめ、血相が悪かった……。
「イグナーツ!吐き出せ!毒を飲んだんだろ!?そんなものペッだ!!とっとと全部吐き出すんだよ!!」
「……そんなことをしてももう遅い……手遅れだ……わたしは死ぬ……」
「あ……あ……」
青き龍の顔が悲しみに染まった。それはまるで友を失いかけている時のよう……そんな顔をついさっきまで殺し合っていた敵に向けているのだ。
「本当に……恵まれているのだな……敵であるわたしにその顔ができるのは……お前が周りから大切に愛されてきた証拠だ……」
「オレのことなんてどうでもいい!!今はあんたの身体が……」
「決めていたんだ……ヤービッツの悪魔を倒すと決めたその日から……奴以外のエヴォリストに負けたら、自らに終止符を打とうって……そんな体たらくではあの悪魔には勝てない……ならばもう生きている意味も……」
「意味なんか生きることに必要ない!意味なんかなくても……生き続けるべきなんだよ命あるものは!」
「かもな……でも、目的を失ったわたしには……」
「一度の失敗くらいで諦めるな!どんな辛いことがあってもまた立ち上がり、前を向く!それが人間に標準装備されている最強の能力だろ!どんなエヴォリストの能力より素晴らしいスーパーパワーのはずだろ!!」
「……お前は……」
アストの金色の瞳は真っ直ぐと爛々と輝いていて、彼が本気でそう思っていることを証明していた。
「お前はどこまでも……優しいんだな……」
「イグナーツ!!」
「でも、スナイパーの腕を奪っておいて、それは……少し酷い……」
「イグナーツ!!」
「戦火の中に生き続けたわたしの最期が……炎に囲まれてとは……中々どうして……悪くな……」
「イグナーツ!おい!逝くな!!」
「…………」
「……そんな……」
呼び掛けにイグナーツが応えることは二度となかった。
こうしてアスト達と秘密結社T.r.Cの戦いはどこかもの悲しく幕を閉じた……。




