目覚めるテクニック
情報にない姿に変形したアストを見て、イグナーツは取り乱す……ことはなかった。
(何をするかと思えば……なるほどな。遠距離特化型か)
イグナーツの心を落ち着けているのは、アストの変形した右腕のライフル。それが彼の心をかき乱すのではなく、平穏を与えていた。
(理には適っている。遠距離攻撃できる技は持っているが、射程に関してはたかが知れていた。それを補強するためにこの新形態は間違っていない。間違っているのは、よりによってスナイパーであるわたしと同じ土俵に立つという判断だ)
イグナーツはマスクの裏で侮蔑したような眼差しで新たな形になった青龍を見下ろした。むしろ落胆したといった方が正確かもしれない。アストの考えをまた浅はかだと感じたのだ。
(素人がわたしと射撃戦をしようなど笑止千万。情報のない形態で動揺を誘いたかったのだろうが、短絡的と断じるしか他ない。わたしの予想通りにはならないだと?お前のやろうとしていることなど、手に取るようにわかるわ!!)
完璧にテクニックアストの能力を看破したイグナーツは動こうとしなかった。むしろ相手に先に動いてもらった方が色々と好都合だと感じたのだろう。
それを知ってか知らずかテクニックアストは動き出した。右腕が変形したライフルを左手で支えながら、天に、円盤に乗ってスコープ越しにこちらを見下ろすジベ・スナイパーに向けた。
「さぁ、これが初公開!テクニカルなオレの力だ!!」
アストの思いに呼応し、ライフル内で水分が凝縮!それが水蒸気爆発により……。
バシュウン!!
発射された!水の弾丸は空気の抵抗も重力もものともせずにどんどんと加速しながら、天へと昇り、傲岸不遜なジベ・スナイパーに当た……。
ヒョイ
当たらなかった。スナイパーは円盤を器用に動かし、あっさりと回避。せっかく作った水の弾丸は夜の闇に飲み込まれていった。
(銃口と目線から弾道は予測できる。弾速もだ。あの勢いの凄い涙に毛が生えた程度のスピードだと思ったら案の定。それではわたしを撃ち抜くことなどできない。ただ隙を見せただけだ)
空中で大きく傾きながらジベ・スナイパーはお返しと言わんばかりに試作ライフルで狙いをつけ、そして引き金にかける指に力を込めた。
「狙撃とはこうやるんだ新人スナイパー」
ドシュウゥゥゥゥッ!!
今度は上から下にビームが発射される!一筋の光の線が射撃直後の青龍に……。
「ブースト」
パシュ!!ドシュウゥゥゥゥンッ!!
「何!?」
命中直前、テクニックアストのいつもの状態から変化した胸部鎖骨、腰部横、膝から水蒸気を噴射、凄まじい加速をし、後方に移動すると、ビームに自分ではなく地面に穴を開けさせた。
「残念。また外れた」
(あの加速、短距離ならスピード特化形態より速いんじゃないか?回避対策は万全……いや、あれは接近しようとする相手と距離を保ちながら撃ち抜くための機関。つまり引き撃ち用か。これもよく考えてある。それにどうやら……)
「さて、またオレのターンだぜ」
(連射性はこのじゃじゃ馬よりもいいらしい)
バシュウン!!
次弾装填が完了すると同時にテクニックアストは発射!再び水の弾丸が空を駆ける!
ヒョイ
そして再びいとも簡単に躱される。一度見たことでより弾道、弾速を把握したのか、ジベ・スナイパーギリギリを通過し、彼の後部上方へ。
(フェイントの一つでも混ぜてくると思ったが、素直に撃ってきた。今のところ他の形態よりも大分練度が低いみたいだな。やはりその姿を選んだのはミスチョイス。次の一発でわたしの勝ちだ)
イグナーツは心の中で淡々と勝利への算段を考えていた……次の瞬間だった。
「弾けろ、水花火」
バシャッ!!
「!!?」
自分を通り過ぎ、闇の彼方に消えるはずだった水の弾丸が突如破裂!そして……。
ババババババババババババババババッ!!
小さく細かい水の弾に分裂すると、シャワーのように降り注いだ。
「くっ!!」
咄嗟に回避しようとするスナイパー。しかし完全に不意を突かれた攻撃……どうにもならなかった。
バシュ!!
「――ぐっ!?」
ライフルを持つ右の二の腕に一発の弾丸が命中。さらに……。
バシュ!バシュ!バシュ!バシュ!
数え切れない水弾が円盤を蜂の巣に。その結果……。
ドゴオォォォン!!
円盤は爆発を起こし、もくもくと黒い煙で軌跡を刻みながら地面に……。
ドガシャアァァァァァン!!
「ッ!?」
墜落した。スナイパーは地面に激突する寸前に飛び降り、ダメージこそ受けなかったが、大切な機動力を失ってしまった。
「くそ……!!」
「…………」
「――ッ!!」
炎の海の中、無言でこちらにライフルを向けるテクニックアスト。それに対してジベ・スナイパーも試作ライフルの銃口を彼に合わせた。
両者にらみ合いの構図だ。
「……一応言っておく」
「断る」
「最後まで聞いてよ……」
「お前の言おうとしていることなど手に取るようにわかる。どうせ降参しろだろ?」
「うわっ、当たってるし」
アストは思わず苦笑したが、イグナーツの方はマスクの裏で眉一つ動かさなかった。それだけ追い詰められているのだ。
(腕の傷は大したことない。ほんの少し肉に窪みができた程度だ。これよりひどい怪我でも狙撃してきたわたしならば狙いが狂うようなことはない。だが……)
アストに気づかれないように目線を落とし、試作ライフルの銃身へ。いまだにそれは熱を帯びていた。
(まだライフルの冷却が終わっていない。壊れるのを承知で今すぐ撃つこともできるが、それはしたくない。今まで完璧に命中したと思ったわたしの狙撃をことごとく躱してきたあいつに不完全な狙撃など……なんとかもう少しだけ時間を……)
悔しさから歯を食い縛るイグナーツ。こんな屈辱を感じるのは久しぶりだった。彼の人生を変えたあの日以来……。
その瞬間、不意に時間を稼ぐ天啓が降りてきた。その屈辱の記憶を話せばいいと……。
「……わたしとパーヴァリがこのT.r.Cを身を寄せることになった理由は少し似ている」
「え?そうなのか?」
(食いついた!)
アストならばこの話に興味を持つだろうと思ったが、ドンピシャだった。青き龍から溢れ出ていた緊張感が一瞬にして消え、闘志よりも好奇心が色濃く漏れ出る。
「まぁ、わたしの場合はあそこまで悲劇的ではないが、突然力に目覚めたエヴォリストに人生を狂わされたという点では同じだな……お前は“ヤービッツの悪魔”を知っているか?」
わたしはかつてエブラという国でスナイパーをし、隣国レッザとの戦争に従軍していた。戦争の理由はどこにでもありふれた領土争いだったと思う。別に興味がなかったから詳しくは覚えていない。
戦況は終始我らエブラ軍が圧倒していた。次々と敵の要所を落とし、破竹の勢いといってよかったよ……あの日までは。
あの日、ヤービッツの制圧戦もうまくいっていた。連戦連勝だったが、慢心などなく、数もこちらが上。さらには通常のピースプレイヤー軍に加え、完全適合した特級に、凄腕のストーンソーサラーの傭兵まで連れていた。まさに磐石の布陣だった。わたしも順調にキルスコアを稼いでいたよ。
それがヤービッツの悪魔、たった一人のエヴォリストによってひっくり返された……。
詳しいことはわかっていないが通説では、奴はあの場所で突然能力に目覚めたとされている。パーヴァリの娘と同じく小型のオリジンズにでもかじられたのだろう。レッザの秘密兵器ならばもっと早くに出てきても良かったはずだからな。
奴が姿を現してからは戦場は一変した。
数で勝るピースプレイヤー軍も、完全適合した特級も、凄腕のストーンソーサラーもみんなあいつ一人に殺された。
エブラ軍だけじゃない。不甲斐ないレッザ軍に怒りを覚えたのか、それともただ力を試したかったのか、ヤービッツの防衛部隊も、住人も殺された。
あれは戦いではなく、虐殺だった……。
わたしが助かったのはひとえに運が良かったとしか言いようがない。
その後も奴は暴れ回り、結果エブラもレッザもあまりの損害に戦争を続けることができなくなり、しょうもない和平交渉を結んで戦いは終わった。ただ血を流すだけ流して得るもののない無意味な戦争だったよ。
そして引っ掻き回すだけ引っ掻き回してヤービッツの悪魔は姿を消した……。
「わたしは奴を見つけるためにT.r.Cの門を叩いたのだよ。わたしの人生を変えたあいつを……」
「あんたは仲間の仇を討つために……」
バイザーに覆われた金色の眼が憂いを帯びた。感受性の豊かなアストはイグナーツにも同情の念を覚えてしまったのだ。しかし……。
「仇?何のことだ?」
「え?」
「わたしはただあの時感じた屈辱を返したいだけだ!圧倒的な力を持つヤービッツの悪魔をこの手で殺し、更なる高みに昇りたいだけだ!仲間の仇などどうでもいい!!弱い奴が死ぬのは戦争の常だろ!!」
イグナーツは彼の思うような人間ではなかった。アストが思うより彼はずっと醜悪で歪んだ人間だったのだ。
「お前は……パーヴァリさんとは違う!!」
「そうだ!わたしは奴とは違う!お前に無様に敗北した奴とはな!!」
「イグナーツ!!」
「ブルードラゴン!お前はわたしがヤービッツの悪魔に挑むための踏み台に過ぎない!!」
ジベ・スナイパーが引き金を引く素振りを見せた。
「!!」
バシュウン!!
それに反応し、先にテクニックアストが水の弾丸を発射した……イグナーツの思惑通りに。
(かかった!!)
スナイパーは反撃をせずに左に横っ飛び。墜落した円盤を飛び越した。
「水花火!!」
バシャッ!ババババババババババババババババッ!!
テクニックアストは再び弾丸を破裂させ、横殴りの強烈な水弾の雨を降らせる……が。
「ふん!!」
ガァン!!ガガガガガガガガガガガッ!!
スナイパーは円盤の端をおもいっきり蹴り、跳ね上げ、盾にしたことで、完全に攻撃を防いでみせた。
(勝った!今度こそ射撃直後の隙を撃ち抜ける!さっきの高速バックはもう通用しない!)
勝利を確信し、ジベ・スナイパーは引き金を力強く押し込ん……。
「紅染め龍輪刃」
キイィィィィィィン!!ザシュウッ!!
「……は?」
引き金を引くことはできなかった。
突如として先ほど水弾が命中した右腕から高速回転する真紅の丸ノコが出現し、ジベ・スナイパーの腕を斬り落としてしまったのだ。
「ぐっ!?ぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
自分の身に起こったことを少し遅れて自覚したイグナーツは柄にもなく叫び声を上げ、傷口を抑えながら、膝から崩れ落ちた。
「な、なんだ!?何が起きたんだ!?」
「オレの言葉をちゃんと聞いていたか?オレはアウェイクテクニックって言ったんだ」
「それがなんだと言うんだ!?」
「ただの遠距離特化形態ならシューティングとか、それこそスナイパーって言うさ」
「だとしたらお前の言うテクニックとは……!?」
「遠距離に飛ばした水を遠隔で変形させること」
「ッ!!?」
瞬間、イグナーツは完全に理解した。自分が何をされたのか、そしてアストの新形態の恐るべき意図に……。
「先ほどわたしの腕に埋め込まれた弾丸を遠隔で変形させたというのか……!?」
「正確に言うとあんたの腕を斬り落とすには、量が足りないから、その身体に流れる血を拝借した。だから紅染め」
「なんとおぞましいことを……」
「オレがこんな酷いこと思いつくわけないだろ。オレが考えたのは腕をライフル状にすることだけ。撃ち出した弾丸を変形させられないかと訊いてきたのはメグミ。今みたいに刃にして肉体を切断しろって言ったのはウォルだ。つまりあんたは……オレではなくオレ達三人に負けたんだ」
そう言うアストの後ろに自慢気にふんぞり返る彼の幼なじみの姿をイグナーツは幻視した。
「わたしは……腕に被弾した時点で負けていたというわけか……いや、むしろただの射撃タイプと誤認した時に……」
「だからオレは降参しろって言おうとしたんだ。なのにあんた、人の話を聞かないから」
「きっと聞いていても変わらんよ。お前ごときに躓くようではヤービッツの悪魔に勝とうなんて到底無理な話だからな……」
「なら、もう諦めろ。そいつを殺したところで何になるんだというんだ」
「くくく……お前は本当に何もわかってないんだなエヴォリストのこと、人間のことを」
「……何?」
「我らT.r.Cは悪は悪でも必要悪だってことだよ!!」
ジベ・スナイパーは残った左手に本来搭載されているライフルを召喚した!それでアストを……。
「無駄な足掻きを……!!」
バシュウン!!
「――ぐあぁぁぁぁっ!?」
狙撃する前に、逆にライフルごと撃ち抜かれ、左腕も完全に破壊されてしまう。
スナイパーが引き金を引けなくなった……つまり完全に決着がついたのだ。




