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No Name's Awakening  作者: 大道福丸
狙われたブルー
90/123

上手い男

 覚醒アストは徐々に高度を上げるイグナーツをじっと睨み続け……ているだけでいるはずはなかった。

(空に逃げられるとまずい!あの円盤をさっさと壊さないと!!)

 青き龍は先ほどの戦いで失った水分を空気中から少しずつ補給、それを金色の眼に集中させた。

「涙閃砲!!」


ビシュウッ!!


 毎度お馴染みの目から高圧水流発射!涙というにはあまりに荒々しい破壊力を持つそれは重力に逆らい、空をかけ上がっていくと、イグナーツの乗る円盤に……。

「ふん」


ヒュッ……


 当たらなかった。イグナーツは身体を傾けると、それに追随して円盤が移動し、いとも容易く涙の軌道から逃れてしまった。

「ちっ!!」

「もう撃てるようになったのか。さすがの回復力だな。けれどわたしを撃ち落とすには少々勢いが足りない」

「ならすぐに本調子の一発を……!!」

「そうならないようにわたしもパーヴァリのように小細工させてもらおうか」

 そう言うとイグナーツの意思に呼応するように、彼を乗せる円盤の各所が展開、そこから……。


バシュッ!バシュッ!バシュッ!バシュウンッ!!


 一斉に何かが発射された!それはアストの周りにところ構わず降り注ぐ!

「この軌道……オレ狙いじゃない!?」

「あぁ、これはわたしとお前、二人だけのパーティー会場に彩りを加えるちょっとした飾り付けだよ」


ガッ!ボオォォウッ!!


「炎!?そういうことか……!!」

 それは着弾すると同時に激しく燃え盛った。あっという間に青き龍の周辺は真っ赤な炎が揺らめく火の海へと様変わりする。

「わたしはパーヴァリのように気遣いのできる男じゃないので、躊躇なく周りに被害が出る方法を取らせてもらうぞ」

「くっ!?」

「仮にここから逃げて別の場所に移動しても同じことをする。被害を最小限にしたいんなら、ここでわたしを仕留めるんだな。いつでも逃げられたのに、仲間を思って倉庫内に留まったお前ならわざわざ言うまでもなく、そうするつもりだろうが」

「その通りだ!!」


ビシュウッ!ヒュッ!!


 再度の涙閃砲は先ほどと同じ末路を辿った。見飽きたと言わんばかりにあっさり避けられ、そのままイグナーツと円盤はさらに高みへ……。

「到着。わたしの見立てでは君の遠距離攻撃技の射程外に出たはずだが、どうだろうか?」

「は、はぁ?そんなとこくらい余裕で届くし!!」

 覚醒アストの目は右に左にスイミングした。

「素直な奴だな。これで推測が確定した。ここはお前にとって射程外、そしてわたしにとって、スナイパーにとっては最高の距離だ!」

 イグナーツが言葉を言い終わると同時に彼の身体を光が包み、一瞬で全身に機械鎧を纏わせた。その姿はトレーラー暴走事故の時に一瞬だけ視線を交錯させたあのマシンそのものだった。

「ジベ・スナイパー」

「やはりお前はあの時の……」

「弁明する必要などないが、一応言っておくと、あそこでお前に遭遇したのは偶然だ。カウマの観光をしていたらたまたまお前が事故を止めようとしている場面に出くわした。ちょっとした運命を感じたよ」

「こうして最後の壁としてオレに立ちはだかることが運命だと?ずいぶんとロマンチストなのだな」

「ロマンチストか……確かにわたしの望みは端から見るとそう思えるかもな……」

 イグナーツの記憶の一番深い場所に、一番濃く刻まれた瓦礫と死体に囲まれた異形の存在の姿がフラッシュバックすると、マスクの下の顔は険しくなった。激しい憎悪と怒りで険しく……。

「……だが、もしお前をここで仕留められたら……少しは現実味を帯びてくる!なのでお前には死んでもらうぞブルードラゴン!!」

 円盤に飛び乗る前から、ジベ・スナイパーを装着する前からずっと持っていた長大で重厚なライフルをようやく構える。スコープを覗き込み、狙いを定めると……。

「バン」


ドシュウゥゥゥゥッ!!


「ぐっ!!」

 躊躇なく引き金を引く!発射されたのはエネルギーを凝縮したような一筋の光!その威力を物語るようにスナイパーの乗る円盤を反動で押し上げる。しかしビーム自体は真っ直ぐとターゲットであるアストへとへと向かっていく。

「ちいっ!!」


ドシュウン!!


 それでも青き龍には当たることはなかった。アストが地面を転がり回避運動を取ると、彼が今までいた場所にビームは着弾し、地面に深い穴を開けた。

 その地獄まで続くような暗い空洞を見ると、炎の中にいるというのにアストの全身に寒気が走った。

(この威力……パワフルなオレでも耐えられそうにない。当たったら一発アウトだ)

 一方、その恐るべき攻撃を放ったイグナーツの方も内心穏やかではなかった。

(兵器開発部の奴ら、試作品だが何も問題ありませんだと?なんだあの反動は!わたしでなかったら明後日の方向に飛んで行ってたぞ。しかも……)

 カメラ越しに見える試作ライフルの銃身は眼下に広がる火の海のように真っ赤に光っていた。

(この分だと連射したら銃身がすぐにダメになる。多少のタイムラグは覚悟していたが予想以上に取り扱いが難しい。本来なら今夜試してみるつもりだったんだが、どいつもこいつも焦りやがって!!)

 敗北した同僚の浅慮さに嫌気が差し、顔をしかめる。

 その様子を覚醒アストは下から眺めていた。

(追撃してこない……あの武器は一回射撃すると、一定のインターバルが必要なのか?だとしたら今が攻め時!)

 青き龍は時に真紅の炎を避け、時にハードルのように飛び越しながら、とある場所に向かった。ジベ・スナイパーの一番近くにある倉庫に。

(オレの跳躍力では、あの高さまで届かない。だが、踏み台を使えば!!)

 アストは倉庫の壁を駆け上がり、一気に天井へ。そして勢いそのままに助走をつけると……。

「はっ!!」


ザッ!!


 大ジャンプ!宙を我が物顔で漂うスナイパーに……。

「わたしがお前のジャンプ力を計算してないと思うか?」

 スナイパーには届かなかった。僅か人間一人分の距離まで近づいたが、そこがピーク。高度が徐々に下がっていく。

(さてどんな顔をしているかな)

 スナイパーは落ちていくアストの顔を確認した。その顔は……満面の笑みに包まれていた!

「オレのことはオレが一番わかっている!言われなくても届かないのは知っていたさ!オレの本命は……!!」

 広げた手のひらに、その指先に小さな水の球が生成された。涙閃砲と並ぶ覚醒アスト、最初期の技にして、遠距離戦のメインウェポンの一つ、散青雨だ!

「この距離ならこいつで散青――」

「そうくるよなお前は」

「――うっ!?」

 腕を振り抜こうとした瞬間、空飛ぶ円盤とそれに乗るスナイパーが急降下!一瞬でアストの眼前に迫ると……。

「わたしは狙撃手だが、射撃だけの男ではない!」


ドゴオッ!!


「――がっ!!?」

 ラリアット!腕を思いっきり龍の首に撃ちつけると、そのまま足場にした倉庫の屋根に叩き落とす!


ドガシャアァァァァン!!


「がはっ!!?」

 屋根を突き破り倉庫内に墜落!背中を強く打ち付け、強制的に空気が排出され、目の前を埃が舞い、覆い隠す。

「くそ……!読まれていたか……ん?」

 煙のカーテンの奥で無数の光が輝くのが見えた。

「ッ!?水鞭!!」

 刹那、アストは考えるより先に腕を鞭状に変形させ伸ばし、柱に巻きつける。

「縮め!!」

 そしてすぐさま収縮させた。


ドシュウゥッ!ボボボボオォォウッ!!


 まさに間一髪。落下地点にビームやら炎やら、ありったけの追撃が叩き込まれた。もし鞭を使って移動していなかったら、あれらの絨毯爆撃の餌食になっていただろう。

(ギリギリセーフ……だが、助かったところで反撃の手立てがない。今はとにかく態勢を立て直す時間が欲しい。オレから水分を奪うために炎を放ったのだろうが、その結果視界は悪くなっている。これなら一時凌ぐくらいは……)

 逆転の一手を何も思いつかないアストは姿勢を低くして、さらに分厚くなった煙のカーテンに紛れて、その場から逃げ出した。

(奴の性格からして、一旦仕切り直したいと思うはず。きっとどこかに隠れて、プランを練り直すつもりだろう)

 アストの考えなどイグナーツにはお見通しであった。

 力はあるが本質はただの学生と、数々のミッションをこなしてきた熟練のスナイパーとしての立場、そして今日突然襲われた者と、この日のために準備をしてきた者の差が如実に現れたのだ。

(下らん悪あがきと放っておいてもいいのだが、わたしは狙撃手にしてはせっかちな性分なので、引き続き攻めさせてもらうぞ。サーモモード起動)

 ジベ・スナイパーのマスク裏のディスプレイの表示が切り替わり、熱源を察知する状態に。地上は炎で包まれているので一面真っ赤だ。

(ブルードラゴン、お前はわたしがパーヴァリのように水分を奪うため、もしくは失った水の回復を遅らせるために火を放ったと思っているだろう。そしてその結果、スナイパーとして最も大切な視界を遮ることになったとバカにしているのだろう。けれどその考えはあまりに浅はか……)

 真っ赤なディスプレイの端、先ほどとは別の倉庫に動く青い影が見えた。焼けるような真っ赤な世界でそこだけ真っ青になっている人影が。

(やはりな。身体を水に変換できるお前は体温も常人より遥かに低い。サーモを使うなら周りの気温が上がった方が遥かに見やすくなる。この場所でお前に隠れる場所なんてないんだよ、ミスターブルー)

 むしろ時間というアドバンテージを得たのはイグナーツの方であった。銃身が冷えるまで待てるのはもちろんのこと、スナイパーらしくじっくりと獲物の動きを観察し、狙いをつける。

「食らえ」


ドシュウゥゥゥゥッ!!ドゴォォン!!


「!!」

 放たれたビームはさらに周囲の気温を上げながら、倉庫の屋根を貫通し、さらに壁を突破して……。


ジュウッ!!


「ぐあっ!!?」

 青龍の左の二の腕を焼き焦がした……それだけの被害しか与えられなかった。アストが咄嗟に移動したことで、直撃を免れたのである。

(外した……屋根を破壊する音で狙撃に勘づいたのか?凄まじい反射神経だな。だが、それよりも驚嘆すべきなのは、こうなることを予測して倉庫の陰に隠れていたこと……さすがに過大評価し過ぎか。そこまで考えられるインテリジェンスは奴にはない。ただの偶然、ラッキーだ)

(倉庫ごと撃って来るなら、音でギリギリ避けられると思っていたが……甘かったな。かすっちまった)

 イグナーツの考えとは裏腹に、ちゃんと考えていた上で対策を練っていたアストだったが、本人的には素直に喜べる結果ではなかったようだ。

(イグナーツ……トシムネが強いって言っていたけど、本当に強い。むしろ“上手い”って感じだ。パーヴァリさんのように策を練ってるけど、実力があるからか、もしくは今までの経験からそうした方がいいと思ったのか、ガチガチに固めるんじゃなく、余裕を持たせてフレキシブルに計画を運用してる感じだ。オレが今まで戦ったことのないタイプ……!)

 想像の中でイグナーツの脅威が膨れ上がり、アストは傷口を抑えながら身震いした。この時には寒気が止まらなくなっていた。

(多分、パワフルなオレもスピーディーなオレにも対応してくる。奴の想定を越えるには、情報にない新型を使うしかない。だけどオレは……!!)

「もう諦めろブルードラゴン!!」

「!!?」

 絶望的な気持ちになっているアストに追い打ちをかけるようなイグナーツの声が響き渡った。無駄に通る声なのがまた気分を害した。

「お前にもう勝ち目はない!今までの攻防でわたしの見立てが正しいことが証明された!万全の状態であってもお前はわたしには勝てない!ましてや形態変化のできないお前では決してな!!」

(こいつ、やっぱりオレの状態を……)

「パーヴァリとの戦いの段階でおかしいと思っていた!なぜ使わないのかと!そしてこの状況なら、わたしを攻撃するためにも、火から逃れるためにも飛行形態になるべきなのに、何でそうしないと!水分が必要だとしてもこの距離分くらいはとっくに確保しているはずだ!」

(正解。スピーディーなオレになって、あんたを蹴りに行ける程度の水は集めようと思えば集められる。変形ができればな……)

「ラリアットが当たるのも不自然だ!液体化すれば回避できたのに!ならば何らかの理由でお前は形態変化ができなくなっている……そう考えるのが妥当だ!!」

(何らかの理由……おたくの同僚のせいだよ!!)

 アストは不調の原因を百貨店で不意打ちを食らったせいだと思っていた。あの電撃の後遺症で身体が自由にコントロールできないのだと。

(大分マシにはなっているんだ。さっき水鞭を使えたんだから、もう少し時間があれば必ず……だけど、この男がそんな時間をくれるはずもない。オレに話しかけているのも挑発に乗って出てくるのを待っているんだ。オレが痺れを切らすのを……!!)

 思わず拳に力が入る。けれどそれを一番ぶち当てたい奴は遥か彼方にいる。

(このままではオレは……)

「残念だったな。せっかく人質を救い出せたのに、再会できずに終わる!まぁ、自分が死んでも友人が生き延びてくれるならば、お前にとっては最善ではなくとも最悪の結果というわけでもあるまい!自分のために友が犠牲になるなどお優しいブルードラゴン様には耐えられないもんな!きっとここに来るまで、ついさっきまで罪悪感で一杯だったろ!!」

(そうだな……)

「それから解放されただけで良しとしろ!気を病んだまま死なないで済んだだけでマシだってな!!」

(確かにあいつらの安否を気にしたまま死ぬのだけは嫌だな。その点ではかなり気楽になっ……)

 瞬間、アストの中で複雑に絡み合っていた糸が解れた。点と点が一本の線で繋がり、全てが解決、目の前が明るくなったように感じられた。

「なるほどな……オレはとんだ勘違いを」

 自嘲しながら、アストは物陰から出て姿を現した……イグナーツの前に。

(諦めたか……いや、この佇まいは……)

 視認した刹那、すぐにでも引き金を引こうと思っていたイグナーツであったが、現実にアストの姿を見ても指を動かせなかった。

 予想ではもっと自棄になっていると思ったのに、彼の雰囲気はとても、なんだったらイグナーツが見た彼の姿の中で一番落ち着いていて、とてもじゃないが軽々しく手を出せなかったのだ。

「……何があった?さっきまでとは別人だぞ」

「あんたのおかげだ。今の今まであんたはほぼ完璧に盤面をコントロールしていたが、最後の最後に口を滑らしたな」

「わたしが……」

 ムッと険しい顔をしながらも、頭の中では今しがたの映像を冷静に巻き戻して、ミスがなかったか探る。けれどそれらしいものは見当たらなかった。

「ハッタリか。天下のブルードラゴン様が最後にすがったのは安い挑発とは……がっかりだな」

 なのでイグナーツは鼻で笑った。死に際の最後の悪あがきをしているのだと結論付けたのだ。しかし……。

「オレは大学で心理学やカウンセリングを学んでいる」

「……急にどうした?」

「ストレスを排除するためには、時として自分がストレスを感じていること、何にストレスを感じているかを自覚することが大事だ。自覚した途端に一気に症状が改善することがままある」

「本当に何を……」

「オレはてっきり前の戦いの後遺症でうまく肉体変化ができなくなったと思っていた。だけど違った……あんたの言う通り、オレは自分のせいでダチを危険に晒してしまったことに強いストレスを感じていたんだ!それがオレの不調の真の原因だ!!」

「!!?」

 その瞬間、イグナーツも理解した。自分が敵に塩を送ってしまったことに……。

「わたしとしたことが……いい気になって喋り過ぎたか……」

「理由さえわかれば大丈夫……現にメグミが助かったと聞いた時から調子は上向きになっていたんだ。だから今なら!!」

 アストは自らの言葉の正しさを証明するように、全身の硬度を緩め、ゆらゆらと水面のように揺れた。完璧に肉体をコントロールしていた。

「ここにきて完全復活か」

「あぁ、改めて礼を言うよ。サンキュースナイパー」

「ふん!軽口を!これで戦況がひっくり返ったと思っているのか?わたしは最初から形態変化ができるお前を想定して、討伐プランを立てていた。むしろ本来予想していた通りになってやり易くなったくらいだ」

 そう言うと、ジベ・スナイパーは再び試作ライフルを構え、狙いを定めた。その仕草に余計な力みはなく、自信に溢れていて、彼が嘘をついていないことは明白だった。

「ハッタリじゃないみたいだな」

「あぁ、ただ事実を述べただけ……依然有利なのはわたしの方だ」

「なら、オレの方に天秤が傾くように……水でも注いでみるか!!」

 アストが意識を集中すると全身が今まで以上に激しく流動した。変身する兆候だ。

(どっちで来る?パワーとディフェンス重視なら、このまま撃ち抜く。このライフルなら強化した防御も易々と貫ける。機動力がないから回避もできまい。スピード重視でも問題ない。わたしが一番時間をかけて研究した形態だ。どんなに速く動いても対応できる。そのための小回りの利くフライングソーサーだ)

「アウェイク……」

(さぁ、パワーか!?それともスピードか!?どっちだ!?)

「テクニック」

「…………は?」

 アストの意志に呼応し、空気中から足りない水分を吸収しながら、肉体が目まぐるしく変化していく。

 水分は右腕に集中すると、延長させながら複雑な形へと変わっていく。それはまるでジベ・スナイパーの持っているライフルのよう……。

 否!ライフルのようではなく、アストの右腕は長大なライフルへと変形した。

 さらに胸部鎖骨部分、肩部、腰部横、ふくらはぎや膝などが変化し、耳元がアンテナのように伸びて尖って、金色の眼を保護するようにバイザーが覆い被さる。

 パワーともスピードとも違う異形なる第三の姿!テクニックアスト、ここに顕現!

「ここからはあんたの予想通りにはいかないぜ、イグナーツ……!」


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