判明
「そうですか……エヴォリストですか………って!エヴォリストぉぉッ!!?」
アストはお手本のような二度見をした。
「そんな驚くことないだろう……」
「驚きますよ……エヴォリストなんてこの島にはいませんから……」
「いや、いるだろ、わたしが」
「あっ、そっか……」
そう言うと、もう一度目を見開き、前に座る家主のセリオを下から舐めるように観察した。セリオは少し顔をしかめたが、この手のことに慣れっこなのか何も言わない。
一通り、セリオの姿を眺め終えると、クールダウンしたアストは先ほどのセリオの言葉が気になり始めた。
「えーと、ポンチオ・マラデッカさん……?」
「セリオ・セントロだ。どうしたら、そうなる?」
「あぁ!すいません……動転しちゃって……で、触ったものを眠らせることができるって……?」
「あぁ、言葉の通りだ。この手で直接触れた生物をたちまち夢の世界に誘える」
セリオは顔の前で見せびらかすように手を握ったり、開いたりして見せた。けれどもアストが引っかかったのはそこではない。
「そうじゃなくて……」
「ん?」
「そういう……能力って、簡単にばらしちゃっていいんですか……?漫画とかだと、できる限り隠すべきみたいに言われてるから……」
アストが気になったのは、セリオがあっさりと自分の能力をバラしたことだった。どう考えてもそれを公にするのはリスクはあってもメリットがない。
困惑するアストをよそにウォルとトウドウはまったりとお茶をすすっており、セリオはその学生達のコントラストに頬を緩めた。
「そもそもバレてるんだよ、あの時、目を瞑っていた君以外には」
「えっ!?」
アストは会ったばかりのセリオから、友人達の方を向くと、彼らもアストの方を見つめていた。
「まぁ、具体的にはわからなかったけど、見た感じだと、触った者を無力化する、そんな風な能力かなぁ、エヴォリストなのかなぁ……って」
「ぼくは賢いからね。一目でわかったよ」
「お、おれも!わかってた!わかってたんだぞ!………本当だぞ!」
どうやら約一名予想に反していたようだ。
いつもなら、そのことを小バカにしてからかうアストだったが、今回ばかりは自分だけが除け者にされてない安心感から、お礼を言いたい気分になった。
セリオはそんな彼らのやり取りが微笑ましかったようで、僅かに口角を上げながら、自分のコップにお茶を注いでいる。
「まっ、そういうことだ。だから今さら能力を隠す必要なんてないと思ったわけさ」
「はぁ……」
「もとより隠すほどの力ってもんでもないしな。オリジンズに襲われて、九死に一生を得て、もしかしたらエヴォリストになったんじゃないかと期待していたら、実際はこんな睡眠薬や麻酔弾でこと足りる能力で、当時は心底がっかりしたよ……できれば、全身が変わるようなド派手な奴が良かった……」
「そう……ですか……」
セリオは今度は自虐して笑った。彼自身が誰よりも自分の能力を評価していない。
アストはその姿を見て、興味本位で話を広げたことを申し訳なく思い下を向いた……が、それは一瞬で終わり、自分の中からわき上がる好奇心に従う。
「でも、なんでですか……?」
「ん?なんでって?」
「いや、あの……セリオさんは自分の能力を大したことないって言いますけど、オレからしたらすごい能力だし……」
「ありがとな」
「はい……だから、なんでここに、シニネ島にいるのかなって……?その力があればどこでも活躍できるでしょ?」
アストにはセリオが何もないこの島で暮らしている意味がわからなかった。これにはウォルやトウドウも同意見だったようで、さっきまでのリラックスした表情から一転して、真剣な面持ちでセリオを見つめていた。
その若人達からの視線を一身に浴びているセリオはというと……また笑った、また自虐で。
「ムスタベの言う通り、わたしの能力を評価してくれる者達もたくさんいたよ」
「なら……」
「色々やったな……中でも、一番ギャラが良かったのはオリジンズと凶悪犯の捕獲と輸送の手伝いだな」
「そ、それは……すごいじゃないですか……」
「ウンウン」
「なんか……かっけー!!」
勝手に目の前の男の活躍を夢想し、子供のように目を輝かせ、前のめりになるアスト達幼なじみ三人組。
それに対してセリオは首を横に振った。そんないいもんじゃないと。
「現実は君達が思っているより地味で、つまらないものばかりだったよ。それに直接、肌に触れなければいけないから全身を覆うピースプレイヤーには基本的に無力だったし、オリジンズには毒やなんかで触ることができない奴も多かった……だからわたしもとうとう嫌気がさして、このシニネ島に移住、朝から晩まで趣味のゲームをする素敵な引きこもり生活さ。まぁ、こんなセミリタイアが可能にしてくれたのは、そのつまらない仕事と、ひいてはがっかりしたこの力のおかげだから、今となっては感謝はしているけどね」
セリオはまたまた微笑んだが、今回はどこか満足そうだった。お茶を飲みながら、物思いに耽る。こうやってのんびりできるのは全ては過去の頑張りがあったおかげ、これからもこの生活が続くといい……のに……。
「んん?」
「ど、どうしたんですか!?」
柔らかな表情から一変して、セリオの顔に強張る。急変するセリオに、何が起きたかわからずアスト達は取り乱した。
彼らもセリオと同様、完全に今自分達が置かれている状況を忘れていた。
「どうしたもこうしたもないよ……なんでわたしがわたしのことを話してるんだ……質問したいのはこっちだって言うのに……」
「あっ……」
ようやくアスト達も自分達がなぜここにいるのかを思い出した。それを確認するとセリオが当初の目的を達成するために口を開いた。
「じゃあ、改めて……外は、このシニネ島に何が起こっているんだ……?」
「………というわけです。ぼく達が体験してきた、知っているのは」
皆の代表してウォルがこれまでの経緯をできるだけ詳細に、かつ短くわかり易くセリオに説明した。いつもの彼だったら自慢げで、傲慢でまったく必要のない聞いている人間を苛立たせるようなことも言うのだろうが、さすがに恩人である人物にはそんな素振りを見せず、自他ともに認める頭の良さを遺憾なく発揮したのである。
その甲斐あって、セリオは自身の経験と知識から『答え』にたどり着くことができた。
「よっと……!」
「えっ?」
セリオは膝に手をつき、その場で立ち上がった。アスト達は心配そうに彼を見上げると、優しく微笑み返した。
「大丈夫だから、ちょっとものを取ってくるだけだから、茶でも飲んで少し待ってろ。すぐに戻る」
そう言ってセリオは一人、部屋から出て行った。
「待たせたね」
「いえ、別に待ってませんよ」
「ほんの少し……たったの三十分ぐらいですから」
「……嫌味ったらしいぞ、ナンジョウ」
セリオが今回はお盆ではなく、ファイルを手に部屋に戻って来た。ウォルほどではないが他の三人も若干イラついていた。けれど、ウォルと違って恩人に嫌味を言うほど礼儀知らずじゃないので黙ってセリオの行動を見守っている。
「昔の仕事の資料を掘り起こしてたんだ。むしろ律儀に取って置いたわたしを褒めてくれたまえ……ほら、君達が放課後に見たのはこいつじゃないのか?」
「えっ………あっ!?」
セリオはアスト達の前のテーブルにファイルを開いて置いた。そこに載っている写真を見た瞬間、アスト達全員の脳裏に夕日の中で見た巨大な影の映像が鮮明に蘇った。
「こ、こいつです!オレ達はこいつから逃げるために、地下室に戻ったんだ!こいつだよな!?な!?」
「う、うん、間違いないよ!」
「あぁ!確かにこいつだ!おれは視力だけには自信があるんだ!」
「目はともかく、観察力と記憶力が段違いのぼくも、こいつだと思うよ!」
アスト達四人はお互いに顔を見合わせ、確認を取る。結果は四人とも同じ意見、あの時見たのは、この写真に写ってているものだということだった。
セリオはそれで自分の推測が正しかったことを確信する……ちっとも嬉しくなかったが。
「そうか、当たりか……こいつは『ガスティオン』、“王を導く流星”の異名を持つ特級オリジンズだ」
「ガスティオン……?というか……」
「王を導く流星……」
「この厳ついというより……」
「ずんぐりむっくりのこいつがか……?」
アスト達は写真に写るガスティオンとやらの容姿と、妙に神々しいというか、スマートな響きに感じる異名が結びつかず、怪訝な表情になった。けれど、今大事なのは、話すべきなのは他にある。
「異名については機会があったら、話してやる……それよりも君達は選ばなければならない」
「選ぶ……って、何を……?」
「あぁ、この島の島民を救うかどうかをね」