それでも……
アスト覚醒態とジベ・スペシャルガードの戦いは膠着していた。
「はあっ!!」
「ちっ!!」
ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!!
攻撃し続けるジベ・SG。
それを避け続ける覚醒アスト。
このどちらにもダメージが入らない均衡状態がずっと続いていたのだが……。
(これでいい!!)
パーヴァリに焦りはない。これこそが彼が思い描いたプランなのだから。
(このまま少しずつ奴の体力と、力の源である水分を削っていく!そうすればいずれいずれ綻びができ、攻撃だって当たるはず!)
パーヴァリは自らのプランに絶対の自信を持っていたし、実際にここまでは思い通りに事が運んでいた。
ただそれはまさに砂上の楼閣、たった一つの出来事で延々と続くかに思われた均衡は一瞬で崩れ去ることになる。
ブウゥッ……
(来た!!)
アストは身体の中に振動を感じた。待ちに待った振動を……反撃の合図を!
「パーヴァリと言ったな?」
「ん?急に何ですか?命乞いでもしたくなりましたか?」
「それをすべきなのはあなたの方でしょ」
「……は?」
「オレから水分を奪う策自体は悪くなかったが……少しばかり自分を過大評価し過ぎだ。あんたならオレは涙一滴分の水があれば倒せる!」
そう言うと覚醒アストは右の人差し指に意識を集中した。すると言葉通り、指先に涙一滴分程度の少量の水が出現し、それが……。
キイィィィィィィィィィン!!
高速回転!一滴の水は遠心力で限りなく薄く伸ばされ、まるで丸ノコように変化した。
覚醒アスト、最強の必殺技の小型版である。
「龍輪刃……ミニ」
アストはそれを指先から離さないまま、ジベ・SGの攻撃を掻い潜り、懐に潜り込むと……。
「はっ!!」
ザンッ!ザンッ!!
十字に斬りつけた!高速で回転する水の刃は耐衝撃、そして吸水性に優れた特別な装甲にいとも容易くバツ印の傷をつける。
「ぐっ!?だが、表面をなぞっただけのかすり傷など!!」
「それで十分だ。一ヶ所でも綻びが、打撃が通じる場所を作れればな!!」
ドゴオッ!!
「――がっ!!?」
刻まれた傷に追い打ちをかけるように左ストレート!今まであらゆる打撃を無効にしていたジベ・SGだったが、その要である特殊装甲の特性が無効化された部分を殴られ悶絶!思わず踞った!
「散々一方的にやってくれたんだ……一発だけで済むと思うなよ」
さらに覚醒アストは勢いよく背を向けたかと思うと、回転の勢いを乗せて傷口に向かって爪先を抉り込むように突き出した。所謂後ろ回し蹴りだ。
ドゴオッ!!
「――がっ!?」
これもまた見事ヒット。ジベ・SGは吹き飛び、二回三回とガシャガシャ床をバウンドした。
(決まりだな。お前にしてはよく粘った方だよパーヴァリ)
二階で観戦に徹していたイグナーツはその一撃で同僚の敗北を確信、いや最初からアストには勝てるとは思っていなかったのだろう。眉一つ動かさずに次にアストと戦うための支度へと向かった。
「決着だパーヴァリ」
「まだ……まだだ……!!」
けれど当のパーヴァリは諦めていない。フラフラになりながらも立ち上がり、槍を構える。
「これだけの用意周到な策を準備したあんたにはもうわかっているはずだ。オレが本気を出したら、天地がひっくり返っても勝てないって」
「ええ……水を高速回転させる切断力を極限まで高めた斬撃技があることはわかっていました。それならこのスペシャルガードの装甲も突破できることも。けれど、あなたの性格上人間相手には使わないと思っていたのですが……!!」
「その通りだ。本来の龍輪刃はあまりに殺傷能力の高い文字通りの必殺技。それをほどよく弱体化し、対人用として使えないかと開発した技の一つがこの龍輪刃ミニだ。まぁ、何か個人的にいまいちでボツにしてたんだが」
「そんな技で私は……!!」
(しかもこのやり方は昼間に彼の友達を嵌めたやり方と全く同じ……因果応報という奴なのか……!?)
パーヴァリは皮肉な結末に歯を食いしばり、悔しがった。
「オレが反撃に転じた理由はわかるよな?人質が解放されたってことだ。なら、もうあんたの茶番に付き合ってやる必要はない」
「ぐっ!?」
「改めて……終わりだよパーヴァリ」
「それでも私は退く訳にはいかない……!あらゆる小細工を弄して、ここまでやってきたのだから今さら……」
T.r.Cの部長候補が集まる前、この倉庫に先んじて来ていたパーヴァリはホミにある提案をしていた。
「お早いですねパーヴァリさん」
「遅刻は悪ですから。あとあなたに少しお話ししたいことが」
「何でしょうか?あくまであたしは中立なので、著しく他の候補の害になったり、あなたの得になることはできませんよ」
「わかっています。私はただ今回の戦い、ブルードラゴンに挑むのを順番制にしたいのです」
「順番?皆で好き勝手動くのではなく、誰が最初に挑むのかを律儀に決めると?」
「はい」
「何のために?お言葉ですが、戦闘能力でみたらあなたは候補の中でも下位に位置している。ならば乱戦になって漁夫の利を狙う方が得策だと思うのですが」
「あなたの言う通り私は弱い。その漁夫の利を掴めないほどにね。きっと他の候補や変幻自在のブルードラゴンが乱戦状態になったら、遠目で見ていることしかできない。このルールで得するのは狡猾なイグナーツやナータンですよ」
「であるなら順番に、一対一で戦う状況を作った方がチャンスがあると思っているのですね」
「はい。ですからそういう提案をしても宜しいか訊きたかったんです」
「あたしから皆様に提案するのは立場的にはできません。中立に反しますから。ただあなたが皆様を説得して、了承されたなら、こちらから文句を言うこともありません。自分にとって有利なルールを了承させるというのも人の上に立つ者にとって必要な能力だと思うので、お好きにどうぞ。邪魔はしません」
「ありがとうございます。あともう一つだけお願いが。もし事が思い通りに運んだら、順番決めをカードで決めようと思っているのですが、その時は中立であるあなたにシャッフルを頼みたいのですけど」
「あたしは中立、イカサマの手伝いはできませんよ」
「そんなことはしないで結構。イカサマ……というには微妙ですが、それをやるのは他の候補ですよ」
「はい?」
「ブラッドビーストであるトシムネは人間状態でもかなりの動体視力を誇ります。同じくスナイパーであるイグナーツもかなり目がいい。つまりあの二人は狙ったカードを引けるんですよ。そして彼らの性格上、万全のターゲットと戦いたいトシムネは一番目、敵の情報を探りたいイグナーツは後半……多分、私達ではまずブルードラゴンを倒せないと踏んでいるでしょうから
かなりの確率で最後の七番目を選ぶと思います」
「ほう……」
「とにかく私は実力はあるが能力相性でまず勝ち目がなく、消耗させるだけさせて敗北するトシムネの後、一番勝率が高く、何をするか想像できないイグナーツの前に戦えればいいんです」
「つまり残りは本当に運任せというわけでいいと」
「はい。一応、私の理想ではトシムネの次の二番目をとって、間髪入れずにこの倉庫に誘き寄せるのがベストですけど……そこまでうまく行くとは思っていません」
「やはりこの倉庫に設置された装置はあなたの仕業でしたか」
「小細工を弄さないと私なんかじゃ勝ち目はないんで。多分、全てが計画通りにいっても私では……」
アストとの戦いを考えると寒気がし、自然と震えた。怖くて仕方なかった。
「別に降りても構わないんですよ」
「いえ……私はこのT.r.Cに所属した時から命はいつでも捨てる覚悟です。この身体に残る血の一滴まで絞り出して必ずエヴォリストを……」
「私はエヴォリストを駆逐するんだ!!」
最早、策も何もない特攻だった。パーヴァリはただがむしゃらに電撃を纏う槍を突き出す!
ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!!
「無駄だ」
「くっ!?」
しかし今までも散々避け続けてきたアストに突然当たるようになるはずもなく、今までと同じ光景が繰り広げられる。
「悪あがきはやめろ。もうお前の攻撃は見切った」
「わかっているさ、最初から。私ではお前に敵わないことくらい……!!」
「ならばなぜ戦う!なぜエヴォリストをそこまで憎む!!」
「私の娘もエヴォリストだったからだ!!」
「!!?」
「公園でピクニックの最中だった……小型オリジンズを見つけたあの娘は餌をあげようとしたら、指を噛みつかれて……たったそれだけのことでエヴォリストとして目覚めたんだ!!」
「なら余計にエヴォリストを恨む理由がないじゃないか!身内に覚醒した人間がいるなら……」
「その愛する娘が私以外の家族を殺したんだ!!力を制御できずにな!!」
「な!?」
衝撃的な事実に言葉を失う。パーヴァリの言葉はアストのエヴォリスト観を変える衝撃的な発言であったのだ。
「娘は暴走し、私の妻……自分の母親と弟を殺した挙げ句公園にいた他の家族も手にかけた!そして最終的に軍隊によって処分されたんだ!まるで害獣のように!!」
「そんなことが……」
「だから私は決めたんだ!二度とそんな悲劇が起こらないように現存するエヴォリストを絶滅させ、二度と人間が覚醒しない方法を見つけると!!それが唯一生き残った私の使命だ!」
「……あなたはあなたなりに色々考えているのはわかった……だが、こんなやり方は間違っている!エヴォリストだからといって誰もが力を制御できず暴走するわけではない!」
「本気で言っているのか!?お前は本当に力に心を支配されたことはないのか!?」
「それは……」
「トォウ!ドォウゥッ!!!」
アストの記憶の底から呼び起こされたのは、覚醒直後のリヴァイアサン戦。あの時の彼は今と違い、怒りと憎しみのままに暴力を奮っていた……。
「心当たりがあるようだな」
「あぁ……だが、今のオレはこうして力を使いこなしている!他の人だってきっと!!」
「エヴォリストは人じゃないんだよ!!」
ブゥン!!
「――ッ!!」
パーヴァリ渾身の突きが覚醒アストの頬の横を通り過ぎた。風切り音が妙に大きく、骨身に響くように聞こえた。
「お前がなんと言おうと私は止まらない!必ずエヴォリストをこの世から消し去って見せる!!そのためだけに生き恥を晒してきたんだ!!」
「パーヴァリ、あなたはもしかして……」
青き龍の金色の瞳に憂いが帯びた。
悲壮なパーヴァリの覚悟と、その裏にある思いを汲み取ったアストはこれ以上の問答は無意味だと悟ってしまったのだ。
「わかったよ……今のオレの言葉ではあんたを止められないってことが……」
「そうだ!私は止まらない!!もう二度と悲劇は――」
「だから今日のところは物理的に止めさせてもらう!!」
ガシッ!
「――ッ!!?」
覚醒アストは槍を持ったジベ・SGの手首を掴んだ。そして……。
「あんたには同情するが、それでもオレの友を傷つけ、オレの故郷を騒がせた罰は受けてもらう!蒼龍剛破!!」
グイッ!!ドゴオッ!!
「――がっ!!?」
無理矢理引き寄せたところに肘鉄!
勢いよく鋭く硬い肘を傷口に叩き込まれると、ジベ・SGの全身に傷が広がり、一瞬で活動限界に。タグに戻り、生身のパーヴァリだけが地面に倒れ、残ったのだった……。




