友を助けに三千里
(おい……静かになったぞ)
(終わったのか?)
(でも、さっきはすぐにまたすごい音がし始めたし……)
(おい!機甲部隊はまだ到着しねぇのかよ!!)
(そろそろ来ると思います!というか、皆さん離れてください!見せ物じゃないんですよ!)
「………外が騒がしくなってきたっすね。やることがないなら、とっととおさらばするのが吉かと」
ルビーはイクライザーの聴覚センサーの感度を上げ、外の様子を探り、移動することを提案した。
「そうだね。そろそろ機甲部隊が到着する頃だし。詳しい話はもっと落ち着ける場所で聞こう」
「わかった。裏口……いや、屋上まで出て、ビルに飛び移って行った方がいいか」
「それでいこう」
覚醒アストとイクライザーはお互いの意志を確認し、頷き合うと、エスカレーターに向かっ……。
「……と、その前に」
エスカレーターに乗る前に、青き龍はとある場所で歩みを止めた。トシムネの近くに。
「おっ、別れの挨拶をしてくれるのか。律儀だね~」
「釘を刺しておかないと思っただけだ。敗者は敗者らしく、大人しくお縄につけよ」
「わかってるよ。おれはこう見えて結構潔い人間なんだぜ。つーか、この状態じゃ抵抗したくてもできないつーの」
クレーターの中心で仰向けに横たわるハイエナ獣人は腕を上げようとしたが激痛が走るわ、そもそも力が入らないわで、やっぱり身動きが取れなかった。
「それならいい。あとは……オレの正体は言うなよ。多分、今回の一件を事情聴取するのはオレの正体を知っている人達だと思うが、一応な」
「そんなセコい仕返しなんてしねぇよ。てめえの正体がバレたらおれのリベンジにも支障をきたす」
「まだやる気か」
「この命がある限り」
二人の視線がバチバチと音を立てて交錯した。妙にスッキリとした様子のトシムネの瞳は初めて会った時よりも輝いているように見えた。
「……まぁ、いい。未来のお前よりも、今の……ナータンだっけか。そいつとの戦いに集中する」
「違う違う。おれ並みに強いのはイグナーツって奴だって言ったろ。集中するならそいつだ。ナータンは……どうにでもなるだろう。コナーとモーノの漁夫の利を狙ったセコい奇襲も退けたてめえなら、あいつの策略も突破できる」
「だといいが……」
「だから警戒するのはイグナーツ、あの野郎にだけには負けるなよ。おれが奴より下とか絶対にあり得ねぇ」
「お前の私怨などどうでもいいが、やるからには誰であろうと勝つさ」
「その意気だぜキャプテン・カウマ」
「おう……って、なんだその名前は?」
「おれが考えたお前の新しい名前だ。ブリュウストやブルーディーよりカッコいいだろ。正式な呼称にするように事情聴取の時に提案するつもりだ」
任せておけよと言わんばかりにウインクするトシムネにアストは心底げっそりした。
「……絶対にやめろ。刑務所に殴り込みに行かれたくなきゃ絶対にな」
「脅しているつもりらしいが、リベンジを望むおれにはお前の方から来てくれれば、願ったり叶ったりなんだけどな」
「うっ!?こいつめ……」
「アスト、口喧嘩している暇はないよ」
「マジで警官が様子を見に突入して来そうっす」
「くっ!トシムネ!絶対に言うなよ!!オレはキャプテンなんて呼ばれる人間じゃないんだから!!」
「はいはい」
不安に後ろ髪を引かれながらも、アストはトシムネと別れ、今度こそエスカレーターに乗り、屋上へと向かった。そして到着すると、イクライザーに先導されて、ビルからビルへ移動し、騒然としている百貨店から離れる。
「確かこの辺に……あった!」
「アスト様、そこの路地裏に降ります」
「了解」
指示通り、暗い路地裏に降りる。イクライザーと同じ黒色をしたバイクの横に。
「とりあえず紹介するよ。ぼくが開発したスーパーバイク!イクチェイサーだ!!」
「いつの間にこんなものを」
「しっかりと調整してから、お披露目するつもりで、黙っていたんだ。使えそうな廃品を集めて一から組み上げたのよ。結構苦労したな~」
イクライザーはいとおしくて仕方ないといった様子でイクチェイサーに頬ずりをした。
「一から……車検とか大丈夫なのか?」
「………」
「っていうか、ナンバープレートがついてないみたいだけど……」
「………」
「黙るなよ」
そうは言っても言い訳も反論もできないので、ウォルには沈黙という選択肢しかなかった。
「今はそんなこといいでしょ!これからのことを話し合おうよ!」
「誤魔化されている気がするが、その通りだな」
「まずはあいつらが何者か……大体察しがつくけど」
「うちのデータベースにバッチリ登録してあるっす。奴らの使っていたマシンは反エヴォリスト団体、秘密結社T.r.Cが生産しているジベシリーズ」
「つまり奴らの狙いは君だね、アスト」
「あぁ……」
アストはこれまで得た情報、自分の置かれている状況、そして自分のせいで捕らわれの身になっているメグミのことについて話した。
「メグミを人質にね……ルビー」
「うっす」
珍しく生意気なAIは素直に主人の指示に従い、メグミの愛機ゴウサディン・ナイティンの位置と、それが計測しているメグミ自身の生体データをマスク裏のディスプレイに表示した。
「……うん、とりあえずメグミは生きてるっぽいね」
「こちらが確認することを予測して、腕輪を取り上げてないんでしょう」
「そうか、ひとまず良かった……」
アストはふぅと一息つき、胸を撫で下ろした。
「信号が移動している。指定の場所にあっちも向かっている最中かな」
「アスト様、スマホに地図が送られてくるって言ってたっすけど……」
「ちょいまち。えーと……あっ、メール来てるわ。これ」
どこからか取り出したスマホをイクライザーの前に突き出す。画面には地図が表示されていて、一ヶ所にバツ印が刻まれていた。
「この位置は……信号の進んでる方向と合致してるっすね」
「今のところ嘘はついてないか。卑怯なのは変わりないけど……ちょっとだけそのナータンって奴と会って話したくなったよ。ぼくの発明品の性能や思考をここまで読むなんて、ぼくほどじゃないにしても頭がキレるみたいだ」
「なら、早速会いに行こう……って、一人で来いって言われてんだよな」
「別に守る必要ないでしょ無法者の要求なんて」
「それに目的地は近くに駅も何もないところ……車もなければ、免許も持ってない君をぼくがイクチェイサーで送らないで、誰が送るのさ」
イクライザーは愛車に跨がると、エンジンからブルルンと唸るような排気音を鳴らした。
そんな彼の姿に青き龍は目を細める……。
「ウォル……お前も免許持ってないよな」
「それの何が問題でも?」
「問題しかねぇよ」
「大丈夫っすよ。実際に運転するのはうちっすから。バイクのマニュアルはインストール済みっす。スピードの向こう見せてあげますよ」
「そんなもん見せんでいい」
「まだ時間もあるし、安全運転で行くから、早く後ろに乗って。ヘルメットはないから変身は解かないでね」
「ノーヘル……色々言ったが、オレも交通違反者か」
大きなため息をつきながらも、背に腹は変えられないと、アストは覚醒状態を維持したままバイクの後ろに乗り、イクライザーの胴体に腕を回した。
「間違っても腕を液体化なんてしないでよね。振り落とされるよ」
「しませんよ」
「じゃあ友を助けに三千里!イクチェイサー発進!」
「運転するのはうちで、三千里も離れてないっすけどね」
「うるさい!早く出ろ!」
「へ~い」
ルビーが無線で信号を送ると、エンジンが起動、タイヤが回転、ハンドルが勝手に切られ、青きエヴォリストと黒のピースプレイヤーを乗せたバイクは路地裏から飛び出し、大通りに姿を現した。
「おい、あれってブリュウストじゃないか!?」
「ブルード!ブルード、サインをくれ!!」
「この間取材したリリアン・ウォッシュボーンです!またお話を――」
「残念。我らがスーパーヒーローは急いでいるんだ。キャプテン・カウマの武勇伝は全部片付いてからのお楽しみ」
「ウォル……!!」
アストの心配をよそに、イクチェイサーはファンを振り切り、車をどんどんと抜いて、目的地に進んで行く。無二の親友が待つ約束の場所へ……。




