テンサイは忘れた頃にやって来る
「ウォル……お前どうしてここに?」
「ぼくが贔屓にしている秘密のハンバーガーショップ、そんなにここから遠くないんだよ。君の慌てっぷりを察して、急いで胃袋に詰めて助けに来たんだ。感謝してよね」
「ちゃんと完食したのか」
「そりゃもったいないからね。いいから早くその厄介な彼女とお別れしなよ。いつまでいちゃついてるつもり」
「そうだな……!!」
バキッ……バギッバギッ!!
アストが全身に力を込めると、彼を必死で身動き取れないように押さえつけていた自立型ジベの身体から不愉快な破壊音が鳴った。
「おいモーノ!!」
「おう!罠にかかった獲物をみすみす逃がすわけにはいかん!もう一度集中砲火じゃ!!」
バリィッ!バリィッ!バリィッ!バリィッ!!
二体のジベ・エレキは事態を把握することも、助っ人の正体を確認することもなく、また先ほどと同じく電撃弾を連射した。
唯一の違いはさっきよりもしっかりとターゲットであるアストを狙っていることだろうか。彼らはあれだけ撃ったのに外したのかもとか思っているのだ……違うのに。
「誰だか知らんが芸がないな!」
「うちらにはその武器は効かないっすよ」
バリィ……バリィ……バリィッ……バリィッ……
「「何!!?」」
電撃弾は全て再びカットインしたイクライザーの黒い装甲に張り付いた赤いクリアパーツに吸収されてしまった。さらに輝きをます真紅のクリスタル……これこそまさに天才ウォルター・ナンジョウの才能の輝きだ。
「そうか……さっきも奴が全部吸い込んだのか」
「まさか特級か?いや、そんなことよりも奴を排除せんと、本命をやれんぞ」
「まず二人で速攻で邪魔者を潰すか、それとも分かれて個別撃破を狙うか……」
刹那、コナーとモーノの心の中で秘めていた欲望がざわめき出す。
(もし個別撃破を選択し、オイラがブルードラゴンの方を担当すれば……)
(ワシがブルーディーの相手をして、倒すことができれば……)
((手柄を独り占めできる!!))
目の前にぶら下げられた手柄という名の抗えない欲望は、二人を繋いでいた細い絆を簡単に断ち切った。アストやイクライザーだけでなく、隣にいる相手も出し抜かなければいけない敵となってしまったのだ。
(モーノはどう思っている?)
(どう切り出すかのう……)
今まで歪んではいたが同じ目線で世界を見ていた二体のジベ・エレキの視線がお互いの動向を探るように交差した。その瞬間だった。
「ブルーディー、ここはぼくに任せて逃げて!!」
「おう!!」
「「!!?」」
二人の注意が逸れた隙を突くように、自立型ジベを壊し、拘束から脱出したアストは百貨店の奥へと逃げ出した。
「しまった!?」
「奴を逃がしたら、今までの努力が全部無駄になる!だからワシが――」
「オイラがブルードラゴンを追う!モーノはそいつを頼む!!」
「――お!!?」
一瞬コナーの方が動くのが速かった。モーノが見た時にはすでに、龍を追う赤いラインの入った黄色い背中が遠ざかっていた。
「くそ!逃がすか!!」
その言葉はターゲットに発したものなのか、はたまたかつての相棒に吐き捨てたものなのか、とにもかくにもモーノエレキも青龍の追跡に動こうとした……のだが。
「お持ちになって!!」
「くっ!!?」
ここでまたイクライザーのカットイン!腕を広げ、モーノの進路を塞いでしまった。
「てめえ……てめえさえ来なければ今頃全部終わっていたのに……!!」
「天才は忘れた頃にやって来るってね」
「字が違うっすよ」
「わかってて言ってるに決まってるでしょ!カッコつけてる時に水を差すな!」
「ヘイヘイ」
「一人でぶつぶつと気色悪い……!!」
「いや、これはピースプレイヤーと付いているAIと――」
「興味ないわッ!!」
怒りに身を任せて殴りかかるモーノエレキ!頭に血が昇っているが、肉体に染み込んだ記憶が理想的なフォームで拳を発射する。
ブゥン!!
「ッ!!?」
「危な」
しかし、イクライザーはそれをあっさり回避。軽やかにダンスを踊るようにものの見事に躱してしまった。
「この……!!」
その行為は当然モーノの怒りの炎に油を注ぐようなものだった。先ほどまで頭と心を支配していたアストのことなど忘れて、目の前のイクライザーを倒すことだけに没頭し、拳を、蹴りを矢継ぎ早に放つ!しかし……。
ブゥン!ブゥン!ブゥン!ブゥン!ブゥン!!
「な!!?」
けれど一発も掠りもせず。イクライザーは身を翻し、全ての攻撃を見切っているようだった。そして実際にその通りだ。
「はっ!殴り合いなんて天才のぼくには似合わないけど、対策はきっちりしてあるんだよね。回避運動だけは、柄にもなく必死になって特訓したんだ」
「特訓だと!?そんなことで……」
「ぼくの特訓相手はあのブルードラゴンだよ」
「――ッ!!?なるほど……ならワシのパンチなんか止まって見えるか」
「そういうこと」
「いや、何余裕ぶってんすか。うちの補助があってギリギリじゃない。ほら、右から来るよ」
ブゥン!!
「うおっと!!」
ルビーの指摘通り、モーノエレキは左フック、つまり向かい合っているイクライザーから見たら右から攻撃してきた。だが、事前に告知されているなら避けるのは容易い。拳はかなり離れた所を通過した。
「ほら、うちが注意しなかったら、今のでKOされてましたよ」
「いや、ほとんどの攻撃はぼくの自力だろ!たまにしか予測できないのに生意気言うな!」
「お言葉ですが、うちの攻撃予測が不完全なのは製作者の能力があれだからってことじゃないっすか」
「この……!!」
「怒らない怒らない。本当のことを言われて目くじら立てるのが一番ダサいっすよ。つーか、下から来ます」
「!!」
「オラアッ!!」
ブゥン!!
ジベ・エレキの拳がイクライザーのカメラの前ギリギリを通過した。もう少し顔を反らすのが遅れていたら、きれいに決まっていたことだろう。
「くっ!お前の言語機能への反省は後だ!こっちから攻めるぞ!マルチランチャー!ノーマルショットで!」
「断る」
「何でだよ!!?」
「周りに逃げ遅れた人いるかもだからっす。流れ弾が当たったら嫌でしょ」
「ぐむぅ……!急に正論を……仕方ない、これまた柄じゃないが格闘戦といこうか!!」
「むっ!!」
独特の構えを取るイクライザーを警戒し、モーノエレキは攻撃を中断、間合いを離した。
「いい勘をしている。ぼくが会得したのは知る人ぞ知る古流武術、藤巻流空手」
「藤巻流……聞いたことないのう」
「嫌でも覚えるよ!!」
イクライザーは力強く踏み込むと、真っ直ぐと拳を伸ばした!
「パンチとは上半身で打つのではない!大地を踏みしめ、その力を拳に乗せて打つのだ!こんな風にね!!」
ぼすっ……
「…………」
「…………あれ?」
パンチは見事モーノエレキの胴体に命中したのだが、気の抜けるような音を立てて……どうやら全く効いていないようだ。
「おかしいな……」
「おかしくないですよ。踏み込みで得た力が全く拳に乗ってなかったっすから。上半身と下半身が別の生き物なんじゃないかってくらいちぐはぐでしたから」
「うっ!?ぼくとしたことが、少し焦り過ぎたようだ。だが、もう大丈夫!パンチが駄目ならキックだ!!」
気を取り直して、イクライザーはまた強く踏み込むと、今度はもう一方の足を振り抜き、ローキックを繰り出した。
「藤巻流空手の下段蹴りは基本技にして、究極奥義!命中すれば、相手は二度と立ち上がれない!!」
ぼすっ……
「…………」
「…………あれ?」
さっきと同じ展開なので説明は割愛させてもらう。やっぱりダメでした。
「あれれ~?何でこうなるんだ~?」
「おめぇがアホだからじゃろうが!!」
バチン!!
「――げふっ!!?」
ビンタ一閃!頬をはたかれたイクライザーは吹き飛び、床を無様に転がった。
「……ん?ぼくは何を……?」
「記憶が飛ぶほどおもいっきり横っ面を叩かれたんすよ」
「そうだ!ぼくは……何で藤巻流空手が通じなかったんだ!!?」
「動画見ただけで強くなれたら誰も苦労しないっすよ。つーか、よくそれで会得とか言えるっすね」
「ぼくが……浅はかだったか……!!」
「ようやく気づいたんすか。マスターは勉強できるだけで、そこまで賢くないっすよ」
「AI様の言う通りだアホ」
何で自分はこんな奴と戦っているんだろうと辟易しながら、モーノエレキは槍を召喚した。とっととこの茶番を終わらせて、本命であるブルードラゴンを追うために。
「てめえは存在自体が不愉快じゃ。この世から消えてくれ」
「鏡に向かって話しているのか?きっとこの世にいるみんなは君に対して、そう思っているよ」
「はっ!減らず口だけは……一人前だな!!」
モーノエレキは槍を振りかぶり、とどめの一撃を……。
「天災は忘れた頃にやって来る」
ドゴオッ!!
「――ぐっ!!?」
とどめの一撃を放とうとした瞬間、横から何かが凄まじい勢いで飛んで来てぶつかった。黄色に赤いラインの入った何かが……。
「何……だ!!?」
モーノは目を疑った。ぶつかってきたのは相棒であり、今は出し抜かなければならないコナーエレキであった。
「うっ……ううっ……!!?」
彼は先ほどまでとは全く違う姿になっていた。全身に纏った装甲はひび割れ、欠けて、四肢、つまり両腕と両脚はあらぬ方向にねじ曲がっていた。
「これは……」
「ぼくはアホじゃないよ。この戦いの勝利条件をきちんと理解している……ぼくの相棒が君の相棒をぶっ倒すまでの時間を稼げばいいってね」
「あぁ……よくやってくれたよ、さすがオレのサイドキック」
コナーエレキをぶつけてきた者、カウマの青き龍、覚醒アストが再びモーノの前に姿を現した。その金色の瞳が穏やかに、そして鮮やかに、不調を脱したと宣言するように光り輝いていた。
「麻痺から回復したのか……!?」
「まだ全身の肉体変化はできないが……お前を倒すには十分だ」
「くっ!?」
「お前らは別れるべきではなかった。タイマンでは万に一つもオレに勝ち目がないくそカス雑魚なんだから。身を寄せ合って、慰め合ってれば良かったんだ」
「この……舐めるなぁ!!お前なんかワシ一人で余裕じゃ!ボケェ!!」
モーノエレキは槍を捻り込むように突いた!彼史上最高の精度と速度を誇った突きと言っても過言ではない出色の出来であった……が。
ヒュッ……
いとも容易く躱され……。
パシッ!!
手首を手刀ではたかれ、槍から手を離し……。
バギャアァァァン!!
カウンターのローキックで左脚を相棒と同じように容赦なくへし折られた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「マスター、あれが基本技にして究極奥義な下段蹴りっす」
「後で見返すから録画しといて」
「言われなくても、イクライザーで見たものは全部記録されてるっす」
「ぐっ……!?はあっ……!!」
悠々と虐殺劇を楽しむウォルとルビーとは対照的に、脚を折られたモーノは仮面の下で脂汗を滲ませ、立っているのもやっとの状態であった。
「勝負ありだ。お前にここから逆転する術はない」
「そのようじゃの……ここは素直に降参するのが賢明か……」
「あぁ、賢い選択だ……」
刹那、モーノの目にはアストの集中が途切れたように見えた。
「もらった!!」
だから一発逆転を狙い、左腕のスタンガンを食らわせようと腕を伸ばした……愚かにも。
ザシュッ!!
「――がっ!?ぬぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
しかし、そんなことはアストにはお見通しだった。迫る左腕を下から貫手で刺して、自分に届く前に止めてしまった。
「類は友を呼ぶってのは本当だな。お前の相棒もちょっと油断したフリをして見せたら、迷いなく襲いかかってきたぞ」
「ぐううっ……!!?」
「きっと末路も同じだな」
「うっ……!!?」
モーノは視界の端に映る目を背けたくなるほどの酷い有り様なコナーエレキを見た。全身に悪寒が走り、さらに脂汗が噴き出した。
「……悪かった。少し魔が差しただけだ……今度こそ本当に降参する。だから!!」
「ダメ」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
「ぐへぇーーーーっ!!?」
アストラッシュ炸裂!機関銃のように間髪入れずに撃ち込まれる拳がジベ・エレキの装甲を、そしてその中身であるモーノの骨を粉々に粉砕していく!
「オラアッ!!」
ゴァン!!ドゴオォォォッ!!
仕上げの一発!勢い良く壁に叩きつけられた時には、すでにモーノの意識は夢の世界に旅立っていた。
床に歪に曲がった四肢を放り出して倒れるその姿は、奇しくも相棒であるコナーとそっくりであった……。
「ぼくと君の差は、ひとえに相棒を信じていたかどうかだよ」
「大したことしてないのに、美味しいところを取るなんて浅ましいっすよ。最後にカッコいいセリフでビシッと決めるのは、ブルードラゴンに譲らないと」
「いや、奴らを倒せたのはウォルのおかげだ。十分ビシッと決める資格はあるよ」
「ほら~!」
「マスターのこと甘やかし過ぎっす」
「かもな」
友人とAIのやり取りはいつもと変わらず、それを見ていたアストに久しぶりに笑顔が戻った。
「それはそれとして、何でマルチランチャーを使わなかったんだ?あれを使えば、この程度の奴ら簡単に倒せただろ?」
「それは流れ弾が逃げ遅れた人に当たったらいけないってルビーが……」
「……そのルビーとイクライザーなら、周りに隠れている人がいるかどうかくらいわかるんじゃないか?」
「あ……」
「余計なことを……」
「ルビー……!!」
「せっかくの機会だから格闘戦のデータを集めときたかったんです。おかげで貴重なデータが取れました……やったね!!」
「ルビーーッ!!」
「はは……」
とにもかくにも百貨店でのT.r.Cとの戦いはアストとそのサイドキック、イクライザーV3の勝利、戦いは次のラウンドへと移行していく……。




