人質
時を少し遡り、カウマのとある人気のない砂浜。そこでアスト・ムスタベの幼なじみ、メグミ・ノスハートは走り込みをしていた。
「フッ……フッ……フッ……」
小気味いい呼吸音とそれに合わせて鳴る砂を蹴り上げるリズミカルな足音とは裏腹に、サングラスをかけたメグミの顔は妙に険しかった。ここでのランニングは初めてではなく、いつもより強度が高いわけでもないのにも関わらずである。
(今朝から胸騒ぎがする。ガスティオンが襲来した日を思い出す感じだ。ただの思い過ごしだといいんだけどよ……)
言い知れぬ不安を振り切るように、さらに足を速めようとしたその時だった。
「スト~ップ!」
人はいないはずなのに、三人の男が突然メグミの前に立ちはだかった。
真ん中の声をかけてきた男は背が高く、不愉快なにやけ面をしていて、どう見てもカタギには見えない。
「……当たって欲しくない予想ほど当たるんだよな……」
不安が的中したと確信したメグミは「チッ」と舌打ちをした。
「あれ?あまりご機嫌よろしくないみたいですね~。幸せは素敵な笑顔をしている人に寄って来るものですよ~。だからスマイルスマイル!」
「あんた達がおれを呼び止めた理由が、単に道を聞きたいってだけなら、すぐにでも笑顔になるさ」
「うーん残念!オレ達のお目当てはあんた自身さ、メグミ・ノスハート」
「やっぱりな……!」
メグミはサングラスを外すと、辟易しながら戦闘態勢を取る。
そのあまりにスムーズな対応にナータンは感心と疑問を持った。
「ずいぶんと物分かりがいいな。もしかして自分達が何者か見当がついているのか?」
「詳しいことはわからないが、おれの幼なじみの敵だろ?恨まれるのはおれじゃなくてあいつだ、逆恨みな。だが、やたら強いから面と向かって喧嘩は売れない……だからおれの所に来たって感じなんだろ?いつかそんな日が来ると思ってたぜ」
「へぇ……」
この発言にはパーヴァリも驚いた。そこまで頭が回るとは思っていなかったのだ。
「諜報部の情報も当てにならんな、パーヴァリ」
「面目ない……」
パーヴァリは自らと自身の所属する部署の非を素直に認め、軽く頭を下げた。
「まぁいい。それなりの知性を持ち合わせていたとしても、あくまでそれなり……たかが知れている」
「あ?とことん舐めやがって……おれは勉強はからっきしだが、ダチとは違うタイプの天才だぜ」
「かもな。では、そんな天才様に敬意を表して名乗らせてもらおうか。秘密結社T.r.C第二新兵器開発部所属ナータンだ」
「同じく第三諜報部所属パーヴァリ」
「同じく第四資材調達部所属マノリトだ」
「秘密結社T.r.C……予想していたより大物が出てきたな……!」
いつか親友を狙う敵が来ることはわかっていたが、今日この日、世界に悪名を轟かすような奴らがぞろぞろと雁首並べて現れるとまでは思っていなかったメグミはさすがに動揺し、ランニングによって発生したものとは別の種類の汗を頬に伝わらせた。
「おやおや?さっきまでの威勢はどうした?そんなにT.r.Cの名前が怖かったか?」
「あ!?ビビるかよ!全然秘密でもなんでもない秘密結社なんかによ!!」
「自分としてもどうかと思うが……創始者である総帥の強い意向なんだよ。間違ったことをしていないのだから、別に隠れるつもりはない、だけど秘密結社と名乗る。そういう約束だなんとか」
「T.r.Cのrが小文字なのも、かなりのこだわりがあるようなのでお間違いなく」
「はぁ?気になることを言うなよ。ちょっとおたくらの団体に興味が出てきたぜ」
「我らも全貌を理解しているわけではないが、大人しく付いて来てくれるなら、知っていることを話すぞ」
「極力一般の方には迷惑ないようにと総帥からお達しができてるんで」
「それでおれがノコノコと付いて行ったら、おれの幼なじみを呼び出す餌にするんだろ?」
「あぁ、奴らを駆除するのが、T.r.Cの存在意義だ」
「なら断る!メグミ・ノスハートは馬鹿でもないし、自分大事さにダチを売るようなクズでもないって、出来損ないのデータに書き加えておけ!」
そう力強く啖呵を切るとメグミは腕輪を嵌めた手を顔の前に翳した。
「交渉決裂か」
「やれやれ……」
「はっ!わかりきっていたことじゃねぇか!!」
対抗するようにT.r.Cの三人は首にかけたタグを握りしめた。そして……。
「ゴウサディン・ナイティン!!」
「「ジベ」」
「ジベ・エレキ~ッ!!」
緻密な装飾の施された銀色の鎧、手には身の丈ほどもある巨大なランスと身を隠すほどの盾を装備したその姿はまさしく“騎士”そのもの、それこそがメグミ・ノスハートは愛機ゴウサディン・ナイティンを身に纏った。
一方のナータンとパーヴァリはシンプルな作り、これぞ量産機といった佇まいの秘密結社T.r.Cの主力、ジベを装着。
マノリトはベースはジベだが、メインカラーはイエローに塗られ、差し色に黒いラインの入った特別製のマシンで身体を覆う。
四人全員、完全戦闘モードに移行し、砂浜に緊張感が走る。
「数はそっちが上なんだ!先手はもらうぜ!!」
そう高らかに宣言すると、銀色の騎士は槍……ではなく盾を眼前の三人に向けた。
「マルチシールド!バァルカン!!」
バババババババババババババババッ!!
盾の表面に並べられた銃口から、霰のように光の弾が発射される。しかし……。
「散開」
「はっ!」
「いよっと!!」
三人はマスクの下で一切表情を崩さずに易々と回避。弾丸は八つ当たりのように砂を蹴散らす。
「ちっ!勘違いした雑魚じゃねぇのかよ!!」
「これでも新しい部署のトップ候補だからな」
「そうだ……私は世界のためにも、この試験を突破し、必ずや部長の座を手に入れなくてはならん!そのために君には悪いが、少し痛い思いをしてもらうぞ!」
ナータン、パーヴァリ、両ジベはマシンガンを召喚。さっきのお返しとばかりに銃弾を乱射した。
キンキンキンキンキンキンキンキン!!
「むず痒いな、おい」
けれど弾丸はナイティンの盾はもちろん銀色の装甲も貫くことはできず、弾かれ、こちらもまた砂を混ぜっ返すだけに終わった。
「硬い……こちらもデータ以上か」
「いずれ天下に名を轟かす大天才様の作品だからな!そんな豆鉄砲、屁でもねぇ!!」
「ジベも悪いマシンではないんですけどね。ライフルタイプを持ってくるべきでした」
「もしくは上位モデルのエリートな」
「後悔してももう遅い!メグミ様の前に跪け!!」
勢いに乗ったナイティンは一気に勝負を決めようと前し……。
「オレのこと忘れるなんてひどいぜ」
「!!?」
背後からの声!二人の銃撃は陽動で、本命のジベ・エレキを回り込ませるのが目的だとメグミはその瞬間理解したが……一足遅かった。
「激しくいこうぜ!!」
ジベ・エレキは左腕についた巨大なスタンガンから放電し、躊躇なく銀の騎士に押し当てた。
バチバチバチバチバチバチバチバチ!!
激しく明滅するナイティン!銀色の装甲が余計に輝きを強調し、傍目からはとても鮮やかできれいに見えた。
「このままおねんねしてな」
「まだ寝るには早えだろ」
「!!?」
「オラァッ!!」
チッ!!
「――くっ!!?」
「ちいっ!!」
ナイティンは電撃をものともせず反転しながら槍で殴りかかった。
完全に虚を突いた一撃であったが、マノリトが驚異的な反射を発揮し、僅かに切っ先を掠める程度の被害で抑えられてしまう。
「危ない危ない!今のは肝が冷えたぞ」
「そりゃ良かったな!!」
一度失敗したくらいでへこたれるメグミではない!速攻で気持ちを入れ替えて、槍で突きを連続で放つ!
ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!!
「ッ!!?」
けれども、何度やっても今度は切っ先が僅かに触れることもできず。全てジベ・エレキに躱されてしまった。
「さっきの一撃で、お前の槍のリーチは把握した。いくらやろうと絶対にオレには届かないぜ」
「たった一回で……!?」
「昔から距離感を掴むのは得意なんだよ。人間関係の方はてんでダメだけど。ぎゃはっ!!」
(こいつ……!余裕ぶりやがって……!!)
戦闘の最中だというのに軽口を叩くマノリトにメグミは苛立った。いや、彼が真に怒りを感じているのは、そんなふざけた相手にいいように遊ばれている自分自身にだろう。
(悔しいが実力はこいつの方が上か。ジャイアントキリングをかますためには、さっき以上に意表を突かねぇと。幸いそういうのはナイティンは得意だ!)
「ん?」
銀色の騎士は槍での攻撃を中断。代わりにマルチシールドを突き出した。
「凍れ!!」
ブシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
盾から冷却ガスを噴射!触れればたちまち氷付けにしてしまう悪魔のガスだ!触れればの話だが……。
「それ、知ってる」
ブシュウゥゥゥゥゥゥゥッ!カチン!!
冷却ガスは凍らせた……またまた何の罪もない砂粒をきれいにコーティングしたのだ。
肝心のジベ・エレキはというと、冷却ガスの噴射を予期し、そそくさと射程外に逃げていた。全く意表を突けていない。
「さすがにてめえの盾が何が出るかわからないビックリ箱だってことは、無能な諜報部でも掴んでいたぜ」
「くそ!!」
「まぁ、でなくても、そんなちゃちな攻撃じゃオレ様を倒すことなんて無理だけどな。攻撃ってのはこうやるんだよ!!」
ジベ・エレキは右腕に装備された銃口を向けた。それに連動し、マスク裏のカーソルがナイティンをロックオンする。
「食らいな!ブルードラゴンのおまけさんよ!!」
バリバリッ!バリバリバリッ!!
発射されたのは電撃弾!当たった相手を感電させ、アスト覚醒態の液体化にも対抗できる強力な武器だ!しかし……。
バリィン!!バリバリィン!!
「ありゃ」
ナイティンにはこれまた通じない。衝撃こそ感じたが、痺れて動けなくなるようなことにはなってない。
「一応試してみたがやっぱりダメか」
「どうやらブルードラゴンの弱点を補完するために耐電性能が高められているようだな」
「だよな~。これならいつものマシン持ってくるんだった……まっ、やりようによってはどうにでもなるだろうが」
マノリトは同僚兼ライバルに目配せした。一人の人間としては、あまりウマが合わない三人だったが、T.r.Cで働いた経験がお互いの意志を滞りなく伝える。
「なるほど」
「それが一番安全かつ手っ取り早いですかね」
意図を察したナータン、パーヴァリ、二人の駆るジベが距離を詰めてくる……ナイフを召喚しながら。
「あれは……」
瞬間、メグミは理解する。あの刃物は自慢の愛機の装甲にダメージを与えられる代物だと。実際にナイフは視認できないほど速く、細かく振動しており、見た目以上の攻撃力を誇っていた。
(あれを食らうのはごめんだ!!)
「バルカン!!」
バババババババババババババッ!!
迎撃のために弾丸を乱射する……が。
「無駄だ」
「そんな豆鉄砲、屁でもない」
「くっ!?」
基本的には当たらず。何発か命中したものも致命傷には至らず。結果、懐に潜り込まれてしまった。
「くそぉ!!」
半ば自棄になり、今度は槍と盾を叩きつけようとした。だが、そんな破れかぶれの攻撃は当然……。
ガァン!ガァン!!
通用しない。ナータンジベに蹴りや手刀で手首を弾かれ、むしろ防御不可能な状態、状況を悪化させてしまっただけだ。
「パーヴァリ!!」
「はい!!」
ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!!
「――くっ!?」
体勢を立て直す前にナイフによる斬撃の連続攻撃!きらびやかなナイティンの銀色の装甲に無数の傷が刻まれる!
「「はあっ!!」」
ドゴッ!!バシャアァァァァァァァン!!
さらに追い討ちのダブルキック!ナイティンの重厚な身体が宙を浮いたかと思ったら、海に大きな水柱を立てて落下した。
「ちっ!!これは何の嫌がらせだ!島育ちのおれは海に落ちるなんて慣れっこなんだよ!!」
ただダメージはあまり大きくなかったようでナイティンは膝立ちになりながら、元気に喚き散らかす……今のところは。
「ナイフだって表面にかすり傷付けたくらいだしよー!!そんなんでおれは倒せないつーんだ!!」
「いや、お前はもう詰んでるよ」
「はあっ!?勘違いもいい加減……に!!?」
ジベ・エレキもまた波打ち際で膝立ちになっていた。左腕のスタンガンをバチバチと帯電させ、いたぶるように海面に近づけながら……。
メグミは言葉を失い、全てを理解した、してしまった。
マノリトの発言が真実だということに、自身が敗北したことに……。
「塩水に濡れて、電気に強い装甲も傷だらけになったら……さすがに痺れてくれるよな」
ジベ・エレキはスタンガンを海につけた。
バチッ!!バリバリバリバリバリバリ!!
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
骨の芯まで痺れるというのはこういうことをいうのだろう。海面を伝い、銀の鎧に刻まれた傷から侵入した電気はメグミを脳天まで痺れさせ、一瞬で意識を奪った。
そして主人の後を追うようにゴウサディン・ナイティンも待機状態の腕輪へと戻り、カウマの青き龍の親友は、青い海に抱かれるようにプカプカと浮かび、波に揺られる。
「……もしかしてやり過ぎた?死んだんじゃねぇの」
「どれどれ」
ナータンジベがバシャバシャと海の中に入り、メグミの側へ。首もとに指を当て、脈を確認する。
「……大丈夫、息がある。もしかしたら二秒くらい止まっていたかもしれんが」
「危ねぇ……殺しちまったら、何の意味もねぇもんな。人質にならない」
「その時はその時だが……まぁ、余計な手間がかからないに越したことはない」
ナータンジベはメグミを担ぎ上げると、砂浜に戻り、優しく寝かせた。
「スマホの方は生きているだろうか?」
「駄目じゃないかな。あの電撃を食らったんじゃ」
正直諦めながらボディーチェックをし、スマホを探す。ズボンの後ろポケットに入っていた。しかも画面が表示されている。
「どうやらこちらにも電気対策が施してあったようだな」
「あのマシンの特性、そしてああいう戦い方をするなら当然か。きっともう一人の幼なじみの仕業だね」
「ウェルター・ナンジョウ……新兵器開発部としては、ターゲットよりも気になる存在だ」
「できることならスカウトしたい人材ですよね」
「あぁ……だが、今はブルードラゴンだ。ロックを解除して、奴に連絡を取ろう。この電話からすれば、奴も一瞬で状況を把握するはず」
「その前にトシムネがどうなったか確認しないと。何のための順番決めかわからなくなる」
「そうだった――」
ブウゥゥゥゥゥッ……
ナータンジベの中でスマホが振動した。画面には今しがた話していたターゲットの名前が表示されている。
「フッ……どうやら色々と手間が省けたみたいだぞ」
「ですね」
ナータンは楽しげに通話ボタンをタップした。
再び時間と場所を戻して、百貨店で激闘の末にトシムネを下したアスト・ムスタベ……。
「メグミを預かっただと……!?」
『あぁ、彼の身柄は我々が拘束している』
「……証拠は?」
『この電話から君と話しているだけでは不満か?』
「それだけならただ馬鹿がスマホを落としただけかもしれないだろ……!!」
『希望的観測にすがるのはやめたまえ。そんなことをしても、誰も得をしない』
「なら……なら百歩譲って、本当にメグミの身柄を拘束しているなら一言でいい、声を聞かせろ」
『残念ながら今彼は就寝中だ。起こすとこちらとしても面倒なので、声は聞かせられない』
「この……!!」
『生存確認をしたい気持ちはわかるが……そうだ、彼のピースプレイヤーを作った者に連絡を取ってみるといい。用意周到な彼なら遠隔で安否を確認できるような機能を付けているはずだ』
(確かに……ウォルならあり得る。そしてメグミの身に何かあったら真っ先に連絡してくるはず……つまりこいつの言っている通り、メグミは今のところ無事なのか?というか今のオレには信じるしか……)
思わずスマホを握る手に力が入った。小刻みに震えた。もしも自分のこの力のせいで友人に取り返しがつかないことが起きてしまったらと思うと、怖くて仕方なかった。
『……T.r.Cの悪名を知り、現実にこんな非道な手を使われているのだから信じられないのも無理はない。だが、少なくとも自分は一般人にできるだけ手を出したくないと思っている。トシムネと戦った君ならわかるだろ?』
無言で話に出たトシムネにアイコンタクトを取ると、獣人はまた首を縦に振った。
(このナータンとやらは、信用できるというのか……)
『もし君が自分達の要求に応えてくれたなら、メグミ君は解放する。だから素直に言うことを聞いてくれるか?』
「オレに選択肢なんてないだろ。要求とやらを言え」
『とある廃倉庫に一人で18時までにやって来てくれ。詳細はこの後スマホに送る。君の友達に聞いて、メグミ君のマシンの信号を追ってもいいぞ。ただし一人で来ることと、時間は守ってくれ。個人的に遅刻する奴はこの世で最低だと思っている』
「オレもだよ。すぐに会いに行く。オレの幼なじみは丁重に扱ってくれよ」
『了解した』
プツン!!
「さてと……!!」
電話が切れると、アストはスマホを仕舞い出口に歩き出した。
(オレの仲間に手を出したことを必ず後悔させてやるぞナータン……!!)
歩みはどんどんと速くなり、それでも足りないとアストはスピード特化形態に変化しようとした。その時であった。
「アウェイクス――」
バァン!バリバリバリバリバリバリ!!
「――ピッ!!?」
「なっ!!?」
突然の電撃弾による狙撃!
全身が痺れ、アストの形態変化は中断され、受け身も取れずに床に倒れた。
「な、なんだ……!?」
アストは必死に痺れて、自由に動けない身体に鞭を打ち、衝撃を感じた方向に視線を向けた。
狙撃ポイントは百貨店の三階、そこにはマノリトが使っていたジベ・エレキが二体。赤いラインの入ったコナー機が銃口から白い煙を昇らせ、その横で青いラインの入ったモーノ機が満足そうに腕を組んでいた。
「順番なんて誰が守るかってんだよなモーノ」
「おう!こういうのは早いもの勝ちじゃい!!」




