お風呂タイム
「アスト君……」
「トウドウ君……」
ソファーに座っている少し前に風呂から上がったトウドウと、同じく風呂上がりで湯気が立っているアストの間に気まずい空気が流れる。
「隣……いいかな……?」
「いいよ……というか、僕に言う資格なんてないけど……」
「ありがとう……」
「いえいえ………」
「……………」
「……………」
今朝から、今日一日で積み上げてきた関係は、先の空手部戦で白紙に戻ってしまった。お互いに間違っていることも言っていたとも思えなかったし、それをお互いに理解しているのが、歯がゆい。
このまま沈黙がしばらく続く……かと思われたが。
「あのさ……」
「さっきは悪かったね、アスト君」
「へっ?」
不意を突かれたアストが突拍子もない声を上げる。いや、タイミングもだがそれよりも内容に驚いた。アストもトウドウと同じ事を言おうとしていたのだ。
「い、いや、トウドウ君が謝ることなんて……オレの方こそ……」
「ううん、あれは駄目だよ。戦っているのはアスト君なのに、自分の意見を押し付けて……今、思うと何もできない自分の不甲斐なさ、それに対する苛立ちをぶつけていただけかもしれない……」
「トウドウ君……」
アストは肩を落とすトウドウを慮った。
まともに話したのは今朝が初めてだが、これまで一緒にいた感じでは、アイル・トウドウという人間は責任感が強く、客観的に物事を捉えられる人物だとアストには思えた。そして顔には出さないが、今告白したように彼も自分の無力さに限界だったのだと、そんな中でベストを尽くそうとしていたのだと……。
それに比べ、力を持っていた自分は……。
「やっぱりトウドウ君が謝ることなんてないよ」
「でも……」
「でもも、けどもない!だって……だって、君の言っていることは正しい……」
アストの眉間に深いシワが刻まれ、視線を目の前のテーブルに落とし、じっと睨み付けた。
「オレが決断できなかったから、最終的にあんなピンチに……ゴウサディンがやられたら、トウドウ君やウォル達も……友達が大変なことになるっていうのに……!!」
「アスト君……」
アストはギュッと力の限り拳を握り締めた。気を抜くと自分への怒りと情けなさで涙がこぼれそうだったから……。
「だから……」
「なんでおれはウォルとセットなんだよ!」
「それはぼくのセリフだよ。まったく……」
タイミングが良いのか悪いのか、メグミ達も風呂から出てきて、空気を一変させる。二人はアストと違い、我が物顔で遠慮なく、思い思いに椅子やソファーに腰を下ろした。
「まぁ、さっぱりしたからいいけどよ」
「いいなら文句言うなよ」
「言うさ!一人風呂ならさらにいいんだからな!お前に一番風呂を譲るんじゃなかったぜ!」
「なら、オレのことなんか気にせず、お前から入れば良かったじゃないか……?」
「あぁ……それは……まぁ……そん時は、そういう気分じゃなかったんだよ!!」
メグミは腕を組んでそっぽを向いた。ただただ照れくさかったのだ……アストに気を使ったという事実が。
メグミはアストに感謝している。こうやって憎まれ口を叩けるのは彼のおかげだと。だから、森の中の戦いで落ち込んでいる彼に少しでも元気になって欲しくて一番風呂を譲ったのだ。
しかし、メグミの必死の努力も虚しく、彼の気持ちはアストに筒抜けだった。アストの沈んでいた心を引き上げ、強張っていた表情が柔いでいく。
それを嬉しそうにもう一人の幼なじみウォルが見つめている。
「相変わらず難儀な奴らだね、君達は」
「どういう意味だよ!」
「つーか、一纏めにするなよな!」
「それもどういう意味だ!アスト!!」
「フフッ……というか、なんでいきなり風呂に入れられたんだろ……?」
「そんなもん、我が家に小汚ないままで入って欲しくなかったに決まっているだろう」
「「「!!?」」」
四人の視線が一斉に声のした方向へと移動する。そこには森で出会った細身で無精髭を蓄えた男が、お盆に五つのコップとお茶の入ったビンを乗せて立っていた。
「……なんで驚くんだよ。今言ったようにここはわたしの家だぞ」
そう、彼こそはこの家の主であり、森の中で話していた何年か前にこのシニネ島に移住してきた人物。そして旧校舎の埃や森の土なんかでお化粧していたアスト達を招き入れ、いの一番に風呂に入るように命じたのも他でもない彼だった。
「いや……ついですね……」
「まぁ、無理もないか。色々あったみたいだし……ムスタベと言ったか、とりあえずこれでも飲んで落ち着け」
男はそう言いながら淡々とコップを皆の前に置き、お茶をトプトプと注いでいった。
「あっ、ありがとうございます……」
「んじゃ……」
「お言葉に甘えて……」
「いただきます」
四人は同時にコップを手に取り、同時に口をつけ、同時に一気に飲み干した。
「いい飲みっぷりだな。ほら、おかわり」
「すいません……ずっと飲まず食わずでやって来たもので……」
男は再びお茶を空になったコップに注ぐ。アストは頭をペコリと一回下げると、今度は一口だけ口に含んだ。
男も一息つくと、同じように一口だけお茶を飲む。そして、皆が落ち着いたのを見計らって口を開いた。
「さてと……話を聞く前に、まずは自己紹介。わたしは『セリオ・セントロ』。手で触れたものを眠らせることができる『エヴォリスト』だ」