証言
「………」
「………」
「………」
実はこの百貨店の広場にはアストとトシムネ以外にもう一人いた。
物陰に隠れていた非番の警官『ハチヤ』氏は後にリリアン・ウォッシュボーン記者のインタビューにこう証言している。
「ええ、とにかくツイてないなって思いましたね。あの百貨店はほとんど行ったことないんですよ。けれどあの日はたまたま非番で、来週の結婚記念日に妻へのプレゼントを見に行って……そしたらあんなことになって、真面目にやってきたのに!神様ってのはいないのか!って思いましたよ。
その癖、ビビっているのに警官としての意地なのか、ただの興味本位なのか、わざわざ残って事の顛末を見届けようなんて……戦場とかに行っちゃいけないタイプの人間ですよね。映画だとあっさり死んじゃうタイプ。
あ、自分の話なんか別にいいですよね。みんなが聞きたいのはカウマで噂のブルードラゴンと反エヴォリスト団体の尖兵とのバトル。ブルーディー……自分は普段こう呼ばせてもらっているんで、このインタビューでもそう呼称させてもらいますけど、ブルーディーがいつもの姿に戻って、相手が武器を取り出し、仕切り直しの状態になったんですけど、さっきまでと打って変わって静かなものでしたよ」
コッ……コッ……
「お互いに近づいて行く二人の足音だけが嫌に響くんですよ。自分の存在が息づかいでバレちゃうんじゃないかと思ったんで、呼吸を抑えるのに必死でした。そんなことを思っていると……」
ヒュッ!!ヒュッ!!
「いきなり始まったんですよね。ジャブの差し合いです。マジでボクシングの試合でしたね、それも上等の。お互いにこう……身体を横に揺らして、最小限の動きで避けて行くんですよ。一応ブルーディーは鉤爪の攻撃だけは安全を優先して大きく動いていた気もしますけど。あと多分ちょいちょい脚を振り上げるような動作をお互いしてましたね。蹴りを出すぞっていうフェイントなのか、本当に蹴るつもりなのに出せなかったのかは、自分なんかには見当もつきません。
状況は拮抗しているように見えました。けれど今思い返して見ればブラッドビーストの方が追い詰められてたんじゃないかな。何でかって?そりゃあさっきまでそれなりに当たっていた攻撃が一切当たらなくなったからですよ。ブラッドビーストの攻撃は独特のキレとノビがあるから熟練者ほど対応に苦慮するなんて話もありますけど、奴もその言葉通りに混乱する相手を何人も倒して来たんじゃないですかね。なのにブルーディーはもう対応している。彼からしたら気が気じゃないでしょうね。そこに……」
パンッ!!
「追い打ちをかけるようにブルーディーのジャブがヒットしたんですよ!ブラッドビーストの鼻先に見事に!ええ、驚いていましたよ。目が点になるってあんな感じなんだなと思いましたよ。この一発で膠着していた戦況が一気に傾きましたね。もちろん我らがブルーディーの方に」
パンッ!ゴッ!パンッ!パンッ!ゴッ!!
「一方的なサンドバッグ状態でした。打ち放題の当て放題って感じですかね。え?何で急にそんなことになったかって?自分も気になって目を凝らして見たんですよ。すると……ブルーディーの腕が時折液体のようになっているんです。ゆらゆらと水面みたいに揺れているような。それでピンときたんです。そう言えばさっきも姿形を変えていたな、なら腕だけ変えれば……」
パンッ!ゴッ!パンッ!パンッ!ゴッ!!
「ドンピシャでしたね。よく見れば腕を延長したパンチと通常のパンチを織り混ぜて打っていたんです。打撃音も注意して聞くと二種類、軽いものと重いものがあったんです。ビーストがさっき驚いた顔をしたのはパンチを食らったことはもちろん、思ったよりダメージを受けなかったことに戸惑ったのかもしれません。リーチ延長パンチは牽制と撹乱目的で、本命は通常の方だったと思います。
え?そんな技のタネをバラしていいかって?多分、問題ないでしょう。あれは相手に知られていたらいたで、警戒させて動きを抑止するようなこともできるシンプルかつ使い勝手のいい技でしょうから。ブルーディー本人が考えたのか、誰かのアドバイスを受けて完成させたものなのかはわかりませんが、思いついた人は天才ですよ。繰り返すようですが一方的でしたから。きっとブラッドビーストの方からしたら自分の特性を活かしてやりたかったことを逆にやられて心中穏やかじゃなかったでしょうね」
パンッ!ゴッ!パンッ!パンッ!ゴッ!!
「殴られながらも目は死んでなかったですもん。むしろ絶対にこのままでは終わらないぞ!って闘志メラメラでちょっと応援したくなりましたもん。当然しませんでしたけど。心の中ではブーイングの嵐ですよ。手も足も出てねぇじゃねぇか!諦めてとっとと倒されちまえ!って。だけど、自分なんか願望というか予想が簡単に当たるはずなかったんです……」
ガシッ!!
「打たれっぱなしだったブラッドビーストが鉤爪の付いた左腕で、ブルーディーの右腕を掴んだんです。ボディーブローをこう上手く躱して、抱え込むように。本人的にも狙い通りの会心の出来だったんでしょうね。大きな口の端がニッって上がったんです。憎らしかったな……。
で、掴んだブルーディーの腕を伸ばして返したんです。グルッと肘ができるだけ上に来るように。何のためかって?もちろんへし折るためでしょ。それと同時にもう一方の右腕を振り上げていましたもん。あれをハンマーのように撃ち下ろしてボキですよ。関節が曲がっちゃいけない方向に曲がって、下手したら骨が飛び出る……いや、究極までドーピングした奴の腕力なら、そのまま千切れちゃうかも。思わず鉄槌が振り下ろされる瞬間、目を覆いそうになりましたよ」
バシャッ!!
「間違ってませんよ。バシャで合ってます。ボキッじゃなくてバシャです。ブラッドビーストの攻撃は腕を折るどころか、ただ通り過ぎたんです。ブルーディーが腕全体を液体化したから。しまった!?って顔してましたね。こんなことできるのか!?じゃなくて、しまった!?です。きっとそういうことができるのを知っていたんだと思います。警戒もしていた。だけど、追い詰められて、つい失念してしまったんですね。気持ちはわかりますよ。自分も失敗を引きずるタイプなんで。特にそれだけは避けようと思っていたことをやった時は、それはもう。けれど、戦闘中に落ち込んじゃ駄目ですよ」
ゴッ!!
「ブルーディーが掴まれてない方の左手で顔を横から叩いたんです。ビンタ?いや、掌底ですよ。頬にビンタではなく、顎の側面に掌底です。ベチンみたいな炸裂音じゃなくて、重低音というか……骨に響くような鈍い音がしましたから。
まだ気持ちを立て直せない時に不意に顎を殴られたんです。気絶不可避でしょ。白目剥いているように見えましたもん。自分だったら、あの顔を見たら勝利を確信しちゃうでしょうね。だけどブルーディーは慎重というか、容赦ないというか、サディスティックというか……左のハイキックを振り抜いたんです」
ゴォ!!
「思わず立ち上がって声を上げそうになりましたよ!気を失っていたはずのブラッドビーストがギリギリで意識を取り戻して、ガードしたんです!止めやがったって!!だから応援してませんって。けれど、その一瞬だけはちょっとだけ感動というか、リスペクトを覚えましたね。
ブルーディーも予想外だったのか、一旦距離を取りました。だけどすぐに相手に時間を与えるのは悪手だと思い直したのか、最初からそのつもりだったのか、顔面に向かってパンチをまた繰り出したんですね。
ブラッドビーストはまだ頭がくらくらしていたはずです。きっと足にもきていたんじゃないかな。移動できないから、上半身だけを仰け反らせて、回避しようと試みたんです。自分が奴の立場でもそうするでしょう。まんまとブルーディーの手のひらの上ですね」
バシャッ!!
「パンチじゃなかったんですよ。顔の前で拳を開いて、水を引っかけたんです。目の中に水滴が入ったんでしょうね。反射的にブラッドビーストが目を閉じたんです。きっとそれこそがブルーディーの本当の狙い。追撃ではなく、次の一手への布石だったんですよね。
視界を失い、もうブラッドビーストに打つ手は無しかと思ったんですけど、意地か破れかぶれか両腕を振り回したんです。当たれば最高、そうでなくともビビって攻撃を中断してくれば良し。まぁ、そんな安易な考えは通じなかったですけど」
トンッ!トンッ!!
「簡単に手刀で捌きましたね。流れるような動きで、ビーストの腕を小気味よくはたき落としたんです。達人みたいで格好良かったな。あの落ち着いた立ち振る舞い、意外と年いってるんですかね?勝手にブルーディーの正体は若いと思っていたんですけど……って、話が逸れましたね。戻しましょう。
足も動かせず、両腕も弾かれてブラッドビーストは完全に無防備、まさに万事休す。ブルーディー自身もそう思っていたはずです。あれは完全にフィニッシュブローでした」
(もらった!)
理想的な展開の締めくくりとして、アスト覚醒態は渾身の右ストレートを繰り出した。捻り込むように放たれた拳は、風を切り裂き、トシムネに迫る。
(奴の性格上、敵であるおれにもできるだけダメージを残さないように、一発KOを狙って来るはず!さっきは不意を突かれて、意識を失ったが、来ることがわかっていれば耐えられる!おれは顔面狙いに賭ける!外れたら……てめえの勝ちだ!ブルードラゴン!!)
対するトシムネは決死の覚悟で、自慢の牙が砕けるほど歯を食い縛り、出迎えるように頭を前に出した。そして、右拳も……。
「はあっ!!」
「ぐうっ!!」
ゴッ!ゴォン!!
アストの拳はトシムネの顔面に炸裂した……が。
「ぐあっ!?くうっ!!」
けれど、意識を断ち切れず。痛みは感じ、目の前がチカチカするが、倒れもせずに、僅かにたじろぐだけで済ます。
対照的に……。
「……がはっ!!?」
対照的にアスト覚醒態は膝から崩れ落ちた。トシムネのカウンターのボディーブローが鳩尾に突き刺さり、立って居続けることを許さなかったのだ……。




