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No Name's Awakening  作者: 大道福丸
狙われたブルー
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ファーストコンタクト

「T.r.Cだと……!?」

 世界に悪名を轟かす存在の一端を突然前にしてアストの心は激しく動揺した。

 しかし同時に幸か不幸か数々の修羅場を超えた頭は冷静さを保ち、体力の消耗を抑え、情報を引き出すために着地し、敵と同じ目線に立つことを選択する。

「おっ!わざわざ降りてきてくれたか天下のブルードラゴン様」

「オレが聞きたいのは、そんなおべっかじゃない。あんたは本当にあのT.r.Cの一員なのか?」

「もち。改めて世界中の嫌われ者、レイシスト集団秘密結社T.r.Cの第二戦闘部所属のトシムネだ。宜しくな」

「第二戦闘部とか普通の会社みたいな組織体系をしているんだな」

「おれも入った時は驚いた。総帥の趣味らしい」

「その総帥とやらに会ったことは?」

「ない。だが、お前ほどの上玉のエヴォリストを仕留めれば、もしかしたら会えるかも」

「お前は……」

「そろそろいいだろ。おれみたいなぺーぺーから引き出せる情報なんて大したことないぜ」

「気づいていたか」

「うちの特製マシンを一人で蹴散らした報酬だ。まっ、せっかくの情報をてめえが生かすことは……ここでくたばるからねぇんだけどな!!」

 トシムネの闘志の高ぶりに呼応し、肉体がみるみるうちに変化していく。

 全身が毛で覆われ、鋭い牙と爪が生え、あっという間に男は古代にいたハイエナにも似た獣人に姿を変えた。

「エヴォリスト……じゃないよな」

「だとしたらお前の前に立ってねぇよ。ブラッドビーストだ。山奥で昔からオリジンズの血を摂取し続け、変身能力を得た“ネイティブラッド”や“仙獣人”と呼ばれる奴らを真似、お前ら神に選ばれたエヴォリストに少しでも近づこうとして生まれた薬漬けのパチもんさ」

「ずいぶんと自虐的だな」

「事実を述べただけさ」

「ならオレも事実を話そう……パチもんが本物に勝つことはない」

「はっ!世間知らずが。世界ではコピーや二番煎じの方が評価されることもままあるんだぜ」

「だとしても今回はオレが上だ。降参するなら今のうちだぞ」

「冗談。おれはエヴォリストに対して差別意識なんてない。ただ金と強い奴と戦いたいだけ……こんな千載一遇のチャンスを逃すつもりはない……!!」

 ハイエナ獣人は僅かに前のめりになると、ご馳走を前にした時のように舌なめずりをした。

「戦闘狂か……見た目より中身の方が怪物じみてるな」

「てめえには負ける。ジベやドローンを容赦なく叩き潰すてめえの顔はそれはそれは怖かったぜ。子供がビビるのも当然だ」

「くっ……!!」

 不意にまだかさぶたのできていない心の生傷に塩を塗られ、アストは顔をしかめた。その時だった。

「はあっ!!」

「!!?」

 トシムネが口を大きく開いて、突撃!初手に選んだのは噛みつき攻撃!しかし……


ブシュウゥゥッ!!ガチン!!


「――ッ!!」

 スピードアストは各部に配置された噴射口から水蒸気を放ち高速移動、回避と同時に背後に回り込んだ。

「悪食にも程があるだろ。オレはきっとまずい……ぞっと!!」

 次はオレのターンと言わんばかりに飛び蹴りを放つ青龍!けれど……。


ヒュッ!!


「何!!?」

「はっ!!」

 けれどハイエナ獣人の人間離れした反射神経によりあっさりと躱されてしまった。

(ウォルが言っていたブラッドビーストの特性、優れた感覚神経か。まさかスピーディーなオレの攻撃を回避するとは)

「どうしたどうした!あくびが出るぞ!!」

「ちっ!やられっぱなしでは終われないよな!!」

 アストは確かに数々の修羅場をくぐり抜けてきた。けれどだからといって身も心も生粋の戦士になったわけではない。元の性格もあるだろうが、こういうシンプルな挑発が意外と効果的だったりするのだ。

「でやあっ!!」

「ッ!!?」

 とはいえ、単純に先ほどと同じことを繰り返すのでは芸がない。アストは虚を突くために空中で突進しながら逆さまになってオーバーヘッドキック!


ゴォン!!


 蹴りは粉々に砕いた……ピカピカの百貨店の床を。結局また神に愛されたエヴォリストのスピードはパチもんのブラッドビーストの反射神経によって攻略されてしまったのだ。

「ちいっ!!」

「大道芸を見せられたくらいで慌てるなら、とっくに死んでるっての!!」

 回避だけに飽き足らずカウンターのキック!

「この!!」

 スピードアストは咄嗟に防御体勢を取ろうとした……が。


ゴッ!!ドゴオォォォン!!


「――ッ!!?」

 間に合わず。防御をすり抜け、蹴りは腹部に直撃。吹き飛んだ青龍は自分が破壊したジベやドローンの破片をボウリングのピンのように勢い良く弾きながら、床を転がった。

「防いだはずなのに……これもブラッドビーストの特性、独特の動きのキレとノビか」

「そうだ!速いだけで単調なてめえの動きじゃ対応できないぜ!!」

 追撃のナックル!トシムネは地面を爪で抉りながら蹴り出すと、勢いそのままにパンチを起き上がるアストに撃ち込んだ!

「オラアッ!!」


ガッ!!


「――ぐっ!!?」

「アウェイクパワー……!!」

 スピード特化からパワー特化に。アストは身体中から水分を移動させ巨大化した腕で獣人の拳を受け止めた。

(情報より遥かに形態変化の速度が早い……こいつは本当に……!!)

「避けられないなら力とタフネスでゴリ押させてもらう!!」

 ガードしてない方の腕から噴射口を展開、水蒸気噴射によって加速させ巨拳を撃ち出す!


ブゥン!!


「危ねぇ……!!」

 豪腕が奏でる風切り音を人間とは違う配置についた耳でキャッチすると、毛に隠れた皮膚から冷や汗が溢れ出た。もし当たっていたら、いや掠りでもしていたら一発KOで勝負は終わっていただろう。

 けれどトシムネはその肉体に宿った全ての力を総動員して、見事攻撃を回避したのだ。

「くっ!?」

「さっきも言ったが……勢いを重視し過ぎて、動きが単調なんだよ!!」

 余計なアドバイスと共に反撃!


ゴッ!!


「――ッ!!?」

 パンチは見事にパワーアストの額に命中したが、その青く分厚い表皮は硬く、全くダメージを与えられなかった。

「オレも言ったはずだぞ……タフネスで勝負するってな!!」

 次の一手はアッパーカット!ハイエナ獣人の顎に向けて、毎度お馴染みとなった水蒸気で加速させた拳を撃ち出す!


チッ!!


 戦果は毛先を少し切り落としただけ。トシムネは半歩後退しつつ、身体を仰け反らせて、窮地から逃れた。

「ガアッ!!」

 そしてまた獣人のターン。打撃ではディフェンスに定評のある今のアストには通じないと悟ったのか、初撃と同じく噛みつきを敢行した。

「だからオレは美味くないって!!」

 青龍はこれも防御で対応しようとした……したが。

(いや!!)

 生命が持つ根源的な危機察知能力が発動したのか、アストはほぼ反射的に防御行動を中断、この距離、相手のスピードからも回避は困難だと判断し、トシムネの前に地面に転がっていた自立型ジベの頭部を蹴り上げた。


バギャアン!!


 アストの代わりにジベの頭はトシムネの牙の犠牲になった。

 ついさっきこてんぱんにやられたばかりなので説得力はないかもしれないが、実のところはそれはかなりの強度を誇る。それがいとも簡単に噛み砕かれてしまった。

(まるで安物のウエハースのようにあんな簡単に……こいつはパワフルなオレでも無理かも)

 獣人の顎の力が、自らの鉄壁の防御を貫く可能性を感じ取ったアストは後退、距離を取った。

「ペッ!!なんだ?タフネスで勝負するんじゃなかったのか?」

「前言撤回する。あんたを倒すには、これじゃない……アウェイクいつもの」

 歪な青龍の身体から水蒸気が噴き出し、縮んでいく。比較的人間に、いつものアスト・ムスタベのシルエットに近い通常形態へと移行した。

「……正解」

 アストの選択にトシムネは複雑な感情を抱いた。嬉しいような、困ったような複雑な……。

(何をしてくるかわかり易い特化形態よりもそっちの方がやりにくい。しかも厄介なあれも使えるしな。道具を使うのは趣味じゃないがしゃあなしか)

 トシムネは腰の後ろから何やら道具を取り出し、左手に取り付けた。どうやら鉤爪のようだ。

「そんな立派な爪が生えているのに、追加で爪をつけるのか」

「おれ本来の奴じゃ、こういうことはできねぇからな」


バチ……バチバチバチバチバチバチ!!


 トシムネが鉤爪に付いているスイッチを押すと電流が流れ、鋭い爪が帯電し始めた。

「やはり対策して来ているよな」

「てめえはそれだけの獲物だからな……やれることは全部やらせてもらうぜ……!!」

 激し過ぎるファーストコンタクトを終え、狩人と獲物の攻防は次の段階に移行しようとしていた……。


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