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No Name's Awakening  作者: 大道福丸
狙われたブルー
73/93

順番決め

 トレーラーの暴走事件、そしてアストとイグナーツの刹那の邂逅があったその日の夜、カウマにある今は使われてない倉庫に七人の男と彼らの戦いを見守る一人の女性が集まっていた。

「ご存知の方もいると思いますが、改めまして……今回の仕事を見守らせてもらいます、人事部所属の『ホミ』です。以後お見知りおきを」

 深々と頭を下げる高そうなスーツを着こなすスタイルのいい女性の姿はゲームを取り仕切るディーラーのように見えた。

「せっかくですし、皆様方も自己紹介をなさりますか?今は競い合う仲でも、本来は同じ想いを胸に戦う同志ですから、交流を深めては」

「いらねぇよ。少なくともおれはお友達が欲しくて、ここにいるんじゃない」

「同じく」

 トシムネとイグナーツの言葉に同意すると他のメンバーも首を縦に振った。

「左様ですか。でしたら早速今回の試験の内容を説明しましょうか」

「待ってました」

「とはいえ、やることは先の試験と同じ、指定されたターゲットをお好きな形で倒していただければいいんですけど……今回の標的のブルードラゴンはちょっとレベルが違いますよ」

「あぁ、ここに来る前にたまたま見かけたが、かなりの手練だった。気配を消していたわたしのことに気づいたかもしれん」

「そうか………ん?」

 一瞬聞き流しそうになったトシムネだったが、その言葉のおかしさにきちんと引っかかると、ライバル兼同僚を押し退け、イグナーツに詰め寄った。

「今のはどういうことだイグナーツ……?」

「どうもこうも言った通りだが」

「狩りは明日からって話だろうが……!!」

「たまたまという単語を聞き流したのか?街を散策していたら、偶然トラブルに対処する奴を見かけたんだ。それともあれか?こんな初歩的な言葉の意味もわからないほど貴様は学がないのか?」

「……特殊工作部とは馬が合わねぇとは思っていたが……てめえとはとびきりだな!イグナーツ!!」

 感情が最高に昂ったトシムネは髪を逆立て、全身をみるみるうちに変化させ……。

「ストップ!ストップ!!ここで喧嘩してもしょうがないでしょ!!」

 一触即発の二人の間に、ここにいるには場違いに見える穏やかそうな男が割って入った。

「てめえ……!!」

「確かパーヴァリと言ったか?」

「その通りです。初めましてイグナーツ、トシムネ。ここは私の顔を立てて矛を納めてくれませんか。いい大人なんですから」

「わたしはそもそも相手になんてしてないよ」

「こいつ!」

「ステイ!ステイ!!っていうかホミさんもこの場を仕切るなら止めてくださいよ!!」

「あたしは荒事を見るのは好きでもやるのは嫌いだから、人事部に入った口なんで。むしろ今の状況にちょっとワクワクしてます」

「ええ……」

「お許しが出たな!!ブルードラゴンの前にてめえを血祭りに上げてやる!!」

「待って!わかった!いいことを思いつきました!イグナーツにちょっとしたペナルティを与えましょ!!」

「ペナルティなんて……ちょっと聞かせろ」

「ふぅ……」

 その言葉は荒ぶっていたトシムネを静めることに成功した。身体から力を抜き、視線をイグナーツから自分に移動したのを確認すると、パーヴァリは胸を撫で下ろしし、一息つく。

「それでペナルティってのは?」

「ええと、ここに来る前から考えていたんですが……ブルードラゴンに挑む順番を決めませんか?」

「順番?」

「はい。これだけの人数が思い思いに動けば色々と不都合が出て来ると思うんですよね」

「実際に今みたいなことが起きたしね~」

 この中で最も背の高い男マノリトは嫌味ったらしくそう呟くと、蔑んだ眼差しで一触即発の状態まで行ったバカ二人を見下した。

「対立が心配なのはもちろんコナーとモーノ以外は別の部署所属で連携もままならない。T.r.C総帥も駆除すべきなのはエヴォリストであり、罪のない市民を巻き込むべきではないと仰っていますし、ここは混乱を避けるために、順番を決めて一人ずつ当たるのがいいと思うんですよね」

「確かに……そちらの方が勝敗もわかりやすいしな」

 ナータンは眼鏡を上げながら同意を示した。

「おれもそのやり方には賛成だ。横から同僚に茶々入れられたら堪ったもんじゃねぇからな。だが、肝心のイグナーツへのペナルティってのは?」

「順番を最後にするってことでどうでしょう?ターゲットの情報や消耗を考えたら順番が早ければいいというわけでもありませんが、さすがに一番最後となると、ターゲットが倒されている可能性も高くかなり不利かと」

「いいじゃんいいじゃん!!」

「ワシらの活躍を指を咥えて見てろってことか!最高じゃの!!」

 同じ部署所属のコナーとモーノはそれなりに仲が良いらしく、肩が触れあうほど近くに寄って、楽しそうに笑い合う。

「では、イグナーツへのペナルティはこれで……」

「おい、黙って聞いていたら……わたしは罰を受ける謂われはないぞ」

「うっ……!?」

 鬼気迫るトシムネに責められても表情を崩さなかったイグナーツはあからさまに不服だと顔を歪めた。その迫力もまた超一流、パーヴァリは気圧された……が。

「どうなんだ?たまたまターゲットを見かけただけで罰せられるべきなのかわたしは?」

「あなたの言う通り見かけただけなら不当な罰でしょうね……」

「なら」

「ですが!気付かれたんですよね!?つまり奴は私達を認識した可能性もあるってことですよね!?」

「それは……」

「始まりはハプニングだとしてもあなたが軽率な行動で私達に不利益をもたらしたのは間違いありません!ですから、この程度の罰を受けるのは妥当かと!!」

「……わかった。甘んじてペナルティを受け入れよう……」

 だが、意地を見せてイグナーツを見事論破し、提案を受け入れさせることに成功する。

「ふぅ……というわけで勝手にルールを決めてしまいましたが、人事部的には大丈夫でしょうか?」

「ええ。T.r.C的にはブルードラゴン討伐してもらえればいいですし、無垢の市民への被害を抑えられるならば反対する理由はありません。オールOKです」

 ホミは口角を一ミリも上げずに固い表情のまま両腕で大きな丸を作り、了承した。

「んじゃこれで一件落着……じゃなくて、イグナーツ以外の奴の順番はどうするんだ?まさか殴り合いで決めようってんじゃないだろうな?」

「そんなことしたら今までの一連の流れは何だったんだって話でしょうに。ちゃんと考えてありますよ」

 そう言うと、パーヴァリは七枚のトランプ、スペードのAから7までのカードを取り出した。

「ここは公正に天に任せましょう」

「引いた数で順番を決めるのか……悪くねぇな」

「はい。言いだしっぺの私は最後に残ったカードでいいです。残り物には福があると言いますしね。皆さんも宜しいか?」

 パーヴァリの問いかけに皆は思い思いの仕草で「異議無し」と答えた。

「では、イグナーツは最後に決まったので7は抜いて……ホミさん、シャッフルしていただけませんか?」

「ええ。それ位のことならいくらでも」

 六枚のカードを受け取ると、ホミは五回ほど下から上にとカードを混ぜ、扇状に広げて差し出した。

「これで宜しいでしょうか?ご不満ならもう一度念入りに混ぜますけど」

「いや十分だろ。そもそもおれが一番引いて、速攻でブルードラゴンを狩るのは運命によって決められてるからな」

「はっ!どうだか」

 自信満々なトシムネを相変わらず嫌味ったらしいマノリトは鼻で嗤った。しかし……。

「てめえらが何と言っても運命は揺るがない……この通りな」

 トシムネはおもむろにカードを引き、他のメンバーに見せ付けた。スペードのAであった。

「マジかよ……」

「すげぇすげぇ!!」

「やるじゃねぇか」

 さっきまでと打って変わってマノリトは呆然とし、コナーとモーノはお見事と拍手で称えた。

「ふふん!だから言ったろ?おれは運命の女神に愛されているんだよ」

「何とアホくさい……」

「あぁん?」

「お前のことを言ったのではない。この順番決めのことを揶揄したんだ。例えどんな順番であろうと、自分以外に奴を仕留められる奴はいない。だからこんなものは無意味だ」

 辟易しながらナータンがカードを引く。スペードの3であった。

「三番目か……これで後ろの四人はくじ運が悪かった、もし自分が先に戦っていればと言い訳が立つな」

「へっ!言ってろ!」

「オイラも順番なんてどうでもいいのよね~」

「同じく」

 残った三人も次々とカードを引く。マノリトが4、コナーが6、モーノが5を引いた。

「では私が二番目ということで」

 最後に残った一枚をパーヴァリが引くと、当然描かれていたのはスペードの2であった。

「これで正真正銘一件落着ですね。ちなみにT.r.Cから今回のために特別製の自立型ジベとドローンを用意しておりますので、必要があれば遠慮なく仰ってください」

「おう!てめえらはカウマ観光でもしながらおれの勝利の報告を待ってな」

「ふん」

「そうなるといいね~」

「だな」

 トシムネ、イグナーツ、コナー、モーノの四人は話が終わるや否や散り散りになって倉庫から出て行った。

「それでは私達も……」

「おう」

 パーヴァリとマノリトもそれに続こうとした……が。

「少し待ってくれないか」

「ん?」

「あ?」

 ナータンに呼び止められ、歩みを止めた。

「まだ何か?」

「共同戦線……というわけではないが、少しだけ協力しないか?」

「協力?」

「あぁ。自分としてはこんなことを早く終わらせたい。けれど先ほどは偉そうなことを言ったが、実際には今回のターゲットがそんな簡単な相手じゃないことも嫌というほど理解している。正直七人全員で襲いかかっても勝てない可能性の方が高いと思う」

「……悔しいですけど、私も同意見です。ブルードラゴンは今までの奴とはものが違う……」

 パーヴァリはアスト覚醒態の姿を想像しただけで恐怖で身震いした。あれは手品紛いの術を使えるだけでいい気になっていた今までの奴とは違い、あれは本物の神に選ばれた超越者であると。

「んじゃどうするんだよ?七人がかりで無理ならこの三人が付け焼き刃の連携で挑んでも、勝率が上がるどころか余計に酷くなるだけだろうがよ」

「連携なんてしないさ。あくまでこれは競争だしな」

「じゃあ一体……」

「せめてこちらに有利なバトルフィールドに奴を誘き寄せたい。というかパーヴァリ、あんたはそのつもりだったんじゃないか?」

「なんでそれを!!?」

「この倉庫の仕掛けを見ればわかるさ。多分イグナーツの奴も気づいているぞ」

 ナータンはどこか自慢気に不敵な笑みを浮かべながら眼鏡をクイッと上げた。

「あなたのやろうとしていることは間違っていないし、自分にとっても利益がある」

「順番的に私の次ですからね……私が頑張ってブルードラゴンを消耗させるだけさせて負ければ、あなたにとっては最高でしょう」

「そういうことだ。だから黙ってあなたの戦いを見守ってもいいのだが……」

「最悪のパターンは私が何もできずに負け、万全のブルードラゴンと戦うことになること……だからそうならないように協力したいと」

「話が早くて助かるよ」

「引っかかるところがないわけではないが……了解した。無駄な労力を削れるならありがたい」

「交渉成立だな」

 ナータンとパーヴァリは固い握手を交わした。しかし、内心では相手に対する信頼など微塵もない。

「勝手に話がまとまった感じ出してるけど、オレのこと忘れてないかい?」

「忘れてなどいないさマノリト。お前のことはよく知っている……このT.r.Cにいるのは金のためだってこともな」

「ほう……」

「お前が欲しいのは、地位や名誉ではなく金……ならば別にこの競争に勝たなくてもいいだろ?」

「まぁな。オレが欲しいのは今回得られるものに伴う副賞でしかないからな」

「ならば自分かパーヴァリのどちらかが勝ったらその恩恵に預かる……それでもいいはずだ。もちろん我らが負けた後に漁夫の利を得ても構わんぞ」

「あんた、意外と話がわかるな。確かにあんたらが勝つにしても負けるにしてもおこぼれに預かれるなら断る理由はねぇ。むしろ願ったり叶ったりだ」

「ではこちらも……」

「OK。あんた達に協力するよ、いや協力させてもらいますよ」

 マノリトはすでに勝利を手にしたかのように楽しげに、満足げに微笑みながら顎を撫でた。きっと取らぬ狸の何とやらで、報酬で何を買うか何をするかを考えることで頭が一杯になってしまったのだろう。

「勝手に約束してしまったがいいよな?ミスターパーヴァリ」

「あぁ、彼のことも知っているなら、私のことも調べているのだろ?お察しの通り、私は金などどうでもいい」

「自分もだ。自分はただ……なんて語ってもしょうがないな。きっとせっかちなトシムネのことだ。試験が始まる明日、すぐ動くだろう。そしてブルードラゴンと接触したら、彼の周辺の警戒心も高まる」

「やはり奴を誘き寄せる策というのは……」

 良心の呵責からかパーヴァリは顔を曇らせ、目を伏せた。彼の考え通りならばナータンの策というのは……。

「こんな組織に属しながらも、まだそんな顔ができるか」

「人間性まで捨てたつもりはないのでね」

「どの口が言う。あなたが今の今まで何をしてきたか思い出せ。候補者の中で一番なりふり構っていない自分のことを」

「わかっているさ……!!」

 言われなくてもわかっていた。けれど実際に面と向かって指摘されると……心が痛んだ。

「ふん、それなら結構。明日までに覚悟が決まっていればいいさ」

「あぁ……結果として、私達のやることが最も血を流さない道だと信じて……」

「その意気だ。エヴォリスト以外に極力手を出さないのが秘密結社T.r.Cの社訓。しかし同時に世界を正すために小さな犠牲を厭わないのもT.r.Cだ。ましてやエヴォリストと仲良くする奴のことなどに気を遣ってやることなどない」

 彼らも、アストも、そしてその仲間達もまだ何も知らなかった。

 この決断がもたらす結末について何も……。


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