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No Name's Awakening  作者: 大道福丸
狙われたブルー
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プロローグ:狩る者、狩られる者

 とある国のとある図書館……。

「お疲れ様です『ウリヤノフ』さん」

「お疲れ。また明日」

 ここで働く司書の一人、ウリヤノフはいつもの如く業務を終えて帰路に着いた。

 もう一つの仕事がなければ、寄り道もせずにこの辺りでは最安値と言っても過言ではないアパートに真っ直ぐと帰る……今日もそのつもりであった。

「…………」

 けれど、その日の彼はいつもは曲がらない場所で曲がり、むしろ家から遠ざかるように歩き続ける。

 すっかり空が黒に染まった頃、たどり着いたのは人気のない駐輪場であった。

「いつまで隠れているつもりだ?出て来いよ」

「へへ……!」

 駐輪場の真ん中でウリヤノフがそう叫ぶと、身体を鍛え上げているであろう筋肉質な大男が不愉快なにやけ面を浮かべながら暗い闇の中から姿を現した。

「どこの組の者だ?それとも私が始末した人間の親族か何かか?」

「残念。そのどちらでもない」

「何……?」

 当てが外れたウリヤノフは思わず眉をひそめ、警戒心をさらに高めた。

「あんた個人に恨みなんかねぇよ。あんたのやっているセコいバイトにも興味はない。だが、死んでもらう。ひとえに……てめえがエヴォリストだから」

「貴様……まさか!?」

 全てを察し、顔を青ざめさせるウリヤノフとは対照的に、大男はさらに楽しそうに口角を上げると、高らかに名乗り始める。

「おれは秘密結社T.r.C第二戦闘部所属の『トシムネ』。世界をあるべき姿に戻すためにてめえを駆除する」

「やはり反エヴォリストのレイシストか……!」

「まぁ、ぶっちゃけおれはエヴォリストに対して差別意識なんてねぇんだがな。あくまで金と強い奴と戦いたいだけ」

「なんと浅はかな……そんな軽い気持ちで始末できるほどエヴォリストは、いや私は甘くないぞ!!」


ゴッ!ガギィン!


 ウリヤノフが意識を集中させると、停めてあった自転車がスタンドから強引に引き剥がされ、ふわふわと宙を舞った。

「ほう……これが噂のヒットマンのお力ですか」

「後悔するがいい!私に喧嘩を売ったことを!自身の無能さを!!」

 ウリヤノフが指揮者のように手を動かすと宙を舞う自転車は一斉にトシムネに四方八方から襲いかかった!


ガガガガガガガガガガガガギィン!!


 一瞬で大男の身体は自転車の塊に埋もれ、見えなくなってしまう。普通の人間ならば圧殺され、この世から去っているであろう一撃である。

「やったか……!?」

 なので当然ウリヤノフは全てが終わったと勘違いし、胸を撫で下ろし、険しい顔を緩めた。しかし……。

「何、終わった感じ出してんだよ」

「!!?」


バギィン!!


 自転車の塊が弾け飛ぶ!すると、そこにはさっきまでのトシムネの、大きく鍛えられていても決して人間の範疇を越えていない男の姿はなかった。

 中から出て来たのは、全身を毛で覆い、鋭い牙と爪を備えた古代にいたハイエナにも似た獣人であったのだ……。

「ブラッドビーストか……!?」

「イエス。どつき合いにはピースプレイヤーよりこっちだろ」

「そうか……それはそれは立派な心がけで」

「どうした?ニヤニヤしちゃって」

「君にだけは言われたくないな。私のことを値踏みするように楽しげに見ていた君には」

「で、その仕返しに逆におれの力を計っているのか。そしてブラッドビーストなら、遠距離攻撃できない相手なら自分の方に分があると思っての余裕……」

「そうだ!薬漬けのけだもの風情に神に選ばれた私が負けるはずがない!!」

 ウリヤノフが再び能力を発動。先ほど力任せに粉砕された自転車の残骸をまた浮かせた。重力に逆らい、金属の破片や歪んだタイヤが綿毛のようにトシムネの周囲を漂う。

「自らの力を誇示したのが仇となったな!折れたフレームが槍のようになっているぞ!狩りにはちょうどいい!」

「狩りに来たのはおれの方だろ。勘違いすんじゃねぇよ」

「はっ!ならばそう思ったまま死ぬがいい!差別主義者よ!!」

 ウリヤノフがけしかけると、彼の高ぶる心と呼応するようにさっきとは比べものにならない速度で残骸が射出された。

 本来ならばそれらがターゲットの全身をズタズタに切り裂き、貫き、絶命させる……はずなのだが。


ヒュッ!ヒュッ!ガァン!ガギィン!!


「な!!?」

 ハイエナ獣人はそれらを時に軽やかに回避し、時に爪や蹴りではたき落とし、身体中を覆う毛の一本にも触れさせることはなかった。

「確かに天然もののあんたと違って、おれはドーピングまみれの養殖ものだけどよ~」


ガギィン!!


「だからって劣ってるとは限らにゃい……ペッ!」

 トシムネは迫り来るフレームを鋭い牙で生え揃えた口で受け止め、噛み砕き、唾液と共にさらに破砕した欠片を吐き出した。

「くっ!!身体能力は伊達じゃないか……!!」

「念動力だけじゃ攻略できないぜ。切り札があるなら温存してないで出せよ」

「そうだな……ここで使わないでいつ使うって話だよな!!」

 ウリヤノフはエネルギーを両足と両腕に溜めた。そして……。

「はあぁぁぁぁっ!!」

 即解放!前方に力場を生成しながら、自転車やその破片ではなく、自分自身を弾丸として発射したのだ!

「へぇ、思ったよりバカみたいなジョーカーだな……嫌いじゃない!!」

 対するトシムネは両手両足を広げた。正面から受け止めるつもりだ。

「驕りが過ぎるぞ!けだもの!!」

「その言葉そっくりそのまま返すぜ!選ばれし者!!」


ドゴォン!!


「――がはっ!!?」

 凄まじいスピードで発射された大の大人一人分の質量を受け止めるのは、細胞単位で強化されたブラッドビーストでも無傷では済まなかった。骨にひびが入り、内臓が痛めつけられ、吐血する……。

「なんだと……!!?」

 逆に言えばそれだけのダメージしか与えられなかった。

 確実にこの一撃で仕留めるつもりだったウリヤノフは狼狽し、刹那思考と動きを止める。


ガシッ!!


「――ッ!!?」

「捕まえた……!!」

「しまった!!?」

 毛むくじゃらの腕で抱かれると、温かさよりも寒気がした。恐怖で背筋が凍り、また顔から血の気が引いていく。

「エヴォリストもピンキリだってのはわかっていたが……おれのターゲットも外れ能力だとはな……」

「ふざけるな!!私は神に選ばれた存在!お前らとは違うんだ!!」

「逃がすかよ!!」


グッ!!


「ぐうぅ!!?」

 手足をじたばたさせるだけでなく、全身から念動力を放出するが脱出できず。むしろ暴れれば暴れるほど余計に拘束を強めてしまった。

「無駄だ。自転車程度しか持ち上げられない力じゃ、おれの全力を振りほどけねぇよ」

「く!?くそ!!?」

「ストーンソーサラーに毛が生えた程度のくそスキル……そりゃあヤクザの使いっぱしりが限界だよな」

「私は!私は!!」

「もういい、黙れ!!」


ガブシュ!!ブシャアァァァァァァァッ!!


「――がっ!!?」

 ハイエナ獣人はその鋭い牙をウリヤノフの首筋に突き立てた。牙と皮膚の僅かな隙間からスプレーのように真っ赤な血飛沫が霧となって噴射される。このまま止めなければ失血死するのは必至。

 けれどそうはならなかった。なぜならすでにウリヤノフの息は絶えていたから。

 人間を遥かに超える咬筋力を誇るハイエナ獣人の顎によって、噛みつかれた瞬間に首の骨がへし折れ、その時点で即死していたのだ。

「弱いエヴォリストは味もいまいちだな。ペッ!!」

 トシムネは口を放すと内部に漂っていたウリヤノフの肉片や血を勢い良く吐き出し、さらにそれを隠すように本体を投げ捨て、上から被せた。

「ターゲットの駆除完了。これで試験は合格でいいんだよな?見てるんだろ?出て来いよ」

「はい。しっかり見てましたよトシムネさん」

 闇の奥から出て来たのは、どこにでもいるようなサラリーマン然とした男だった。

「相変わらず胡散臭いな」

 仲間ではあるが個性を押し殺したような見た目と、顔に張り付いた嘘臭い笑顔がトシムネはそいつのことが生理的に嫌いであったことを再確認して、思わず顔をしかめる。

「別にあなたに不快感を与えようとは思っていないのですが、気に障ったなら申し訳ありません」

「謝る必要なんかねぇよ。おれは他人にどうこう言える立派な人間じゃない。というか人間と呼んでいいかもわからないような奴だからな」

「ご謙遜なさらずに。少なくともこの世に蔓延るエヴォリストという害虫を駆除する上では、あなたはとても立派なお方ですよ」

「そりゃどうも。んで、話は戻るが試験は合格でいいんだよな」

「はい。このような素晴らしい結果、ワタシを始め、T.r.C人事部の誰一人文句は出ないでしょう」

「なら……」

「ですがあなたにとっては残念。T.r.Cにとっては喜ばしいことなのですが、先ほど他の候補者の方もターゲットを駆除したと報告が」

「『イグナーツ』はともかく他の奴もか?」

「はい。『ナータン』さん、『マノリト』さん、『パーヴァリ』さん、そして『コナー』さん、『モーノさん』も全員です」

「おいおい……ちょっとターゲットの選定が甘過ぎたんじゃねぇのか?」

「いえいえ、厳正に人事部長を含めて話し合いで決めたターゲット……難易度的には変わらないはずです」

「なら、おれの奴らへの見立てが甘かったってことか。実力的には劣っていても手段さえ選ばなければ、あるいは……気に食わんな」

 自分の美学に反する連中と一緒に審査されていることに苛立ちを覚え、自然と「ちっ」と舌打ちが漏れ出た。

「……それでこれからどうするんだ?みんな合格、良かったねって訳にはいかんだろ」

「ええ。ですので皆様には申し訳ありませんが追加で試験を受けてもらいます」

「今度のターゲットはもっとレベルを上げてくれ。できることならディオ教の支部長、もしくは『セイクリア』の“偉大なる11人 (グレイテスト・イレブン)”に選ばれるレベルの奴。でないと、また追加で試験することになるぞ」

「ご心配なく。次の試験は皆様にたった一つのターゲットを狩っていただきます」

「一つ……つまりそいつを誰が一番先に仕留めるかの競争か」

「はい」

「それなら今みたいなことにはならないか。つーか最初からそうしろっての」

「一応これは試験と同時に秘密結社T.r.Cの業務でしたから。害虫を七匹も駆除できて総帥もお喜びのはずです。そしてあの方をさらに喜ばせるために、次のターゲットは最上級の戦闘型……つまりあなたのお望み通り最も邪悪でしぶとい害虫です」

「ほう……今回みたいな似非ストーンソーサラーとは別物ってこったな。そいつは一体……」

「これです」

 人事部の男は懐からスマホを取り出し、操作し、画面に一枚の写真を映し出した。

 淡い青色の鱗に覆われ、金色の眼を輝かせる龍のような覚醒者の写真を……。

「次のターゲットはカウマの青い龍です」


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