エピローグ:寄生編
アドキンズ・バイオテックの本社ビルでの戦いから三日後、休講が続いていたカウマ大学が再開することになった。
「せっかくだからもうちょっと休みたかったな」
ベンチに座るアストは残念そうに呟くと隣に座っているコトネが呆れるように笑った。
「昨日まで暇だから、早く大学再開しろって言ってた人間の言葉とは思えないわね」
「それは……あまのじゃくっていうか、無い物ねだりというか、いざ大学来ると……ね?」
同意を求めるように首を傾げるが、やはりコトネは苦笑いを浮かべるだけだった。
「生憎ワタシはこう見えて真面目な優等生なんで、素直に再開は嬉しいわ」
「コトネさんはそうでしょうね。それに比べオレはダメな奴ですよ。はぁ……」
「そう卑屈になりなさんな。あんたはよくやったよ、ブリュウスト」
コトネの顔を覗き込むと、今度はアストが苦笑いを浮かべる。
「……やっぱりオレがエヴォリストだって知っていたんですね……」
「まぁね」
「どうやって?」
「実はワタシもエヴォリスト!嘘を見抜ける能力があるのだ!」
「そ、そうだったのか!?」
「ぷっ……」
「ははは」
おどけて手をニギニギさせるコトネにアストがひどい演技で乗っかると、思わず二人して吹き出してしまった。
「やるなら、もうちょいうまくやりなさいよ」
「コトネさんこそ。実はエヴォリストなんていきなり言われても」
「うーん、あんたなら騙せると思ったんだけど」
「どんだけピュアだと思ってるんですか、オレのこと」
「ピュアはピュアでしょ?危険を顧みず他人のために戦える奴なんて」
「戦えたのは純粋だからってわけじゃないですけど……オレの家族ですね?」
コトネは無言で頷いた。
「……冷静に考えれば下宿先に伝えてないはずないですよね……つーか、よくよく考えれば言わないとかすごい失礼!今まで黙っててすいませんでした」
「別にいいわよ。あんたが言わなかった理由もわかるしね。自分がエヴォリストだってバレたら、ワタシ達に迷惑かけるかもって思ったんでしょ?」
「世の中にはエヴォリストを嫌ったり、利用しようとする人もいるから、気をつけろってセリオさんが」
「賢明だと思うわ。実際にただの好奇心なんだろうけど、あの日からネットじゃブリュウストの正体について飽きもせず議論しているしね」
「サバンさんが騒ぎを治めるために、あれは政府の特殊エージェントだって発表したのが、逆効果になりましたね……昨日も電話で謝られました」
「確かに完全に火に油になっちゃったもんね、あの発表」
「ええ」
「こういう騒動からワタシ達を守りたかったんでしょ?」
「……ええ」
「一人で背負い込むなんて……あんたらしいわ」
「すいません」
「謝らなくていいって言ったでしょ。それよりも……」
「ん?」
「アストくん!コトネ先輩!」
コトネが顎を動かし、アストの視線を誘導すると、その先にはミナがこちらに手を振って歩いて来ていた。
「自分の力の影響のことを考えるなら、あんたはもっとたくさんの人を守ったことを誇りなさい。こうして一週間もしないうちに大学を再開できたのだって、死者や重傷者が出なかったおかげ……あんたがその力で勇敢に戦ったおかげなんだから」
「……はい」
アストは心の奥底で噛み締めた、コトネの優しい言葉を、目の前に広がるいつもの日常を。
「さてと……じゃあ、今日こそトヨシマ教授の講義……受けに行きましょうか?」
「はい!」
二人は立ち上がり、ミナの下に小走りした。そういつものように……。




