調子に乗っていこう
青龍は訝しみ、かつ警戒を高めながら、屋上に着陸した。
「この時を……オレがこの姿になることを待っていたというのか?」
「あぁ、そうだ。もう一度言う……君の負けだ」
そう淀みなく宣言するサイラスの姿は自信に満ち溢れていて、先ほどまでよりも大きく見えた。
「根拠のないハッタリ……ではなさそうだな」
「自分で言うのもなんだが、わたしは君が思っている以上に謙虚な人間だ。君のように特別な才能を持っている人間は素直にリスペクトしている。だから入念にシミュレーションを重ねてきた」
「その結果がこの形態のオレと戦うことか……」
「あぁ、その通りだ」
「今、再確認したぜ……あんたはバカだ!!」
今まで散々やられたことの意趣返しと言わんばかりに、サイラスの懐に一瞬で潜り込んだ!
「ウラァッ!!」
脚部の噴射口の向きを変更させ、強烈な蹴りを繰り出す!しかし……。
ガァン!!
「――なっ!?」
「ほら……シミュレーション通り」
蹴りはあっさりとサイラスの腕でガードされてしまう。その腕には今までよりも多くの金色のラインが走っていた。
「特別製のパラサーティオと言っただろ?電撃だけではなく、他の能力……硬質化なども付加されている」
「だから……どうした!!」
青龍は肩と背中の突起から水蒸気を噴射し、空中に浮遊しながら、連続で蹴りを放った!
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
「その言葉そっくりそのまま返すよ……それがどうした!」
けれどその全てをまた同じように腕で防御されてしまった。
「硬い……いや、それ以上にスピード重視なオレに対応できるということは……」
「そうだ……わたしはまだマックススピードを出していないぞ!!」
ブゥン!!
「くっ!?」
反撃のナックル!最短距離を最小限の動きで撃ち抜いた拳は龍の頬を掠めた。
「その形態は速度を高めた分に、パワーはそこまででないことはわかっている!つまり攻撃をガードされた時点でお前の勝機は消えた!さらにその自慢のスピードもわたしの方が上だ!わたしの!パラサーティオの勝利だ!!」
ガン!ガン!ガン!!
「くっ!」
今度は逆に青龍が両腕でサイラスの拳をガードした、してしまった。
「はっ!避けられないか!?やはりわたしの推測は合っていた!!」
「さっきからごちゃごちゃうるさいんだよ!!少し頭を冷やせ!!」
ブシュウゥゥゥゥゥ!!
「――ぐあっ!?」
スピードアストは脚の噴射口から水をサイラスの頭に浴びせかけ、さらにその勢いを使って拳の射程の外に離脱した。
「よし!この間に一旦……」
「逃がすか!!」
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
「ちっ!?」
手のひらからの電撃!通常の覚醒形態よりもスピードが上がっているので、当然回避はできた……できたが。
「もっと話をしようよ!ブリュウスト!!」
「!!?」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
「はっはー!!」
「――ッ!!?」
回避先に回り込まれて、再び連打を浴びる!逃げようにもサイラスはぴったりとくっついて離れてくれない!
「わたしの防御を破るためにパワータイプに変形しようとしているんだろうが、そんな隙など与えんよ!」
「この……!」
「まぁ、とは言えこんなに焦る必要などないのだがな……スピードからパワーへの直接の変形は不可、通常形態を挟まないとダメなんだろう?」
「お前!?」
思わず動揺が声に滲み出る。
「やっぱりか!!」
それを聞いた瞬間、サイラスは自分の正しさが証明されたことに表情を緩め、逆に攻撃は苛烈さを増した!
ガンガン!バリバリ!ガンバリバリ!!
「ぐうぅ……!?」
パンチだけではなく蹴りや電撃まで織り交ぜた連続攻撃に、スピードアストも致命傷を防ぐだけで精一杯だった。
「通常形態に戻るのに約5秒!そこからパワー特化形態に変わるのに約10秒!合わせて最低でも15秒!そんな時間、戦闘中に取れねぇわな!!させねぇわな!!これで完全に証明された!わたしの研究が、神の祝福を凌駕したことが!!」
もはやサイラスにとっては自身の勝利を疑わなかった。さっきまで饒舌だったアストが黙っているのも諦めたからだと思っている。
けれどそれはアスト・ムスタベという男を勘違いしている。彼はこの程度で折れるような人間ではない。幸か不幸か彼が巻き込まれた事件によって自分でも望んでなかったくらいに精神的にタフになっている。
(参ったな……まさかここまで対策を考えられているとは……となると、空中に逃げても何かされるだろうな……)
ガードの合間に金色の眼でどこまでも真っ黒な空を確認した。
(ドルーコのような飛行できるオリジンズを隠しているか、はたまたこいつ自身が飛べるのか……オレとしても慣れていない空中戦は避けたい。だとしたら残る選択肢は二つ……!)
アストは続いて自分の手を見て、力を込めた。
(なんとかしてパワー重視なオレに変形するか……もしくは通常形態に戻り、あの技を……奴が見たことない龍輪刃を使うかだ……!!)
自身の最大の必殺技を思い出し、アストは……震えた。
(あいつは通常形態に戻るのに5秒と予想していたが、実際は急げば2秒もあれば戻れる。そこから龍輪刃を造るのにまた2秒程度……それぐらいの時間はなんとかできるはず、必ず虚が突ける……が)
龍輪刃を食らい真っ二つになるサイラスの姿を想像し、思わず目を伏せてしまう。
「考え事か!」
「!!?」
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
「くっ……!?ぐあぁぁっ!!?」
一瞬の隙をサイラスは目敏く突き、電撃を繰り出した!しかし、かろうじてスピードアストは回避に成功……いや、僅かに掠め、全身に稲妻が走った!
「遺言なら早くしないと、間に合わないぞ」
栄光は自分のすぐ側まで迫っている……サイラスは浮かれ始めてさえいた。けれど……。
(何をやっているんだ、オレは!迷っている暇など……いや!迷う必要なんてないだろう!!)
実のところ今の電撃がアストの迷いを振り払っていた!彼に選択を決断させたのだ!
(龍輪刃を使うつもりなら最初から使えばいいだろ!今も!大学や公園の時も!それが一番簡単なんだ……殺してしまうのが、一番……だが、オレはその選択肢を真っ先に排除した!あいつに、あいつのようにならないために!!)
アストの脳裏に彼の運命を変えた最大最強の敵の顔が、アイル・トウドウの顔が過った。
(あいつは自分の大切なものを奪われないために、他者から奪う強さが必要だと言った。それが“生きる”ということだと……だが、結果奴は今、牢屋の中で裁かれるのを待っている……やっぱりそれじゃダメなんだ!!)
トウドウの顔が消え、次に彼の心に映し出されたのは、幼なじみやミナやコトネ達と過ごす何気ない日常の風景だった。
(奪われないためには……相手からも奪わない……少なくとも命は決して取らない……!それがオレの求める“強さ”!それを得るために鍛え続けて来たんだ!!)
「とどめだ!!」
アストの感情と覚悟が最高潮まで高まったのと同時に、サイラスが渾身のパンチを顔面に向けて放った!
(勝った!)
ズッ……
「……え?」
手応えをまったく感じなかった。肉が裂け、骨が砕ける感触を感じるはずなのに、まったく!何も!その理由は……。
「あれだけ見せられれば、嫌でも見切れるようになる」
アストがパンチに合わせて、身体をきりもみ回転させ、威力を殺したからだ!
(わたしの全力の一撃をいなしただと!?見切っただと!?バカな!わたしは完璧にお前のデータを……まさか!ドルーコの時、余力を残しているようだったから、70から80%のスピードしか出してないと判断したが、実際は……)
ドゴォッ!!
「――ろっ!?」
思考は強制的に中断させられた。青龍にきりもみ回転の勢いのままに側頭部に蹴りを入れられ、脳ミソを揺らされたのだ。
「考え事する時も、警戒は怠っちゃダメだぜ?まっ、所詮は素人ってことだ……な!!」
ドンッ!!
「――ぐあっ!?」
さらに蹴りを胸部に入れられ、突き飛ばされる。
「そういうオレもただの大学生なんだけど……って、言ってる場合じゃないか」
屋上の床をしっかり踏みしめると、アストは精神を集中させた。毎度お馴染みぶっつけ本番を成功させるために。
(奴が回復するまで、およそ5秒と仮定……その時間でやる!そのためには!!)
瞬間、アストの頭の中に旅行先で出会った紅き竜の言葉がリフレインする。
「謙虚と卑屈は別物だぞ。人生には“自分はすごい!”って、調子に乗ることが必要な時もある。根拠のない自信は時には大事」
「今がその時だ!調子に乗る!自分を信じる!オレはすごい!オレならなんとかできる!だから……直接変形!アウェイク!パワー!!」
脚や肩、背中の突起などが身体の中に吸収されていき、それが移動し上半身、特に腕部に集中する。
「やってやったぜ……!パワー重視なオレ!変形完了!!」
狙い通りきっちり5秒!アストは今までやったことのないことを初挑戦で見事に成功させた!
「まさか……!?そんな……!?」
朦朧としていたサイラスの意識もアストの推測通り5秒で回復。そして視界が明瞭になった彼が一番最初に目にしたのは、予想外の光景であった。
「先ほどのはブラフ……本当は直接変形できた……違う、今できるようになったんだ!だが、それなら!!」
肉体的にも精神的にも度重なる衝撃を受けたサイラス。しかし、逆に心が揺れ動かされ過ぎて、平静を取り戻した。
即座に今すべきことを自慢の頭脳で弾き出し、行動に移す!
「そっちがパワーで来るなら、こっちはスピード!!お前の攻撃など全て避けて、直接頭に電撃をぶち込んでやる!!」
サイラスは両手を広げ、帯電させながら、猛スピードで逞しすぎる姿になった青龍に飛びかかった!
「今度こそとどめだ!ブリュウスト!!」
ゴォン!!
「……がはっ!!?」
突然、腹部に衝撃が走る。何が起きたのかと視線を下げると脇腹に青龍の巨大化した拳が突き刺さっていた……噴射口のついた拳が。
「この形態の攻撃なら余裕で回避できると思ったか?確かにお前の推測通りスピードはからっきしだ」
「だった……ら……!?」
「けれど、それは移動の話……ハンドスピードには自信があるんだよ」
「な……!?」
「安易に接近するべきじゃなかった……な!!」
ガァン!!
「――ッ!?」
もう一方の拳で頭部を撃ち抜く!文字通り目にも止まらぬスピードでパラサーティオを殴り、ひびを入れた。
だが寄生虫よりも深刻なダメージを受けたのは宿主の方だった。サイラスの心は今の一撃で完全に折られてしまったのだ。
「ま、待て……降参だ……ブリュウスト……!」
プライドも投げ捨て、許しを乞う科学者。しかし……。
「ずっと言おうと思ってたけど、そいつは誰だ?」
「誰って……ブリュウストはお前の……」
「勝手に人がそう呼んでるだけだ」
「なら、お前は一体……?」
「お前のような奴に名乗る名前はない!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
「ぐぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
パンチ!パンチ!パンチ!
殴る!殴る!殴る!
滅多打ち!滅多打ち!滅多打ち!
ハイパワーアストラッシュ炸裂!上から下から右から左から、ありとあらゆる角度から強烈なナックルをお見舞いする!
「もう一発!!」
パワーアストは最後の一撃を放つために大きく振りかぶった!いや……。
「……必要ないか」
「キィ……キィィィィィッ!!?」
「……あっ」
ダメージに耐え切れずパラサーティオが断末魔を上げて砕け散ると、ただの人間の姿に戻りながら、サイラスは膝から崩れ落ち、泡を吹いてピクピクと痙攣した。
「ふぅ……今回もなるようになったな」
勝利を手にしたアストもまた元の人間の姿になって、夜空を見上げると、熱した身体を冷ますように風が吹いた。
「今日は夜風が気持ちいいな……」
こうしてアスト・ムスタベの手で事件は解決、サイラスの下らない復讐劇兼実験は幕を閉じたのだった。




