代弁
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
唸り声を上げながらデズモンドの鍛え上げられた筋肉が一回り巨大化する。それだけではなく肌の色が寄生したパラサーティオと同じく紫色で赤い血管が浮き出たような不気味なものに、つまり完全に人間とは別の存在に変貌したのだった。
「これが博士がオレに与えてくれた力だ……!」
「……意識があるのか?」
「当然。そもそもこれが人間が使う時の本来の仕様だ。理性を無くすのは、メルヴィン社長のように戦意のない奴を無理矢理戦わせる場合にだけ使う特殊モデルだ」
「なるほど……ね!!」
バババババババババババババッ!!
不意打ちの銃撃!マシンガンを召喚と同時に引き金を引き、無数の弾丸をのんきに語っているデズモンドに浴びせかけた!しかし……。
キンキンキンキンキンキンキンキン!!
「何!?」
弾丸は全て紫の皮膚に弾かれてしまう!
「パラサーティオは身体能力の強化だけでなく、新たな特性を付け加えることもできる。皮膚の硬質化……それがオレに寄生したこいつの能力だ……!」
デズモンドは自分の手柄だと誇るように大胸筋を張り、弾丸を防ぎ続けた。
「何が能力だ……!その程度なら防御重視のピースプレイヤーやブラッドビーストでもできるぞ!」
「フッ……そうだな。簡単に付け替えできる点はブラッドビーストよりも上だが、それならやはりピースプレイヤーを複数使いわけた方がいい」
「やっぱり欠陥品じゃねぇか!」
「だが、逆に言えばこうも言えるぞ……ブラッドビーストの驚異的な反射神経を持ちながら、ピースプレイヤーのように簡単に用途に応じて能力を使いわけられると!!」
「!!?」
再びデズモンドの背後から別のパラサーティオが現れる。今度のは紫色に青い血管のような紋様が描かれた個体だ。それが先の個体と入れ替わるように逃亡者の顔に覆い被さる。
デズモンドの身体を走っていた赤色の筋が青色に変わり、筋肉も収縮、いや凝縮され、まるで陸上アスリートのような体型へと変形した。
「これがスピードと反射神経に特化した寄生形態だ!!」
「!!?」
咆哮と共に床を蹴り上げ、弾丸の雨を掻い潜りながら、あっという間にビオニスハイヒポウの懐に入り込んだ!
「シャアッ!!」
ガンガンガンガンガン!!
さっきのお返しにとパンチの乱打を浴びせる!だが……。
「その程度の威力ではハイヒポウの装甲を貫けないぞ!!」
ピンクの獣のガードを割ることはできなかった。けれど、デズモンドは焦ることはない……それに対抗できる形態になればいいだけなのだから。
「わかってねぇな……だったらこうすればいいだろ!!」
再び赤い筋のパラサーティオを装着!筋肉が膨れ上がり、見た目に違わぬパワーを発揮する!
「喰らえ!!」
「わかってるんだよ!そいつを食らったら、ヤバいってことぐらい!」
ビオニスはガードを解いて、小刻みにステップを踏みながら後退、振り下ろされた拳は空を切った。
「ちっ!さすがに簡単にはいかんか!」
「見通しが甘過ぎるんだよ!お前は!だから借金した挙げ句、取り立てに来た奴を殺すなんてバカをやらかす!」
「うるせぇんだよ!!」
もう口では勝てないと悟ったのか、早々に話を切り上げ暴力に走るデズモンド!けれども、今回のラッシュも鈍重なハイヒポウに似合わぬ軽快な動きで全て躱していく。
(この程度ならどうにでもなるな。このままやり過ごしながら、隙をついてパラサーティオをひっぺがす……!)
勝利までの道筋を淡々と確認するビオニス。だが、それこそ見通しが甘いと言わざるを得ない。
デズモンドとサイラスの狂気は彼の予想を遥かに上回っていたのだ。
「くそ……!こうなったら“ダブル”だ!!」
「キィ!!」
「なんだと!?」
合図と共に青筋のパラサーティオが再び姿を現し、赤筋と入れ替わる……ことはなく同時にデズモンドへと寄生した!紫の身体に赤に加えて青色が走る!
「行くぞ!これがダブルパラサーティオの力だ!!」
「――ッ!?」
一瞬で眼前まで迫り、拳を振り上げるデズモンドの姿にビオニスは咄嗟に防御態勢を取る。しかし……。
「シャアッ!!」
ゴォン!!
「――がっ!!?」
今度のパンチはハイヒポウの全身の装甲に亀裂を入れ、吹き飛ばし、何らかの装置に叩きつけた!
(ぐっ!?肋骨がイカれたか……!たった一撃でこれとは……!ちょっとだけ見直したぜ、パラサーティオ……!)
痛みに耐えながらなんとか立ち上がるが、足下はふらつき、小刻みに震えるその姿はトラブルを抱えてしまったと吹聴しているも同然だ。
「どうした?まさかギブアップか?」
完全に自身の勝利を確信したデズモンドは悠々と話しかける。
「はっ!まさか……!高そうな機材を壊しちまってお前が後で怒られないか心配していたのさ……!」
「この期に及んで、まだそんな口を訊けるとは……本当はわかっているはずだぞ?決着はついた……と!」
「………」
「……ついに言葉出なくなったか。硬さと速さをかけ合わせた圧倒的な破壊力を目の当たりにしたら、そうなってしまうのも仕方ない」
「………」
「……おい」
「あっ!悪い、帰ったら朝飯何食おうか考えてた。何か言ったか?」
「……きっ!貴様ぁッ!!!」
勝利の余韻に浸るつもりが、懲りずに煽って来るビオニスにデズモンドは怒りを噴火させた!再度拳を叩き込むために足に力を入れる!
「泣いて許しを乞えば、見逃してやろうと思っていたが決めた!お前はここで殺す!!」
「挑発に弱すぎだろ、お前。だから、格闘家として大成できなかったんだよ」
「お前に格闘技の何がわかる!!」
「お前こそ戦いというものをわかっていない。窮地に陥ってるはずの奴が生意気な口を叩くのは、自棄になってるか、もしくは……その状況を打破できる手立てがあるかだぜ?」
「何!?」
「ハイヒポウ……解除」
ビオニスはピンクの愛機をサングラスに戻し外すと、懐から別のサングラスを取り出した
「それは……!」
「お前、さっき言ったじゃねぇか……ピースプレイヤーは用途に応じて使いわけられるってな!」
「ハイヒポウとは別のピースプレイヤーだと!?」
「いや!これもハイヒポウだ!えんじ色の獣の力を受け継ぐな!」
新しいサングラスをかけたビオニスは高らかにその名を叫んだ!
「『ハイヒポウBM』!!」
サングラスは光の粒子に分解、そしてえんじ色の装甲に再構築され、ビオニスの身体を覆っていく。
顕現した新たなハイヒポウは従来のものよりさらに力強く、逞しく、荒々しい姿をしていた。
「ベヒモスのデータを元に、それにできるだけ近づけるように強化改造されたハイヒポウ……って言ってもわからねぇよな」
「わかる必要はない……ちょっと武装を変えただけなら、今のオレに勝てるはずなどないのだから!!」
デズモンドは正直新たなマシンが代わり映えしなくて安心した。やはり自分の勝利が揺らぐことはないと確信すると、溜め続けていた足の力を解放して、飛びかかった!
「BMガトリング!」
ビオニスは迎撃のために左腕に装備されたガトリング砲を構え、躊躇することなく発射する。
バババババババババババババッ!!
「そんなもの!」
回転する砲口から次々と撃ち出される弾丸をデズモンドは先ほどのように正面から受け止めてやろうと、全身の筋肉に力を込めた……が。
バシュ!バシュ!バシュ!!
「な!?」
しかしハイヒポウBMの弾丸の破壊力は彼の予想を大きく上回っていた!自慢の硬質化した筋肉をいとも簡単に抉り、思わず足を止めてしまう。
「言うだけのことはあるか……!」
「このまま穴だらけにしてやるよ」
「されてたまるか!!」
デズモンドは身体を小さく丸め、左右に身体を振って、弾丸をできる限り避けながら、進んで行った!そして、その拳が届くところまで接近することに成功する!
「来たか」
「来たよ!やっぱ戦いの醍醐味は殴り合いだろ!」
「野蛮な!だが乗ってやる!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
科学の粋を集めた力を身に纏いながら、真逆の原始的な至近距離での殴り合いを始める!まさに一進一退、拮抗した打撃の応酬……いや!
「オラァ!!」
「ぐ、ぐうぅ……!!」
徐々にハイヒポウBMが押し始める!凄まじい密度と速度で撃ち出される拳に、デズモンドの手は勢いを失っていった。
「な、なぜだ!?なぜパラサーティオをダブルで装備したオレが押し負ける!?」
ジリジリと強制的に後退りさせられるデズモンドは今の状況がまったく理解できなかった。
ビオニスはそんな彼に、自称格闘家でしかなかった彼に心底呆れる。
「わからないのか?お前のパラサーティオと俺のピースプレイヤーのパワーはほぼ同等だ」
「なら……!?」
「だからこの結果は中身の差だ……お前は一介の戦士として俺に劣っているんだよ……!」
「なっ!?ふざけるな!!オレはデズモンド・ギャヴィストン!!格闘界の頂点に立つべき男だ!!」
「じゃあ、そんな腰の入ってないパンチ打ってんじゃねぇよ!!」
ガァン!!
「――ッ!?」
強烈なフックがデズモンドの顎に炸裂!あまりの威力にそのまま首が回転して、ねじ切れてしまうのではないかと錯覚する。
「お前の試合は捜査のために何個か見させてもらったよ。力任せのくそみたいな戦い方だった!!」
ドゴッ!!
「………がはっ!!?」
今度はボディーブロー!深々と突き刺さった拳はデズモンドの身体を“く”の字に曲げ、酸素を追い出した!
「最初はそれで通じていたかもしれんが、そのままでは上に行けなかった……ここで悔い改め、基礎を磨けばいいものを……ドーピングなんて一番楽で、一番くそな道に走りやがって!!」
ドゴッ!!
「――ッ!?」
お次はアッパーカット!項垂れていた頭がものすごい勢いで跳ね上がり、その中で走馬灯を流す。
街中で喧嘩していたところをスカウトされ、すぐにデビュー。そこから連勝街道を爆進したが、一度負けるとてんで勝てなくなった。トレーナーには練習をしろと、耳にタコができるくらい言われたが、デズモンドは一切聞かなかった。もし厳しい練習をしたのに負けてしまったら、もう二度とリングに上がれなくなってしまう気がしたから……。
だから練習の代わりにクスリに手を出した……。
「オ、オレは強いんだ!!」
怒りと矮小だが強固なプライドが闘争心を再び呼び起こした!残った力の全てを込めて拳を振りかぶる!
「そういうモーションが無駄だってこともわからないのかよ!!」
ガンガンガンガンガンガン!!
「――があぁぁッ!!?」
デズモンドの拳が振り下ろされることはなかった。その前に立て続けにハイヒポウBMのコンパクトに撃ち出された拳が彼の全身に襲いかかったからだ!さらに……。
「ドーピングでは飽き足らず!こんな虫にまで手を出して!!」
「「キィ!!?」」
ハイヒポウBMは両手で二匹の虫を掴み取った!そしてそのまま力を込めていく!
「潰れろ!害虫が!!」
「やめろ!オレのオレの力を取らないでくれ!?」
デズモンドはえんじのマシンの手首を掴み、必死に引き離そうとする……がびくともしなかった。
「これはお前の力じゃない!!こんな付け焼き刃のまやかしに頼っても、強くはなれない!!」
「今まさに新型のピースプレイヤーに頼っている奴にだけは言われたくない!!」
「それは……言わないでおくれよ!!」
ブチィィィィッ!!
「「――キィ!!?」」
「うがあぁぁぁぁぁぁっ!!?」
二匹のパラサーティオは同時に握り潰された!するとデズモンドは悲鳴を上げ、元の姿に……いや。
「………うっ!?こ、これがオレだというのか……!?」
デズモンドは張りと艶のある筋肉で武装していた偉丈夫の姿は見る影もなくなり、乾いて萎んだみすぼらしく弱々しい変わり果てた姿になってしまった。
「それが力の代償か……」
「だから博士は……ダブルはやめろと……」
「人の言うことをもっと聞くべきだったな」
「ぐうぅ……!!」
「せめて最後にファンの想いを受け止めてやってくれよ」
「ファン……だと?」
「あぁ、一発ぶちかましてやれ……パット」
「はぁい!!」
ハイヒポウBMの背後から拳を振りかぶった生身のパットが飛び出す!そして勢いそのままに、もはやガードする手を上げることもままならないデズモンドにおもいっきり撃ち込む!
「ファンのお気持ち代弁ナックル!!」
ドゴォッ!!
「――ガァ!?」
パンチはきれいに顔面を捉え、デズモンドの意識は一撃で夢の世界へと吹き飛んだ。
「10カウントは……」
「いらないですよ……つぅっ……!?」
カッコつけて親指を立てるパットだったが、もう一方の殴った手を痛さを追い出すように振っているので、いまいち決まらない。
「お前、俺が花を持たせてやったんだから、ビシッと決めろよ」
「すいません……でも、思いのほか痛くて……力み過ぎて変な角度で入っちゃったかなぁ?」
「まったく……で?下は?」
「あぁ、心配ありませんよ。ズミネスは順調に数を減らしていますし、メルヴィン達を生け捕りにしたリサ達が加わったので、時間の問題かと。唯一の失敗はあなたからデズモンドの映像と音声が送られてきた時に驚いて、その隙に自分が一発いいのもらっちゃったぐらいですかね」
パットは血の滲んだ唇の端をこれ見よがしに中指でタップした。
「そりゃ悪かったな。憧れの相手を見れば、やる気が出ると思って」
「別に責めてませんよ。むしろ中々めんどうな相手だったのに、わざわざ気を遣ってもらって感謝してます。まさか隊長がハイヒポウBMまで使うことになるとは」
「あぁ、これな」
ビオニスはえんじ色のマシンをサングラスに戻し、懐にしまった。
「ちょっと動かしただけで、ガス欠寸前だ」
「やっぱり特級のベヒモスを上級以下で再現するなんて、無理なんですかね?」
「とりあえず既存のマシンの改造なんて横着なんてせずに、一から新造すべきだな。まぁ、そのためのデータ取りの一番手がハイヒポウBMかもしれんが……ふぅ」
一息つくとビオニスはそのまま座り込んでしまった。
「アストの加勢には向かわないんですね?」
「今の俺……いや、万全だったとしても間違いなく足手纏いになる。今のあいつには半端な助けは邪魔にしかならないさ」
「じゃあ……」
「あとは祈るだけ……あいつが無事に帰って来ることをな」
ビオニスは心の底からそれを願い、天井を見上げた。そして……。
「やあ……会いたかったよ、ブリュウスト」
「オレもですよ、サイラス・ビーチャム……!」
デズモンドとの決着を時と同じくして、ビルの屋上で青龍と白衣の男がついに相対したのだった……。




