寄生ビル
「うーん……嫌な感じビンビンだな」
ビオニスは眉間にシワを寄せ、苦笑いをしながら、夜の闇に佇むアドキンズ・バイオテックのビルを見上げた。
「今日は急遽全社員休みになったというので、ビルを調査したいとメルヴィン社長に連絡しようとしたのですが……」
「一向に繋がらない……というより、社長は完全に行方不明です」
アフロの背後に待機していたリサとパットが今までの経過を隊長に報告する。その後ろにはさらに多くの部下が控えている。
「俺の勘がもう強行突入しかないって訴えてるんだけど……お前はどう思う、アスト?」
「オレですか……?」
急に話を振られてアストは戸惑う。正確には普通に話を振られていることに戸惑っている。
「あの……今さらなんですけど……オレが一緒に来て、良かったんでしょうか?」
「ん?来たくなかったのか?」
「いえ!この件に関してはオレは当事者なんで、来るなと言われても行くつもりでしたけど……」
「なら、いいじゃねぇか」
「そうなんですけど……ビオニスさんならここからはプロの仕事だ!……とか言って、許さないと思ったんです」
「確かに以前のままならな……」
ビオニスは険しかった顔を崩して、アストの肩に手を軽く置いた。
「初めて会った時のなし崩し的に事件に巻き込まれ、力を手に入れたお前のままだったら、ついては来させなかった。だが、今のお前は力不足の俺を助け、トウドウと戦い、その後も色々と経験し、自分の力と向き合った……だから、大丈夫かなって」
「ビオニスさん……!」
アストは思わず泣き出しそうになった。いきなり手に入れた力はあまりにも大き過ぎて、押し潰されそうになったこともあった。それでも逃げ出さずに自問自答を繰り返し、黙々と鍛錬を続けていた努力がようやく報われた気がした。
「ただ自分の命を一番大事に。命を懸けるのは俺達の仕事だ。まぁ……ぶっちゃけ今のお前はピンキーズが全員がかりでかかっても勝てないかもしれないぐらい強いからな……俺が心配するなんておこがましいんだけどさ」
「それはさすがに買いかぶり過ぎですよ。けど、オレの心配するなら、こいつらを……」
アストはちらりと自分の隣にいる幼なじみを見た。
「あぁん?おれだってお前に負けないぐらい強くなってんだぞ!オラ!」
「メグミはこう言ってますけど、いざとなったら引き摺ってでも二人だけで逃げるつもりなんで、お構いなく」
「ウォル……お前、情けないことを……」
「そういう約束で連れて来てもらったんだから。約束は守らないと」
「それはそうだけどよ……」
最初の威勢はどこに行ったのか……メグミはしょんぼりと肩を落とした。
「まだアストと並ぶには足りないってことか……」
「残念だけど、それが現実だよ」
「それを受け入れられているお前らはきっと強くなるよ」
「ビオニスさん……」
「でも、今日はリサとパットから離れるな」
「「はい!」」
ウォルとメグミは背筋を伸ばし、ビオニスに敬礼した。
「んじゃ、話を戻して……俺の勘が強行突入しろって言ってるんだが……?」
「オレの勘も同じです。なんかあのビルヤバい気がします」
アストもビルを見上げるとゴクリと唾を飲み込んだ。
「決まりだな……ピンキーズ!戦闘態勢に移行だ!」
「「「はっ!ハイヒポウ起動!!」」」
隊長の命に従い、リサとパットを含む部下達は一斉にお揃いの機械鎧を装着した。
「俺も……ハイヒポウ!行くぞ!」
ビオニスもまたサングラスの真の姿を解放する!部下達と同じ、だが彼の趣味でド派手なピンクに塗られ、タトゥーのような紋様の描かれた特別製のハイヒポウをその身に纏う!
「ぼく達も!」
「おう!」
「イクライザー!!」
「ゴウサディン・ナイティン!!」
さらに続いてウォルとメグミも愛機を装備!そして……。
「アウェイク……オレ!!」
満を持してアストが青き龍の姿へと変わる!
こうしてアドキンズ・バイオテックビルの前に一体のエヴォリストとピースプレイヤーの軍団が集結した。
「それでは……気を引き締めて行くとしますか!」
「「「おう!!」」」
猛々しい声とは裏腹に一行はゆっくりと、息を潜めるようにビオニスハイヒポウを先頭にビルに進んで行った。
「ん?」
入口の前まで来ると、ドアが一斉に開いた。早く入って来いと急かすように……。
「俺の勘当たって欲しくなかったが……当たっちまったな」
「ですね……」
「よし……チフユ、お前らは外で待機だ」
「了解」
ハイヒポウの何体かが集団から離れ、入口を囲むように展開する。もしも“何か”がビルから出てきた時にすぐに対応できるようにだ。
「俺達はこのまま行く……準備は?」
ビオニスが振り返っても、誰も返事をしなかった。溢れ出す闘志の前にそんな必要ないからだ。
「万端ってわけね。我が部下ながら心強いったらありゃしない。なら俺も躊躇しない!!」
ピンクの機械鎧が一番にビルに侵入。あとからなだれ込むように、同じ形のマシンとおまけの三人も突入する。
「これはまた豪華なエントランスだこと」
「事前で確認したパンフレットの通り……いや、電気がついていないので、不気味な印象を受けるな」
「おもてなしするなら料理の一つや二つ用意しておいて欲しいな」
軽口を叩きながらパット、リサ、ビオニスは暗視モードを起動しながら周囲を見渡す。すると……。
ガサッ……
「隊長……今、既視感のあるものが視界を横切った気がしたんですけど……」
「俺の方も見えた……あれは……」
「「「チュミイィィィィィィン!!」」」
「「ズミネスだ!!」」
どこからともなくパラサーティオに寄生されたズミネスが大量に湧いて来る!あっという間に一行を取り囲んでしまった。
「チュミィィィン!!」
一匹のズミネスが先陣を切って、先頭のピンクに飛びかかる!
ザンッ!!
「もうお前と遊ぶのは飽き飽きなんだよ……!!」
しかし、ビオニスは一瞥もせずに召喚したナイフで真っ二つに切り捨てた。
「下水道の一件で、ズミネスはパラサーティオの負担に耐えられないことがわかっている!手遅れだから、容赦なんてする必要はない!!」
「言われなくても……!」
「元々こいつら害獣じゃないですか!!」
バババババババババババババッ!!
「チュミィィィ!!?」
ハイヒポウ達もナイフや銃を召喚し、次々とズミネスを駆除していく!しかし……。
「チュミィィィィィン……!!」
ズミネスは一向に減る気配がない。むしろ倒せば倒すほど増えている気さえする。
「埒が明かないな……!」
「隊長」
「どうした、プリング?小便か?」
「いえ、事前に済ませておいたので大丈夫です」
「冗談はさておき……何かいい案を思いついたのか?」
「いいかどうかはわかりませんが、ここでズミネスを相手にみんなで仲良く消耗してもしょうがないかと。サイラスもしくは彼の研究データを押さえることを優先すべきです。そうすれば更なるパラサーティオの弱点もわかるはず……隊長達は先に進んでください」
「だな。みんな聞こえていたな!!」
「「「はっ!!」」」
ハイヒポウの軍団はズミネスを切り裂き、撃ち抜くことを続けながら、返事をした。
「本当に頼りになる部下達だよ。プリング!」
「はい!」
「ここはお前に任せる」
「承知しました」
「リサ!パット!あとアストは俺について来い!!」
「「「はい!!」」」
「よし!目指すは上の階!研究ブロックだ!!」
向かって来るズミネスを斬り伏せながら、ハイヒポウは止まったエスカレーターを駆け上がった!それに呼ばれた三人とおまけの二人が離れずについていく。
「ん?ウォルとメグミ……お前らも来たのか?」
「いや、ビオニスさんがリサさん達から離れるなって言ったんでしょ?」
「あぁ……俺のミスか……やっぱり置いて来るべきだったな」
「もう遅いですよ」
「そうそう。今から戻れって方が危な……」
「ウゥゥゥゥゥッ……!」
「「「!!?」」」
エスカレーターの先で待ち構えていたのは不気味な唸り声を上げる寄生された三人の人間だった。リサはすぐさまデータを確認する。
「……データ一致。メルヴィン社長とそのボディーガードです」
「飼い犬に手を噛まれたってわけか」
「あれが大企業のトップの末路とは……情けない……!」
アストは心の底から侮蔑するように吐き捨てた。
「俺個人としては、このまま放置して野垂れ死ぬことになっても一向に構わないが、政府の犬としては見過ごせないな。リサ、パット、ついでにウォルとメグミ!ここはお前らに任せる!!」
「おれ達はついでかよ!!」
「そうだ!ついでだ!だから無理だけはするなよ!」
「メグミはともかくぼくはそのつもりですよ」
「ならばよし!話を聞きたいから、できるだけ生かして捕まえろ!できるだけな!」
「「はい!!」」
命令を聞き終えるとリサとパットとついでの二人はビオニス隊長とアストの盾になるようにフォーメーションを取った。
「アスト!俺達は先を急ぐぞ!!エレベーターは止まってるだろうから、階段でな!!」
「はい!こんな茶番劇、とっとと終わらせましょう!!」
「その意気だ!」
桃色の機械鎧と青い龍は颯爽とビルの中を駆け抜け、発見した階段をひたすらに登った。
「エントランスでズミネスの群れが出てきた時は、ビル自体が寄生されてんじゃねぇかと思ったが……」
「最初だけでしたね。全戦力、一階周辺に集めていた……だったらいいんですけど」
「そうじゃないと?」
「サイラスはオレに目を付けて、わざわざヤーマネをけしかけてきた……だとしたら……」
「誘いか……」
「多分」
「まぁ、本人に聞いてみるのが早いさ。研究エリアに到着だ!」
ビオニスはマスク裏のディスプレイを確認しながら、目的地に足を踏み入れた。もちろん周囲への警戒は怠らずに。アストもそれに続く。
「ここの階にサイラスが……」
「いたらいいが……どうなんだ?」
「それ、オレに訊いているんですか?それともこそこそ隠れてこちらの様子を伺っている奴にですか?」
「後者だよ。聞いての通りバレバレだから出て来い!」
フロア一帯にビオニスの声が響き渡る。そしてそれに応え、今まで逃げ隠れていた男が姿を現した。
「さすがだな、ビオニス・ウエスト」
「俺の名前を知っているのか?……って、お前デズモンド・ギャヴィストンか!?」
出て来たのは、まさかの追い続けていた逃亡犯!これにはビオニスも驚きを隠せない。
「そうか……合点がいったよ。お前を見つけられなかった理由、そして科学者や会社員にはないプレッシャーがこのフロアに充満している訳がな……!」
「やはり気配で博士ではないと、バレてしまったか。オレの全身から溢れ出るオーラが仇になったな」
デズモンドは自分に酔いしれるように額に指を当て、首を横に振った。しかし……。
「俺が感じ取ったのは、ゲロ以下のクズの匂いだけどな」
「ほう……!!」
一瞬でデズモンドの顔から笑みが消え、空気が張り詰める。逃亡犯の中で、センスの悪いピンクの追跡者が、ただの鬱陶しい間抜けから絶対に倒すべき敵へと変わった。
「適当にあしらって、バックレるつもりだったが、気が変わったよ……!」
「そういう短絡的なところがお前の駄目なところだ」
「言わせておけば……!!青いの!!」
「えっ!?ここでオレ!?」
いきなり流れをぶった切って話を振られた青龍は戸惑うことしかできなかった。
「安心しろ、オレはお前と戦う気はない」
「じゃあ……」
デズモンドは天井を指差した。
「屋上で待っている。公園の続きをしよう……それが博士からお前への伝言だ」
「屋上……!」
アストはデズモンドの指の先に夜風に白衣を靡かせ、醜悪な笑みを浮かべるサイラスの姿を幻視すると、沸々と闘志が湧き上がった。
「ビオニスさん!」
「あぁ、行って来い!繰り返しになるが言わせてもらうぜ……今の強くなったお前なら大丈夫だ」
「はい!すぐに終わらせて戻ってきます!!」
アストはビオニスに背を向け、再び階段を駆け上がり、一人決戦の場所に向かった。
青龍の姿が見えなくなるのを、肩越しに確認すると、桃色のハイヒポウは構えを取る。
「これでこのフロアは二人っきり……おもいっきりやれるぜ、デズモンド」
「てっきり構わず二人がかりで向かって来ると思ったが……国にへーこら従っている奴は律儀だねぇ……」
先ほどの意趣返しにと、ビオニスを煽るデズモンド……だったが。
「律儀とかじゃねぇよ。ただお前みたいな汚いくそ野郎の相手をしなきゃいけない可哀想な奴は俺一人で十分だと思っただけさ」
「こいつ……!どこまでも生意気な……!」
逆に煽り返され、額に血管を浮き上がらせる。誰がどう見ても言葉での戦いはビオニスの勝利だ。
「その減らず口……二度と叩けなくしてやる……!!」
「そのままか?それともピースプレイヤーか?」
「はっ!パラサーティオに決まってんだろ!!」
「だよな」
デズモンドの背中から今までとは少し違う赤い血管のような模様が浮き上がったパラサーティオが這い出て来て、そのままデズモンドの顔に覆い被さった。




