帰って来た狂気
謎の生物に寄生されたオリジンズと二度の戦闘を行った翌日の昼過ぎ、アスト達は当初の約束よりも遅れて、オールダム教授に会うため、イフイ工科大学にやって来ていた。
「ったく……来るなつったり、やっぱ来いって言ったり、どっちなんだよ」
メグミはポケットに手を突っ込み歩きながら、不満を呟いた。
「仕方ないよ。ファミレスで話した時は、あの謎の寄生生物を生け捕りにできるなんて思ってなかったんだから」
「それは……わかるけどよ……」
「そもそも絶対に来てくれって言ったわけじゃないんだから、嫌なら断っても良かったのに」
「いや!昨日の公園でおれも完全に当事者だからな!その選択肢はねぇ!」
「だったら文句を言わない」
「……はい」
ウォルに宥められるメグミ。その横ではアストが真剣な顔で考え事をしている。
「アスト君も約束が二転三転して不満ですか?」
「いや……朝一でオールダム教授のところに届けられたんだよな、あれ?」
「昨日のビオニスさんの話の通りなら、そうなるね」
「で、検査のため今日は無しって話になったのに、今……昼過ぎに来てくれってことは、もう解析とか終わったのかな?……って」
「普通に考えたら、さすがに早過ぎるけど、調べているのはカウマ随一のオリジンズ研究者オールダム教授だからね。きっと元々心当たりがあったんじゃない?」
「ビオニスさんに話を持ちかけられた時点で、この寄生生物の正体に勘づいていた……」
「まぁ、そんなところだね」
「そうです……か!!?」
馴染みのない声に一同は足を止め、一斉に振り返る!するとそこにはダンボールを抱えた白衣の男が立っていた。
「オールダム教授!?」
「やあ、あの時以来だね、ナンジョウくん」
「はい。またこんなすぐにお会いすることになるとは……」
「できることならもっと別の形で再会したかったね」
「まったくです」
二人はお互いの顔を見合い、苦笑いをした。
「それで君達が……アストくんとメグミくんだね?」
「はい。シニネ島の件……その節はどうもありがとうございました」
「した!」
二人は深々と頭を下げ、最大限の感謝を表した。
「いやいや私は当然のことをしたまで……それよりも助手が迷惑をかけたね。私がしっかり目を光らせていれば、あんなことに……すまなかった」
オールダム教授もあの冤罪事件を謝罪するために頭を下げた。
「教授が謝ることでは……」
「いや、私が……」
「いえいえ、オレは別に……」
「いやいやいや、やはり私が……」
「はいはい!ストップ!」
このままだと悪い悪くないの話が延々堂々巡りになると思ったウォルが手をパンパンと叩いて強引に話を打ち切った。
「アストも教授もその話は今日の本題が終わってからしてください」
「……だな」
「あぁ、確かに……お客様も待たせてるし、早く私の研究室に行こうか?」
「はい」
一行は移動を再開……と言っても、一分も経たないうちに目的地にたどり着いたが。
「ここが私の研究室だ。まぁ、見ての通りの惨状……先ほど話した一件で壁に穴が空いて、今は使ってないんだが」
研究室の壁は今オールダム教授が持っているダンボールと同じもので雑に塞がれていた。
「すまないが、誰かノックしてドアを開けてくれないか?」
「では、おれが……」
メグミは妙に優しい手つきでオールダムと名札のついた扉をコンコンと二回叩いた。すると……。
「オールダム教授?それとも……?」
中から聞こえて来たのは女性の声であった。アスト達がよく知る、イフイ第二ピースプレイヤー特務部隊のクールビューティーの声だ!
「「「リサさん!!」」」
「君達か。久しぶりだな」
メグミが勢いよくドアを開けると、なだれ込むように三人は入室し、かつてお世話になった美女と再び対面を果たした。
「リサさん、またお会いできて嬉しいです」
「ワタシもだよ。三人とも逞しくなったな」
「「「いやぁ~」」」
幼なじみ三人組は仲良く照れ隠しに頭を掻いた。
「まさかリサさんとお会いできるとは」
「てっきりまたアフロの隊長だと思っていたからね」
「その隊長がこういうのはワタシの方が向いていると。まぁ、単純にめんどくさかっただけかもしれんが」
「どっちもじゃないですか?」
「そうだな……あの人ならきっと両方だな」
リサの頭に「その通りだ!」と満面の笑みを浮かべるアフロの大男の姿が過った。
「挨拶は終わったかい?なら、さっさと面倒事を片付けようか?」
いつの間にか中央にある長テーブルに腰をかけ、人数分のコーヒーまで淹れ終わっているオールダム教授がからかうように問いかけた。
「こ、これは失礼なことを!頼み事をしておきながら、面倒などと……!」
いつものポーカーフェイスを崩し、頭を下げながらリサは慌てて、教授の対面に座った。残りの三人も彼女の珍しい一面に笑いそうになるのを必死にこらえながら、彼女と横ならびに椅子に腰かける。
「気にする必要はないよ。そもそも故郷を脅かすアンノウンについて調べるなんて、面倒に決まっている。そんなことしなくていい、必要がないのが一番なのだから」
「……ですね」
「というわけで、早くこの騒動を終わらせようか……と。これを見てくれるか?」
オールダムは傍らに置いたダンボールから、紙を一枚取り出し、テーブルの上に出した。
「これは!?」
「昨日、おれ達が捕まえたあの寄生虫の……」
「設計図!!?」
紙に描かれていたのは、あの紫の生物とよく似たもののイラストと、それをどう造るかの説明であった。
「これは一体……」
「私の同期、『サイラス・ビーチャム』が研究していた『パラサーティオ』の資料だよ」
「パラサーティオ……教授がさっき心当たりがあるって言っていたのは、このことだったんですね?」
「あぁ、実はビオニス隊長から話を聞いた時にはもしかしたらと思っていたんだが、確証を持てるまで言うべきではないと思ってね」
「では、今こうして話してくれたのは……」
「君達が捕まえたアレを調べて……間違いない……と」
穏やかだった表情が一変、オールダムは苦虫を噛み潰したような険しい顔をしながら、新たにダンボールから写真を出した。それは白衣の男達の集合写真だった。
「これは学会に行った時のもので……この男が、私の隣に映っているのが、サイラスだ」
オールダムは写真の端っこに映っている一人の男を指差した。
「この不機嫌そうな男ですか?」
「不機嫌そうじゃなくて、不機嫌だったんだ。この時、サイラスはめたくそに叩かれていたから」
「……パラサーティオのせいですか?」
リサの問いに無言で頷いて肯定すると、オールダムはコーヒーを一口含んで、喉を潤した。
「初めは善意……だったと信じたい。あいつはパラサーティオによって、人々が幸せになると思っていたんだ」
「この寄生虫で……?」
メグミは思わず顔をしかめ、気持ち悪がった。
「普通はそんな反応になるだろうな。例え、このパラサーティオを量産し、人間に寄生、肉体を強化または新たな能力を付加することができれば、ピースプレイヤーよりもコストが浮くと説明されても」
「確かにピースプレイヤーを作るためには、遠征で素材取ったりと、色々面倒ですけど……だからといってこのパラサーティオを人間になんて……副作用とかヤバそう」
「学会に出てた研究者も同じ懸念を持っていた。安全性は確保できているのかと……だからこぞってサイラスの研究を否定した。特に苛烈だったのが、ここに映っているトヨシマ教授だな」
「トヨシマ……トヨシマ教授だって!?」
その名前を聞いた瞬間、アストは写真に覆い被さるように顔を近づけた。
「本当だ……今より若いけど、トヨシマ教授だ……」
「カウマ大学を襲ったのは、その時の復讐だろうね」
「そうだったのか……オレが狙われていたわけじゃなかったのか……」
アストは心の底から安堵した。実は昨日の夜にヤーマネに襲撃されてから、そのことで頭が一杯だった。
「この後、自分の研究の正しさを実証するため、サイラスは許可が降りてない人体実験を強行……する直前で見つかり、カウマの学会を追放された」
「そして復讐のために戻って来たわけですね。そんな下らないことのために知識を使うなんて……はた迷惑な奴……!」
自分自身様々な研究をしてきたからこそ思うところがあるのか、ウォルは珍しく怒りを露にした。
「最初は確かに復讐が目的だったろうが……」
「今はアストをターゲットにしていると考えるのが妥当でしょうかね」
「あぁ……カウマ大での戦いを何らかの形で観察していて、興味を持ったのだろう」
哀れむような目をオールダムとリサがアストに向けると、彼は力強い眼差しで見つめ返した。
「それならそれでいいです。他に迷惑がかからないように立ち回ればいいだけですから」
「だが、それでは……」
「大丈夫!全部返り討ちにしてやりますよ!」
アストはビシッと親指を立てた。
「その心意気は立派だが、少し消極的だな」
「その通りなんですけど、サイラスの居場所がわからないなら受け身になるしか……」
「わかるよ」
「そうですか……わかるんですか……えっ?」
「「「えっ?」」」
「わかるんです!」
皆の視線を一身に集めたオールダムは誇らしげに胸を張った。
「パラサーティオは安全性だけでなく、もう一つ大きな欠点があった」
「もう一つの欠点……?」
「特殊な薬剤を適宜投与しないと、24時間で泡になって死んでしまうんだ」
「一日だけって……短過ぎんだろ」
「だから否定された。寄生状態なら、もうちょっと長持ちするが、それは宿主から栄養を奪った結果であり、最終的には両者とも衰弱して死んでしまう。だったら時間が経てば自己修復、エネルギー充填してくれるピースプレイヤーの方が手間もかからんし、パラサーティオの売りにしてたコストの面でもトータルでは安上がりになるだろうって……当然の帰結だ」
「それで諦めればいいものを、正論叩きつけられたサイラスは逆ギレ暴走しちゃったってわけね。タチが悪いったらありゃしない」
ウォルは呆れてそれ以上何も言えなくなった。
「本当にどうしようもない奴だよ……で、先ほど君たちが氷漬けにしたパラサーティオを調べてみたら、やはり現在進行形で細胞が崩壊していた」
「では、未だ欠点は解決できていないと?」
「あぁ、だから私が知らない輸送方法でもない限り、このカウマ周辺で製造されていると見るべきだろう」
「では、そのパラサーティオを製造できる施設を順番に当たって行けば、いずれサイラスに当たる……というわけですか?」
「そういうことだよ、リサさん。パラサーティオを作れる施設はこの辺りでは三つ。一つはここイフイ工科大学」
オールダムは人差し指でコンコンとテーブルを叩いた。
「それはあり得ない……ってことでいいんですよね?」
「もちろん。そんなことをしていたら、私が気づくし、仮にサイラスに秘密で施設を提供していたら、こんな話をするわけない」
「つーことは残り二つか……」
「いや、もう一つはカウマ大だ」
「うちですか?」
「あぁ、だがこれも同じ理由で無い。トヨシマ教授のお膝元では、好き勝手できない」
「じゃあ……」
「残るは一つ……新進気鋭の製薬会社『アドキンズ・バイオテック』だ」
オールダムの推理は見事に的中していた。彼らが話している同じ頃、アドキンズ・バイオテック自社ビル内にある研究室でサイラス・ビーチャムはとある人物と対峙していた。
「会社のトップというのはやることが派手ですね、『メルヴィン・アドキンズ』社長。昨日の騒ぎを理由に、急遽今日一日全社員休みにしてしまうなんて」
「派手なのは君の方だろ、サイラス・ビーチャム……!!」
屈強なボディーガードを引き連れたメルヴィンは怒りでわなわなと震えていた。かろうじて組織の長というプライドが感情の爆発を防いでくれているといった感じだ。
一方のサイラスはというと、対照的にとても楽しそうに椅子でくるくると回った。
「それにかなりご機嫌なようで……!」
「ええ、わたしのパラサーティオの優位性を示すためのぴったりな対戦相手が見つかったんですよ」
彼の頭にはもはやかつて自分をこきおろしたトヨシマの存在はなく、青い龍で埋め尽くされていた。
「それは良かった……といいたいところだが、君と、君が愛して止まないパラサーティオにはすぐに消えてもらう……!」
その言葉を合図にボディーガード達は懐から拳銃を出し、サイラスに照準を合わせた。
「いきなりですね……わたし何か気に障ることをしましたか?」
「あぁ!しましたとも!!パラサーティオはもっと完成度を高めた上で、裏社会御用達の『ヴァレンボロス・カンパニー』に卸すつもりだったのに!!貴様が先走ったせいで、計画は台無しだ!」
「いいパフォーマンスになったと思ったんですが」
「やるんなら、もっと別のところで!私の許可を得てからやれ!きっとすぐに警察がここを嗅ぎ付ける……その前に証拠を……」
「その前におもてなしの準備をしないとね」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!!?」
「う、うわあぁぁぁっ!?」
「!!?」
突如、背後から悲鳴が聞こえ、メルヴィンは反射的に振り返る。そこには……。
「パ、パラサーティオ……!?」
ボディーガードの顔に不気味な紫の虫が張り付いている世にもおぞましい光景が広がっていた。
「仮面舞踏会と洒落こみましょうよ、社長。あなたにもとびきりのマスクを用意しましたから」
「き、貴様……!」
ガサッ……
「ひっ!!?」
研究室の至るところからパラサーティオが這い出て来て、メルヴィンを囲んでいった。我先に寄生してやるんだと言わんばかりに……。
「や、やめろぉぉぉぉぉっ!!?」
「キィ!!」
恐怖がにじみ出るメルヴィンの声と、歓喜に震えるパラサーティオの声を堪能しながら、サイラスは彼らに背を向けた。
「君にも期待しているよ。そのために匿って上げたんだから……デズモンド・ギャヴィストン」
「あぁ……任せておけよ、博士……!」
部屋の片隅に隠れていた筋肉で武装したような男は姿を現すと、手のひらに拳を打ちつけた。まるで戦いのゴングを鳴らすように……。




