目覚めるパワー
寄生ヤーマネはその場を一歩も動かなかった。ただひたすらターゲットとおまけの二人をじっと見つめ続ける。様子を伺うように、アストの準備が整うのを待っているかのように……。
「動かないね……?」
「あぁ……」
「このまま逃げられるって可能性は?」
「ないな。ちょっとでも後退すると……」
アストが試しに、足を後ろに退くと、つられるようにヤーマネが僅かに前傾になった。
「ありゃま。やる気満々じゃない……」
「じゃあ、こっちも誰がやるか決めねぇとな……」
「それは三人がかりでいけばいいんじゃない?」
「いや、まずはオレがいく」
そう言うとアストは一歩前へ出た。
「ヤーマネとも、あの寄生虫ともやり合ったことがあるのはオレだけだからな」
「まぁ、それが妥当かな」
「ふん!おれは鍛えてるからあの程度の相手なら初見でも大丈夫だけど……譲ってやるよ」
「それはありがとう……あの紫、ひっぺがすから捕まえる準備だけしておいてくれ」
「「おう!」」
「よし……アウェイク、オレ……!!」
話がまとまるとアストは覚醒形態に変身しながらさらに前へ、一歩一歩ヤーマネに近づいていく。
そしてあっさりと手の届く位置まで接近した。
「ニャア……!」
「ガスティオンの時に続いて、災難だな。でも……今すぐ解放してやる!」
「ニャア!!」
アストが紫の仮面を掴もうと手を出すと、ヤーマネは勢いよく後ろに跳躍!……したと思ったら、着地と同時に今度は前にジャンプ!青龍に鋭い爪を立てて飛びかかってきた!
ブゥン!
「ニャ!?」
「人の好意に対する返答がこれですか?」
だが、覚醒アストはそれをいとも簡単に回避!眼前を爪が通過するのを観察する余裕さえあった。
「ニャア!!」
それで力の差を理解して、諦めてくれればいいものを寄生ヤーマネは立て続けに攻撃を繰り返す!しかし……。
ブゥン!ブゥン!ブゥン!ブゥン!
一向に当たらない。それどころかどれだけギリギリ避けられるか試しているように、アストの動きは最小限、紙一重の回避運動しかしていなかった。
「パワーはともかく、スピードはシニネで戦った狂暴化した奴の方が上だな。まぁ、オレが強くなっただけかもしれねぇけど!!」
完全に動きを見切ったアストは再び獣の頭に引っ付いている紫の仮面、いや寄生虫に手を伸ばした!だが、その時!
「ニャア!!」
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
「――なっ!?ぐわあぁぁぁぁっ!!?」
寄生ヤーマネは全身の毛を逆立てて、電撃を発した!夜更けの公園が一足先に夜明けが来たように照らされ、指の先で仮面に触れていたアストの身体は激しい痺れと痛みに襲われた!
「ぐっ……!この!!」
ガァン!!
「――ニャ!?」
たまらず青龍は獣を蹴り飛ばし、距離を開ける。それだけには飽き足らず電撃から解放されると、手のひらを広げ、指の先に水の球を生成する。
「よくもやってくれたな!散青雨!」
バババババババババババババババッ!!
腕を勢いよく振ると、水の球は細かく分裂し、まるで散弾銃のようにヤーマネに降り注いだ。
「ニャアァァァァッ!!」
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
「なんだと!?」
しかし、寄生ヤーマネは電撃を身体を包み込むバリアのように放って、水の散弾を全て弾き飛ばしてしまう。
目の前で起こった予想だにしない光景にアストは呆然とした。いや、彼の思考と肉体を止めているのは……。
(電撃を放つ能力なんて……まるでオレに対抗するためみたいじゃないか!?だとしたらまさか昼間のドルーコもオレを狙って……)
アストは自分が狙われていたのではないかと、カウマ大学のあの騒ぎは自分のせいなのではないかと思ってしまった。その罪悪感が、ヤーマネから意識を外し、足に絡みつき、その場から動けなくする!
(オレのせいで、コトネさんやナカシマさんを怖い目に……)
「ニャア!!」
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
「――ッ!?しまった!!」
その隙を見逃さず寄生ヤーマネは特大の電撃を発射してきた!反応が遅れたアストはこのままでは大ダメージを受けてしまう!
けれど、彼には一人じゃない。こういう時には頼りになる仲間がいる。
「お邪魔するよ!」
「イクライザー!?」
「バージョン2だ」
バリバリバリバリバリバリ……
「ニャ!?」
赤い半透明なパーツを全身に付けたピースプレイヤーが両者の間に割って入ると、電撃を全て吸収してしまった。さらに……。
「メグミ・ノスハートと!ゴウサディン・ナイティンもいるぞ!!」
「ニャア!!」
「そうだ!おれが相手だ!ヤーマネよ!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
幼なじみ二人の頭を槍と盾を構えた銀色の騎士が飛び越し、そのままヤーマネと戦闘を開始した。
「メグミ!オレも加勢に……」
「まぁまぁ、落ち着きたまえアスト君」
慌てて飛び出そうとする青龍を幼なじみが制止する。
「ウォル……」
「あの電撃に対抗する策を考えておかないと、同じ結果になるだけだよ」
「うっ!?それは……」
「ここはイクライザーV2に任せてちょうだい」
「お前に?」
「ぼくらにさ。『ルビー』!マルチランチャーだ!」
イクライザーが腕を高々と掲げると、手のひらに銃が召喚……。
……………
「……あれ?」
召喚されなかった。いつまで経っても、手のひらの中は空っぽのまんまだ。恥ずかしげに手を下ろすと、ウォルは自分が辱しめを受けた理由を愛機の中にいるAIに訊いた。
「ルビー……マルチランチャー出して欲しいって言ったんだけど?」
「もちろん聞こえてますよ」
イクライザーから気だるげな電子音声が流れる。まったく悪びれてない。
「じゃあ、なんで出してくれないの?」
「えーと……めんどいから?」
「ルビー!!」
怠惰な電子音声に憤るが、その身に纏っているからどうすることもできず、イクライザーはその場でドタバタと荒ぶった!
「めんどいってなんだよ!」
「そのままの意味っす」
「今は冗談言ってる場合じゃないんだよ!」
「別にそんなつもりはないですけどね」
「こいつ!!」
飄々とした態度がさらに神経を逆撫でする。もはや寄生虫やヤーマネのことなど頭から追い出されてしまった。
「落ち着けよ、ウォル」
「でも、こいつ生意気なんだ!!」
見かねた青龍が宥めるが、ウォルの怒りはその程度では治まらない。地団駄を踏んで、感情を露にする。
「それって、噂のベニを参考に作ってたっていうイクライザーの補助AIだよな?」
「そうだよ!あの素直で優秀なベニをモデルに開発したのに……!」
「素直はともかく、ちゃんと優秀ですよ、うちは」
「どこがだよ!」
「マルチランチャーと言っておきながら、非殺傷用の電撃弾しか放てない現状では、同じく電撃を発するあいつに効果が薄い可能性が高い。なのでわざわざ出しても、エネルギーの無駄になることが理解できるくらい優秀ですよ」
「そう言って屁理屈……じゃないな」
イクライザーは動きを止めると、静かに後ろに下がった。
「やっぱりぼくがプログラムしただけあるね。あいつとイクライザーの相性悪いわ」
「でしょ」
「というわけでアスト、あとは任せた」
「ええ……」
「何でもいいから早くしてくれ!おれ、もうもたないぞ!大切な幼なじみの命がピンチだぞ!」
メグミの必死に訴える声が公園に響き渡った。二人と一AIがくっちゃべっている間にナイティンの銀色の装甲は引っ掻き傷だらけになっていた。
「ぼくの開発したナイティンをあそこまで……やるね、ヤーマネちゃん」
「言ってる場合か!!」
「だな。ウォル、時間を計っておいてくれ」
「おっ!そちらも噂のアレを出すつもりですか?」
「あぁ……まさか一日で両方実戦デビューさせることになるとは……」
「ちょうど良かったね」
「……そういう考えもあるか……いや、ポジティブな方がいい!これはこれで……いい機会だ!!」
アストは地面をしっかり踏みしめ、精神を統一した。
「アウェイク……“パワー”」
昼間カウマ大でやったように全身から周りの水分を吸収、しかし今回はそれを特に腕部を中心に集め、巨大化させる。
「変形完了……パワー重視なオレ……!」
スピード重視の時とは真逆に上半身がボリュームアップした異形の姿に青き龍は姿を変えた。
「これが……」
「ウォル……変形にどれぐらいかかった?」
「えっ?」
ウォルは変形に見とれて、タイムを測ることを忘れていた。
「ごめん……ちょっと……」
「14秒です、アスト様」
だが、ルビーがしっかりと主人の尻拭いをしてくれた。
「14秒か……昼間の疲れが残っていたか?思ったよりかかったな……あっ、ルビーありがとうな」
「うちは優秀ですから」
「あぁ、ウォルも見習うべきだな」
「意地悪言わないでよ」
「意地悪されてるのはおれ!!マジで早くしてくれ」
「おっと、そうだったな」
パワーアストは気を引き締め直すと、ずかずかとゆっくり寄生ヤーマネに歩いて行った。
「お待ちかねの選手交代だ、メグミ」
「おう!あとは頼んだ!」
ナイティンは背を向け、一目散にヤーマネから離れた。それを追うことはせず獣はこちらに来る青龍にターゲットを変更する。
「そうだ、いい子だ……お前の相手はオレだ」
「ニャアァァァァッ!!」
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
寄生ヤーマネは足を止め、アストを睨み付けると、再び毛を逆立てて、周囲に電撃のバリアを展開した。
その中にアストは……真っ直ぐと足を踏み入れた。
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
「ぐうぅ……!!痛いな……!!」
当然、駆け巡る痺れと痛み。しかし……。
「だが、さっきほどじゃない……!水を何装にも分厚く表面をコーティングしたこの形態はノーマルやスピードよりも多少は電気や熱に強い……そうなるようにデザインしたんだ!」
電撃は身体を覆っている水を伝って、空気中や地面に放出される。結果、あれだけ痛がっていた攻撃にまったく動じることなく、ターゲットに接近することができた。
「また来たぜ……手の届く距離に……!!」
「ニャア!!」
だからどうしたと、寄生ヤーマネは飛びかかり、爪を振り下ろす。けれど……。
ガギィン!!
「――ニャ!?」
胴体と同じくらい太くなった青龍の腕にガードされると、爪の方が硬さに耐えられず、粉々に砕け散った。
「悪いな……電気に強くなった分、物理に弱くなったってわけでもないんだ。まぁ、重くなったから動きは多少遅くなったけど……」
「ニャア!!」
ならばと、寄生ヤーマネはまた後ろに跳躍……。
ガシッ!!
「ニャ!?」
跳躍する前に紫の仮面を掴まれてしまった!
「鈍くはなったが、これまたお前に対応できないほどではない。ましてやお前の動きは……完全に見切っている!!」
ギチィ!!
「ニャア!!?」
パワーアストは力任せにヤーマネを引き寄せると首根っこを掴み、そのまま寄生虫を引っこ抜こうと全開で引っ張った!
「ウオォォォォォッ……!!」
ギチィ……ギチィ……
「この……!」
ギチィ……ギチィ……!
「離れろぉぉぉぉッ!!」
ブチィン!!
「キィィィィィッ!!?」
遂に紫の仮面をヤーマネから引き離すことに成功!その勢いのまま断末魔を上げる寄生虫を幼なじみの下に投げ捨てる!
「こいつを頼む!!」
「うん!メグミ!さっき説明した奴!」
「おう!冷却ガス噴射だ!マルチシールド!!」
ブシュウゥゥゥゥゥッ!!
「キッ……!?」
ナイティンの盾から真っ白いガスが放出され、地面を転がる寄生虫を包む。
カチン……
そしてあっという間に寄生虫はカチンコチンに凍らせてしまった。
「リオンさんにヒントをもらって、とりあえず付けてみたけど、役に立ったね」
「あぁ……一応、生け捕りってことでいいんだよな?」
「死んでいたら、その時はその時さ」
「アスト!」
戦いを終えたアストは通常の覚醒形態に戻り、ヤーマネを地面に優しく下ろしていた。
「そっちは……?」
「大丈夫……生きているよ」
「そりゃ良かった……この虫のせいで暴れていたんなら、完全にそいつも被害者だからな」
「だな」
アストはヤーマネを横にすると、立ち上がり、幼なじみの下に合流する。
「とりあえず……ビオニスさんに連絡だな」
「それならぼく……というよりルビーがやるよ。電話繋げて」
「その必要はないかと」
「……まためんどい?」
「いや、もうあのヤーマネが現れた時点でメールを送っているんで、そのうち来ると思いますよ」
「……マジで?」
「マジ」
「気が利くじゃねぇか!創造主様より!」
「メグミ……うるさい」
「本当立派な鎧着込んでも、ちっとも変わらないな、お前らは」
「そういういつも通りの日常を守りたいんだろ、アストは?」
「……その通りだ」
アストは凍った虫の横にしゃがみ込むと、それを軽く指で弾いた。
「こいつがそのかけがえのない日常を取り戻す手がかりになればいいんだが……」
その時のアストは知らなかった。目の前にあるものが手がかりどころか、黒幕の下に一気に連れて行ってくれる招待状だということに……。




