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No Name's Awakening  作者: 大道福丸
寄生編
62/86

目覚めるスピード

「走る必要はない!さっきの一回だけの可能性だってあるんだから、ゆっくりと!他人を押し退けてなんて考えるんじゃないぞ!!」

 アストが上の階に着くと、そこでは小柄かつ骨と皮だけしかないような老人が、その身体のどこから出ているのかと思わず訊きたくなるような大きな声で、学生達を宥めていた。

(あれがトヨシマ教授か。たまに見かけるだけで、厳しいって噂しか知らなかったけど……さすがに手際がいい)

 老教授の手腕に感心しながら、さらに上へ。階段を慌てて降りて来る学生もなければ、悲鳴も聞こえない。ただ先ほどのコトネやトヨシマ教授のように教室に避難するように訴える声が方々から響いていた。

(重大なパニックが起こることは……なさそうだな。学生も教職員も中々どうして……やるじゃないか!我が母校!!)

 こんな状況になんではあるが、この大学に入学できたことを誇らしいと思えた。そんな自慢の母校を守るために、アストは階段を全速力で駆け上がり、目的地である屋上に到達した。

(逃げ遅れた学生は……いない!みんな建物の中に避難したのか?つーか、そう言えばなんか明日から補修だなんだかが入るから、今日から立ち入り禁止だったか?何でもいい!とにかく人がいないなら、こっちとしても好都合!)

 アストは誰もいないことを確認すると、先ほどオリジンズがやって来た方向に目線を向けた。

(たまたま迷子のオリジンズが通りすぎただけならいいんだけど……嫌な予感がビンビンするぜ……!)

 そういう当たって欲しくない予感ほど当たってしまうことをアストはよく知っている。そして悲しいかな今回も……。

「ケェェェェェェェェェェッ!!」

「くそ!やっぱりUターンしてやがる!!」

 案の定オリジンズは第二撃のための助走に入っていた。こちらを華麗に空中を反転するとこちらを見据え、ぐんぐんと加速していく!

「また“寸止め”か?それとも“今度こそ”か?どちらにしても、このまま好き勝手できると思うな!アウェイク!オレ!!」

 アストは青い鱗を持つ龍の姿に変わりながら、屋上の端に移動し、金色の眼に意識を集中した。

「当たれば良し!当たらなければ……それもまた良し!!」


ビシュウゥゥゥッ!!


 青龍の眼から鉄板さえ軽々と貫く高圧水流が発射された!覚醒アストの必殺技の一つ、涙閃砲だ!

「ケェェェェェッ!!」

 たまらずオリジンズは先ほどよりもかなり手前で上昇を始める!涙閃砲はオリジンズの胸の羽を何枚か撃ち落とし、地面に穴を開けることしかできなかった。だが、それもアストは織り込み済み!

「少し早かったか……?もっと引き付けるべきだったなんて……言ってらんねぇか!!」

 こちらに無防備な腹を向けて、天に昇る怪鳥。それに向かってアストは愛しい母校が砕けるほど、強く踏み切ってダイブした!

「届けぇ!!」


ガシッ!!


「ケェェッ!!?」

「ギリギリ……だが、届いた!」

「ケェェェェェェェェェェッ!!」

「無駄無駄!絶対に逃がしてやるもんか!!」

 アストはオリジンズの腹にしがみつくことに成功!怪鳥はまとわりつく小虫を振り払うようにじたばたと暴れたが、青龍はびくともしない。

(このオリジンズ……遠目で見た時は、中級の『ドルーコ』だと思ったが……かなりデカいな。図鑑では大体、成人男性ぐらいだと……)

 アストは子供の頃読んだオリジンズ図鑑の一ページを記憶からサルベージした。あそこに描かれていたものとはフォルムは似ていても、サイズが一回り大きかった。

(頭も紫じゃなかったし……新種か、はたまた突然変異か……まぁ、大人しくさせてから、専門家に調べてもらえばいいや)

 アストは目線をドルーコ自慢の大きな翼の先に向けた。

(適当に人がいない広いところに出たら、涙閃砲で翼を貫いて、墜落させる。本当はこんなことしたくないが、オレの学校を襲ったりなんかする……ん?)

 突然、ドルーコが姿勢を傾けた。アストは横向きに寝そべったような形になる。

「いきなりどうし……た!!?」

 アストは翼から目を離し、進行方向に視線を向けると、そこには一面の“緑”が広がっていた!

「木にぶつけるつもりか!?」

「ケェェェェェッ!!」

 まるでその通りだ!と言わんばかりにドルーコは高らかに、勝ち誇ったように鳴いた。

「や、やめろ!?」

「ケェェェェェェェェェェッ!!」


バシャン!!


「……なんちゃって」

「ケェェェッ!!?」

 怪鳥が次に発したのは、驚愕の声であった。あろうことか青龍は木にぶつかる箇所を固体から液体に変えて、難を逃れたのだ。

「お前が火や雷を吐かない限り、オレには勝てないぜ。わかったら、大人しく……って、また何!?」

 ドルーコは直ぐ様に次の一手を打って来た!徐々に高度を落とし、地面すれすれを飛行する。その目的は……。


バシャバシャバシャバシャバシャ!


 地面にアストを擦りつけることだ!

「だから無駄だって!ちょっと摩擦で熱いけどな!」

 だが青龍はこれまた肉体を液体化して、ダメージを防ぐ。

「ケェェェェェェェェェェッ!!」

 ならばとまた空中に上昇!そのまま凄い勢いで旋回し始めた!

「お次は遠心力で吹き飛ばそうってのか?その程度でどうにかなるオレじゃないつーの!!」

 構わず加速していくドルーコだったが、アストはがっしりと怪鳥の身体にしがみついて……いや!

「うおっ!?」

 遠心力だけでなく滑らかな羽のせいで、足のロックが外れる。残ったのはその羽を掴んでいる手だが……。


ブチッ!ブチッ!!


「ちっ!?」

 アストの握力ではなく、羽の耐久力の方がもたなかった。ドルーコの狙い通り、鬱陶しくまとわりついていた青龍は遠心力で吹き飛び、地面へと落下していく。

「だったらせめて!!」

 覚醒アストは落下しながら、手に持った千切れた羽を投げ捨て、金色の眼に再び意識を集中させると、少しだけスピードを緩めながらも旋回し続けているドルーコに狙いを定めた。

「涙閃砲!!」

 二度目の涙というにはあまりに凶悪な高圧水流の発射!先ほどは躱されたが、今回は……。

「ケェェェッ!!」

 外れた。まさに紙一重、ほんの紙切れ一枚分だけ紫色の仮面のような部位の横を通りすぎ、涙は虚空へと消えていった。

「さすがに苦し紛れではかすらせることもできないか……」


バシャン!!


 攻撃の失敗を見届けると、アストは身体を液体化して地面に墜落した。水がド派手に飛び散るが、すぐに一ヶ所に集まり、人形に、無傷の青龍が再び大地に立った。

「ここは大学の広場か……」

 落ちた場所は彼のよく知る場所、普段は学生達のしゃべり声が絶え間なく聞こえているが、今は人の影一つ見当たらない。

「避難は完了しているみたいだな。なら……!」

「ケェェェェェェェェェェッ!!」

 アストは再び目線を自分の頭上をまだ旋回しているドルーコに向けた。端から見ると悠々と飛んでいるように見えたが、実際は……。

「オレを倒す手立てが見つからなくて、手をこまねいているな」

 見立て通り、ドルーコは物理攻撃が効かない青龍への対抗手段を見つけられずに、ただうろうろしているだけであった。

「その癖、涙閃砲の威力が落ちる距離を保ってやがる。はてさて……だったらこのまま膠着状態を維持して、応援を待つってのも、手だが……」

 アストはちらりと広場の真ん中にある時計を見た。

「……試してみるか」

 ある覚悟を決めたアストは首と肩を回し、足を振った。

「ぶっつけ本番には慣れている……というより、人生において準備万端で事を迎えられることの方がずっとレアだってことを嫌というほど教えられた。だから今回も……」

 準備運動を終えた青龍はぶらぶらと振っていた足を下ろし、地面をしっかり踏み締めると、精神を集中させた。そして……。

「アウェイク……“スピード”……!!」

 その言葉を合図に周囲から水分を吸収!それを集中させることで肩と足が肥大化し、背中から突起のようなものが突き出る!さらにそれらの場所には噴射口のようなものが出現した!

「変形完了……スピード重視なオレ!!」

 今まで以上の異形の姿になったアストは、またちらりと時計を見て確認した。この変形にどれくらい時間がかかったのかを。

「12秒か……できることなら10秒は切りたかったんだが、ここは初の実戦で20を超えなかったことを褒めるべきか……とにかく反省は後回しだな」

 納得のいかないタイムであったが、まずはやるべきことを済まそうと、アストはいまだに自分の頭上を飛んでいるドルーコを見上げた。

「逃げるチャンスはいくらでもあったのに、逃げないってことは……やる気なんだな?」

「ケェェェェェェェェェェッ!!」

「そうか……なら、こちらも全開でいかしてもらうぞ!!」


ブシュウゥゥゥゥゥゥッ!!


「ケェッ!!?」

 肩と脚、そして背中の突起の噴射口から凄まじい勢いで水蒸気を吐き出し、その勢いでスピードアストは空を飛んだ!空を飛んだのだ!

「残念だったな……ここはお前だけの場所じゃない……!!」

「ケェェェェェェェェェェッ!!」

 黙れと言わんばかりにドルーコは急加速からの突進!しかし……。

「よっと」

「ケェェッ!!?」

 スピードアストは軽々と回避する。

(ただ頭に血が昇ったのか、それとも野生の勘か……そうだ、今のオレには攻撃が効く。この形態を維持するために液体化ができないんだぜ……!)

「ケェェェェェェェッ!!」

(だけど!!)

「ケェェェェッ!?」

(当たらなければ、結果は同じだ!)

 反転してからの再びの突進!けれどこれまた青龍はいとも容易く回避した。

(さぁ、もっと来いよ……!オレにこの力を……実戦で堪能させてくれ!!)

「ケェェェェェェェェェェッ!!!」

 その後も怪鳥は何度も突進を敢行した。けれども一度も青龍に触れることさえできなかった。本来飛ぶことのできないはずのアストに、飛ぶために生まれてきたドルーコの攻撃は一切通じなかったのである。

「ケェェェェェェッ……」

「辛いか?ドルーコもどき……オレもだ」

 一連の攻防でお互いにダメージこそなかったが、ドルーコもアストも息が乱れ始めていた。怪鳥は全速力の突進による疲労のためだが、青龍は……。

「やはり実戦でないとわからないことはたくさんあるな……まさかこの形態を維持しながら、三次元機動を続けることがこんなに集中力を使うとは……!」

 アストは肉体以上に精神的な疲労に苦しんでいた。一人で訓練していた時とはまったく違うそれに今にも心折れそうだ。

「これはまずいな……あと一分ももたない……!」

「ケェェェェェェェェェェッ!!」

「自分はまだいけるってのか?勘弁してくれよ……」

「ケェェェェッ!!」

「危な!」

 ドルーコの何度目かとなる突進!けれどこれもまたスピードアストは躱し、背後を取った。

「仕方ない……ならば三十秒で終わらせ……よう!!」


ドゴッ!!


「――ケッ!?」

 無防備な背中にパンチ!鈍い音が響き、ドルーコに痛みが走る!だが……。

「ケェェェェェェェェェェッ!!」

 決定打にはならず。怪鳥はそのまま青龍から離脱、そして反転、再アタックの準備にかかる。

「これまた予想外……推力にエネルギーを集中しているから、パワーの方は弱まっていると思ったが、まさかここまでとはな……!」

 アストは自分の非力さと不器用さを恨んだ。そんな彼に容赦なく、躊躇なくドルーコは全速力で突っ込んでくる!

「ケェェェェェェェェェェッ!!」

「なら……その推力を利用するしかないか!!」

 アストの思いが神経を伝って脚に、正確には脚の噴射口に届く!


ドゴッ!!


「……ケ?」

 ドルーコは一瞬何が起きたのか理解できなかった。突然自分の視界から憎き青い龍が消え、代わりにそいつと同じ色をした空が一面に広がったのだ。

「よお」

「ケ!?」

 再び青龍が視界の中に入ってくる……脚を高々掲げ、水蒸気の噴射口を上に向けた青き龍が!

 瞬間、ドルーコは理解した。先ほどカウンターで顔を蹴り上げられたのだと!噴射を利用した超速のキックを食らったのだと!そして、今度はそれが脳天に撃ち下ろされることになるのだと!

「ケェェェェェェェェェェッ!!?」

「マッハ踵落とし!!」


ドゴオォォォッ!!


「――ッ!?」

 反応すらできないスピードで放たれた踵落としは見事にドルーコの紫の仮面を捉え、先ほどのお返しとばかりに無人の広場に墜落させた!

 けれど勢いがつき過ぎたせいで土煙がもくもくと立ち昇り怪鳥の姿を隠し、上空のアストからは視認できなくなってしまった。

「さすがに大丈夫だと思うが……ちゃんと確認しないとな」

 勝利を噛み締める余韻もなく、ゆっくりと恐る恐る着陸すると、アストは通常の覚醒形態に戻っていった。

「あのレベルなら、六割のスピードで十分だとわかったのは収か……」


カサッ!


 視界の片隅に土煙の揺らめきが見えた。アストは反射的に涙を金色の眼に溜めながら、そこに照準を合わせる。そして……。

「涙閃砲!!」


ビシュウゥゥゥッ!!


「――キッ!!?」

 発射する!三度目の正直、涙閃砲はついに命中し、貫いた……ボロボロの紫色の虫を。

「あれは……ドルーコの頭部についていた……」


ジュウ……


「――ッ!?」

 アストが仕留めた虫の死骸を確保しようと一歩踏み出した瞬間、息絶えた肉体は泡に分解、跡形もなく消えてしまった。

(今のは……生物だったのか?いや、それよりもあれがドルーコに取りついていたとしたら……)

 方向転換し、怪鳥の下へ。ちょうど土煙が風で流され、クレーターの真ん中に横たわるドルーコの姿が確認できた。

(多少加減はしたが、頭を蹴り飛ばしたからな……さすがに無理かな……)

 諦め半分でしゃがみ込むと、優しく首筋に手を当てた。すると……。


トクン……


(まだ息がある……!)

 かなり弱々しいが、指先に脈を感じることができた。アストはほっと胸を撫で下ろす。

(ドルーコはピースプレイヤーの素材として優秀だった結果、乱獲され、数を減らしているって話だからな……オレの手でさらに減らすことにならなくて良かった……それにしても……)

 安心したのもつかの間、アストは気持ちを切り替え、ドルーコの姿を再確認した……戦闘中とは様変わりした姿を。

(サイズが縮んでいる……オレが図鑑で見たドルーコの姿まんまだ。あの頭についていた紫が肉体的にも、精神的にも影響を……)


ウーウーウー……


(――!?サイレンの音!)

 アストは近づいてくるサイレンを鋭敏になった聴覚でキャッチすると、一旦考えるのをやめ、立ち上がる。

(ここにいたら面倒なことになるな。ドルーコもこれだけ衰弱して動けなくなっていれば、すぐに殺処分されることはないだろうし……逃げるが吉か!)

 青龍は小走りでサイレンとは逆の方に走って行った。

(適当なところで人間形態に戻って、ビオニスさんに連絡……の前に、コトネさんとナカシマさんに無事を伝えないと……)

 これからのことを考えながら、大学から離れるアスト。

 そんな彼をまた小型メカのカメラ越しに見ていた。

「まさかトヨシマのくそジジイに嫌がらせが、あんな強力なエヴォリストを引き当てることになるとは……面白くなってきたな……!」

 男は楽しそうに足を放り投げて、椅子に座りながらくるくると回った。アストにとっては最悪なことを考えながら……。


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